股・戯れ言


BBS

ネットで日記やってるような女復活

お久しぶりです。
お久しぶりすぎて自分で笑ってまうわ。


↓一個前の日記の書き出しも同じですね。(ボキャブラリーがない)
またまた長いこと放置していた「股・戯れ言」ですが、唐突に再び書いていこうと思いました。たったいま。ジャストナウ。わしは本当にずぼらというか気まぐれだなー。たぶん、「他人から見たヤツザキさんの特徴ランキングベスト10」(そんなの存在しないが)に「飽きっぽい/続かない」はランクインしていると思う。あ、「スパッと辞めない/ダラダラ続ける」かな。たぶん6位くらい。


まー長いこと書いていなかったので書きたいことや書かなければならないこと、書いておいたほうがいいことなどが山のようにあるわけですが、何から書いていいかわからなくなってるので、とりあえず今回は「なぜ書かなくなったのか」を考えてみた、てのを書こうと思います。
もうね、こんなの自分でよくわかってるんだよ。

私はね・・・
これ言ったら怒られるかもしれんけどね・・・

「他のことをやってる間しか書きたい意欲が生まれない」人間なんですよ。
あ、なんかかっこつけた言い方してしまった。
もっと平たく言うと


「会社にいる時、仕事したくなくて日記書いてた」


のですわ。
ザッツ・タイマン。給料ドロ。
まあ、ようするに「仕事をさぼっていた」のだった。


会社辞めて早4年。
昔の同僚の人にもヤツザキばれしている今日(ヤツザキで検索かけられたりもしていることだろう)、これを告白するのは気が引けたが、もういいだろう。
ていうか、股・戯れ言を死ぬほど書いていた20代真っ盛りのときは、「わし、今、現実逃避している=仕事さぼってる」というのが認められなかったのですよ、自分で。そのときはいっぱしに仕事しているつもりだったんだよな、ウソみたいな話だけど。
20代の時の自意識は

「私は深夜とか休日にたくさん仕事してる!休みだって月に数日しかない!そしてストレスが溜まっているんだ!なぜなら生活の為(お金の為)に仕事していて、これは本来の自分のやりたいことじゃないから!そうやって私は自分を押し殺しているのをこうやって発散しているのよ!!!」

みたいな感じでした。
なんという自分勝手!
今年33のわしが当時の自分と接したら、真面目に仕事しろよ、おめーが仕事しないことで他の人に迷惑かかってるんだよ、いやならサッサと辞めろ、と思う。
しかし、人間と言うのはこういうことは、時間が経ってからしかわからないもんなんだよね。
その時はわからない。
年取って、自分以外のことも考えられるようになったり、立場が変わったり、そんなことがあって初めて自分の愚かさとか未熟さを知るんだよなあ。
今になって、そんな風にサボリまくりだったわしを断罪もせず(結構怒られたりしたけど)そばにいて育んでくれていた上司や先輩や同僚のありがたみを知るのだった。ほんと、わしの周りにいた人たちには感謝してもしきれないわ。

まあ、結局会社辞めて、結構な歳月が流れたわけですが、その結構な歳月の間になぜ書かなかったのかと言うと、単純に「20代の時よりもエネルギーが減った」のだと思います。
昔の「股・戯れ言」は、とにかく長かった。
「ヤツザキの文章は長くて読む気がしねえ」といわれることも多々ありましたが、実際一個の日記を書くのに2時間くらいかけてた(しかも仕事中に)んだよね。そして、2時間かけて書いた後の満身創痍感といったら!「やりきったー」っていつも思っていたよ。それを勝手に「仕事したー」に置き換えていたわけだ。都合のいい脳内変換。


あと、昔はいろんなことに怒ってた。
とにかくイライラしてたんだよな。そのイライラを日記で発散していたのだよ。なんであんなにイライラしてたのかなー、とか白々しく書くのは簡単だけど、それも今となっては自分でよくわかっていて


「私はこんなとこにいる人間じゃない!こんなとこでこんなどうしようもない人間らといるなんて!世の中うまくいかない!」


などと思ってたんだよな〜。
キモイー。
きもい選民意識ー。
その頃はレディオヘッドのクリープって、私のことを歌ってる歌だわ!とか勘違いしてたくらいだよ。
「一体ここで何をしてるんだ、ここは僕の居場所じゃない」って部分な。
トムヨークなんで私のことわかってんの!って感じだったわ。むろん知り合いじゃないが。

