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[22330] 【銀河英雄伝説】 反銀英伝 ヤン・ウェンリー氏の憂鬱 【再構成】
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/11/08 03:53
このお話は、銀河英雄伝説を同盟側からひっくり返してやろうという作者の試みと、ダメ提督ヤン・ウェンリーに対する愛情によって形作られます。(なお、作者は別にいじめっ子ではないですが、困難に陥って耐える人にゾクゾクする人です)
作者はあんまり推敲せずに勢いで投稿してるので、誤字とかあれば指摘をお願いします。

注 作者は悪役側に多少感情移入しているので、その辺不快な人はごめんなさい。
  後恋愛要素とか入れたいけど無理くさいですorz

11/8 題名修正
  



[22330] 1話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/16 23:21
―――自由惑星同盟史の掘り尽くされ、語り尽くされた題材の筆頭という話になれば、
一番手に上げられるのは、ヤン・ウェンリーとヨブ・トリューニヒト、同時代を生きた二人の関係性ということになるだろう。

なぜ、この題材が人の興味を殊更に惹きつけたか。
最も大きな理由は、大きな空白があることがはっきりしているにも関わらず、その内容がはっきりしないからだ。
二人が私的接触を行っていたことについては、ミンツ氏等の複数の証言者があり疑う余地はないが、
ヤン・ヨブ両氏ともに自身の記録には残しておらず、詳細は完全に不明である。
また、両氏が私的な接触を行っていたことがある、という事自体が彼らの生前ほとんど知られておらず、
ミンツ氏の回顧録によって初めて公的にその事が知られた後では、どんな会話が行われていたのか、確かめることは完全に不可能だった。
現在では、接触が行われた時期と、政治的・軍事的にドラスティックな事件が発生した時期が余りに近い点から、
両者の間でそれらの事件に関する直接的・間接的な対処・対策が打ち合わされたのだろう、というのが歴史家達の一般見解ではあるが、
実際のところ、それらはすべて推測に過ぎないのである。



アスターテ会戦終結。
倍の兵力を持ちながら、ラインハルト・フォン・ローエングラムの軍事的才能に振り回されて一矢を報いるに留まった同盟は、その敗北を糊塗するために英雄を必要とした。
勿論、英雄として選ばれる側には、何の選択肢も与えられなかったが。



戦没者追悼式典におけるトリューニヒト国防委員長の演説は、ようやく最高潮を過ぎた気配だった。
(ちょっと、夢の中に片足を突っ込んでたかな?)
気にするほどの中身は無いようだったので、開始早々聞き流し態勢をとってこの時間をゆっくり過ごすことは出来たが、疲労は全く抜けてない。
事後処理、事後処理、事後処理。
ヤン・ウェンリーが所属していた第二艦隊は、旗艦が直撃を受けて幕僚陣が壊滅した為に、生き残りであるヤンの実務は一時的に激増。
一応の引継ぎが終わった今は、『当分は無駄飯食らいで過ごしたいなぁ』という燃え尽き症候群となっていた。

(お涙頂戴の演説をたっぷり1時間、台本はあるにせよご苦労様だね)

あのバイタリティだけは正直認めざるを得ない、と思いつつ、ずり落ちかけた帽子の位置を修正する。
(まぁとにかくさっさと終わってくれ。そして俺は帰って寝る。明日は一日寝て過ごす)
周りの人間が聞けば呆れるだろう心の声は胸の内にとどめ、ヤン・ウェンリーは残り数分であろう演説を聞き流すことに務めた。

が、演説は不自然に止まる。
空白の中心には、ひとりの女性がいた。
その女性を目にして、ヤンは目眩を覚えた。

(……ジェシカ? ジェシカ・エドワーズ?)

戦死した友人、ラップ大佐の婚約者……元、婚約者。
強烈に気の強い彼女が今、この場に来て何をするかに思い当たったヤンは、僅かな躊躇の後、席を立った。



「……ありがとうございます。ただ、私は委員長に一つ質問を聞いていただきたくて参ったのです」
「あなたは今何処にいます?」
「私の婚約者は、祖国を守るために戦場に行き、現在はこの世の何処にもいません。委員長、あなたは何処にいます?戦死を賛美するあなたは何処にいます?」
「あなたのご家族は何処にいます。私は、婚約者を犠牲に捧げました。
 それなのに、国民の犠牲の必要を説くあなたのご家族は何処にいるの。あなたの演説はそれらしく聞こえるけど、ご自分はそれを実行しているのですか?」

ジェシカ・エドワーズの口から放たれる言葉は質問の形をとってはいたが、答えを求めていないという意味で、質問にはなっていなかった。
それは弾劾であり、怨念であった。
私は犠牲を捧げた。犠牲を捧げようともしないお前が、なぜそんなに偉そうにしている?
非常に分かりやすい。明快だ。聴衆の感情にも訴えかける。
彼女には扇動者としての才覚があったのかもしれない。

ヨブ・トリューニヒトは困惑した表情を作りながら、ごく冷静に考える。

場の雰囲気はもう完全に壊れた。
これはもう戻るまい。
ならばさっさと切り上げて、報道に編集を求めるか。

取り乱した女性に退場を促すよう警備兵に指示を出そうとした直後、第二の乱入者が舞台に上がる。
ヤン・ウェンリー。役者としては、まぁ大根役者であった。


手を取る。
ジェシカは反射的に振り払おうとしたが、手を取った相手が誰だったかに気付き、向き直る。
(相変わらずの美人だ)
一瞬、場面を忘れて間抜けにもそう思った。
すぐにその質の違いに気づく。
自分が知る彼女は、少々キツい所はあったが、知的でユーモアを解する美人だった。
こんな、張り詰めた、凄絶な美しさではなかった。
泣かないで欲しい、そう一言だけいってしまうのが一番良かったのかもしれない。
それでも、ヤンは彼女に対して嘘は付けなかった。

「ジェシカ。駄目だ」

一瞬、裏切られた、とでも言いたいような悲しみを彼女は見せた。
違うのだ、と思う。彼女は理解出来ていない。
悲しみのあまり、考えがそこまで至っていない。

「兵士達は皆、頑張った。最善を尽くしたよ。政府も、軍の上層部も、帝国軍に勝てるだけの戦力をしっかりと用意した。
 『彼ら』は、祖国を守るために最善を尽したんだ」

そう、誰が一番悪かったのか、というのであれば、話は簡単なのだ。

「……悪いのは僕たちだ。僕たちの能力が帝国軍に劣ったから、大勢が死んだんだ」

無能を罪とすれば、の話ではあるが。
彼女が仮に、一兵士の妻や恋人であったとしたならば、彼女はここに立つ資格があったかもしれない。
少なくとも、自分は肩を竦めてただ見ていただろう。
だが、ジョン・ロベール・ラップは作戦士官だった。
彼は死んだから、責任を追求される立場からは退くことになった。
ただそれだけの話であり、仮に生きて帰っていれば、敗戦の責は上から数えた方が明らかに早い。
彼もまた、多くの人間の命を背負う立場にあったのだ。
その人間の身内が……こと、この敗戦に関してはほぼ無関係と言って良い相手に対して罵声を浴びせる様は、ヤンにとって、酷く醜い様に思えた。

単なる我侭ではあるが。ヤンは、彼女に美しくあって欲しかったのだ。


ジェシカは、恐らくはヤンの言いたいことを完全に理解した。
そしてそれはただの正論でしかなく、彼女の感情を思い切り抉り回した。
彼女はそんなことを言って欲しかったのではない。そんな答えが欲しかった訳ではない。
彼女はただ、戦場で死んだ愛する人の事を知りもしない癖に、口先だけでその死を褒め称え、裏で甘い蜜を吸う男が許せなかっただけなのに。
……だが、彼女に与えられたのはそれだけだった。
目の前の友人だったはずの男は、慰めを奪い、罪を突き刺してきたのだった。



「お嬢さん、ヤン准将を責めてはならない。彼もまた、最善を尽くした一人なのだから」

泣き折れるジェシカの背に、壇上からトリューニヒトの声が降る。
彼の答えもまた、ジェシカに対しての答えではない。政治家としての彼の答えは、常に聴衆に対するものである。

「確かに私は最前線で銃を持ったことはありません。でも、お嬢さん、戦いというものは、ソコだけで行われるものではないのです。
 我々は、あらゆる場所で、帝国と戦うための力を蓄えねばならない。
 そして、であるがゆえになお一層! 最前線で散った同胞達を讃え! 彼らを記憶に深く刻み! 民主主義を守る力とせねばならない! 自由に勝利を!」

国家の演奏が始まる。
敗者達の慰めのため、復讐者達の誓いのため。

「「「友よ、いつの日か、圧政者を倒し、解放された惑星の上に自由の旗を樹てよう」」」

歌を背に、ヤンは震えるジェシカの肩を抱き、面倒なことになる前に、さっさと会場を後にすることにした。
壇上のトリューニヒトと目が合う。

トリューニヒトは視線が合ったことに気付くと少し笑い。
ヤンは無表情で目礼した。

背を向けた後の、やっぱりサボってりゃ良かった、という独り言は、ジェシカにしか聞こえなかった。



[22330] 2話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/04 22:10
イゼルローン要塞。
この単語の持つ意味は複数存在する。
直径60kmの人工天体。帝国側最前線拠点。
四重にもわたる超重装甲と、凶悪極まる武装を備えた最強の要塞。
だが、宇宙暦七九六年以前の同盟領内の軍人にとって、その要塞の持つ意味は、微妙に異なっていた。
宇宙暦七六七年に完成して以来、同盟軍の侵攻を完全に支えきり、幾度もの戦役で帝国の勝利に大きく貢献したその巨大要塞は、
同盟に所属する軍人にとって、倒すべき帝国のもっとも分かりやすい象徴であった。


「その占領を、半個艦隊で行えと?」
「君に出来なければ、他の誰にも出来ないだろうと思っているよ」


校長の殺し文句にしては芸が無い。思わず視線を天井に逸らして考えこむ。
少将への昇進と同時に告げられた無理難題。
本来ならば、理由を上げて再考を願うべき命令だった。
だが、ヤン・ウェンリー個人にとっては、ある意味見逃せない話でもあったのだ。

ヤン・ウェンリーは、これまで第五次、第六次イゼルローン要塞攻略戦に参加した経験がある。
戦術面では小さな勝利を収めたこともあるが、戦略的にみればどちらの戦いも同盟の敗北と称して良い。
数多の将兵が僅かな光と共に散華していく戦争に対して、ヤン・ウェンリーは居た堪れない思いを抱いていた。

(戦略上の要地に建造された要塞。それを正面から叩いてる時点で駄目なのではないか?)

