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  • プロコフィエフの交響曲第1番「古典」は、1916年から1917年にかけて作曲された。当時25歳だったプロコフィエフは、かつてニコライ・チェレプニン(ペテルブルク音楽院教授)のもとで研究したハイドンの技法を活かし、「ハイドンが現代に生きていたら書いたであろう作品」を書こうとしたという。初演日は1918年4月21日。レニングラードで作曲者の指揮によって行われた。

    [続きを読む](2024.03.11)
  • 直後に来日したことも関係しているのか、日本での報道を見ている限り、2024年2月初めに開催された第66回グラミー賞の受賞式の話題は、テイラー・スウィフトが独占してしまった感がある。確かにテイラーは史上初めて4度目の年間最優秀アルバム賞に輝いて、見事に記録を更新。ただ、受賞数で言えば今回は2部門のみで、最多の4冠を達成したのはフィービー・ブリジャーズだったし、...

    [続きを読む](2024.03.21)
  • アラン・ドロンについて書かれた記事に必ずと言っていいほど出てくるトピックが2つある。1960年の映画『太陽がいっぱい』で人気が爆発したこと、そして美男子の代名詞的存在であることだ。今でも「最高の美男俳優は誰か」と質問されて彼の名前を挙げる人は多い。そのイメージからは、華やかで輝かしい人生しか想像できないだろう。しかし、実際のドロンは順調にスター街道を走り続け...

    [続きを読む](2024.01.19)
  • 終戦の年、古井は山の手大空襲に遭い、疎開先の岐阜県でも罹災した。その体験は古井作品の重要な主題となり、変奏曲のように様々な作品に様々な形で現れる。初期の「円陣を組む女たち」では、「私」が円陣を作って遊んでいる少女たちを見物するところから始まり、円陣をモチーフにした7つのエピソードが語られる。「私」がなぜ円陣にこだわるのか、その原体験は最後に明かされる。

    [続きを読む](2024.03.03)