そんな風に自己顕示欲が人一倍強いくせに、人一倍、否、人十倍くらい自信がなくて、今いる地位(しがない会社員つーかIT土方)失ったら路頭に迷う→のたれ死と思ってたわけで、結局、何にイラついていたかというと自分にいらついていたのだった。
「股・戯れ言」ってのは、「自分にイラついてる記」なんですよ。
それを10年くらい書いてたんだなあ、わしは。
会社を辞めたということで、少しだけ、自分にいらつくのが納まったから、あんまり書かなくなったのかもしれない。自分にちょっとだけ余裕が出来たんだね。


と、いうのが自分で思う「股・戯れ言を書かなくなった顛末」なわけですが、じゃあ、何故また書こうと言う気になったのか。
長い間書かずにいて、それなりに忙しく生きていたからそれで平気なんだな私は、と自分で思いこんでいたのだけど、先日、過去のことをちょっと調べたくて自分で過去ログを読み返したのですわ。
で、自分でおもしろいこと書いてんなあ、と思ったから。
また書きたいなあ、って気持ちになったから。
昔から読んでくれている方々に、「また書きなよ」と言ってもらえたのもありがたかった。言ってもらった時には書けなかったけど。結局けっこうな時間が経っちゃったけど。
文章書くのから離れていた分、気持ちが募ったのかね。そのへんはいまはまだよくわからないけど。これもきっと、もっと時が経ったらわかるのだろう。

まあ、単純にわしは自分のこと書くのが好きで、書いていくほうが自然なんだろうね。そういう本来の自分を取り戻したい気持ちになったのだよ。


というわけで、これからはちょくちょく書いていくつもりですわ。
中断癖が出てこないことを自分で祈るのみ!
あと、さっき読み返してたいましろたかしの「盆堀さん」に


「アカンアカン、ネットで日記やってるような女はアカンで」


という一節があって、しまった!今まさに日記再開しようとしている時になぜこれを読み返しちゃったんだ俺!と思ったが、それにも負けないようにしたいと思います。
いや、実際、自分でもネットで日記やってるような女はどうかと思いますが。このツイッターとか140文字つぶやき全盛の時代に。時代に逆流したり、「やっぱヤツザキの文章って長くて読む気しねーよ」と言われること必至ですがどうかよろしく。

2012年05月24日(木)

今更ながらどうやって終わったのかを書いておこう

お久しぶりです。
お久しぶりすぎて自分で笑ってまうわ。


約1年以上(実質はそれ以上)放置していた「股・戯れ言」にいろいろ書きたい気分が戻ってまいりました。


てか、書かなければならないことが沢山あるな。
沢山ありすぎて、何から書いていいのかわからないくらいだ。
なにせ、ロケットさん追悼から時が止まってるもんなー股・戯れ言は。
それよりもうちょっと前のことから書いていきましょうか。


いまから約3年前、わしはこっぴどい失恋をしたのだった。
って、股・戯れ言の2008年〜2009年の記録は全部それのことだよな。自分で読み返してみて、おー、よくもここまで洗いざらいに苦しみの記録を残したもんだ、と感心してもうた。3年前のおれ、GJ。
その時「もう二度と恋愛できないかもしれない」「これから先、楽しいことはひとつもないのかもしれない」「時間が経つのが遅すぎる」などと本気で思っていましたが。
たった3回だけ来店した人生経験豊富な人(高齢のニューハーフ)にその苦しみを話したところ、
「時間が解決してくれることって、あるのよ」
って言われて、そんなことホントにあんのかよ、ウソでえ、じゃあわしの今のこの苦しみはなんなのかと、と思っていましたが。

あった。

時間が解決してくれることもあったし、楽しいこともあったし、恋愛もちゃんとあったのだった。

それどころか。
失恋の対象の人と、再び言葉を交わすこともあったのだった!

いやいや、生きてりゃいろんなことがあるのだな。

あの時、いっぱいいっぱい苦しんでよかったんだな、と今となっては思える。わしにとって、あの失恋があってよかったんだな。時間が経ったからそう思えるんだろうけど。(その時そんなこと思いつくほどの余裕はなかった)

いろんなことがあったが、失恋対象者の人と再び顔合わせて飲んで、それが某ミュージシャンの人を囲む飲み会であったもんだから調子に乗ったわしはいつも通りイエイイエイと騒ぎ、最後のほうはいつも通り暴言を吐いたりして迷惑をかけた(たぶん。記憶曖昧)のだけど、その時に「あーもう彼に会うことはないかもしれんな」と覚悟した記憶はあります。

だって、あれだけもう会えないかも、会いたいけど二度とそれは叶わないのだろう、と思っていた人とまさか会うことができて、まさか飲みの場で同席して、あろうことか最後は暴言まで吐いてるのだから、願い叶いすぎだろ。会えただけで十分だったのに。
だから、これはきっとたった一度だけのボーナスなのだろうと。

