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April 16, 2024

「交響曲 名盤鑑定百科」(吉井亜彦著/亜紀書房)

●実物を手に取って一瞬、虚を突かれたが、よく考えてみるとこういったディスクガイドは今だから意味があるのかもしれないと思ったのが、「交響曲 名盤鑑定百科」(吉井亜彦著/亜紀書房)。先月発売ばかりの本だが、これは1997年に春秋社から刊行された「名盤鑑定百科 交響曲篇」を出発点に、その後なんどか改訂された後、版元を変えて復刊されたもの。交響曲100曲について著者が計6000枚もの膨大な数のディスクを聴き、それぞれに短い一言レビューを寄せている。さらにディスクには推薦や準推薦といった評価が添えられる。著者の名前を「レコード芸術」誌の音楽評論で目にしていた人は多いと思うが、いろんな点でかつての「レコ芸」文化を受け継いだ一冊。同曲異演のなかから推薦盤を選ぶという発想そのものが「レコ芸」の文化だろう。
●世の中からCDショップが次々と減り、従来名盤とされたディスクも品切になり、中古でしか手に入らない音源ばかりになって、どうなるのかなと思っていたら、SpotifyやApple Musicが勢力を増し、本格的なストリーム配信時代が訪れた。すると、過去から現在までの膨大な数の音源が廉価ですべて聴けるようになり(聴けない音源もあるけど、それはともかく)、今のリスナーはサービス契約初月から一生かけても聴ききれないコレクションを等しく手にすることになった。となると、あまりに音源が膨大すぎるがゆえに、なにを選ぶか、ガイドが必要になる。それがプレイリストだったりするわけだけど、交響曲みたいな大曲だとまだまだ本のガイドは有用だろう。以前は限られたお金をうまく使うためにガイドに頼ったけど、今は時間をうまく使うためのガイドが必要なんだろうなと感じる。

April 15, 2024

ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

●13日は紀尾井ホールでピョートル・アンデルシェフスキのピアノ・リサイタル。プログラムは前半にベートーヴェンの6つのバガテルop126、ショパンの3つのマズルカop59、シマノフスキの20のマズルカop50より第3、7、8、5、4曲、後半にバルトークの14のバガテル、バッハのパルティータ第1番。得意のレパートリーがずらり。すべて小曲からなるミクロコスモス的なプログラムで、舞曲的な性格の曲、民謡由来の曲などを中心としつつ、全体がひとつのバガテル集のような趣。どれも楽しんだが、圧巻は後半のバルトーク。振幅の大きな表現で、こんな曲だったのかという発見あり。バッハは快活でウィットも十分。以前の印象に比べると、奔放とまでは言わないにせよ、自由度が高くなっている気がする。
●アンコールは3曲。バッハのパルティータ第6番のサラバンド、平均律クラヴィーア曲集第2巻の前奏曲ヘ短調、バルトークの「シク地方(チーク県)の3つの民謡」。最後はしみじみした気分で終わる。
●椅子が3段重ねだった。ピアノ椅子ではダメなのだろうか。
最近リリースされたアルバムでは、ヤナーチェクの「草陰の小径」第2集、シマノフスキのマズルカ、バルトークのバガテルが組み合されている。Spotifyで聴く人はこちら

April 12, 2024

豊田市美術館 「未完の始まり:未来のヴンダーカンマー」展とコレクション展

豊田市美術館
一昨日に書いたように、7日は日帰りで豊田スタジアムに遠征したのだが、試合の前に豊田市美術館に足を運んだ。これは2年前の遠征時とまったく同パターンで、豊田市美術館の展覧会スケジュールと名古屋グランパスのホームゲームが重なる日程を選んだのだ。豊田スタジアムの豪勢さにも圧倒されるが、同様に豊田市美術館もぜいたくな空間で、この街の充実した文化資本に驚嘆せずにはいられない。

豊田市美術館 「未完の始まり:未来のヴンダーカンマー」 ガブリエル・リコ 「頭のなかでもっとも甘美な」
●で、企画展は「未完の始まり:未来のヴンダーカンマー」展。70年代後半から80年代前半生まれの5人のアーティストたちの作品が集められている。5人の国籍はさまざま。上の写真はメキシコのガブリエル・リコによる「頭のなかでもっとも甘美な」。手彩色によるセラミック製。メキシコ的な色彩感と土の香りにポップさが一体となった作品がいくつか。ほかにリゥ・チュアン、タウス・マハチェヴァ、田村友一郎、ヤン・ヴォーの作品。全体に映像作品多め。

