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May 20, 2024

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のベルリオーズ、酒井、イベール

●17日は東京オペラシティでジョナサン・ノット指揮東京交響楽団。前半がベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」(東響首席の青木篤子)、後半が酒井健治のヴィオラ協奏曲「ヒストリア」(サオ・スレーズ・ラリヴィエール)、イベールの交響組曲「寄港地」というおもしろいプログラム。ふたりのヴィオラ奏者がソリストとして登場する稀有なヴィオラ祭。プログラム全体から感じるテーマは「旅」だろうか。幻想の旅、時を超える旅、船の旅。かなり楽しい。
●ベルリオーズの「イタリアのハロルド」はライブではなかなか聴けない曲。協奏曲のように始まって交響曲のように終わる独自構成に作曲者の天才性が爆発している。最初は大活躍していたハロルドなのに、終楽章では立っているだけの時間が長くなるのがすごい。終楽章でヴァイオリン2とチェロ1がオルガン席のあるバルコニーに登場する趣向がとられていた。独奏ヴィオラにはいろいろな演出も考えられるところだが、そのまま定位置で。東響のサウンドは明るめで爽快。
●酒井健治作品では長身痩躯のソリスト、ラリヴィエールが鮮烈。太く渋みのある音のヴィオラだけど、華もある。音楽は停滞することなく前へ前へと進む。ドビュッシー「海」のフレーズが聞こえてくる。カラフルで洗練されたオーケストレーション。まったく晦渋ではなく、フレッシュ。ソリスト・アンコールでヒンデミットの無伴奏ヴィオラ・ソナタ25-1から第4楽章。すさまじい勢いで弾き切った。しめくくりのイベール「寄港地」は華麗。ぐっと開放的な気分で終わる。
●ノット監督は2026年3月での退任が発表されている。まだしばらく先だけど、寂しい気分になる。

May 17, 2024

「俺の人生まるごとスキャンダル グルダは語る」(フリードリヒ・グルダ著/田辺秀樹訳/ちくま学芸文庫)

●少し前にグルダのチェロ協奏曲について書く機会があって、その際に参照したのが「俺の人生まるごとスキャンダル グルダは語る」(フリードリヒ・グルダ著/ちくま学芸文庫)。これは最近の本ではなく、90年代に洋泉社から刊行された「グルダの真実 クルト・ホーフマンとの対話」が改題のうえ文庫化された一冊。以前はお堅い雰囲気の書名だったが、今の書名のほうが内容に即している。「歯に衣着せぬ」という表現がぴったりで、言いたい放題。グルダはハインリヒ・シフのためにチェロ協奏曲を書いたのだが、その経緯を語りながらシフのことをけちょんけちょんにけなしている。「ヤツは男を下げた」「気骨なんてまるでない」「彼は俺を裏切ったんだから、俺としては彼はもう過去の人物さ」といった調子。ただ、チェロ協奏曲が成功作になったという点では感謝しているそうで、とくにレコードは大成功だったという。
●で、別の章でお金について話していて、そこでもチェロ協奏曲の話題が出てくる。演奏だけじゃなく作曲の収入も年々増えてきているという話で、こんなことを言う。

 作曲による収入では、チェロ協奏曲が断然トップだ。今、仮にもう何もしないとしても、チェロ協奏曲だけで生活していけるだろう。それも、かなりいい生活をね。

えっ、ホントに。いや、たしかに当時は今と違ってレコーディングがもたらす収入は大きかったとは思うけど、いったいどれだけ売れたの、チェロ協奏曲。ミリオンセラーとかになったんだっけ?
●あとはバーンスタインとパーティでいっしょになって、ふたりでピアノを連弾することになったので、当然ジャズはできるだろうと思ってガーシュウィンの「レディ・ビー・グッド」をやろうとしたら、バーンスタインがジャズの決まりごとをまったくわかってなくて腹が立ったとか、カラヤンが亡くなったときは仰々しい葬儀が執り行われたけど、やっていた連中はみんなカラヤンがいなくなってホッとしていたとか、そんな調子。
●でも、ベームとセルのことは手放しで称賛している。「リハーサルをやっていて、これは俺と同じくらい強力な奴だって感じる指揮者」がベーム。一緒に演奏できて心から満足できたという。セルのことも「演奏していて、いつも、それ以上のものは考えられない」と褒めちぎっている。