記憶あいまいながら、暴言を吐いたわたくしに対して当然のように怒った彼が、足早に去っていく後ろ姿だけは覚えている。それを見てそう思ったのだった。しかたがない、しかたがない。会えただけでよかったんだ、思ってること全部言えたなんてすごいことだよ、と自分に言い聞かせてその後別の店移って友人とベロベロになるまで飲んだのだった。(ダメ酔っぱらい)


当然のように彼からは連絡はなく、私もそれは心得ていたのだけど、数日後の私の30歳の誕生日に彼からメールがきた。


「あんたはやっぱり人間的に最高だなあ」


あれ?人間として魅力的だったかな?魅力的な人間だったかな?(大事な部分なのにうろ覚え)
そのような旨の書かれたメールを見て、私は飛行機の中で嬉しくて泣いたのだったよ。
3年〜2年前の日記に繰り返し、「どんなことがあろうとも、相手がどう思おうとも、彼は私にとって大事な人間である」と書いたけど、そう思い続けててよかった。もちろん、今もとても大事な人だよ。好きだ。大好きだ。
でももう恋愛的な好きは、そこで成仏したのよね。


私の沖縄の恋のおしまいは、こんなかんじ。


私はこの恋愛経験して、ほんとによかったなーと思ってます。
いろんなこと学んだけど、おしまいのあとにわかったことは
「恋愛感情が終わっても、違う関係になれる」
こともある、ってのを経験できたのが大きいかな。
それまでは、別れたらもう二度と会わない/会えない(自分が憎んだりしてしまうようなことも含めて)ものだと思ってたのですよ。
それは初めての経験だったし、自分が違う次元に行けた気がすんだよね。まあ、ぐじぐじしながらも、私も成長したってことだろう。
自分では成長なんてわかんないけどね。相変わらずダメな酔っぱらい方も繰り返してるしなガハハ。(笑ってる場合じゃないが)


で、その後のことは、次の日記に続く。
(股・戯れ言は終わらないよ!つづくよ!)
2011年08月24日(水)

ロケットさんに捧ぐ

日本で一番のローファイブルースシンガーであるロケットさん。
http://rocketson.nce.buttobi.net/

ロケットさんが読みたがっていた熟女女優について書いた記事を載せます。

この記事読むために姫路の本屋を全部回って、「見つからなかったで」と言ってくれたロケットさん。
「今度送るよー」と言って送らなかったことが悔やまれます。

ロケットさん、私はあなたに出会えてほんとよかった。
またどっかで再会して熟女話しよーね!


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「初めてのオナニー 風間ゆみ」


「ねえ、オナニーやってみてよ」
まだ真夏の余韻の残る9月の初め。新学期の放課後にやってきた、健ちゃんの部屋。
ちょうど一ヶ月前、ここで彼と初めてセックスをした。もう何度もカラダのすべてを見られたというのに。制服のブラウスが汗ばんで、ブラジャーが透けておっぱいが目立ってしまうのが、恥ずかしい。
たどたどしいキスを繰り返した後に、健ちゃんはズボンの前を怒張させながらそう言った。
オナニー・・・!?Hな投稿がたくさん載っている少女向け雑誌で、何度かその単語を目にしたことはあった。意味がよくわからなくて、雑誌を持ってきたミカに聞いたら
「え!ゆみ、知らないの?自分でアソコ触ることだよ」
と驚かれたのを思い出す。そしてアキコが「でも自分でするなんて、ないよねー!かっこ悪くない?」と非難めいて言っていた。だから、オナニーはかっこ悪いことなんだと思ってた。恥ずかしいことなんだと思ってた。
でも、目の前で健ちゃんは、それを見せてといって鼻息を荒くしている。
よくわからないけど、アソコを触ればいいんだよね。
ブレザーのスカートを捲くって、パンティを脱ぎ、太ももの付け根にある皴をなぞる。
自分で触ると、ヘンな形であることがちょっとわかる。暑さでパンティの中も蒸れていたから、湿っぽい。へー、こんなとこも汗かくんだ。健ちゃんのおちんちん、ここに入ったんだよね。でも指入れるのは怖いな。ここの奥、どうなっているのか知らないし。
そんなことを思って、ただなぞっていただけなのに、彼はすごく興奮したみたいだった。知らないうちに怒張をズボンから取り出し、自分で触っている。
「ゆみ、俺、もうガマンできない。入れるよ!」
ブラウスを脱がすこともなく、彼が覆いかぶさってきた。前戯のないセックスは、ちょっと痛かった。