豊田市美術館 コレクション展
●企画展の規模はそれほど大きくはなく、コレクション展と新収蔵品展のほうがより時間をかけて見ることになる。コレクション展の一角には、上のように肖像画が一面に集められている場所があって、ここにクリムトやシーレ、藤田嗣治、奈良美智、イケムラレイコらの作品が集中展示されている。充実したコレクションを一定の「編集」センスにもとづいて並べる。なんというか「全部盛り」感が強烈。

豊田市美術館 エゴン・シーレ 「カール・グリュンヴァルトの肖像」(部分)
●上記のなかの一枚、エゴン・シーレの「カール・グリュンヴァルトの肖像」(部分)。

豊田市美術館 庭園
●あと、庭がすごいんすよ。広々としていて、たまたま桜も満開で、ベンチもあってのんびりできる。日曜日なのにぜんぜん混んでいない。これが都内にあったら、とてもこうはいかない。快適。
●最寄り駅は豊田市駅ないし新豊田駅。駅から見ると豊田市美術館は南西、豊田スタジアムは東で、方角がぜんぜん違う。美術館からスタジアムまでは徒歩で30分ほど。歩きたくない場合は、いったん駅に寄って路線バスを使う手もある。前回はタクシーを使ってワープしたのだが(この美術館にはタクシー乗り場がある)、今回は歩いた。やはりサポ集団に交じって歩いたほうが気分はあがる。

April 11, 2024

東京・春・音楽祭2024 東博でバッハ 鈴木大介(ギター)

東博
●9日は東京・春・音楽祭2024のミュージアム・コンサート「東博でバッハ」。東京国立博物館の平成館ラウンジで、鈴木大介によるバッハの無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会の第2夜。プログラムは前半がリュート組曲 第2番ロ短調BWV997(原曲:ハ短調)、組曲変ロ長調BWV1010(原曲:無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調)、後半が組曲ト短調BWV1011(原曲:無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調&リュート組曲第3番ト短調)、組曲ニ長調 BWV1012(原曲:無伴奏チェロ組曲 第6番ニ長調)。第1夜は行けなかったので知らなかったのだが、なんだかワイドなギターだなと思ったら8弦ギターだった(通常は6弦)。ギターについては門外漢で、ふだんからギターによるバッハになじんでいない自分にはその革新性みたいなものがよくわからないので、純粋にバッハの音楽を味わう気持ちで聴く。
●おもに擦弦楽器のチェロで弾かれる曲を撥弦楽器のギターで弾くとなれば、最大の違いは音の減衰。むしろチェンバロ的、いや強弱があるという意味ではフォルテピアノ的な響きで、鍵盤楽器のための組曲を聴くような感覚に近づく。響きは豊か。低音がしっかりと響く。最初のリュート組曲のみフーガが入って、ここは峻厳だが、基本は前奏曲プラス舞曲尽くしで、全体としては慈しむようなバッハ。白眉は最後の組曲ニ長調で、最初の前奏曲から南国的とでも言いたくなるような開放感が立ち昇ってくる。もともとチェロで聴いても祝祭性を感じる曲だが、それが一段と際立っていた。ガヴォットで外からドーンと大きな音が聞こえたのは雷だったのだろうか。バッハを通じた自然との交感だ。閉館後の博物館なので、そのうち館内での運搬ノイズみたいなものも聞こえてくるが、それもジーグの高揚感に呼び起こされた一種の音楽みたいに思えてくる。館内の収蔵品もバッハを楽しんでくれているといいのだが。
●アンコールは2曲。無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV1005より第3楽章、G線上のアリア。カーテンコールで写真を撮れたのだが、座席の関係でうまく撮れず失敗……。
●ふだんは入れない夜の博物館。収蔵品は見れないが、場の雰囲気だけでもワクワクする。