……戦史上、要塞というものが大きな役割を果たした回数は少なくない。
強固な防御陣地というものは戦術上非常に効果的であり、相手の攻勢の意図を弱める抑止力としても強力に作用した。
(逆に防御側の攻勢意欲を減退させ、イニシアティブを握る機会をみすみす見逃してしまうケースも存在したが)
これを攻略するのにはどのような方法が取られてきたか。
もっとも身も蓋もないものは、戦略上役に立たないようにする、である。
たとえば迂回。別方面での攻勢。外交的手段による無力化。
技術が発展した結果、時代遅れになった要塞があっさり落とされたケースもある。
どんなものであれ、絶対の存在などないのだ。

(……例えば、軍の予算を投入して長距離ワープを実現化できれば、イゼルローン要塞なんて何の意味もなくなる)

その程度のものでしかない物に、数十万もの死者を同盟は量産させている。
作戦参謀としては最善を尽くしたつもりではあった。
だが、……他に出来る手があったのではないか。

「少々、考えさせてください」

即座に返答が出来なかった元生徒に対して、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は軽く頷き、期待していると一言だけ付け加えた。



シトレの次席副官でありキャゼルヌは、後輩に対してばかだなあとでも言いたげに笑った。

「お前は本当にばかだなぁ」
「自覚してますから。わざわざ口に出して言わないでいいですよ」

仏頂面で言うヤンに、キャゼルヌは資料を渡しながら言葉を続ける。

「6回もの同盟の全力攻勢に耐え切った大要塞を、半個艦隊で落とすなんて冗談を、真に受けてどうするんだ」
「……冗談なんですかねぇ」

珍しく真面目に考え込んでいる後輩に、キャゼルヌは苦笑した。

「シトレ元帥だって、駄目で元々程度でお前の考えを聞きたかったんだろうさ。
 強行偵察でお茶を濁しておけば十分だろう。
 ……半個とはいえ、艦隊を預かるんだ。無茶なマネはするなよ」
「まぁ、半個だろうが1個だろうが、艦隊でアレは落とせないってとこには同意しますけどね」

ふと、キャゼルヌは寒気を感じ、そして思い出した。
彼が知る限り、ヤン・ウェンリーという人間は非常にドライな一面があった。
判らないことは判らない。
出来ないことは出来ない。
若干軍人としてどうかと思うことはあったが、彼は遠まわしな表現を使わずスパっとそう口に出す人間だった。
……その彼が、イゼルローン要塞を半個艦隊で落とせという無茶に対して、出来ないと断言しようとしていない。

「……勝算があるのか?」
「目算がつけば、色々お願いするかもしれません」

その時はよろしく。
ヤンの砕けた敬礼に、キャゼルヌの答礼は、わずかに遅れた。


作戦本部のロビー。
自宅に帰ろうとしたヤンの行く手を、一人の黒服の男が遮った。

「ヤン・ウェンリー准将ですね」
「はぁ、そうですが」

男のキビキビした動きから、軍人か警官だろうと目算を付けたヤンは首筋を掻きながら応えた。
ごく自然に受付の中尉に視線を向けてみるが、彼女はこちらから判るように目を逸らした。
つまり厄介事か。
相手が受付中尉が追い出せない立場の人間だと理解したヤンは、それなりの覚悟を決めた。
だが、相手が口に出した言葉にはさすがに当惑した。

「ヨブ・トリューニヒト国防委員長が貴方をお呼びです。
 車を用意してありますので、こちらへ」
「……今日は驚くことばかりだね、本当に」

思わず素が出た言葉を、相手は丁重に無視してくれた。



[22330] 3話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/04 22:20
……ヨブ・トリューニヒトは、政略家としての評価は非常に高いが、政治家としての能力はそこまで高くなかったのではないかと言われている。
派閥をつくり、人を動かすという側面においては非常に精力的であったと証言されているし、彼の世話になったという人間の数も非常に多い。
反面、政策立案時や政策決定時の議論に関しては無口で、求められるまであまり発言をしようとしていなかった様子が記録に残っている。
彼の演説を聞いたものからすれば、その口下手を思わせるエピソードは意外ではある。
彼と同時期に代議士として働いていたある人間は、資金力を生かして多くのブレインを抱えていたトリューニヒトの立場からすれば、
事前に調査研究をし、根回しで多数派工作をした方が話が早く進むと思っていたのではないか、と証言している。

ヨブ・トリューニヒトは、民主主義の旗手という立場に立ちながら、議論がもたらす物については、あまり評価していなかったのかもしれない。



「こうして話すのは初めてだね、ヤン准将。この前は面倒をかけてしまった」
「この前というのが何時を指すのかは判りませんが、見事(…)な演説は何度も聞いております、閣下」

席を立ってにこやかに握手を求めてくる委員長閣下に、ヤンは普段絶対にやらないであろう完璧な敬礼をしてのけた。
しばらく空中で立場の収まらない手をさ迷わせた後、トリューニヒトは手をソファーの方に向け、座ってくれたまえと無理矢理言葉を繋げた。

席に座ったヤンの前に、紅茶が用意される。
こちらの好みまで把握されてるのか、とヤンは少々寒い思いをしたが、紅茶に罪は無い、と思い直して口を付けた。

目の前に座るトリューニヒトという人間とはどういう人間か。
派閥を作り、かなり勢力の勢力を与党の中で伸ばしている新進気鋭の政治家。
同時に、噂ではかなりの金を防衛関連産業からひっぱり、その便宜を図っているともいう。
また、軍内部でも防衛産業を通じてトリューニヒトと繋がっている人間が増えている、とも聞く。
……正直、演説を聞く限りでは美辞麗句が多すぎて、いったい何を目的としているのか、何を大事に考えているのか全く判らない相手でもある。
(まぁ多分に嫌な奴ではあるな)
恐らくは高いランクのものであろう紅茶の味も、目の前のトリューニヒトの感情もまるでわからない。
それなりに立派かつ小奇麗なオフィスに招かれたというのに、ヤンの心は既に自室の散らかったベッドルームに飛んでいた。


「忙しいところをすまないね、ヤン准将。いや、もう少将と呼んだ方がいいのかな?」

まぁ、知られているのだろうなぁ、と思いつつ慇懃に返す。

「どちらでもお好きなように。先程話を聞いたばかりです。ついでに宿題も頂いたので、お話があるのでしたら、出来れば手短にお願いしたいのですが」

取り付く島などない、とでも言いたげなヤンの言葉に、トリューニヒトは苦笑する。

「その宿題についてだが、……ヤン君。君は、今の自分の立場を理解しているかね?」
「つい先ほど少将になった若造……くらいには」
「それでは足りないな。全然足らない」

トリューニヒトは出来の悪い生徒に対して嘆く教師のような口調で言った。

「相次ぐ連敗によって足元がぐらついて、立っていることすら感嘆してしまうくらいの政治的綱渡りを続ける統合作戦本部長の切り札。それが君だよ、ヤン君」

そうきたか。ヤンは内心で嘆息した。
気にしたくはなかったが、ヤンとて自分の英雄としての立場がロボスではなくシトレによって作られたものであろうという推測はしていた。
個人的には、そういう政治じみた真似があまり好きにはなれなかったので深く考えることはあまりなかったが。
面と向かって言われれば、まぁそうでしょうね、と答える程度には自分の立ち位置が微妙なことは理解していた。

「今回の敗戦……おっと『大損害』だったな。大損害によって、シトレ君の更迭が一度議題に上がりはしたのだが、今回は見送ることになった。
 後任に当てられる人材で、適当な人間がちょっと見当たらなかったからね」
「ロボス元帥は随分成りたがっているようですが」
「ここだけの話だが。本人は必死に隠しているが、彼には健康上の問題があってね。
 彼の後任をどうするかの方が、実のところ喫緊の問題なのだよ」

さらり、と重要な情報を明かされたヤンの表情は険しくなる。
成程、確かに只者ではないようだ。自然、言質を取られぬよう、口が重くなった。

「さて、話を元に戻そう。危うい立場にあるシトレ元帥は色々な手を打ってはいるが、ほぼ無駄に終わり、追い詰められつつある。
 半個艦隊でイゼルローン要塞を、などという言葉が出てくることを考えればどの程度追い詰められているか、君にも判るだろう?」
「……そこで、委員長閣下が救いの手を差し伸べる、と」
「何、困っている人間を助けるのは当たり前の話だよ」

困るような立場にしたてあげたのは誰だったのだろうか。
胸の内に湧く質問を押し殺す。

「彼が派閥内である程度自由に使える戦力は、ほぼ枯渇してしまっている。
 その状態で君が……たとえば君のいう宿題を断って、長期休暇を取ってしまったりすれば、そろそろ諦めもつくと思うのだよ。
 ……しばらく大人しくしているようならば、もう少し時間をかけて説得しても良かったのだが。
 半個艦隊とはいえ、勝算が立たない無謀極まりない作戦に将兵を従事させるわけにはいかない」
「……随分とお優しい言葉ですね」

自然と出た言葉に、トゲが混ざった。
リベートによって装甲板の厚さを内側から削っている、という悪口は誰の物だったか。
だが、トリューニヒトの面の皮の厚さは、そのようなトゲが刺さるような物ではなかった。

「当たり前だろう。将兵とて同盟の市民であることに変わりはない。
 そして私は、市民の幸福を守ることこそを第一の使命としているんだ」
「……了解しました。シトレ元帥には、閣下からの言葉を伝えておきます」

理は、シトレではなく、トリューニヒトの側にある。
ヤンは、おそらくシトレは折れるだろう、と予測した。
後で提供されるのは、政治家に転身した後の後援あたりか。恐らく当選するだろうな。校長も、何が楽しくて政治家なんぞになるのやら。

――軍が、一政治家に牛耳られるような状況が、正しいものとは到底思えない。
だが、正しさを主張するには、今の立場では不足に過ぎた。
故に、ヤンは先延ばしにしていた問題に対して、自分の態度をようやく決めた。
腹を、決めたのだ。

「うん、ありがとう。では、しばらく休暇をとるのであれば、よければリゾートの紹介をしよう。何、私の紹介ならば予約は必要な」
「いえ、しばらくは、休暇を取る予定はありません」

言葉を遮る必要は、別に無かった。
ただ。
自分の頭越しでトリューニヒトとシトレの間で戦われ、恐らくはトリューニヒトの勝利という形で決着がつくであろう政治劇に対して、少々茶々を入れたかった。
自分の思い通りに全て事が運んでいるというこの男に対して。
自分では思いのよらぬ事が世の中には起こりうるのだぞ、と証明してみせたくなったのだ。

「一つ、イゼルローン要塞が落とせるかどうか、本気で試してみようと思います」
「……君が行かなくても、シトレ君の立場は保証する、と言ったつもりだったのだが。伝わってなかったのかな」
「伝わりはしましたが。一応、命令が撤回されたわけではありませんので」

すっと息を吸って正面からトリューニヒトの目を睨みつける。

「艦隊に傷を付けるつもりはありません。駄目で元々くらいの期待にしておいて下さい」

無言でトリューニヒトは立ち上がり、ヤンもそれに続いた。
握手を求めるように出された手を、ヤンは今度は躊躇わずに思い切り握った―――握り返された。

期待させてもらおう、とトリューニヒトは笑い。
まぁ程々に、とヤンは無表情に告げた。



同日。
ユリアン・ミンツの回顧録では、ヤン・ウェンリーは帰って来た後、止められるのも聞かずに酒を普段の倍量飲み、さっさと寝てしまったという。
その時二人の間で交わされた会話は、以下のように記されている。

少将に昇進した―――おめでとうございます。
出撃も決まった―――頑張ってくださいね。
国防委員長閣下が明日あたり交通事故とかで死なないかなぁ―――はぁ?

