2023年01月20日

第168回直木賞決定!

受賞作が決定しましたね。第168回直木賞は、
小川哲さんの『地図と拳』
千早茜さんの『しろがねの葉』が受賞しました。

選考委員の宮部みゆきさんが『地図と拳』を評して、
「小説が持つすべての魅力が内包されている」
とおっしゃっていましたが、まさに言い得て妙だなと思いました。
小川さんの作品はどれを読んでも楽しめますが、
『ゲームの王国』も小説の魅力が詰まった作品なので、
ぜひ読んでみてください。
取っ掛かりとして、長編ではなくもっと薄い本から
読んでみたいという人には、『君のクイズ』がオススメです。

千早茜さんは時代小説初挑戦での受賞となりました。
既刊の作品も多いので、書店では千早茜祭りになりそうです。
小説もいいですが、『わるい食べもの』など
食べ物系のエッセイもオススメ。

一方、第168回芥川賞は、
井戸川射子さんの『この世の喜びよ』と、
佐藤厚志さんの『荒地の家族』が受賞しました。

『この世の喜びよ』は記憶について、
『荒地の家族』は時間について書かれた作品です。

興味を惹かれたのは、おふたりとも仕事を持っているところです。
井戸川さんは高校の国語の先生、佐藤さんは書店員です。
今はなかなか作家専業で食べていくことができませんし、
今後、こうした兼業の形が増えていくのかもしれません。

直木賞、芥川賞ともに二作同時受賞となりました(予想は半分だけ的中)。
皆さんおめでとうございます。

さて、最後に当欄ですが、今回をもって終わりにします。
直木賞予想はたぶん第133回からじゃないかと。
第133回といえば2005 年上半期。そう考えると長いですね。
本の紹介は別の場所でも続けていきますので、
興味を持った方は名前を検索してみてください。
長きにわたりご愛読くださりありがとうございました。


投稿者 yomehon : 07:00 | コメント (0)

2023年01月18日

直木賞受賞作予想

すべての候補作をみてきました。
それでは第168回直木賞の予想にまいりましょう。

受賞作は、小川哲さんの『地図と拳(こぶし)』と予想します。

戦争とは何か、国家とは何か、人間とは何か。
そうした大きな問いに立ち向かった素晴らしい作品です。
この手のスケールの小説は、何年に一回くらいしか現れません。
選考委員にはぜひタイミングを逃すことなく、受賞させてほしいと願います。
また日本を取り巻く国際情勢からしても受賞は時宜にかなっています。
本作は、「新しい戦前」を思わせる今だからこそ読まれてほしい作品です。


もし二作同時受賞なら、
一穂ミチさんか千早茜さんかなとチラッと思ったりもしますが、
やはり『地図と拳』は群を抜いていますので、当欄では単独受賞を推します。

最後に芥川賞も予想しておきましょう。
こちらは井戸川射子さんの『この世の喜びよ』が受賞すると思います。
前作『ここはとても速い川』が抜群に素晴らしくて注目していました。
二作続けてクオリティの高い作品を出した力量は凄いです。

といっても、前作は候補になっていないので、選考では関係ないんですよね。
そう考えると、前回候補になった鈴木涼美さんも有力だし、
彗星のごとく現れた新人が受賞してスターになったケースも
これまであったことを考えると、安堂ホセさんだって可能性があります。
でもここはやはり作品そのものの個人的評価で、井戸川さんを推します。

芥川賞・直木賞いずれも1/19(木)に発表されます。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月17日

直木賞候補作⑤『汝、星のごとく』

次は凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』です。
『流浪の月』で本屋大賞を受賞してから2年ぶりの長編となります。
昨年から評判になっている作品ですね。

瀬戸内の島で暮らす高校生・暁美は、
家庭に問題を抱えています。父親が愛人のもとへ走り、
日に日に心を病んでいく母親と二人暮らしをしているのです。
ある日、京都からの転校生・櫂と親しくなります。
櫂もまた、家庭に問題を抱えていました。
スナックを営む母親は、かなり困ったレベルの恋愛体質で、
新しい男ができるたびに子どものことがそっちのけになってしまいます。
島にやってきたのも、京都で知り合った男を追いかけてのことでした。