April 10, 2024

豊田スタジアムでJ1リーグ 名古屋vs福岡戦

豊田スタジアム
●7日、思い立って豊田スタジアムに日帰り遠征。J1の名古屋グランパス対アビスパ福岡を観戦。このスタジアムは2年ぶりの再訪となるが、これまでに自分が足を運んだなかでは最上級のスタジアム。球技専用の大型スタジアムはこうあるべきという姿が実現していて、首都圏のサッカーファンにとって羨望の的。前回はバックスタンド3階だったが、今回はメインスタンドの3階。急勾配で上からピッチを覗きこむような感覚がある。とても見やすい。自分はほとんどの場合、バックスタンド側に座るのだが、今回は帰りの電車がぎりぎりになりそうだったので、少しでも早く退出できるようにメインスタンド側を選んだ。アディショナルタイムを厳密にとるようになってから、サッカーの試合時間は長くなったので、その影響も大。
豊田スタジアム ゴール裏
●こちらはホームのゴール裏。もともと可動式だった屋根は、コスト削減のために固定型に変わった(1回の開閉で100万円かかった)。で、ホームのゴール裏には写真のように屋根がかかっているのだが、アウェイ側にはない。これは先日ご紹介した本、「コンサートホール×オーケストラ 理想の響きをもとめて 音響設計家・豊田泰久との対話」の話とも微妙にかかわってくるのだが、ホームのゴール裏のサポは声の「返り」がある。音が反響してピッチにもよく届く。一方、アウェイ側はまったく反響がなく、音が響かない。音響面で明確にホームアドバンテージがある。
豊田スタジアム 外観
●こちらはスタジアムの外観。試合を観戦するうえで、外側のデザインはあまり関係がないわけだが、スタジアムの横に河川敷が広がっていて、試合前にここでボールを蹴っている親子連れなどがいて、大変よい。サッカー観戦にボールを持っていくって最高じゃないだろうか。
●で、試合なのだが、ほとんど見どころのない0対0に終わってしまった。トホホ……。長谷川健太監督率いる名古屋は、ユンカー、ランゲラックを欠く布陣。3-4-2-1でトップに永井謙佑。長谷部茂利監督の福岡も3-4-2-1で、がっつりと膠着状態がほぼ90分にわたって続く展開。名古屋はリスクを抑えて、終盤で勝負をかけるというプランだったと思うのだが、後半21分に左サイドに入った山中亮輔(元マリノス)が突破口になったものの、決定機までは至らず。枠内シュートは名古屋が1、福岡が2。少々寂しい試合ではあったが、スタジアムの満足度がこれを補ってくれた。
豊田大橋
●行きと帰りに通る豊田大橋。動物の骨がモチーフなのだとか。スタジアムとともに黒川紀章の建築で、デザインに共通性がある。

April 9, 2024

東京・春・音楽祭2024 アンサンブル・アンテルコンタンポラン I Classics of the 20th Century

●8日は東京文化会館小ホールで東京・春・音楽祭2024の「アンサンブル・アンテルコンタンポラン I Classics of the 20th Century」。2夜にわたるシリーズ公演で、この日の第1夜がClassics of the 20th Centuryで、言い方はおかしいが「現代音楽のクラシック」と呼ぶべき巨匠たちの作品が並ぶ(第2夜はFrench Touch)。プログラムは前半がクセナキスの「ルボン」、ウェーベルンの「9つの楽器のための協奏曲」、リゲティの無伴奏ヴィオラ・ソナタより第1楽章と第2楽章、ヴァレーズの「オクタンドル」、後半がドナトーニの「マルシェ」、エリオット・カーターのダブル・トリオ、ホリガーの「Klaus-Ur」、ブーレーズの「デリーヴ I」。ホリガーのみ存命作曲家。ジョージ・ジャクソン指揮アンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏で、ヴィオラはオディール・オーボワン、ファゴットはマルソー・ルフェーヴル、打楽器はオーレリアン・ジニュー、ハープはヴァレリア・カフェルニコフ。客席はしっかり埋まってた。
●比較的短い作品ばかりで、編成も多彩なので、聴きやすいプログラム。アンサンブル・アンテルコンタンポランとしての公演ではあるけど、むしろソロ作品のインパクトが大。冒頭、クセナキスの「ルボン」の精密に荒ぶるパーカッション無双、ドナトーニの「マルシェ」でハープが醸し出す幻想味と硬質な詩情、この日の圧巻というべきホリガーの「Klaus-Ur」におけるファゴットの超絶技巧と特殊奏法。ホリガー作品は超越的ながらも楽器が楽器だけにそこはかとなくユーモアが漂っていて、妙におかしい。ヴァレーズ「オクタンドル」で、なぜか客席が拍手のタイミングを逸してしまい気まずい沈黙が訪れてしまった。指揮者の身振りが曖昧だったせいなのか、謎。
●Classics of the 20th Centuryというタイトルに少し考えこんでしまった。かつて新しかった作品が時を経たとき、どんな運命をたどるのか。時を経ても演奏頻度が保たれる曲がやがて「クラシック音楽」に登録され、そうでないものは歴史の彼方に忘れ去られる……と単純にはいかないのが現代なのかなと。もっと並列化するというか、ロングテール化するというか。

