おいしい店とのつきあい方。
八冊目

043 最終回
破壊と創造。その21
コロナ禍のなかで考えたこと。

外食産業はコロナの影響を受けて
本当に大変な状態にあります。

コロナ以前、
日本の外食産業の市場規模は
23兆円程度と言われていました。
産業の絶頂期は2000年のちょっと前。
30兆円を超える寸前まで市場規模は膨らみました。

外食バブルがはじけ、
日本の景気が後退し続ける中にあって
23兆円まで縮んだ一昨年に比べて
市場規模が確実に4割減ったと言われます。
となると市場規模は14兆円ほど。
いつくらいの市場規模かと言うと
1980年くらいのイメージです。
つまり40年分の産業の努力が
あっという間に吹き飛んでしまったということになる。

この40年間。
産業が成長し続けた背景には
お店の人たちのたゆまざる努力がありました。
コンセプトを考え出したり、魅力的な店を作ったり。
よりよい調理やサービスのための教育を
怠り無く行ったり。
それらすべての目的はお店の人たち同士や、
お店の人とお客様との信頼関係を
強固なものにするためのこと。
チェーンストアはマニュアルやシステムを
正しく運用することによって信頼関係を作り出しました。
オーナーシェフのお店のような個店は、
サービスの良さや
気配りといった付加価値を高めることで
チェーンストアにはない信頼を
お客様から獲得することに一生懸命になってきた。

どちらにおいても重要なのは、
いかにして人と人との距離を縮めるかというコトでした。
ボクもここでずっと伝えてきたのは、
お店の人とお客様との距離が縮めば縮むほど、
みんながシアワセになれるんだ‥‥、ということ。
連載をスタートし、
ずっと変わらず言ってきたのはそういうことで、
ところがコロナが、
人と人とは距離をとるべしと、
ボクがずっと伝えてきたことと
真逆の課題を突きつけた。

物理的な距離を近づけることはできなくとも、
心理的な距離を近くに保つことはできるに違いない。
そう思って去年の後半から試行錯誤しながら
考えをまとめてきたけど、体と気持ちは表裏一体。
別々に考えることはハナから無理な相談だったと、
最近、しみじみ思うようになったのです。

お客様はお店に対してよそよそしくなりました。
お店の人たち同士も、
かつてのように仲良く働くことがむつかしくなり、
現場は疑心暗鬼の闇に沈みつつある。
そしてなにより、飲食店ばかりが悪者扱いされる
今の社会の風潮に、お店の人たちは
「自分たちは大切にされていないんだなぁ」
と寂しい思いをしている。
それが今の状態です。

ボクのお店の中でのちょっとした心配りとふるまいが、
お店の人をシアワセにする。
そのシアワセな気持ちがお客様であるボクにも伝わり、
ボクはますますゴキゲンになり、
お店の中にいる人たちのゴキゲンの渦を
エネルギーとしたシアワセの車輪が回り始める。
それがレストランをたのしむということの真髄で、
けれど今、そのエネルギーが枯れはじめている。
しかもそこに信頼関係の喪失という
ブレーキまでもが作用して、
外食産業の大きな歯車までもが止まりつつある。
みんなの創意工夫であたらしい飲食店のあり方、
楽しみ方が発見されるに違いなく、
けれど40年かかって手にした信頼は
おそらく二度と戻ることはあるまいと、
さみしい思いをしています。

そんなときだからこそ、お店の人たちに対して。
お店をたのしむ立場の人たちに対しても、
言いたいことはたくさんあって、
けれどそういう話はこの場所ですべきことでは
ないだろうなぁ‥‥、と思うに至った。

今日を最後にここでの筆を折ろうと思います。
長い間、ボクの書きたいことを
書きたいように書かせてくれた
「ほぼ日」のみなさんに感謝しつつも、
「ほぼ日」の変わらぬゴキゲンなムードを
壊してしまうことが申し訳なく、それでの判断。
Facebookブログは更新していきます。
業界のために本気で何をせねばならぬか
しばらく思案でございます。

(了)

2021-01-21-THU

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