物語は暁美と櫂との、不器用で純粋な恋愛を、長期間にわたり見つめます。
そこでは、極めて特殊な人間関係が描かれます。
いかに特殊かは要約ではなかなか伝わらないと思いますので、
これはもう読んでいただくしかありません。
(なにしろ冒頭の一文からして変わっています。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」)

この小説を、そのへんの恋愛小説と一緒にしてはいけません。
ヤングケアラーやネグレクト、毒親の問題、
田舎の因習や、都会と田舎、あるいは男と女の格差の問題などが
実に巧みに物語の中に織り込まれています。
暁美と櫂はそれぞれ、ものを生み出す仕事に関わっていきますが、
小説を書く仕事に携わる作者の心情を投影するかのように、
そうした創作にまつわる熱い思いも作中で語られます。

恋愛小説は基本的に若い人のものだと思います。
年をとるにつれて恋愛が面倒になってくる。
好いた惚れたと大騒ぎするのがバカらしくなってきます。
ある程度年をとると、世の大半の恋愛小説は、
退屈で、ぬるくて、読めたものではなくなってしまいます。

でもこの作品はまったく違います。
世間一般の恋愛小説にはない「強度」があります。
強度とはなんでしょうか。この物語の根底には、
「人と人は基本わかりあえない」という諦念があります。
そしてわかりあえないからこそ、
暗闇の中でも手を繋げるような相手と出会うことが、
いかに奇跡かということを、作者は確信をもって描いています。
この揺るぎない確信が、作品に強さを与えていると思うのです。

絶望的な状況の中で、互いを理解しあえるような関係を
誰かと結べるというのは、なかなかないことです。
その一方で、次々に降りかかる人生の困難の前では、
そうした繊細な関係は実に脆いものでもあります。
それは、暗い夜空に開く花火のように儚いものかもしれませんが、
見る者の目には、忘れられない残像を残します。

小池真理子さんの『恋』や、山本文緒さんの『恋愛中毒』といった
傑作とも似た読後感があります。
退屈な恋愛小説が描きがちなロマンティックな男女の関係ではなく、
剥き出しの人間性がぶつかりあうヒリヒリした感じが心に刺さります。
強く印象に残る作品でした。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月16日

直木賞候補作④『しろがねの葉』

次は千早茜さんの『しろがねの葉』にまいりましょう。
候補作の中で唯一の時代小説。しかも作者の千早さんにとっても
時代小説は初めて挑んだジャンルになります。

物語の舞台は世界遺産としても知られる石見銀山です。
そう、「しろがね」とは、銀(しろがね)のことです。

時は戦国末期。
ある事情で親と生き別れになったウメは、喜兵衛という男に拾われます。
喜兵衛は天才山師でした。山師は鉱脈を見つけ、発掘現場を指揮します。
ウメは男たちと一緒に、間歩(まぶ)と呼ばれる坑道に入って仕事をします。
夜目がきくウメにとって、真っ暗な間歩の中は、恐ろしくもあり、
どこか落ち着く場所でもありました。

ウメの成長とともに、女としての葛藤や、男たちとの関わりなどが描かれます。
粉塵によってやがて肺を病み、短命であることを宿命づけられた男たち。
その一方で、子を孕み、命を繋いでいく女たち。
「銀山の女性は三人の夫を持つ」という言葉が作中で語られます。
この男女の人生の対比が物語に深い陰影を与えています。

女性の人生を描き続けてきた作家らしく、
ウメ以外の登場人物も実に魅力的に描かれています。
いかにも銀山の女という感じのおとよ、遊女の夕鶴、
そして出雲阿国を思わせる旅芸人のおくに。

銀掘(かねほり)として生き、命短く死んでいくことに
1ミリも疑問を抱いていない男たちに比べ、
この小説に出てくる女たちは、それぞれが自分の人生を生きています。
だからといって女たちがみな幸せかといえばそうではないのですが、
少なくとも銀掘の男たちのモノトーンな人生よりは、
いくばくかの輝きを放っています。