April 8, 2024

トッパンホール ランチタイムコンサート 北村陽(チェロ)

●5日はトッパンホールのランチタイムコンサートで北村陽のチェロ。少年期から注目を集めていたチェリストが、立派な若者に育ってトッパンホールの舞台に登場。プログラムはバッハの無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調よりサラバンド、リゲティの無伴奏チェロ・ソナタ、三善晃の「C6H」(1987)、コダーイの無伴奏チェロ・ソナタ。とてもランチタイムコンサートとは思えないような歯ごたえのある本格派無伴奏プロ。休憩なしで1時間強だが、通常の夜の公演と変わらないくらいの内容の濃さがあった。鮮やかなテクニックに加えて、表現のスケールが大きく、燃焼度も高い。音色は深くつややか、パワーも十分。
●三善晃の「C6H」、変わったタイトルだけど、1986年に発見された星間分子に由来するのだとか。炭素原子6つと水素原子1つ。なぜこの曲名なのかはわからないが、宇宙空間とちがって重力も風も感じられるような曲想。連想するのは旅、かな。
●リゲティもすごかったが、圧巻はおしまいのコダーイ。冒頭からぐいぐいと攻めるチェロで、これほどの熱さを持った曲だったとは。強烈にして強靭で、作品世界の広大さを改めて知った思い。アンコールに「鳥の歌」。弾く前のあいさつで「来週20歳になる」と話していて、まだそんなに若いのかと驚愕。
●桜が咲いたが、曇天だともうひとつ桜を眺めようという気分にならない。「映えない」からかな。

April 5, 2024

「コンサートホール×オーケストラ 理想の響きをもとめて 音響設計家・豊田泰久との対話」(豊田泰久、林田直樹、潮博恵著/アルテスパブリッシング)

●話題の本、「コンサートホール×オーケストラ 理想の響きをもとめて 音響設計家・豊田泰久との対話」(豊田泰久、林田直樹、潮博恵著/アルテスパブリッシング)を読む。豊田泰久氏といえば、サントリーホールやフィルハーモニー・ド・パリ、ハンブルクのエルプフィルハーモニーなど、現代を代表するコンサートホールの数々を手がけてきた音響設計家。コンサートゴアーにとっては神様みたいな人だが、世界的音楽家からも絶大な信頼を寄せられている。そんな豊田さんと林田直樹さんによるオーケストラのサウンドを巡る対談集。ふたりの対談に加えて、合間に潮博恵さんによる俯瞰的な視点からのコラムが収められている。
●とくにおもしろいと思った点を挙げると、「お客さんの側の音響とステージ上の音響とどちらを優先するのか」問題。この問いに対する答えを、豊田さんですら長い間持っていなかったというのだけど、最近は自分なりの答えが見えたって言うんすよ。どちらをとるかとなったら、「ステージ上の音響が重要だ」と。その答えにたどり着くまでのロジックが、すごく興味深いと思った(第2章)。
●あと、第7章のミューザ川崎の話。ワタシは知らなかったんだけど、当初は税金を投入する公共のホールだから、プロオーケストラのためだけに作るんじゃ説明が難しいのでアマチュアにとって最高の音響を作ってほしいという要望があったのだとか。いかにもって感じだけど、それに対して豊田さんは、そんなものはありえない、いいホールを作っていいオーケストラをどんどん呼んでほしいとリクエストしたそう。結果的にこれが大成功したのはまちがいなく、ラトルもヤンソンスもあちこちでミューザ川崎がすばらしいって絶賛してくれたし、それを目にした聴衆も川崎に世界最高水準のホールがあることをあらためて実感できた。川崎という街の印象すら変わるほどのインパクトがあったと思う。川崎にウィーン・フィルやベルリン・フィルを継続的に呼ぶ背景にはそんな戦略性があったのかと腑に落ちた。
●音響についての工学的な話は意外と少なくて、音響よりも音楽寄りの話題が中心。音響設計そのものはサイエンスとテクノロジーの世界だと思うけど、その先のアートの部分、おもにオーケストラと指揮者による音楽作りに焦点が当たっている。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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