家に帰ってからも昼間のことがなぜか頭から離れなかった。かっこ悪いかも、と思いながらも興味が勝ってしまって、自分の部屋でジャージを脱いで、自分でアソコを触ってみる。昼間やったのと一緒で、気持ちよくはならなかった。
オナニーって、どうすれば気持ちよくなるのかな。
それから時が流れ、中学を卒業し、高校生になった。ブラのサイズもずいぶん大きくなって、彼氏も何人か変わったけど、相変わらずセックスの気持ちよさがよくわからないまんま。でもオナニーは、どんどん気持ちよくなっていった。指を入れることももうへっちゃら。かっこ悪くても、恥ずかしくても、やめられなかった。
やがてある日のオナニーで、全身に電気のように気持ちよさが走った。100m走を全力で走ったかのような息切れ。そして、心地よい脱力感と幸福感。
初めてイクことを覚えたのは、オナニーだった。セックスがよくなるのは、もっと後の話。


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2010年06月07日(月)

つばさよ、お前はヤツザキか

夏真っ盛りですなー。
早くも甲子園が始まっております。
今年もがっつり見ようとしていたとこですが、まさかの台風で2日間中止て。
なんだよオイ。
まあ、そのぶん2日間ずれてくれたのは大変ありがたいので、
今年はホントにホントに甲子園に行こうかと思っております。


て、久々に日記を書くのは甲子園のことが書きたいのではないのだ!
わしの日課である朝の連ドラ「つばさ」のことが書きたいのだ!
http://www9.nhk.or.jp/asadora/tsubasa/index.html

「つばさ」はわたくしが2年ぶりくらいにハマっている朝ドラなのだけど、
舞台が埼玉県の川越だし、そこから上京するとかのストーリーもないので比較的地味な話なんだけど、いちいちグッとくる話なのですよ。
いちいち泣ける話なのですよ。

簡単にストーリーを説明すると、主人公のつばさは20歳の老舗和菓子屋の孫。
祖母が厳しい人で、跡継ぎだったつばさの母は、つばさが10歳のときに家出をしてしまう。それ以来、つばさは主婦の役割を10年間こなしていたのだけど、母が10年ぶりに家に帰ってきたのです。
んで、時を同じくして老舗和菓子屋にはものすごい借金があったことが判明。
地元のヤクザ(母の幼馴染)の手ほどきで借金の負担を軽くする代わりに、つばさは開局したばかりの地元のローカルFM局で働くこととなる・・・

というちょっと無理のある設定なんだけど、
この母ちゃんとその母ちゃん、つまりつばさの祖母との関係とか、泣けるんだよなー。
母と娘が対等に向き合うために必要だったプロセスとしての家出。
川越くらいだと上京して一人暮らしして親元離れるてのは難しいことだし、母の期待にこたえなければならんとやってきても、いつも自分はどこかダメだという気持ちをずっと引きずっているところからの脱却てのが、自分が子供産んでもテーマになるということが、NHKドラマにしては踏み込んでてリアルだ。
10年間家飛び出して、まわりにダメだ最低だ言われても
「自分の人生だもの。私は後悔なんかしてない」
と胸張って言う母ちゃんに涙涙。
あと、祖母に「あなたなんか生まなきゃよかった」と言われて
「親って勝手よね。母さんがそう思うのは仕方ないかもしれない。母さんのことは否定しないわ。だけど、私はつばさを産んだことをそんな風には言わないわ」
と語るところが最大に泣けました。
つばさも、自由奔放な母に対して
「母のことは、嫌いになれないことが一番つらい」
と言っていたのがぐっときた。わかる。よくわかる。

家族って、近すぎるからどうしようもないし、いやだなと思うことも多いけど、それでも否定できないところがいいとこであり悪いとこなのだろう。
それって、人と関わるということと一緒だよね。
すうごくいやなことがあったり、もう二度と会いたくないということがあっても、それでもどこかで繋がっていたいと思う心。
それが絆というやつなんだろうけど。
本当にいやだったら切れるからね。縁て。絆なんてないからね。


と、つばさの家族のことで長々書いたけど、
「つばさ」の中で最大に泣けたエピソードは、つばさとつばさの恋人・翔太の話だ。
翔太は宮崎のチームのJリーガーになった幼馴染なんだけど、怪我をしてしまって川越でリハビリをしておったのです。
その頃のつばさはローカルFMの仕事が順風満帆で、母とも関係が良好。さらに職場の上司がつばさに好意を持って楽しい毎日を送っていたわけだが、
翔太は怪我がままならないし、チームからは「もう帰ってこなくていい」と言われて絶望の淵におったのですよ。
そんな翔太に「一緒にがんばろうよ」というつばさ。
「翔太がいるから私は仕事がんばれるんだよ」というつばさ。
よかれと思っていろいろ世話するが、翔太が浮かない表情であるので、
「私、仕事やめて宮崎に一緒に行くよ」
と言ってしまい、
言われた翔太はカッとなって
「俺のために仕事辞めるなんて言わないでくれよ!」
と叫び、たまらず部屋を出て行ってしまう。
そんでもって、
「つばさの思いが重いから別れよう」
と告げて別れてしまうのですわ。