後日、この日にトリューニヒトと会って話をしたらしい、とキャゼルヌから聞いたユリアンは、成程それでか、と納得した……と回顧録に記してある。



[22330] 4話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/04 22:24
第13艦隊。
所謂ヤン艦隊の前身として、後の世では輝かしいイメージを持つその存在も、編成当初はただの敗残兵と新兵の集合体でしかなかった。
彼らが怪しいながらも何とか艦隊としての体裁を整えた後、この半個艦隊の最初の目標の名が、提督から幕僚達へと公表された。

「最初の目標は、イゼルローンだ。アレをひとつ、落としてみようと思う」

「………」無言でズレてもいない制帽の位置を直した艦隊運用の名人、エドウィン・フィッシャー准将。
「正気ですか?」と誰もが思っても言わないであろうセリフを言ってのけたムライ参謀長。
「そりゃあ腕が鳴りますなぁ!」と豪快に笑ってのけたパトリチェフ副参謀長。

艦隊の頭脳として集まった彼等に対して、ヤンは自身の作戦を説明した。
後の創作という説もあるが。ヤンの説明を聞いたムライは一言、こう漏らしたと言われている。

「作戦というよりは、詐欺ですな。それも性質の悪い」




「成程。ムライ参謀長はよく解ってる」
「元々が無理難題なんだ。多少の事は大目に見て欲しいんだがなぁ」

作戦の詰めを終え、コーヒーを振舞われたワルター・フォン・シェーンコップはヤンのぼやきに苦笑した。
シェーンコップが率いる帝国からの亡命貴族によって構成された薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊は今回の作戦にとって必要不可欠な存在であり、最も危険な橋を単独で渡る事になる部隊でもあった。
が、彼はそんな瑣末事は全く気にしていなかった。
作戦の内容を聞いた後、たかが陸戦隊一つを賭けるだけでイゼルローン要塞を落とす大勝負が可能なら、是非やるべきだと笑って言ってのけたのだ。
手柄にそこまで飢えているわけではなかった。単に、この酔狂な賭けの結末を特等席で見たくなったのだ。

「―――実際のところ、勝率はどの程度だと思っています?」
「無傷でイゼルローンを落とす……という最善の結果が出る可能性は、そこまで高く見積もってはいないね。3割くらいかな。
 見切られて完全に失敗した場合は即撤退だから、あまり考えることは無いね。
 ただ、要塞の指揮系統を一時的にでも麻痺状態に陥れる事が出来れば、港湾と防御施設を無人艦をぶつけて潰して、反転してくる駐留艦隊を叩く。
 駐留艦隊さえ叩き切ってしまえば、イゼルローン要塞の戦略的価値は半減するからね。
 後は……帝国側の要塞砲射程外で増援艦隊の迎撃に参加かな。
 同盟他艦隊の集まりが早ければ、要塞攻略が先になるかもしれないけど」
「フン……その頃には、我々は死んでますなぁ」
「うん。だからその場合は、適当な所で降伏してくれ。許可するから」

シェーンコップの命が掛かった賭けの勝率を、ヤンはあっさりと高くないと言い切った。
本音であろう、と短い付き合いであるにも関わらずシェーンコップは判断した。
目の前の冴えない男は、正直に本音を語る事によって、自らが死地とも言える場所に追いやる相手に対して、多少なりとも誠実さを示そうとしているのだろう。

(下手糞な表し方だが、美辞麗句で誤魔化そうとする奴よりはマシか)

卑劣な手段で要塞を陥れようとした面子の降伏を、帝国が許すかどうか、という問題に関しては意識的に二人共無視した。
今回の作戦に、物量の多寡は意味が無い。リスクの低減にも限度があった。
シェーンコップは降伏の許可があるだけまだましだとすら思っている。
それに、自分の立てた奇抜な作戦に対して酔わず、懐疑的な立場を取っている所も悪くない。
これでいく、と決めた作戦に対しても粗探しを続け、失敗した場合の対応策を考え続けている。
若いが、当たりの部類の上官だ。後は戦運があるかどうか。英雄の名が、今だ相応しいかどうか、だ。

「しかし、半個艦隊で駐留艦隊を叩けますか?」
「あくまで『偶然』だが。ホーウッド提督の第7艦隊がイゼルローン近辺で訓練を行うそうだ。
 彼等に駐留艦隊の足止めを担ってもらう」
「ほぉ、ホーウッド提督」

シェーンコップの声音が低く変わる。
ホーウッドの名は、市民の間では決して有名ではない。
同盟の中でも特に有能と見られ人気のあるアレクサンドル・ビュコック、ウランフといった艦隊司令官と比較すれば、誰それと言われる程度の知名度でしかない。
だが、同盟内部の派閥を詳しく知る者にとっては、それなりの意味があった。

「国防委員長のご支援ですか?」
「知らんよ。あちらから言って来た事だ」

ヤン・ウェンリーは、不機嫌につぶやく。
シェーンコップは唇を吊り上げて笑う。

「謙遜することはありませんよ。委員長閣下の覚えめでたいパストーレ中将とムーア中将がアスターテで戦死しましたからな。
 艦隊司令官への影響を何としてでも保持したい委員長閣下としては、後釜が是が非でも欲しい状況だったわけだ」

いい時期に売り込みましたな。笑うシェーンコップに、とうとうヤンははっきりした嫌悪を現した。

「売り込んでなどないよ。向こうが勝手に勘違いしただけだ。それに私は、出来れば政治には関わりたくない。軍務だけで手一杯だよ」
「そりゃ困りますよ。政治家になれとは言いませんがね。兵隊としちゃあ、有能な上司が政治のせいで失脚なんて、悪夢です。
 まぁ、つかず離れず、上手く付き合うことです。せっかくだから、利用してあげると喜ばれるのでは?」
「人付き合いのせいで胃に穴を開ける気なんてないね。今回の作戦に関しては、1個艦隊の支援で十分だ」

不貞腐れるヤンの表情に、これ以上突付くのはまずいか、と思い直したシェーンコップは会話を打ち切る事にした。
折角の面白そうな上司なのだ。出来れば長く、気持よく付き合えるようにしたかった。
……二人の付き合いは、この時シェーンコップが考えた以上に長く深く続くことになるのだが、それはまた別の話。

「では薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊、イゼルローン要塞への一番槍、承りました」
「貴官等の力が要になる。よろしく頼みます」
「戦力の方は、当てにしてもらって結構です。演技力の方は、ピクニックの間で鍛えますよ」

互いに砕けた敬礼を送り、二人は別れた。
―――舞台は焦熱の場。イゼルローンに移る。



[22330] 5話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/05 23:36
ゼークト大将率いるイゼルローン駐留艦隊と、ホーウッド提督率いる第七艦隊の戦闘は、正面きっての殴り合いという戦闘になったにも関わらず、ダラダラと長く続いていた。
理由は幾つかある。
数で勝るイゼルローン駐留艦隊が、数を活かすような戦術を取らなかった……取れなかったというのが一つ。
ただでさえ狭隘、不安定というイゼルローン回廊内での状況を考慮すれば、数に勝る側が迂闊に兵を分けずに消耗戦を挑む、というのは一つの正しい方策ではあったかもしれない。
第七艦隊の善戦が二つ目。
ホーウッド提督は特に秀でた所のある提督では無かったが、自分に与えられた役割を忠実に演ずる程度の才覚はあった。
装甲の厚い戦艦を主軸とした艦隊でゆっくりと後退を続け、距離をつめようとする敵艦隊の出鼻を、狙いすましたタイミングの攻撃で牽制する。
地味かつ無難極まる指揮で、倍近い艦隊の圧力をゆっくりと受け流していた。
あまりにも無難―――時間が経てば数の差による敗北が分かりきっているにも関わらず、積極的な活動を一切とろうとしない第七艦隊は怪しすぎた。
不審感を抱いたイゼルローン駐留艦隊の幕僚部は、罠の可能性を考慮し、ゼークト大将に進言。
突撃して乱戦に持ち込む選択肢を放棄し、こちらも地味に遠距離から相手の数を削ることに終始した。


「閣下。敵艦隊の守勢は、明らかに時間稼ぎの物と思われます。ここは一度撤退すべきです」

また貴様か、という言葉を、ゼークト大将は多大なストレスと共に飲み込んだ。
血色の悪い無表情の幕僚の名は、オーベルシュタイン大佐。
事務方の能力に不足は無い男と満足してはいたのだが、今回の一連の戦闘に関しては神経質とも取れる進言が多く、ゼークトは辟易としていた。

「オーベルシュタイン大佐。貴官には、ありとあらゆる物が罠と見えるらしいな?」

軽侮の混ざったからかいで話を打ち切ろうとしたゼークトに対し、オーベルシュタインは食い下がった。

「閣下。イゼルローン要塞が機能を十全に発揮するには、駐留艦隊の存在が不可欠です。
 目の前の艦隊が何らかの罠だとすれば、そんな罠は増援の別艦隊に踏ませればよいのです。
 また、現在の地勢では我々は数の理を生かせていません。
 要塞近辺までこちらも引けば、ある程度数を動かせるようになりますし、要塞の防御施設と合わせれば、敵を効率よく叩くことが可能です」
「敵が付いて来ずに、イゼルローン回廊内に留まればどうする」
「先程も触れましたが、その時は別の艦隊を呼び寄せて、任せてしまえば宜しいのです。
 我々の任務の第一義はイゼルローン要塞の防衛にあります。
 たとえ駐留艦隊に3倍する敵艦隊が来ようとも、イゼルローン要塞と駐留艦隊がそろってさえいれば凌げるのですから」

ゼークトの声が低く沈む。はっきりとした兆候を感じ取り、艦橋の人間がほとんど一斉に視線を逸らした。

「そして私は、『あの』シュトックハウゼンに、臆病者と、笑われるのかね?」
「……閣下。大事の前の小事です。そのような事、言わせておけば」

オーベルシュタインの言葉を遮り、ゼークトははっきりとした怒声をあげた。

「ハン、貴官にとっては小事だろうがな!
 武人の誇りを持つ者にとってその誹りが……よりにもよって『あの穴熊』めの口から投げつけられる事に、耐えられるとでも思ったか」

ゼークトとシュトックハウゼンの不仲は、イゼルローン要塞に住む者ならば誰でも知ってると言われるほどに有名だった。
(だが、それをここで言い出すか……)
オーベルシュタインは失望故に沈黙し、ゼークトは再び攻勢の指揮を取る。