時代小説マニアではないので、石見銀山を舞台にした小説は
他に澤田瞳子さんの作品くらいしか知りませんが、鉱山というのは、
実によく世の中の動きを映し出す舞台装置だと思いました。
かつては世界の銀の産出量の3分の1を占めたとされる鉱山が、
空前のシルバーラッシュを経て次第に枯れていくまで、
そんな時代の流れに山や人々が翻弄されるありさまも、
本書では丁寧に描かれています。

時代小説初挑戦とは思えないクオリティの作品だと思います。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月13日

直木賞候補作③『クロコダイル・ティアーズ』

次は雫井脩介さんの『クロコダイル・ティアーズ』です。
候補者の中では、これまで作品の映像化がもっとも多い作家ですが、
意外なことに本作が初の直木賞候補となります。

東鎌倉で老舗の陶磁器店を営む貞夫と暁美は、
近所に住む息子一家と幸せに暮らしていました。
ところがある日、息子が殺されてしまいます。
犯人は息子の嫁・想代子の元交際相手でした。
別れた恋人に執着した男の単純な犯行と思われましたが、
男は裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼されてやった」と主張します。
暁美の胸に黒い染みのような疑念が生まれます。
やがて想代子に対する疑いは闇のように暁美を侵食していき…•というストーリー。

特にトリックなどはないので、ミステリーというよりは心理サスペンスですね。
映像化作品が多いだけあって、本作もすぐにでも映画やドラマにできそうです。

想代子の言動やふるまいは、すべてが疑わしい。
この「疑わしい」という一点で物語を引っ張って行く手腕は、さすがベテラン作家です。

英語では、嘘泣きのことを「ワニの涙」というそうです。
ワニは獲物を捕食した時に涙を流すことからきたそう。
シェイクスピアなどにも出てきますから、
欧米では古くから偽善者の涙の意味で使われてきた言葉のようです。

すべてが疑わしく見えていた人物像が、ある時、反転します。
私たちの他人を見る目がいかに頼りないか、見えているようでいかに見えていないかを、
この小説は教えてくれます。

誰もが楽しめる佳品ですが、それにしても、なぜこの作品で候補に選ばれたのか。
劇場型犯罪を描いた傑作『犯人に告ぐ』とかならまだしも……。
実績あるベテラン作家に対して直木賞ではたまにこういうことがあります。
「なぜ今?」「なぜこの作品で?」ということですね。
雫井さんをご存知の選考委員もいらっしゃるでしょうし、困惑するのではないでしょうか。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月12日

直木賞候補作②『地図と拳』

次は小川哲さんの『地図と拳(こぶし)』です。
700ページに迫らんとする大著ですが、物語を読む愉しさを味わわせてくれる一冊です。

日露戦争前夜の1899年に始まり、太平洋戦争が終わるまでの物語です。
中国東北部に築かれた架空の都市の興亡を通じて、
国家と戦争の関係を描いたスケールの大きな作品です。
SF作家として高い評価を受ける著者らしく、
架空都市「李家鎮」のディテールの細かさはさすがだし、
孫悟空が登用するなどキャラクターもユニークです。

李家鎮の誕生から滅亡までを描くことを通じて、
著者は「満州国」とは何だったのかを描こうとしています。
その先には、なぜ日本は戦争に突入したのかという問いがある。
その問いに、作者はひとつの回答を与えることに成功しています。

タイトルにある「地図と拳」とはなんでしょうか。
この言葉は、作中では、ある登場人物が行う講演の中で語られます。
地図とは国家のことです。国境線を画定することで、国家は自らが国家であることを証明する。
一方、拳とは戦争のことです。国家が立ち上がれば、そこに争いが生まれる。
白紙の上に線を引いて地図を描くことも、拳を振るおうとすることも、
どちらも欲望に基づいた行為です。
つまり「地図と拳」とは、人間の欲望の別名でもあるのです。

ひとつ心配な点は、直木賞の選考委員が伝統的にSF作家に冷たいということでしょうか。
でもSF的な設定は、いまや純文学の世界でもポピュラーです。

翻訳家の鴻巣友季子さんは、近著『文学は予言する』の中で、
最近の文学に「ディストピアもの」が多く見られること、
その多くが行き過ぎた生殖医療などSF的な設定を用いていることを書いています。
あるいは、新作『惑う星』が評判のリチャード・パワーズ(アメリカ文学の最先端を行く
作家です)なども、最近はSF的なテーマに接近しています。
いまSFが求められているのはおそらく、あまりに複雑になり過ぎた現実を描くための
ツールが求められているからではないでしょうか。