なんでそうなったのかわからず、悩み苦しみ、挙句の果てに仕事で大失敗をしてしまうつばさ。
そのままつばさは旅に出てしまうのだ。


あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・

男女が別れるのは、浮気とかそういうことじゃないよな。
こういう、思いのズレだ。
送信と受信にわずかにズレがあった瞬間だ。

思いはずれる。相手のことを思えば思うほどずれる。
「わたし」と「あなた」という2人の思いが、いつだって合致するわけじゃないし、
「わたし」と「あなた」、どちらも自分の人生がうまくいくわけじゃない。


つばさが、自分の人生がうまくいきながらも、「軸は翔太なんだよ」と言い続けたのも無神経すぎるのがよくわかるし、
翔太が、不甲斐ない自分に対する怒りをつばさにぶつけて、「自分さえいなければいいんだろ」となった卑屈さもよくわかる。
と、ネガティブな側面でとらえてみたが、どちらも「相手の人生も、自分の人生も、そして2人で歩む人生も全部うまくいきたい」と願う心が出発点で、でも一緒にいすぎて「どれかを優先しなければならない」という考え方に変わってしまった結果なので、決してネガティブなことではないと思う。
お互い、お互いのことを思いすぎてしまったからこうなった、てだけのことなのだ。
で、いまは、「あなたの人生」と「わたしの人生」が交わるときじゃない、ってだけのことだ。

でも、ここでダメだ、と相手に対する思いを捨てることはない。
捨てずに、今は「わたしの人生」を精一杯歩くだけであるよ。
思い(つまり希望)さえもって、歩んでいけば、恋なんかよりずっと濃ゆい絆ができると思う。
できなくても、そう思って生き続けるというプロセスが大事なんだと思う。


いやー。泣いた。この二週くらいはずっとボロ泣きだったわ。
私はつばさほどしっかりもしてねえし(ミスいい加減)、地元の人々に希望を与えるというような前向きな仕事をしているわけでもないけど、ものすうごく感情移入してしまったわ。
仕事でミスこいて、頭が不安と罪悪感でグルグルしている状態を解消するために「旅に出る」という行為をしたとことに
おい、つばさ!あんた、ヤツザキと一緒だよ!
と思ってしまった。
旅の中でのエピソードも書きたいとこだが、割愛。
ただ、つばさが「翔太の夢に乗っかろうとしてた」「翔太のことが好きな自分が好きだっただけ」と認めたのはまた泣けてもうた。
そこまで認めるのはようできんことだ。


そして、旅から戻ってきて、「自分のやるべきことをがんばろう」とまた働き出したつばさに、地元のヤクザ(西城ヒデキ)が一番大事な人を失ってしまって意気消沈というエピソードが待ち受けているのだけど、
これがまた泣けた!
ヤクザが恋愛で失敗し、傷心状態で浅草をさまよったときに出会い、励まされ、一緒に働いてきたブラジル人女性がブラジルで亡くなったという報せがあるのだけど、
そのときにヤクザが彼女のことを

「家族でもないし、恋人でもないし、遠くはなれていたけれど、心の奥底でしっかり繋がっている人。彼女は俺の『同志』」

と説明するのですわ。(正確にはつばさがそういうのだが)


この説明が胸を打ちましたわ。
家族でもないし、恋人でもない。もちろん友人以上で。
ドラマん中ではそれをポルトガル語で「アミーゴ・インチモ」と説明しておりました。それだと親友て意味らしいけど。

家族や恋人て、確固たる契約だと思うんですけど、
それではない関係って、恋人なんかよりずっと強固な絆があるのに説明する言葉がない=不確かだから、いろいろ不安になったりするのだと思う。
名前がないということ。
たったそれだけのことに不安になったり泣けたり狂ったりしてしまう。
でも、カイジも言ってたが(テレビの中で)、自分の中でそれが絶対であれば、不安になることなんかないんだよな。
自分が、心が震えるほどその人に対して何かを思える、そして通じ合えているということを自分で感じられるという感情つーか力つーか、そういうものがあるということに自信を持てばよいのだよな。