そして彼等は最後の戦機を、それとは知らずに失う事になった。



ヤン艦隊は……正確には薔薇の騎士連隊は、騙し討ちにてイゼルローン要塞首脳部を拘束。
後、空調機能を迅速に奪うと、要塞内部の人員の大半をガス攻撃により無力化した。

「長年の不落の実績から、要塞内部の綱紀が緩んでたんだろうねぇ」と、策を練った本人も首を捻る簡単さであった。
まさに、勝ちに不思議の勝ちあり、である。
ともあれ、沈黙を強いられた要塞砲を尻目に、第13艦隊はイゼルローン要塞内部に侵入した。
その腹の中から陸戦部隊を吐き出し、ガス攻撃によって昏倒、無力化された帝国軍人達を迅速に拘束。
工兵達は基地機能を掌握していった。

「閣下、要塞砲、防衛設備の5割を掌握したとの報告です」
「すべて終わるのはどれくらいになる?」
「8割までは、後2時間以内に可能との報告が上がっています。
 ただし、残り2割については抵抗している部隊が問題になっており、排除が終わるまでは取りかかれないとのことです」

ガス攻撃は要塞全域に施されたが、一部将兵はその影響を逃れ、立て篭もりを続けていた。
その勢力は小さいが、第13艦隊の上陸部隊にも大した余裕は無い。

(……8割あれば十分いけるか。ホーウッド提督に負担をかけ過ぎても不味いしな)

副官グリーンヒル中尉の涼やかな声に癒されつつ、ヤンは残りの仕事を終えるための指示を発した。

「帝国イゼルローン駐留艦隊に偽装通信。内容、『我、優勢な叛乱軍艦隊の猛攻を受けつつ有り。至急救援を乞う』。
 大体そんな内容で、不自然でないように修正して送ってくれ」

あとは、戦争ではなく掃除の時間になるのかな。
ヤンは一瞬浮かんだ不謹慎な感想を自分の脳髄の中に留め、やれやれと一言だけ呟いた。
四重の要塞装甲に守られながら、馬鹿げた威力の要塞砲で脆弱なる敵艦隊を磨り潰す。
気の進まない仕事であった。


イゼルローン要塞からの攻撃―――雷神の槌(トールハンマー)による2度目の砲撃により、ゼークト大将はその乗艦ごと原子の塵に帰った。
ヤンは右往左往するイゼルローン駐留艦隊に再度降伏を勧告。
混乱するイゼルローン駐留艦隊は逃走を図ったが、追走してきた第七艦隊による後方からの攻撃により、完全に壊滅することになった。
生き残った僅かな兵は、その捕虜となった。


「おめでとう、ヤン提督。君の名は間違いなく戦史に残ることになるな」
「ありがとうございます、ホーウッド提督。出来れば、戦史には研究者として名を残したかったんですがね」

敬礼を交わすと、二人の提督はその幕僚と共に、後処理の分担打ち合わせを始めた。
イゼルローン要塞という巨大軍事拠点を手に入れた以上、その迅速な戦力化は急務であった。
おまけに今回一度に手に入れた捕虜の数は、帝国と同盟が戦いを始めて以来最大級の数になっている。
後送するにせよ拘束しておくにせよ、多大な労力が必要と目されていた。
数時間の打ち合わせの後、自然、彼等の会話は今回の大勝利の話に移る。

「しかし、作戦の中核を担った薔薇の騎士連隊がほとんど無傷とは。大した連中だな」
「今回は彼等の、帝国貴族風の容姿が必要ではあったんですが。やはり、噂通り戦力としても申し分ない」
「ま、今回はな。ただ、彼等の連隊長…シェーンコップと言ったか。彼に関しては、よく人となりを把握していた方がいい。
 薔薇の騎士連隊の戦歴は華やかかつ苛烈だが、連隊長になった人間が裏切りを繰り返したのは事実だからな」

ホーウッドの言葉に、顔をしかめ、無言でコーヒーを啜るヤン。
ただの事実であり、恐らくは忠言である。
だが、この場にいない人間に対して、悪口ではなく陰口を叩くのはヤンの美意識に合わなかった。
機嫌を損ねたか、と焦ったホーウッドの口調は、自然早くなる。

「あぁ、いや、すまない。疑えなどと言ったつもりはないんだが……
 そうだ。亡命貴族といえば、今回の捕虜の中で、亡命を希望している連中がいる」
「そうですか」
「最上級者は大佐だったか。貴族だが、帰った所で処刑されるだけだから、亡命したいと。
 ……そうそう、今回の作戦を考えた君に、随分会いたがっていたよ」

ホーウッドと視線を合わそうとしないヤンの態度に、ムライ参謀長が咳払いをして閣下、と強く言った。
相手に非があったとはいえ、これから仕事を一緒に続ける相手に対しての態度ではない、と考えたからだ。
言われたヤンは、ああ、うん、などと言葉を濁した後、口調を幾分か和らげ、告げた。

「わかりました。帰りは暇なので、その間で良ければ、と伝えてください」

ただの和解の言葉が大勢の運命を捩じ曲げる事になるなどと、この時は誰も思っては居なかった。
だがドライアイスの剣は、この言葉を踏み台として、その切れ味に相応しい持ち主を見付け出すことになる。



[22330] 6話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/08 21:46
フェザーン自治領。
帝国の一自治領でしかない惑星政府が、帝国・同盟どちらの何れの惑星政府よりも繁栄を謳歌し、銀河系全体の富の一割を独占している理由は、その地理的条件にある。
フェザーン回廊。
帝国と同盟を結ぶ二つの回廊、イゼルローンともう一つ。
そのフェザーン回廊の中心部に位置するという地理的条件故に、彼等は帝国と同盟、遭遇時より戦争を続けている双方に対して、
お互いの物資を中継貿易することにより莫大な財を築き上げていた。
フェザーンは理解している。
帝国と同盟。
2者の均衡こそが、自らの利益を最大化するということを。

「世に驚きの種は尽きまじ……か。報せの信憑性をまず疑ったのは、久しぶりだ」

イゼルローン要塞失陥の報を聞いたアドリアン・ルビンスキーは低く笑うと、バランサーの使命を果たすべく、自らの忠実な部下達に命令を下した。
帝国が勝利したならば同盟に。
同盟が勝利したならば帝国に。
彼等はまともな自前の軍備を持たなかったが、それ故に、情報という名の刃の鋭さを理解し、誰よりも上手く扱いこなしていた。


イゼルローン要塞失陥。
この報に対し、帝国では大きな混乱が起きた。
まず情報の信憑性の不確かさ。
イゼルローンよりの帰還兵がほとんどおらず、僅かな生還者達も自らが置かれた状況をほとんど理解できていなかったが為に、
イゼルローン要塞を陥落させる為に用意された同盟の戦力把握が遅れた結果、要塞奪還為の作戦立案が出来ず、結局彼等は反撃の機を逸した。
この時、結局フェザーン経由の情報でようやくイゼルローン要塞を落とした戦力が僅か1個半艦隊という小勢であることを知った当時の宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥は、
帝国の情報収集能力の低さに肩を落とし、

「敵の奇術を貶すつもりは無いが、失われるべき物が失われたに過ぎない」

と吐き捨てたという。
ともあれ、イゼルローン要塞が失われた事による新たな防衛態勢の構築が急務となった帝国軍にとって、やるべきこと、想定するべきことは余りあった。



「……まぁ、近来稀に見る敗北だ。ミュッケンベルガーが気を落とすの無理は無い。
 しかし、奴が練りに練った侵攻計画がこれで完全に無駄になったかと思うと、負けたにも関わらず気分がいいな」
「元帥は引責辞任を陛下に申し入れたそうですが、遺留されたとのことです」
「ハ、とっとと道を開ければ良いものを」

20歳の帝国元帥・宇宙艦隊副司令長官、つい先日にはローエングラム伯爵家の名跡を継ぐなど、異例な出世を続ける人物、ラインハルト・フォン・ローエングラム。
その親友にして副官キルヒアイスはラインハルトの放言を嗜めたが、何時もならばすぐに自制するラインハルトは、今日に限っては言葉を止めようとはしなかった。

「イゼルローンを落としたのは、あの、ヤン・ウェンリーだそうだ。……なぁ、キルヒアイス。奴はまた、俺の前に立塞がるぞ。お前なら勝てるか?」
「ラインハルト様の命令があれば」
「そうか。だが許さん。奴に勝つのは、俺が先だ。お前が勝つのは、俺が借りを返してからにしろ」

覇道に立塞がる敵の予感に、ラインハルトの心は湧き立ち、その表情は凛々しく輝いた。



同盟領内でも、イゼルローン要塞失陥の報はあらゆる場所に広がっていった。
勝利。勝利。これ以上無いほどの分り易い勝利!
即ちあらゆる情報番組がこの勝利の立役者、ヤン・ウェンリーの特集を行い、彼の為した詐術を魔術と称えた。
共に戦ったホーウッド中将の地味な顔は微かに静止画が流れるに留まった事と比較すると雲泥の差の扱いであったが、
これに関しては「若くて見栄えのする奴の方が英雄として持ち上げやすかったんだろうさ。気の毒に」とのシニカルな某撃墜王の言葉が最も真実に近かっただろう。
他にも、大きな功績が無く地味に出世していったホーウッド提督と比較すると、
エル・ファシル撤退戦を初めとするエピソードを数多く抱えたヤン提督の方が、番組を作り易かったという事情も一因だと思われた。


「エル・ファシルの英雄が、イゼルローンの英雄になった訳だ。
 まずは目出度い。君の懐刀の範囲ではもうすまんな、ヤン提督も」
「は。帰還次第、彼を中将とし、現在の第13艦隊を増強して1個艦隊にすることはもう決まっております」
「結構。優秀な人間には、頑張って働いてもらわなければな」

優秀な人間、というところに思わず口を緩めてしまったシトレ元帥に、トリューニヒト国防委員長は訝しげに尋ねた。

「何か、私はおかしなことを言ったかね?」
「いえ。ヤン提督の作戦立案能力については、疑う余地はありませんが。
 優秀と言われると、彼の勤務態度の方が思い浮かびまして」
「……不真面目だったのか」
「やらなければならないことを最低限だけやる、といえば判るでしょうか。
 こと自身の事に関していえば、可能な所では全力を尽くして手抜きを行う……有能な怠け者です。
 参謀よりも、艦隊司令官としておいた方が、確かによく働くでしょう」

有能な怠け者は司令官に……という、軍事の諺を知らないトリューニヒトは暫く目を白黒させたが、
シトレが認めるのならば、特に問題は無いと割り切ったのだろう、本題に移る事にした。