May 16, 2024

蛙化現象と「コレラの時代の愛」

●近年知った言葉でおもしろいなと思ったのが「蛙化現象」。本来は「好意を抱いている相手が自分に好意を持っていることが明らかになると、相手に嫌悪感を抱くようになる」という現象なのだとか(Wikipedia)。だが、自分が見聞きした範囲では、単純に「好きだった相手の嫌なところを目にして幻滅する」といったシンプルな意味合いで使われているようだ。
●この言葉はグリム童話の「かえるの王さま」が由来だというのだが、これが少し妙なところで、グリム童話では最初、姫は蛙に対して嫌悪感を感じていたのが、最後に蛙が王子に変身してふたりは結ばれる。巷でいう「蛙化現象」とは方向性が逆のような気がする。あと、この童話自体もかなり風変わりで、「美女と野獣」みたいに姫が蛙に心を開いたから蛙が王子に変身するのではない。姫はこれ以上は蛙に耐えられなくなって、蛙を思い切り壁に叩きつけたら王子に戻ったという話なのだ。まるで教訓的な要素がなくてバイオレンス上等な結末にたじろぐ。
●で、「蛙化現象」でまっさきに思い出したのは、ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」(新潮社)。若き日の主人公が裕福な家の娘にひとめぼれをする。ふたりは恋に落ち、想いを手紙に綴るが、娘の父がふたりの仲を引き裂く。手紙の往復は命がけの恋まで発展するのだが、あるとき、旅から帰ってきたヒロインが主人公とばったり出会ったところ、一瞬で底知れぬ失望を感じる。「蛙化現象」だ。

その瞬間、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気づき、どうしてこんなにも長い間激しい思いを込めて心の中で恋という怪物を養い育ててきたのだろうと考えて、ぞっとした。

この辛辣さとおかしさがたまらないのだが、この物語は「蛙化現象」のさらにずっとずっと先までを描き、見事な老人小説になっているところが並外れている。

May 15, 2024

締め切りは「守る」ものではなく「攻める」もの

●以前にもご紹介したことがあると思うが、「翻訳百景」(越前敏弥著/角川新書)を読んでいて出会った衝撃の一言。締め切りは「守る」ものではなく「攻める」もの。おおぉ……。これはなかなか言えない。どういう文脈で出てきたかというと、著者がまだ駆け出しの頃、2、3週間後の締め切りの仕事を3日くらいで仕上げて、人よりも目立つように努めたという話だった。まあ、いくらなんでもこれは極端な例にしても、たとえ1日か2日でも締め切りより早く仕上げることができれば、十分に「攻める」ことにはなると思う。
●この言葉を紹介すると、こんなふうに受け取る人もいる。「そうそう、20日締め切りとか言っても、21日とか22日なら問題ないに決まっているし、先方もサバを読んでるはずだから実は25日とか26日でもぜんぜん大丈夫なはず、なんなら初校をすっ飛ばして再校で原稿を突っ込むと割り切れば月初に食い込んでもまだ間に合う……」みたいに。これは「攻める」方向をまちがえている。

May 14, 2024

マリノス対アル・アイン@アジア・チャンピオンズリーグ決勝第1戦

●11日、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の決勝第1戦が日産スタジアムで開催。DAZNで配信あり。あいにくライブ観戦はできなかったので以下、備忘録として。マリノスはピーク時から見れば大幅に選手層が薄くなってしまい、リーグ戦との選手のやりくりに苦労しながら迎えた決勝戦。リーグ戦で主力を休ませながら、現時点でベストのメンバーで決勝戦を迎える。先発だけでも書いておくと、GK:ポープ・ウィリアム-DF:松原健、畠中槙之輔、エドゥアルド、永戸勝也-MF:喜田拓也-ナム・テヒ、植中朝日-FW:ヤン・マテウス、アンデルソン・ロペス、エウベル。
●決勝の相手は西地区を勝ち抜いてきたUAEのアル・アイン。てっきり欧州のスターたちを爆買いしているサウジアラビア勢がやってくるかと思いきや、違ってた。アル・アインは西地区の準決勝でネイマールらスターを擁するサウジのアル・ヒラルを破る快挙を成し遂げて決勝に進出。準々決勝ではクリスティアーノ・ロナウドのいるアル・ナスルも下している。なかなか痛快な話ではある。
●前半13分に早くもマリノスは失点。左サイドのラヒミに対して、余裕で対応できるように見えたエドゥアルドがスピードでぶっちぎられるというショックな形。いったんはGKのポープがボールを弾くも、アルバルーシが蹴り込んでゴール。個の能力の差を見せつけられてしまい、下手をするとホームで大量失点する可能性が頭をよぎった。アル・アインは堅守からカウンターを繰り出すチーム。きっとポゼッション重視のサウジのスター軍団たちをこの鋭い武器で沈めてきたのだろう。失点後、マリノスは我慢強く試合を進め、後半27分にようやく植中朝日がクロスを頭で叩いて同点、後半41分には途中出場の渡辺皓太が逆転弾。最初はオフサイドの判定だったがVARで判定が覆った。逆にアル・アインのゴールがVARで取り消される場面もあったので、この試合の勝利はVARのおかげ。2対1。
●もっとも勝利といっても前半を1点リードで終えただけで、5月25日のアウェイ第2戦は相当に厳しい環境での試合になりそう。今のマリノスには1点のリードを「守り勝つ」というフィロソフィーはないはずだが、はたして。アル・アインはぜんぜん別のチームになるはず。
●ちなみにマリノスの監督はハリー・キューウェル、アル・アインの監督はエルナン・クレスポ! 選手時代の実績はともにスーパースター。指導者としてはクレスポ監督のほうがだいぶリードしているようではある。