私が大事だと思う人は、家族でも恋人でもないし、遠く離れているかもしれないが、私は誰よりもずっと大事に思っている。
それだけが絶対だ。
相手がなんも思ってないかもしれなくても、わたしの心が今も、いつでも思っているということが、とてもとても大切なことなのです。
言葉がないことなんて、たいした問題じゃないよ。


てなわけで、「つばさ」は最高だ。川越行きたい。長瀞行きたい。
もうひとつ見ている昼ドラ「かりゆし先生、ちばる」は小浜島オールロケなんだけど話がしょぼい。が、見てしまう。
私は暑苦しいが沼田先生が好きです。
パンヤオのチューヤンじゃないほうの人が、いい男役で出ているけど、どうなのか。いい男なのか。
あと、美木良介は年取っても声がシャガレ高い声だなあ。
ちょっと前まで「つばさ」にも「かりゆし先生」にも永島敏行が出てたけど、なぜなんだろう。「サード」や「遠雷」以来の永島敏行ブーム勃発してんのかね。
2009年08月10日(月)

たまには雑談

近況・雑談

■携帯紛失してから二週間くらい経つけど、連絡先がわからないと不便なことが多いなあ。
 ふと連絡が来ても誰からだかわからないときがある。たいてい返信した後わかるけど。
 まあ、心優しい皆様のおかげで連絡先は徐々に判明してきているので、ありがたいことです。
 引き続き連絡先送ってやるよーという方がいましたら連絡お願いします。
 電話番号・メアド変わってないよ。あ、ソフトバンクじゃなくてドコモだよ。

■前の会社辞めてから早10ヶ月。この10ヶ月間で旅したのは4月の沖縄だけという状況でございましたので、
 意外と旅しなくても生きていけるものだなあ、と思っていたのだけど、先週の日・月で、急に思い立って甲府にぶらりひとり旅してきました。
 温泉入って安宿泊まって古着やレコード掘り出して酒飲んで・・・ああ、旅はいいなあ。やっぱり。
 私の場合、旅でいちばんいいのは「ひとりでいろいろ考える時間がたっぷりある」ことなのですよ。
 なんつうか、自分の中で流されている部分とか、普段考えないようにしている部分と向き合って、初心を忘れちゃいけねえな、と思った。のほほんと生きているようでいろんなことを考えておる。
 で、考えるとやっぱり誰かに話したくなる。
のだが、それはまあ、巡り合わせとかタイミングとかあるからな。
 今はそういう時期じゃないんだろう。辛抱強くならんとなー。

■今年のフジロックは断念!だなー。気がついたらチケット売り切れらしいし。
 2002年から7年連続行ってたけど、まあ、しょうがない。
 まあ、フジロックだけが人生じゃない。フジロックより大切なものが人生にはあるだろう。
 中津川フォークジャンボリー行こうかな・・・中津川は遠いから無理か。

■気がつけばもうすぐ三十路なのだけど、今年の三十路誕生日はおもしろくなりそうだ。
 ああ、わしの人生の中のいろんな縁は、そういう風に繋がるのかー!という感じ。
 仕事で沖縄行って会社辞めてゴールデン街で働き出して、沖縄バーに移籍して・・・
 人生っておもしろいもんですね。やっぱフジロックよりおもしろいことがあるもんだ(半分負け惜しみ)

■柿の種の「塩だれ」てのがうますぎる。

■龍作という人のCDが欲しい。ライブ見たい。

■上田正樹&サウス・トゥ・サウスの「この熱い魂を伝えたいんや」のLP買ったんだけど、かっこよすぎて大変だ。
 私が日本一カコイイと思う歌手が上田正樹なのだけど、ジャケだけだと有山じゅんじがかっこよすぎて大変だ。

■Dr.マーチンの青いブーツを3000円で買ったのだけど、まだブーツの季節じゃないなー。
 早くブーツの季節にならんかなー。

■今年のバーゲンはロデオ・クラウンズにすべてを捧げたと言っても過言ではない。
 ギャル服だけどギャル服っぽくないのがいいですね。アナップとか全然行かなかったなー。
 わしはギャルじゃないってことか。そらそうだ。もうすぐ三十路だからな。

2009年07月17日(金)

その後の「サウナとケータイと誕生日と国境」【※重要】

この日記を読む前に、3つ前の日記から順々に読んでいってください。
それでこれを読んでくださいまし。
間違ってもこの日記から読まないように。

その1→http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=54856&pg=20090627
その2→http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=54856&pg=20090628
その3→http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=54856&pg=20090629

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明けて月曜日。
めんどくせーなーと思いながらも、サウナ「W」に電話。
出たのは「日本語が達者な」韓国人女性(推定30〜40代)であった。

「すいません。昨晩、ケータイをそちらに忘れた件で何度も問い合わせしたんですけど」

韓国ギャルの「ツタエテオキマス」が実行されたのかどうだかが知りたくて、そのように切り出したら

思った
とおりに
伝わって
なかった



・・・やっぱりね!
そうだとわかっていたよ!
信じちゃいねーよ!