「イゼルローン要塞に搬入する資材、防衛部隊の編成はどうなっている」
「戦闘により消耗した第七艦隊、練度の低い第13艦隊は後方に下げ、入れ替わりに近隣の2個艦隊を臨時の防衛部隊としました。
 搬入する資材に関しては、艦隊に必要な補給物資を近隣補給基地より第一陣として運び込むよう命令済みです。
 要塞内で必要な資材に関しては、調査結果が出た後で、第二陣として補給を送り込みます」
「では、第二陣に関しては、こちらの名前のグループを優先してくれ」

紙を受け取ったシトレの表情は消え、読み終わり数グループの名を暗記した後で、彼はその紙をトリューニヒトに返した。
たかが一枚の紙が、幾らのリベートを産み出すのか。
シトレは考えても無駄な思考を振り払い、自らが屈服した相手に、相手が望む返答を行った。

「拝見しました。他グループを無視するわけにはいきませんので、割り当てを大目にするというところに留まりますが」
「君の裁量に任せるよ」

トリューニヒトはそう言うと、機嫌良く言葉を続けた。

「シトレ元帥。私は、これからは背広組も制服組も、垣根を取り払っていかなければならないと考えている。
 それで、少人数で勉強会を開いていこうと思うのだが、どうだろうか」
「大変良い考えだと思います」
「そうか。では、優秀な人間を選抜してくれたまえ。背広組の方は、私の方で選抜する。
 ……頼むよ。出来れば、ヤン提督のような、若くて優秀な人間を選んで欲しい」

シトレ元帥は、無言で頷いた。



なお、ヤン提督の帰還を待って行われた第一回目の勉強会において、
主役と目されたヤン提督が急な腹痛で勉強会を休んだ事をここに記しておく。



[22330] 7話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/13 23:07
「作戦案には見るべき点が幾つかあります。
 ただし実際には使えません。論外です」

空気が冷える。
この発言が、例えば現役艦隊司令官、もしくは作戦参謀の口から出た言葉であれば、結果はもう少し違ったであろう。
だが実際には、後に『鉄面皮』の仇名を奉られることになる銀河帝国軍元大佐オーベルシュタインの口から出た言葉であり、その言葉は盛り上がりかけた討論の場の空気を、一気に冷却してのけた。
彼の隣に座るホーウッド中将の顔は、突然のオーベルシュタインの発言によって変化した場の空気を敏感に察し、少し青ざめる。
ヤンの評価、『彼がもし駐留艦隊の指揮をとっていたら敗北していたでしょう』という高い評価と、オーベルシュタイン本人の熱意により、
この場に連れて帝国側からの知見を出させて自分の得点にしようと考えていたのだが、周りの数少ないホーウッドに飛んだ視線は、
『なぜこんな部外者を連れてきた』とでも言いたげな冷たいものであった。
たまらず、この場に居る最上級者に視線を向ける。
ゲストとして端の席に座るトリューニヒト国防委員長は、オーベルシュタインの発言を歓迎し、告げた。

「教えてくれたまえ。どこがどう駄目なのか、私にも判るように、簡単にね」




イゼルローン要塞が落ちた後、そのニュースが下火になった頃を狙い撃つように、閣僚級を巻き込んだ大規模な疑獄事件が明らかになっていた。
フェザーンから漏れた……あるいは漏らされた情報が、その疑獄事件が明らかになる発端となったのだが、
スポンサーを大切にするマスコミはその点には突っ込まず、
「軍の偉大な戦果を無にするような」「恥知らずここに極まる」といった煽り文句を使い、事件をよりセンセーショナルな物としていった。
小出しにされる情報よって事件は継続的にマスコミのニュースでトップとして扱われ、
結果一時は70%を突破しようとしていた与党支持率は、30%をぎりぎり維持するところまで落ち込んでしまっていた。
迫る選挙に向け、この不利な状況を打開すべく、疑獄事件で更迭させられた情報交通委員長の後任コーネリア・ウインザー夫人は、
ある軍人を伴ってロイヤル・サンフォード最高評議会議長の私邸を訪れていた。


一方、ヤン・ウェンリーが不参加となった第一回目の勉強会では、彼からの同盟軍改革提のための諸提案―――という予定を変更し、一つの作戦案が全員に提示されていた。
即ち、同盟軍による、銀河帝国への侵攻計画。
それは、今まで同盟内で殆ど研究がされていなかった『イゼルローン要塞占領後』のプランであり、トリューニヒトがある軍人から提案を受けたものであった。
トリューニヒトは国防委員長ではあったが、軍事知識に関してはごく浅いレベルの理解しか出来ておらず、自らもまたそれを理解していた。
よって、スケジュールが近い事もあったため、自らの影響下にある勉強会に対してそれを評価させると共に、その勉強会に集まった人材のレベルをも評価しようとしていた。

勉強会での作戦案の評価は『斬新』『奇抜』『投機的』『巧妙』『大胆』『先鋭的』といった評価が並び、総体としての評価はまずまずのようだった。
が、その評価を―――殆ど部外者に近い立場にあるはずの一人が吹き飛ばそうとしていた。


「まず根本的な点ですが、先に一つ質問を。この作戦では、懲罰行為が云々の言葉が使用されてはいますが、最終目標がはっきりしておりません。
 お尋ねしますが、最終目標は銀河帝国の打倒と考えるのですか?」

議長、の言葉に、皆の視線がトリューニヒトに向かった。
実際のところ、オーベルシュタインはこの勉強会の進行役に向けて尋ねたのだが、トリューニヒトは気にせず応えた。

「そう思ってもらって結構だ。実際にこの作戦を発動するとなれば、後数年はまともに軍を動かせないような予算が動く。国運を賭けた規模になるからね」
「了解しました。では一点目。
 この作戦の最終目的は帝都オーディンとの事ですが、帝都オーディンを落としたとしても、銀河帝国の戦力は喪失しません。
 銀河帝国を解体するには皇帝の身柄を抑える必要があります。そして一方向から攻めるこの計画では、オーディンからの皇帝脱出は容易であり、
 そうなればこの作戦案で避けると明言されている作戦の長期化が引き起こされます」
「帝都オーディンはそこまで重要ではないと?」
「大貴族に身柄を寄せれば、軍備の再編は容易です。同盟の方にも、銀河帝国内での貴族叛乱の事例を研究してもらえば理解して頂けると思います」

近年行われたクロプシュトック事件(クロプシュトック侯爵とブラウンシュヴァイク公爵の軍事衝突)を例示し、オーベルシュタインは簡単に説明する。
この時代、銀河帝国内の貴族は自らの領土で一つの閉鎖系を作っており、例えばブラウンシュヴァイク公爵のような大貴族の領土は一つの経済圏を形作っていた。
その為に経済的にはかなりの不効率を引き起こしており、人口に大きな差がある同盟を圧しきれない原因の一つだったと後の歴史学者は指摘している。
が、不効率の一方、その気になればそうった大貴族達は他の領地に頼ることなく自領内だけでで軍事・経済・政治を扱い、独立勢力を形成することが可能なようになっていた。

「確かに、帝国軍の中核戦力さえ無事ならば、オーベルシュタイン大佐の言うような状況になるでしょうな」

ホーウッド提督が額の汗を拭いながらオーベルシュタインの発言を補強する。
その言葉で区切るように、トリューニヒトは二つ目の問題を問うた。

「二点目。帝国側の戦力見積りが甘すぎます。
 概算ですが、この見積りの1.5倍は見ておいた方が間違いないと思われます」

この発言には、トリューニヒトではなく軍人達が驚きの声を上げた。
彼等はこれまで戦ってきた帝国軍の情報については熟知しており、帝国軍が運用出来る戦力は同盟側の1.2倍程度と見積もっていた。
フェザーン経由の帝国軍予算情報からの推測ではあったが、これは一つの常識であり、これまでの防衛計画ではこの推測に従って―――問題なく機能していた。
つまりオーベルシュタインの発言は、今までの同盟側の経験を否定するものだったのだ。

だが、オーベルシュタインは言う。

「帝国領内に侵攻する場合、門閥貴族の私兵も考慮に入れる必要があります。
 練度は劣り、指揮系統も整備されてはいませんが、数は侮れません。
 また、その門閥貴族達が迎撃軍を編成した場合、対門閥貴族用の予備として扱われている艦隊も戦線に投入可能になります」

言われてみれば当たり前の話であった。
そして、覆しようのない話であった。


挙げられていた帝国侵攻計画の骨子は、
・イゼルローン要塞を落とされて開いた防衛線再構築前の即戦・短期決戦
・攻撃側のイニシアティブを取ることにより、数で上回る帝国を、一部で圧倒する数を投入する
というものである。
よって、
・敵が長期持久作戦に持ち込むのが容易
・敵が運用可能な戦力がこちらの想定以上に多い
といった前情報の変化があれば、作戦がたちまち成立しなくなる。

勉強会の出した結論は、最終的にオーベルシュタインの発言にほぼ追従するような形になった。


結果に満足したトリューニヒトは、集まられた若手軍人達の顔を見回し、彼等の事を褒め讃えた。
活発な議論を評価し、冷静な意見を認め、そしてその上で、国防委員長としての命令を発した。

「今日ここで行われた議論に関しては、口外無用である」と。




「ヤンよ。そういえば例の勉強会、国防委員長閣下も出席したらしいぞ」

プライベートで階級抜きの世間話にヤンとキャゼルヌは興じていた。
先輩後輩の関係である二人は、階級が逆転した今も良き友人同士だった。

「そうですか、それは仮病を使った甲斐があった」
「お前な……校長も呆れてたぞ。 せめて、腹痛じゃなくて他にまともな理由を考えろ。
 士官学校の1年生だってもう少しマシな言い訳を考えるぞ」
「いいじゃないですか。別に。
 それに、どうしても参加しなければならないような会合なら、シトレ元帥も命令の形を取りますよ」
「はぁ……。面倒くさい奴だな。もう少し、長いものにはまかれてみてはどうだ?」
「委員長の舌に巻かれるのは御免ですね。大丈夫ですよ。次回の勉強会も、出来るようなら参加してくれということでしたから」
「何がどう大丈夫なんだ?」
「参加しない自由を行使します」

胸を張るヤンに、キャゼルヌは言うと思ったよ、と呆れた声を上げた。
―――後日、ヤンはこの選択を真剣に後悔することとなる。



[22330] 8話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/14 22:11
アムリッツァ前、当時の同盟側の経済状況は悲惨の一言に尽きた。
前年の連敗と、それに伴う軍備の再補充、加えてイゼルローン要塞を戦力化し維持する為の臨時予算。
遺族年金費と軍事費で予算の半分が吹き飛ぶという末期状態にトドメを刺すような出兵計画を阻止しようと、
ジョアン・レベロとその友人ホアン・ルイは説得工作に駆け回っていた。

「君の現状分析能力があれば、それくらいは判るだろうトリューニヒト」
「褒めてくれるのは分析能力だけかい?
 私の道義心に関してのウィットに富む皮肉は聞かせてはくれないのかな?」