話が逸れました。とはいえ、本作はバリバリのSFというわけではありません。
歴史を描くのに空想の都市を設定したというだけです。
選考委員の中には、戦争を題材に作品を書いている人もいるので、
なんやかやと文句をつけられてしまう可能性もありますが、
構想力といい、膨大な知識を物語に落とし込む手際の良さといい、
作者は相当な実力の持ち主だと思います。これは傑作です。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月11日

直木賞候補作①『光のとこにいてね』

一穂ミチさんの『光のとこにいてね』からみていきましょう。
これはふたりの女性の四半世紀にわたる物語です。

小学2年生の結珠(ゆず)はある日、母親にこっそり団地に連れて行かれます。
結珠の父親は医師で、裕福な暮らしをしており、団地に足を運ぶのは初めてでした。
母親は知らない男の人のもとを訪ね、しばらく外で遊んでいるように言います。
ここで結珠は同じ年の果遠(かのん)という少女と出会います。
果遠はシングルマザーの母親とこの団地で暮らしていました。

裕福な結珠と貧しい果遠。ふたりは対照的な世界で暮らしていますが、
互いに母親との関係に問題を抱えています。子供ながらにふたりは惹かれ合い、
結珠が母親に連れられて団地にやってくるたびに、一緒に遊ぶようになります。
ところが、ある日突然、別れが訪れます。
物語はその後、進学先の高校や、アラサーとなり互いに家庭を持ったタイミングでの
奇跡のような再会を通じて、ふたりの関係を描いてきます。

近年、女性作家による作品のひとつの流れに、「シスターフッドもの」があります。
シスターフッド、つまり女性同士の友情を描いたものです。
一見、この『光のとこにいてね』もそうした流れの中に位置付けられそうな気がしますが、
この小説の中で描かれている関係は、シスターフッドとは違うものです。

シスターフッドが女性同士で同じ方向を向いている関係だとすると、
この小説の中で描かれるのは、向き合って互いを見つめ合っているような関係です。
友情というよりも、性的なニュアンスが少し入っているというか。
かといって同性愛ともまた違って、性的なニュアンスといってもほのかに入っている感じです。

このように、なんとも言葉にするのが難しい女性同士の関係を、
この小説ではなんとか言葉にしようとしています。
刊行直後から女性読者を中心に絶賛の声があがっていたのは、既存の作品ではあまり
描かれることのなかった女性同士の関係の繊細なニュアンスを、
この作品ではうまく掬いあげているのかもしれません。

ただ、ひっかかる点もあります。小学生で出会ったふたりが、その後、
二度にわたって再会するのですが、この再会の仕方が、
偶然と呼ぶにはあまりに無理があるような気がするのです。
もちろんそれぞれの再会について、作者はそれなりの理由を用意しています。
用意しているんですが、ちょっと弱いかなと思いました。

物語の作者はいわば神の立場にいるので、登場人物を好きに動かせるわけですが、
その動かし方に乗れる読者と乗れない読者が出てきます。
この小説にハマるかハマらないかの分かれ道は、
「奇跡のような再会」という設定に乗れるかどうかだと思います。
「なんて運命的!」と感動できる人の目には、この作品は傑作に映るのかもしれません。

これまで他の作家があまり描かなかった女性同士の関係を描いた野心的な作品でありながら、
その描き方、作劇上のテクニカルな部分に関して、選考委員からも指摘が出そうな気がします。

投稿者 yomehon : 07:00

2023年01月10日

第168回直木賞候補作

直木賞の選考会が近づいてまいりました。
すでに候補作5作が発表されています。

一穂ミチ『光のとこにいてね』(文藝春秋)

小川哲『地図と拳』(集英社)

雫井脩介『クロコダイル・ティアーズ』(文藝春秋)

千早茜『しろがねの葉』(新潮社)

凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社)

今回は人気作家の共演という感じですね。
次回から一作ずつ見ていきましょう。

投稿者 yomehon : 07:00