というわけで、昨晩何度も言ったセリフを繰り返す。
日本語が達者な女性であったが、やっぱり答えは「届いてないですねー」であり、
肩を落としましたわ。でも、この女性は自発的に
「見つかったら、今かけてる電話番号に連絡するので名前教えてください」
言ってきたからまだマシか。


もうえーよ、新しいケータイに変えますよーと思うが、ネックは「電話帳の喪失」なのであった。
名刺をもらっている人はそこに書いてあるからいいとして、それ以外の人はまっっったくわからんという罠。
まあ、前のケータイがあるから、それを拾っていけばよいか・・・と思って、前のケータイを引き出しから取り出した。


あああ!
私はすっかり忘れていた!
なぜ前のケータイを使うのを止めたのかを。

2007年10月26日の日記より
>携帯の調子がすこぶる悪い(バッテリーが膨らんでる)ので修理に出しました。

そうだ。ケータイ故障して、つっけんどんに「修理不可能です」「買い換えてください」とソフトバンクに言われて頭にきてドコモに変えたのだったよ。
その後の旧ケータイには触れず、火も入れずにいたのだが、一年半ぶりに見てみたら、

バッテリーの膨らみMAX状態!
わしが放置したあともずっと膨らみ続けてたのか!
おまえ、餅か!


というわけで、旧ケータイ、バッテリーが本体にもう入らない状態。
つまり、電源が入らないということですわ。
データをそこから吸い取るというソリューションはここで潰えた。
こういうときに、「常日頃からSDカードでバックアップ取っておけばよかった」って思いますね。ホント、取っておけばよかった。心から反省。
反省してももう遅い。


つうわけで、もう見切りをつけてドコモショップ行って機種変更してきてしまったよ。
SH05Aというやつに。
見つかったらデータも移せるという話だしな。望み薄だけど。
そして分割払いだけど高くついたわー。くやしーなー。
まあ、しょうがないけども。


くそー!韓国サウナですいすい見つかっていれば!・・・
まあ、いい機会だとおもうことにしよう・・・


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ご愛読ありがとうございました。
ここからが重要で、
上記のようなわけでデータがすべて飛んでしまったので、
この一連の日記をお読みになった方でわしの連絡先知ってるぜい、という方は
お手数ですが、メールで電話番号およびメールアドレスを送ってくださいませ。

このケータイ騒動日記の感想文でも結構です。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

「シエロ」「赤花」ご来店の際に聞くこともあると思いますので、
そのときはご協力お願いいたします。


ちなみに、新ケータイに変えて一発目にかかってきた電話は原稿催促の電話で、
一発目に送られてきたメールは、会社の元後輩からのどうでもいい内容のメールでした。
幸先いいんだか悪いんだか・・・


2009年06月30日(火)

サウナとケータイと誕生日と国境  その3(いちおう完結編)

前の前の日記と、前の日記の続きでございます。
まだ読んでない方はそちらから読んでくださいまし。
あまりにも長文なんで疲れてきた

その1→http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=54856&pg=20090627
その2→http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=54856&pg=20090628


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はてさて、「先生」というWHO常連さんとともに再びサウナ「W」を訪れたわし。
もうこのエレベーター昇るの最後にしたい・・・と思っていたら「先生」が「まあ、これで大丈夫だよ。これで見つかるでしょ」とポジティブな発言をする。
なんかそんなような気がしてきたが、これで出てきたらどんだけわしはナメられているのか、ということだよなー。まあ、いいけど。

再びカウンターに出向くと、先ほどの強敵・韓国ギャルが。
「何度も悪いんだけど、ドコモに調べてもらってここにあることは確証が掴めているんですよ。もう一回探してもらいたいんですけど」
と告げると、韓国ギャル、キョトンとしながら

「ゼンブサガシタンデスケド、ナイデス」

必殺「ナイデス」にアレンジを加えてきやがった。
そんな短い間に探してないだろ!
「でも、ここの住所にあるって機械がいってるんですよ」「絶対どこかにあるんだってば」こっちも証拠があるから必死だ。
そのたびに「ワカラナイデス」「シラナイデス」が返される。証拠あるのにわからないってなんだよー。おまえのこと逮捕するわけじゃないんだから、わかってくれよー。