思いの外冷たい言葉にレベロは鼻白んだが、ここで立ち止まっては終わりだと理解していたホアンは、柔らかい口調で嗜めた。

「そう虐めるな。我々は皆、同盟という大樹が枯れてしまっては困る立場だというのは共通しているだろう?
 以前色々あったことは認めるが……我々はまだ、協力出来る立場にあるはずだ」
「……まぁ、今回の出兵計画が無謀だということは理解している。反対票を入れるのはかまわんがね。
 それでも3票。ひっくり返すには全く足らんなぁ? あぁ、それとも……」

トリューニヒトは、有権者の前では絶対に見せない悪意に満ちた微笑みをホアンに向けて言い放った。

「私の人脈と財力に期待してくれているのかな?
 普段は私の行いに眉をひそめている君等も、窮地となれば恥も外聞も無いんだな。
 だが残念。クズどもの過ちを正してやる為に、自らの血を流す気にはなれないね」
「いったい何人の兵士達が死地に赴くと思っているんだ!」
「教えて貰う必要は無いよ。私が一体どういう職を任されているのか、忘れた訳ではあるまい」

レベロは激昂したが、トリューニヒトはそれを鼻で嘲笑う。
ここまでか、と判断したホアンは、掴みかかろうとする友人の肩を抑えた。

「レベロ落ち着け……とにかく、反対票には入れてくれるんだな」
「それだけは約束しよう」
「わかった、信じよう。では、失礼するよ。まだまだ説得しなくてはならない人間は多いんでね」
「せいぜい頑張ってくれたまえ。同盟の未来の為に」
「言われるまでもない!」

吐き捨てたレベロに軽く手を振り、トリューニヒトはソファに深く座りなおした。

「熱意と理想はあっても、金と票が無ければ始まらない。自分の意思を通せない政治家は、悲しいなぁ」

役者達が皆、掌の上で踊っている。確信を抱き、トリューニヒトは笑う。


賛成八。反対三。
レベロとホアンの奮闘も虚しく有効投票数の三分の二が賛成票によって占められ、ここに帝国領内への侵攻が決定された。


作戦会議の席に座りながら、ヤンはその脳内で状況をざっくりと検討する。
人口、経済力、生産能力、何れも劣勢。
正面戦力、補助戦力、継戦能力、全て劣勢。
外交はまともに機能しておらず、講和を許す世論も無い。
許されるならばイゼルローンで蓋をして穴に閉じこもっておきたい所だが、
国の主権者即ち市民達が、その選択を許さない。

(同盟は、負け過ぎた。
 そして、イゼルローンであっさりと勝ち過ぎた、ということか)

ヤン・ウェンリーはTVの操作された報道から、現在の流れを読み取っていた。
イゼルローンであまりにもあっさりと勝った為が故に、同盟の市民や政治家達に余力がある、という誤断が生じたのだ。
その、誤断を正すべきは誰だったのか。
―――軍だ。
市民の感情は仕方が無い。
しかし、政治家達に対しては、自らの力を正確に把握している軍人達が、その責務として状況を説明すべきだった。

(まぁ、無理な相談といえばそうか。アレだけ予算を喰潰しておいて、いざ言われたら出来ません、とは言えない……)

軍人とて官僚だ。自らの未来を閉ざすような真似が出来るわけがない。
だとしても。それならば。

(未練の無い立場の人間が、はっきりと意見を表明するべきだった……ッ)

今更嘆いた所で、流れが決まった状況は最早覆らない。
自由惑星同盟軍全兵力の六割を一度に動員する作戦は、動き出そうとしていた。
―――ならば、少しでも犠牲を少なくするために動かなければならない。


延々と軍の壮挙――つまりは自身が立案した作戦――を褒め称えるアンドリュー・フォーク准将の発言に、会議の空気は何処か白けたものになる。
が、この場はあくまで実務を打ち合わせる場であり、その事を心得ている現場指揮官達は、この機会を無駄にする気は全く無かった。

「吾々は軍人である以上、赴けと命令があれば、どこへでも赴く。だが、言うまでもなく雄図と無謀はイコールではない。
 周到な準備は当然として、この遠征の戦略上の目的を伺いたい」

勇将の誉れ高い第10艦隊司令官のウランフ中将の質問に、フォーク准将は陰気な顔で応えた。

「大軍をもって帝国領土の奥深くに侵攻する。それだけで、帝国陣どもの心胆を寒からしめ……」
「では戦わずして退くわけか?」

挑発の意思を感じ取ったのか、フォークの顔がわずかに強張る。
だが、ウランフの発言に応えたのは別の人間だった。
発言の機会を攫われたフォークは忌々しげな表情になるが、彼はそんなことは歯牙にもかけなかった。

「それが出来れば最善です。今回の作戦目標は、主攻部隊が所定の位置まで到達すること。
 その位置まで到達すれば、帝国艦隊は恐らく戦闘を挑んできますが、その場合には戦闘での勝利が必要条件となります。
 他の部隊はその支援―――陽動と、後退時の退路確保が主な役割となります」
「ほう。所定の位置とは、まさか惑星オーディンかね?」

ウランフの冗談に、銀髪の男―――オーベルシュタインは、まさか、と感情を見せず応えた。
星系図が会議場に浮かび上がり、彼はその一点を指差す。

「今回の遠征。その目的地は、ガイエスブルク要塞です」


―――帝国領内にある、イゼルローン要塞に匹敵する大要塞。
凡そ信じ難い言葉に、会議場の音は一瞬、完全に失われた。



[22330] 9話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/14 22:12
フェザーンからの情報は、防衛艦隊を準備している元帥府に対して戸惑いをもたらした。

「ガイエスブルク要塞だと?」

同盟の侵攻に対する全権を委任された帝国元帥ラインハルトは、その名に首を傾げた。

ガイエスブルク要塞。
帝国領内にある軍事拠点であり、その防御設備の規模はほぼイゼルローン要塞と同等。
艦隊拠点としてもまた、イゼルローン要塞と同等の能力を持っている。

……そこまでは良い。
だが。

「なぜ、叛乱軍共がそんな物を攻めようとする?」

その戦略的な価値を知るが故に、ラインハルトはその情報の真偽を疑わざるをえなかった。
イゼルローン要塞から辺境方面へ。
フェザーン回廊とブラウンシュヴァイク公の私領のほぼ中間に位置するその要塞は、
イゼルローン要塞からの同盟軍の侵攻可能域としてはほぼ限界に近い。
だから現実に不可能か、といえば、今の同盟軍ならば攻め寄せる事自体は可能だと言える。
しかしその防御力は強力であり、1~2個艦隊を防備に貼りつけておけば、数倍の敵を悠々支えきる事が可能である、はずだ。

「再侵攻の橋頭堡として、か?いや……」

キルヒアイスはラインハルトの迷いに同意する。

「オーディンに対しての距離は、イゼルローン要塞と対して変わりがありません。
 それに、手に入れた所でイゼルローン要塞との間を遮ってしまえばただの孤軍になります。
 ……そもそも、イゼルローン要塞を手に入れたばかりの彼等に、戦力化するだけの余力があるとは考え難いですね」
「そうだな。叛乱軍の人的資源はかなり厳しいと聞いている」
「偽報、ではないでしょうか」
「連中、領内ではオーディンを攻めると盛大に吹いているらしいしな。
 これもこちらの戦力を分散させる為の偽報、と考えればそれなりに納得はいくか」

そもそも、陥落させること自体が至難の筈なのだが、魔術師ヤンの名前が僅かに不安を煽る。
何かを見落としている気がする。
ラインハルトは赤毛の親友の顔を見るが、彼もまた、思い当たる事は無いようだった。
迷いは不利のもとか。
ラインハルトは不安を振り払い、告げた。

「辺境方面軍は、予定通りの規模で行く。
 仮に敵の戦力が予想以上だった場合は、ガイエスブルク要塞の使用により、敵の攻勢を支えよ。
 ……他に、何か必要な物はあるか?」
「何もありません。ご期待に添えるよう努力します」

両名は敬礼を交わした。
再び合うのは、同盟軍との決戦場になるだろうと、無言ながら二人は同じ確信を持っていた。
―――だが、その確信は外れる事になる。




同盟軍は侵攻するに当たり、その戦力を3つに分けた。
アルテナ方面軍、アルタイル方面軍、ガイエスブルク方面軍に別れた彼等は、
その内の一つに戦力を集中させ侵攻、他方面の軍は陽動と帝国軍の足止めに徹する。
目標達成前に帝国が攻撃を仕掛けてきた場合は、一斉に後退して戦力を集中させ、
イゼルローン要塞の帝国側出口であり、防衛に有利な地形のあるアムリッツァ星域で決戦を図る。
(オーベルシュタインはこの可能性を低めに見積もっている。
 帝国側の防衛体制構築が完成してない以上、早期迎撃が困難との判断だ)
目標達成後は主攻撃軍は全力で退避。他方面軍もイゼルローン要塞に撤退する。

対する帝国軍の戦略はシンプルなものである。
辺境領域の焦土化により、同盟軍の行動を束縛、遅延化させる。
少数の遊撃艦隊を浸透させ、補給線への破壊活動を行う。
そして補給限界に達して士気の低下した同盟軍を、数による優位を確保した帝国軍の多方面同時攻撃により殲滅する。

両者の作戦立案者は、共に必勝の策だと考えている。
無論、敗者は必ず作られる。
この戦役でも、その事実は変わらない。



アルタイル方面侵攻軍に選ばれたヤン・ウェンリーは、ひとまずの打ち合わせを終えた後、ごく短期の未来を予想して小さく呟いた。

「まさか死んで来いってことじゃないよな、これは」
「え?」

物騒な台詞に驚いたフレデリカ・グリーンヒル中尉の顔を見て、ヤンはごめん、と軽く手を挙げた。

「こっちの作戦通りに行けば、昼寝してれば済むんだが。多分そうは行かないんだろうと思うんだよ」
「やはり、戦う事になりますか」
「そりゃあね。あちらさんも馬鹿じゃない。特に、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥だったか。
 彼辺りになら、こっちの思惑を完全に見透かされたって、何も不思議じゃあない。
 そうなった場合、この状況じゃ下手すりゃ一瞬で揉み潰されてしまう。……怖いなぁ」
「その、お聞きしても宜しいでしょうか?」

恐る恐るのグリーンヒル中尉の質問に、ヤンは何、と応えた。

「その、今回ヤン提督が主攻撃部隊を外されたのは出兵に最後まで反対してたからと聞いたんですが、本当ですか?」

誰から聞いたんだ?と呟いた後、ヤンは頭を指で掻きながら続けた。

「ま、最後まで反対してたのは事実だけどね。それが原因でこっちに回されたかどうかは判らないな」
「なぜ、最後まで反対してんですか? 作戦に納得が行かないことでも?」
「今、戦争を行うことが同盟にとってベストの選択肢とは思えなかったからってだけさ。
 作戦自体は、まぁ、面白いと思うよ。成功の見込みも、それなりにあると思う。今を外すと、行えない博打だしね」
「それでも、反対なんですね」
「賭け事はあまり好きじゃないんだ」