May 13, 2024

尾高忠明指揮東京都交響楽団のウォルトン

尾高忠明 東京都交響楽団
●11日は東京芸術劇場で尾高忠明指揮都響。プログラムは武満徹の「3つの映画音楽」より映画「ホゼー・トレス」から「訓練と休息の音楽」、映画「他人の顔」から「ワルツ」、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(アンヌ・ケフェレック)、ウォルトンの交響曲第1番。本来であればジョージア出身のピアニスト、マリアム・バタシヴィリがバルトークのピアノ協奏曲第3番を弾くはずだったのだが、急な体調不良によりキャンセルとなり、なんと、代役にアンヌ・ケフェレックが登場。LFJからそのまま日本に残っていたということみたい。もちろんバタシヴィリのバルトークは聴きたかったが、これ以上ない代役。端正で洗練されたモーツァルト。アンコールのヘンデル~ケンプ編のメヌエットは情感たっぷり。武満では都響の弦が輝かしい。
●後半、尾高忠明の十八番、ウォルトンの交響曲第1番。聴けなさそうで意外とたくさん聴いている曲なのだが、今回もその爆発的なエネルギーに圧倒された。レトロフューチャー風味のヒロイック・シンフォニー。眩しい。1935年完成。終楽章を聴くとバルトークの「管弦楽のための協奏曲」を思い出すが、ウォルトンのほうが先なのか。
●都響も終演後のカーテンコールの撮影が解禁されているのだが、アナウンスなどはなく、プログラムノートをよく読むと禁止事項のなかに交じって、「終演後のカーテンコール時のみ写真の撮影が可能です」と一言書かれている。だから、撮影している人は少ない。

May 10, 2024

「炒飯狙撃手」(張國立著/玉田誠訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

●完全にタイトルに釣られて読んでしまった、「炒飯狙撃手」(張國立著/ハーパーコリンズ・ジャパン)。いや、これスゴすぎるでしょ、「炒飯狙撃手」ってタイトル。内容を確かめるまでもなく、買うしかない。そして読んでみたら、たしかにめちゃくちゃおいしそうな炒飯を作る凄腕スナイパーの話だった。といっても、コメディ成分はなくて、中身は完全にスナイパー小説。イタリアの炒飯店で腕を振るう台湾の潜伏工作員が、ローマで標的の東洋人を射殺するが、逆に何者かに狙われてしまう。この炒飯スナイパーと、まもなく定年退職を迎える台湾のベテラン刑事のふたりが主人公。背後に巨大な陰謀あり、謎の組織あり、同じスナイパーだった昔の恋人あり、男と男の友情あり、家族の物語あり、アクションシーンありと、もりだくさんのエンタテインメント。
●で、肝心の(?)炒飯についてはそんなに出番は多くないのだが(片手で中華鍋を振りながらもう片手でライフルを撃つみたいなアクションはない)、このイタリア在住の台湾人スナイパーは炒飯にサラミを使うのである。

 サラミを刻んで卵とご飯と一緒に炒めるというアイディアは、マナローラで思いついた。チャーシューが見つからず、かといってイタリアの生ハムの味はチャーハンに合わない。思いつきで、イタリアの老人たちの大好物であるサラミを使ってみたところ、これがあたった。

●手に入りやすい材料で作るというのは納得。ワタシは炒飯にサラミを入れようとは思わないが、いつもベーコンかオイルサーディン缶の二択(この両者はパスタにも使う)。炒飯は常備してる食材だけで作りたいので、チャーシューの出番はない。ネギはどこのコンビニでも売ってるような冷凍刻みネギで済ませる。手抜きしか考えていないが、おいしい。卵とご飯があればいつでも作れる。まあ、お店の炒飯みたいにパラパラしたのは作れないんだけど。って、なんの話だっけ?

May 9, 2024

デ・キリコ展 東京都美術館

デ・キリコ展 東京都美術館
●東京都美術館のデ・キリコ展へ。ジョルジョ・デ・キリコ、生まれはギリシャだけど、両親ともにイタリア人。初期作品から晩年の作品まで100点以上が展示され、見ごたえ十分。あいにく写真撮影は不可だったので、代わりにフォトスポットの写真をあげておく。「形而上絵画」と呼ばれる作品群を中心に、どれもおもしろい。キーワードは、血の通ってない無生物感、挑発的なユーモア、マネキン、ギリシャ神話、考古学者、ネオ・バロック、自己言及性、舞台美術といったところ。先日、リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」を聴いたばかりなので、「オレステスとエレクトラ」に目が留まる。
●「形而上絵画」って難しい言葉だなと思う。「形而上」って言うより「メタフィジカル」って言ったほうがピンと来るような? フィジカルを超越している、フィジカルの高次にある、という感じか。
デ・キリコ展 東京都美術館 その2
●こちらもフォトスポット。「予言者」があしらわれている。マネキンが怖い。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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