「先生」が年寄りの威厳をフル活用して
「あなたはバイトだと思うけど、ここにはあなた以外の従業員はいないの?」
と聞くと、奥から40くらいのオバハンが顔を出してきた。
「イマス」
「ワタシトモウヒトリ、イマス」
まあ、オバハン出てきたから、もう一人いるってことだよな。
しかし、そのババアはちょっと顔出しただけで、すぐに引っ込んでしまう。韓国ギャルよりもさらに日本語がわからない感じだった。
「先生」が
「ここは、問題が起きたとき、誰が責任取るの?マネージャーはいないの?」
と聞くと、
「ワカラナイデス」「イナイデス」
の一点張り(二点か)。
畳み掛けるように
「あなたともう一人の従業員の人は、どっちが(立場が)上なの?さっきの人じゃないの?」
と先生が詰め寄ると、
「アッチガウエデス」
と返してきたが、おそらくこの言葉の意味はわかってなかった模様。単純に年齢が上というつもりで返してきたようだ。
先生は、「だったらさっきの人に出てきてもらってよ」と言ったが、
韓国ギャルは、

「サッキノヒトハ、9Fノソウジニイキマシタ」

と返答してきた。
オオーイ!
こんな大事な話してるのに掃除に行くのかよ!
どんだけ責任放棄なんだよ!

先生もだんだんイライラしてきて、「日本語がわかる人はいつ来るの?」「昨日はいたんでしょ?」と聞いていたが、

「ニホンゴノヒト、カヨウにキマス」
「ゲツヨウヤスミです」
「キノウ、ヤスンデマシタ」
「キョウモヤスミデス」

休みすぎだろ!

とにかく埒が空かない。
先生も引くに引けなくなってきたので、「サウナ着袋の中に入ってたんだよ」「タオルとか調べないの」と初心にかえった質問を何度もループして聞いておる。
韓国ギャルは当初、「カエストキハ、ゼンブシラベマス」「デモ、ナイデス」と言っていたが、そこでやっと「リネンにゼンブモッテイッテ、ソコカラハワカラナイデス」と新情報が出てきた。
近所にリネン所があって、タオル、サウナ着は全部そっちに持っていかれるという。「そこ何処なんですか?」と尋ねたらまた「ワカラナイデス」って返されたけど。
うー。歯がゆい。


そこに、韓国人女性2人組がちょうどチェックアウトに現れた。
ハングルで何かを話して出て行ったが、韓国ギャル、渡されたバッグの中身全然チェックしないで「使用済みタオル置き場」みたいなとこに戻しておったわ。
おい!
全然中身チェックしてねえじゃねーか!
うああああああ。

わしも先生もその様子見てグッタリし、ああ、もうダメだこりゃ、と思ったわけだが、先生は最後の気力を振り絞って
「日曜の午後3時半にカウンターに入ってた人は誰なの?」
「その人に確認してもらうよ」
と告げる。
ああ、それが一番よいな・・・ありがとう、先生!
シフト表見ればその時間帯の従業員わかるしな!・・・


「ワカラナイデス」


伝家の宝刀で一刀両断。
これでこの日の捜索は、終わった。




WHOにて、一番息巻いていたのは先生であったが、「これじゃあダメだね・・・」と漏らして新宿バッティングセンターのところで別れる。
いや、先生はよくやってくれた。ありがとうございました。
あの気の利かない韓国ギャルに「ヒルノヒトにツタエテオキマス」言わせてたからな。あと、責任者の名前と韓国ギャルの名前わかったし。
まあ、わかったところでどうにもならんのだが。

失意の中、区役所通りを南下していたらゲリラ豪雨みたいなのが降ってきた。
くー。なんたる自然の演出。ズブ濡れじゃい。


WHOに戻ったら皆さん「どうなった?」とお待ちかねでしたが、残念な結果しか告げられんかった。
ああ!場所はわかっているのに!
絶対そこにあるのに!
サウナなのに!


なんでこんなにも国境を感じなければならんのだー!!!???


遠くて近い韓国。近くて遠い韓国サウナ。
もう二度と行くまい、と思いながらも月曜の昼に電話しようと思った。

ちなみに、戻ってきた時に友人が

「戻ってくる間にヤツザキさんになんか食い物買ってきてもらおうと思って電話しようと思ったんですけど、ヤツザキさん電話なかったのに気づいて止めました」

と無邪気に言っていたが、とんだイヤミだと思いました。


<完>


・・・・いちおう完ですが、「じゃあ、ケータイはどうなったの?」「月曜電話したの?」という疑問が残ったと思うので、次の日記に続く!

2009年06月29日(月)

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