それも人の命が掛かってるときちゃ尚更……という言葉は飲み込んだ。
ともあれ、ヤン・ウェンリーはその分析能力から、現在の状況の危うさを感じ取っていた。
死なない為には、部下を死なせない為には、やれる事を全てやる必要がある事も理解していた。

だが彼は、やってはならない事がある事もまた、直ぐに理解することになる。
怒りと共に。



[22330] 10話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/17 17:51
同盟軍の行動は、当初の予定通り進んでいた。
星系制圧を行わず、観測施設を破壊し、通信妨害用の衛星を設置して放置する。
戦力の隠蔽を第一義とし、多くの星系の『目』を潰す。
その作業の邪魔は、思わぬ形でヤンの前に現れた。

「……ここまでやるか」

焦土作戦は、相手の防衛作戦で取りうる一つとして想定はされていたが、ヤンはあくまで可能性の低い一案だと踏んでいた。
後々に与える影響が大き過ぎるからだ。
だが、実際にやられると、その効果には目眩を起こさずには居られなかった。

制圧された100を超える星系に住んでいる3000万超の民間人。
彼等を救うには、ヤンに与えられた手勢はあまりにも少ない。



『今回の作戦目標には、開放区の民間人救出は含まれてはおりません』

開いた口が塞がらない、という言葉が脳裏に浮かぶ。
通信画面に出てきたフォーク准将の神経質そうな表情は何処か居心地悪そうだったが、
ヤンはそれを斟酌する精神的な余裕が無かった。

「待ってくれ。彼等に―――判っている範囲で3000万人、帝国の作戦範囲次第では、その倍にも達する民間人に、死ねという気か?」
『現実的に考えたらどうですヤン中将。仮に補給艦隊を今から新たに仕立て上げたところで、一部に補給をし終わった時点で時間切れ、撤退ということになります。
 そして、そうなった時、貴方達の艦隊が足の遅い補給艦隊を守りながら後退しては、帝国艦隊に補足されて揉み潰されてしまう。
 ―――まさか、補給艦隊を見捨てて自分だけ逃げるつもりは無いでしょう?』
「だが!」
『打てる手が無い、と言っているのです。であるからには一刻も早く作戦を終了させ、帝国艦隊が自分達の持ち去った食料を戻す事を期待する以外にありません』
「……貴官と話していても埒が開かない。後方主任参謀のキャゼルヌ少将に変わってくれ」
『結論は変わりませんよ。他艦隊の提督にも、同様の返答を行なっておりますので』

じわり、と黒いものが喉からせり上がってくる感覚をおぼえたヤンは、だがそれが口から飛び出る前に、なんとか押さえ込んだ。
変わってくれ、と再度言うと、フォークは同情の表情を一瞬見せた後、画面から離れた。
だが、しばらく待った後に画面に出てきた顔は、期待した先輩の見慣れた顔ではなかった。

『申し訳ありません、キャゼルヌ少将は多忙の為、小官が代わりに承ります』

見覚えのある顔だった。
銀髪で彫りの深い無表情に、ヤンの顔が失望で歪む。

「貴官は……たしか帝国から亡命してきた……」
『オーベルシュタイン少佐です、ヤン提督。憶えていて頂いて光栄です』
「先程フォーク准将に話した事の繰り返しだ。このままでは……」
『ヤン中将。些か無礼ですが、同じことの繰り返しですと先程フォーク准将が返答した通りの事を返答せねばなりません』

光栄、という言葉を何処吹く風とばかりに吹き飛ばす取り付く島のなさであった。
ここに至り、ヤンは完全に理解した。
同盟軍上層部は、帝国領の民間人を救う気が無い。
例えキャゼルヌが出てきたとしても、まともな形で補給艦隊が送られる事は無いだろう。

「……あくまで、出来る事はないというのか」

ヤンの諦めが混ざった呟きに、―――意外な事に、オーベルシュタインは反応した。

『……どうしても、というのであればヤン提督。助けになれる事があるかも知れません。お手数をかけることになるかも知れませんが』

悪寒。
助けに差し出されたはずの手であるのに、それを取ることに本能的な嫌悪感が生じた。
が、耳をふさぐには遅過ぎた。

『現在、帝国軍が行った悪逆を記録するため、陸戦部隊を含んだ地上報道班が編成されています。
 彼等に同行する護衛艦隊に、配給用の食料を積んだ補給艦を多く付けましょう。
 その際、防備が薄くなる為、第13艦隊に分艦隊を出していただき、その護衛をして頂く必要があります』

理解するのに、数瞬の時を必要とした。

「……同盟軍が原因で死ぬ、同盟軍がまともに救おうとしない相手を、自らの都合で映像にしてプロパガンダにするのか」
『見解の相違があります。小官が思うに、彼等が死ぬのは帝国軍の焦土作戦が原因であって、同盟軍に責はありません。
 引き受けて頂けないのでしたら、護衛艦隊は通常の編成で出撃することになりますが。残念です』
「ま、待ってくれ。―――わかった、引き受ける」
『ありがとうございます』


通信が終わる。
ヤンは気力が尽きたように椅子に深く座り、……ふと、笑い出した。
自らが嫌悪する―――力の限り嫌悪する行為に、協力する。
この無様さを笑わずに、何を笑えというのか。
虚ろに乾いた声で、ヤンは自らを嘲笑った。





そして、より深刻な誤算が帝国軍で発生した。

辺境方面軍。
その前衛の偵察艦隊の報告により、この方面に接近する同盟軍艦隊の数が自らの艦隊を上回る事を知ったキルヒアイスは、
ガイエスブルク要塞での防衛を前提とした作戦を構築していた。
この方面で敵を深く引き付けておけば、他の方面軍が前進する事で正面の敵艦隊の補給線を断ち、労せずして相手を立ち枯れさせる事が出来る。
これで勝利が確定した、とすらキルヒアイスは考えた。
間違った予想ではなかった。要塞の防衛力は十分であり、駐留する艦隊の練度も問題は無かった。
敵艦隊の戦力を十分支えきれる。その目算は付いていた。

その目論見をご破算にしたのは、後ろから来た『味方』だった。
彼等は名を、ブラウンシュヴァイク艦隊と言った。


「我々は、皇帝陛下より叛乱軍の迎撃に対する全権を与えられた、ローエングラム元帥の指揮によって行動しています。
 申し訳ありませんが、この場は退いて頂きたい」
「貴様らの立場は承知しているとも。だが我等もまた、自領を守る権限と責務を陛下より与えられている。 
 貴様らが叛徒どもと戦う邪魔はすまい。だが我々が自領を守る神聖な戦いも、邪魔してもらっては困るな」

ブラウンシュヴァイク広領は、ガイエスブルク要塞より後方に広がっている。
よって、自領目がけて攻め寄せてくる同盟軍の艦隊を迎撃する、という理屈は成立する。

しかし。

傲然たる言葉。ブラウンシュヴァイク公の背後に控えるフレーゲル男爵のニヤついた笑み。
彼等の意図自体は、あからさまに透けて見えていた。

(ラインハルト様の足を引っ張る気かッ!)

ブラウンシュヴァイク公とラインハルト元帥は、政治的には完全に敵同士である。
艦隊を出してきた事についても『ローエングラム元帥の対応が遅いから仕方なく』出してきたというニュアンスを言葉の端々に匂わせており、
後に政治的失点としてあげつらおうとする意図がありありと見えた。

「では、これで一応の義理は通したぞ」
「我等はこれより叛乱軍の衆愚どもに、懲罰の鉄槌を喰らわせる。フン、貴様らはこの穴蔵の中から我等が戦いぶりを眺めているが良い!」

フレーゲル男爵の無礼な言葉を形だけ嗜め、ブラウンシュヴァイク公は軽侮の表情と共に要塞司令部を立ち去った。


ブラウンシュヴァイク公麾下の艦隊の数は、単独では同盟艦隊に及ばない。
キルヒアイス麾下の艦隊を加えて、どうにか五分と言ったところである。

(本気で自分達だけで勝てるとでも?いや……形勢が悪くなったところで、ガイエスブルク要塞に逃げ帰れば良いという腹ですか)

正規艦隊が戦う前に単独で戦ったという事実があれば、政治的な武器としては十分に役に立つ、という考えか。
死ぬ可能性が高いのであれば喜んで見殺しにするのだが、とキルヒアイスは苦虫を噛み潰した。
見捨てて戦わせたとしても、死んでくれる可能性がごく低いということならば、政治的失点を最小限に抑える必要がある。
キルヒアイスは、麾下艦隊に出撃命令を下した。


……もしこの場に居たのがラインハルト本人ならば、ブラウンシュヴァイク公を無視し、当初の予定に従って迎撃計画を実行しただろう。
生きて帰ってきた所で反逆の意を問い、謀殺すらしたかもしれない。
ラインハルトにはその冷酷さがあった。
しかし『ラインハルトを守ろうとするキルヒアイス』では、その考えに至れなかった。
ブラウンシュヴァイク公も、中将になったばかりの若僧相手であったからこそ、ここまで大胆な行動が取れたのだった。


「出てきたか。ならば叩き潰さねばなるまい」

同盟艦隊を統括するは勇将ウランフ中将。

「ガイエスブルク要塞防衛に支障が出る被害は、何としてでも防がなければ……」

帝国艦隊を指揮するは名将の器たるキルヒアイス中将。


両者が仮に同等の状況で戦えば、その結果を予測するのは困難であっただろう。
残念ながら、この地で同等なのは、単純なる数のみであったが。



[22330] 11話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/23 23:11
「かなり叩いているはずだが……崩れんな」

音を上げたわけではない。
このまま戦闘が続けば勝利出来るとの確信は既にある。
だが、当初の予想よりも遥かに相手が崩れない。

帝国の敵前衛艦隊と後衛艦隊。
戦闘開始後すぐその連携の拙さと練度の差を看破したウランフ中将は、より練度の低い前衛艦隊を集中的に叩く事により、相手の士気を揺さぶった。
同盟艦隊の攻勢により帝国前衛艦隊の損害は跳ね上がったが、帝国後衛艦隊はその損害を無視し、後方よりの砲撃に専念。
同盟艦隊の中でも防御の薄い駆逐艦、巡洋艦を集中して叩く事により、同盟艦隊の攻撃力を効率良く削ぎ続けた。

「損傷艦は多いが、撃沈の割合がかなり低いな」
「まともに反撃している敵後衛艦隊とは距離がありますから」

チェン参謀長の言葉に、歴戦の将であるウランフは首を振った。

「それだけではないだろう。恐らく、損傷艦を足枷にして、艦隊の移動速度を減殺する腹だ。
 敵将に、こちらが嫌がる事を良く心得ている奴が居るな」
「では、どうなさいますか」
「出し惜しみしては、却って損害が増える。時間も惜しい。ここは一気に敵前衛艦隊を殲滅する。
 全武装使用自由。肉薄して叩き潰せ」

