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竹中平蔵のポリシー・スクール

2015年7月29日 骨太・成長戦略2015を読む

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日本経済研究センター研究顧問 竹中平蔵

 毎年6月末から7月にかけて、経済政策に関する大きな方針決定がなされる。今年も6月30日に、骨太方針と成長戦略が閣議決定された。正確には、「経済財政運営と構造改革の基本方針」と「日本再興戦略」の2015年度改訂版だ。例年とおり、いわゆる霞ヶ関文学を駆使して書かれたこうした文章を読みこなすのはなかなか難しい。その為にメディアは,骨無しとか力不足とか、印象論的な批判に終始をする傾向にある。ましてや今回は、安保法制を巡って難しい国会運営が続いたため、経済問題に対する社会全体の関心も、決して高くなかった。しかし今年の骨太・成長戦略には、いくつかの注目すべき点がある。以下では、そうしたポイントを整理してみたい。

骨太:総論と各論の狭間

 今回の骨太には、2つの評価すべき点と、若干の懸念される点が存在している。評価される点の第一は,「経済再生なくして財政健全化なし」という安倍内閣の基本姿勢が、明確に示されたことだ。ともすれば従来は、「経済と財政の両立」といった曖昧な表現や、場合によっては「経済再生の為に財政健全化が不可欠」、といった表現が多用されてきた。また現実のマクロ政策では、財政健全化が前面の出されることが多く、その象徴が昨年4月の消費増税だった。マクロ経済運営より「金庫番」的発想が強かった、もしくは財務省的発想が支配的だったと言える。しかし、昨年の消費税増税で経済が悪化し、かえって財政健全化が難しくなったことから明らかなように、「経済再生」こそが優先されるべきだ。その意味で今回の骨太は、総論として適切な姿勢を明記している。

 第二の点として注目されるのは、今後「税制のオーバーホール」を行うとしている点だ。これには、いくつかの思惑が重なっていよう。世界的に高い日本の法人税率は、2年がかりで31%程度(実効税率)まで引き下げられることになっている。しかし国際比較から見れば、まだまだ不十分だ。さらに20%台の半ばまで引き下げることが、企業の国際競争力の観点からは必要だろう。また、税制のなかでもとりわけ重要な所得税について,中間所得層の税率が低いという根本問題がある。政治的には極めて難しいだろうが、この点を修正して行かねばならない。その意味で、本格的な税制見直しは避けて通れない。骨太方針で税制の抜本見直しに言及したことは、意義深い。

 その一方で、残された課題も少なくない。最大の問題は、歳出抑制のあり方だ。経済再生を優先させるのはよいとして、歳出抑制の努力が必要なことは言うまでもない。とりわけ、歳出全体の3分の1を占める社会保障については、パッチワーク的な修正ではなく制度の根幹に係わる見直しが欠かせない。こうした視点で骨太方針の“霞ヶ関文学”を読むと、なかなか興味深い。医療や介護についてのパートは、8つのセンテンスから成り立っているが、そのうち7つのセンテンスの末尾がすべて「検討する」「検討を行う」、などとなっている。また年金制度の改革については,長いセンテンスの中に多くの重要項目が挙げられているが、その末尾は「引き続き検討する」とされている。こうした問題を議論するために、「社会保障改革推進会議」が設けられている。しかしこれは、民主党政権時の同国民会議を実質的に引き継いだものであり、組織のあり方を含めて抜本的な見直しが必要かも知れない。

 また、先の税制のオーバーホールにしても、方針ではわざわざ「政府税制調査会」で検討を行うとされている。小泉内閣でもそうであったように、こうした根本的な議論は、財務省の影響力が強い政府税調ではなく、総理直轄の経済財政諮問会議で行うべきであろう。総論と各論の狭間をどう埋めるのか…総論を実現する為の具体化プロセスが問われる。

議論の“枠組み”そのものを問い直せ

 中期的にいかに財政健全化(基礎的財政収支の黒字化)を実現するか、議論のプラットフォームを作るために今年2月、内閣府は2020年に向けての財政試算を公表している。そして7月には、これの修正版を示している。しかし筆者は、この試算は赤字を大きく見せるようなバイアスを持っており、議論のプラットフォームそのものを問い直す必要があると考える。

 試算は、実質成長率2%、名目成長率3%というマクロの前提の下で、2020年に財政再建を実現には9.4兆円の歳入不足があることを示した。その後の再試算では、不足額が6.2兆円に縮小しているが、依然として深刻な事態が予想されるというシナリオだ。

 一般に、この試算に対する批判は、成長率の前提が高すぎる、楽観的に過ぎるというものだ。2%成長が高いというのは、一つの見識かもしれない。しかしそもそも安倍内閣の政策“アベノミクス”は、そうした成長を目指したものだ。だから財政健全化にあたっても、その成長が実現することを前提に考えるのは当然のことだ。政権全体として実質2%成長を目指すと言いながら、財政再建について別のシナリオを考えるというのは、ありえない話だろう。2%成長が高いという論者は、アベノミクスに反対だと堂々と主張した方がいい。

 問題は、2%という成長率の前提ではなく、別の2点にある。第一は、税収のGDP弾性値を、1という低い値に設定していることだ。長期的には、弾性値は1程度と言ってよい。しかし景気回復期において、同弾性値は3−4程度の大きさになる。第二に、日本銀行の物価目標が実現されるという前提で、消費者物価上昇率を2%と想定しているが、GDPデフレータ上昇率は1%強と低くなっている。確かにデフレ下では、GDPデフレータが消費者物価上昇率を下回るが、デフレが克服されれば両者の上昇率はほぼ等しくなることが知られている。

 来年度予算の概算要求の段階になって、内閣府は、2020年に9.4兆円の税収不足が出るという当初の試算を改訂した。新しい試算では、税収不足額は6.2兆円と縮小している。しかしこの試算は、議論の枠組みを大きく変えるものではない。足元の税収増を織り込み、さらに来年度の歳出については物価上昇の半分程度を実質抑制する、という「微修正」を施したに過ぎない。逆に、このような足元の状況を少し変えただけで、2020年に3兆円もの赤字減少になるということだ。税収のGDP弾性値やGDPデフレータについての前提を変えれば、中期の財政の姿はいとも簡単に変わってくる、ということが示唆されている。

 バイアスを取り除いた当たり前の試算に基づいて議論しないかぎり、2020年までに財政健全化に関する充実した議論にはならないだろう。ここで必ずと言っていいほど聞かれるのは、次のような声だ。

「楽観的な試算を出せば、歳出抑制への姿勢が緩む」

 確かに、歳出抑制への姿勢を緩めてはならない。しかし、そうであるなら,昨年のような増税を行って税収増を測るべきではなかった。リーズナブルなマクロ・シナリオの中で、着実な歳出削減努力を行う…この当たり前の姿勢が求められている。

 なお今回、歳出に「キャップを填める」(上限を設ける)ことの是非が随分と議論されたようだ。骨太2006では、こうした上限を設けたことが知られている。また、財政健全化を実現した海外の例でも、なんらかの歳出キャップが必要なことが示唆されている。一方で、単年度の一律なキャップを填めることは財政の硬直的な運営に繋がる、という批判もある。今回は、2018年度に中間目標を設けるということで決着した。いわば、複数年で緩やかな歳出キャップを填めた格好だ。果たしてこうした措置が機能するかどうかも、重要な注目点と言える。

(2015年7月29日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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