積極的なのは良いが、早過ぎはしないか?
例えこの攻撃で前衛艦隊を士気崩壊に追い込んだとしても、後衛艦隊はほぼ無傷で戦闘能力を残している。
彼等があの状態で要塞に帰還した場合、要塞の陥落はほぼ不可能になると思われた。
チェン参謀長は、職責を外れる事を承知で一度だけ問い直したが、ウランフは短く再度全力攻撃を命じた。

「構わん。目的は、既に達した」



ブラウンシュヴァイク艦隊は半壊。
殿を勤めたキルヒアイス艦隊も少なからぬ損害を受けたが、彼等は追撃を振りきりガイエスブルク要塞への撤退に成功した。

「お見事な指揮でした。あの数の差の撤退戦でここまで損害を抑えるとは」
「負けは負けです。ともあれ、重要なのはここからです。敵艦隊は現在どういう状況ですか」

不眠不休の指揮を終え要塞に戻ったキルヒアイスは、短い仮眠の後、再び司令室での指揮についた。
だが、返された状況報告は彼の戦意に肩透かしを食らわせた。

「敵、星系より撤退しました」
「……どういう事ですか?」





「それで、叛乱軍の艦隊は要塞に指一本掛けることなく撤退したということか」
『はい。ごく整然とした撤退であり、敵に何か異常が生じたという事態は考え難いと思われます』

ふむ、とラインハルトは考え込んだ。
敵の数から言って、本命がガイエスブルク方面軍であったことはまず疑う余地は無い。
だが、彼等は艦隊戦での勝利は手にしたが、戦略的な何物も手に入れては居ない……はずだ。

『他に叛乱軍が手に入れた物というと……航路情報等でしょうか』
「フェザーン経由の情報や、イゼルローンを落とした時に手に入れた物があったはずだ。
 獲物としては軽すぎる。ただ、勝利が欲しかった、というには動員が大げさに過ぎた気がするな」
『やはり、国内向けの政治的な得点稼ぎだけなのでしょうか』
「……無論それはあるだろうが。まぁいい。敵の思惑がどうあれ、投入した艦隊を丸々引き換えに出来る程の物は手に入れては無いはずだ」

ラインハルトは、彼が手に入る範囲内の情報で、判断を下す事にした。
果断は彼の本質に根ざす性質の一つであり、彼は待つ事よりも攻める事で情勢に働きかける事を好んだ。

「敵の分散した艦隊を殲滅し、アムリッツァにて待ち受ける。キルヒアイス。艦隊の再編が終わった後、ガイエスブルクに1個艦隊を残して追撃を仕掛けろ」
『了解しました。敵に索敵部隊で圧力を掛けながら追撃します』

総司令官が望む意図を即座に理解し、実行出来る司令官が麾下に居るというのは非常に心強いな。
ラインハルトは親友に軽口を叩き、年相応の笑みを浮かべた。
キルヒアイスの困ったような笑みもまた、年相応の物だった。



「やはり罠だな」
「罠だったな」

オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤー。
同各の中将で同時期の昇進。
指揮官順位としてはミッターマイヤーが上で行動を取るようお互い取り決めてはあったが、
彼等はプライベートでも親友同士であり、連携を取ることに問題を感じてはいなかった。

「数的にはこちらの方がやや優勢だが、通信の分析によると叛乱軍の将はビュコック中将だそうだ」
「相手にとって不足無し、と言いたいところだが」
「厄介な相手だということも間違いないな。それともう一つ。未だ未発見の別艦隊が居る事は確実らしい」
「たまらんな。絶対に途中で側背から襲ってくる腹だ」

やれやれ、と双方ため息を一つ。
老将ビュコック。
兵からの叩き上げという異端の将であり、その戦歴はミッターマイヤーとロイエンタールの物を足したところで全く及ばない。
にもかかわらず戦術は柔軟かつ重厚。特に防戦に置いて持ち味を発揮し、麾下艦隊の崩れ難さには定評があった。
彼の艦隊は既に布陣を終え、こちらが攻めかかる事を待ち受けている。
周囲の宙域には小惑星帯と無人惑星があり、艦隊を隠す要素は十分といった所だった。

「まぁ、罠があると分かっていればそれなりに覚悟も出来るか。まずは俺の方から仕掛ける」
「フォローと索敵は引き受ける。しかし、相手が待ちの姿勢なら、他の連中を待つのはどうだ?
 ……正面からあの爺様に勝つのは骨だぞ、ミッターマイヤー?」
「卿の援護があれば十分勝てるさ。舐めてるつもりは無いがね」
「わかった。今度が多分、俺の艦隊司令官としての最後のキャリアになるからな。全力でやる。背中は安心してくれていいぞ」
「……背中を安心して任せられる奴が近くから居なくなるのは嫌だな」
「何、ローエングラム侯の旗下は名将揃いだ。俺一人居なくなった所でどうという事はあるまい」

言葉を交わしている内に、ミッターマイヤーは気づいた。
ロイエンタールに感じる危うさが、何処か薄くなっている。
良い傾向ではあるのだが、……これは、何時からだったろうか?



大方針を決める軍議が終わった後。
ロイエンタールはラインハルトの私室にて、彼の意図を問いただした。

「閣下。一つだけ、確認したくあります」
「焦土戦の事か」
「は。再考を、お願いしたくあります」

―――自国の支配下にある惑星より強制的に食料を徴発。
叛乱軍が民間人を抱え込み、補給状態を悪化させる事を期待する。
もしくは、叛乱軍が民間人を見捨てた事を政治的得点とする。

下衆の策である。
ロイエンタールは思う。
帝国艦隊は帝国の民間人を守る為にある、等と叛乱軍のような綺麗事を言うつもりはない。
単に、叛乱軍の善意に期待し、それに乗っかるような策が気に食わなかった。

「卿はどう思う。叛乱軍は補給艦隊を出してくるかな」
「馬鹿でなければ出さぬと思います。そして当然、惨状を撮影して政治的なカードとするでしょう」
「自国向けにな」
「人の口に戸は建てられません」
「かもしれんな」

ロイエンタールの推測にも、ラインハルトの言葉は一向に揺れない。
ふと、ラインハルトの傍らに常に在った筈の赤髪の青年が、この場を外すように言われた事が気にかかった。
つまりは、……そういうことなのだろうか。
疑念を口に載せる。

「閣下。焦土戦を行う理由は、『国内向けの対策』ですか」
「見抜いたのは卿だけか」
「……はい」

やはり、そうか。
ロイエンタールは、冷たい汗をかいている事を自覚した。
戦域の食料を徴発するのは誰か?
貴族達に命ぜられた官僚である。彼等は命令に従って粛々と食料をかき集め、非難する民衆を尻目に星系を脱出するであろう。
戦域に再び食料を齎すのは誰か?
ラインハルト・フォン・ローエングラムに率いられた艦隊である。彼等は帝国貴族と叛乱軍が見捨てた民衆の命を救うためにやって来る。

奪う命令を出した側の人間が、再び与える事によって人気を得る。
奪った側の人間が『あれは全てラインハルト・フォン・ローエングラムの命令で行った事だ』と言うのはどうだろうか?
思考してすぐ気付く。難しい。
彼等が見捨てた場所に舞い戻り、餓死者の死体の上で農奴達を助けに来た軍人達を非難をした所で、石もて追い払われるがオチだ。
つまりこれは、対叛乱軍の策ではなく、帝国貴族に失点を付け、ラインハルトと帝国軍に対する人気を取り付ける策。
ラインハルト・フォン・ローエングラムの帝国に対する布石だ。

「オスカー・フォン・ロイエンタール。今度の戦役が終わったら、空席になっている参謀長の席について欲しい」

炯々と輝く冷たい眼光に比して、声はごく静かな物だった。



自身もまた、反逆の相を持つものである、という自覚がロイエンタールにはある。
参謀長につきラインハルト・フォン・ローエングラムの策謀を知る立場になれば、その反逆は一提督で居るよりも遥かに成功の可能性が高まるであろう。
ラインハルトは、自らの背にナイフを突き立てられる立場に立て、とロイエンタールに告げたのだ。
無論、能力を考慮しての事ではあるだろう。
だが同時に、自分の性質を見ぬいての判断ではないか、とも思う。
成功するかどうか判らないからこそ、己全てを投げ打つ反逆という賭けが心を誘う魅力を持つ。
そして成功の確率が高すぎれば、自分のような破滅願望の強い人間にとって、反逆という賭けは逆に魅力を損なう……

「……恐ろしいな」

戦闘開始直前。
呟きを聞いた副官が、聞き違いかとロイエンタールの表情を確認し、慌てて目をそらす。
彼の上官は、実に愉しそうな表情を浮かべて笑っていた。
彼は、ロイエンタールは、ラインハルトの反逆を自己の反逆と重ね、悦んでいたのだ。



[22330] 12話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/23 22:40
後年の話である。
ヤンの参謀長を長く務めたムライが、退役後に受けたインタビューで、ヤンについてこう述べている。

「指揮官は参謀からの作戦案を勘案し、取捨選択することが役割だ。
 であるにも関わらず、ヤン提督は重大事において度々、自分自身で立案した作戦を使っていた。
 参謀畑を歩き続けた彼の作戦には非常に良く出来ており、我々はその案を修正すら出来なかった」

そう言って『ヤン・ウェンリーの手品』等と呼ばれた作戦の殆どがヤン自身の立案した作戦であったことを明かした。
同時に彼は、ヤンの作戦の特徴や、指揮官としての適正についてこう述べている。

「ヤン提督が特に重視していたのは、敵手の情報だった。
 敵が置かれた状況をあらゆる角度から読み解き、慎重に慎重を重ねてその心理を誘導する。
 その手法に関しては悪辣、狡猾とも言える事から、そこまでやるかといった細かい事まで。
 ……正直、些か慎重、迂遠に過ぎる、と感じた事も何度かあった。
 そして勝負を降りる―――逃走、降伏することもまた、選択肢の一つと考えている節があった。
 賭け事を嫌っている事を、本人が何度か口にしたことがあったと聞いている。
 部下と自分の命を賭け事に使いたく無かった。つまりはそういう事なのだろうと思う」

「ヤン・ウェンリーという軍人は、優れた参謀ではあったが、優れた戦闘指揮官ではなかった。
 彼は作戦というものを知り尽くしていたが、それをナイフのように振るうより、パズルのように組み立てる事を愛した。
 戦場を組み立てる事に関しては芸術的なまでの技巧を振るったが、戦場で部下を戦わせる事に関しては他者に任せる事が多かった。
 あるいは、ヤン・ウェンリーという稀代の参謀の能力を活かすことが出来る指揮官が、ヤン・ウェンリーその人しかいなかったという事なのかも知れない。
 それが同盟にとって幸運なことだったのかどうかは、私にはわからんな」



イゼルローン要塞に帰還したヤン・ウェンリーは、疲れを癒す間もなく呼び出される事になった。
作戦会議室には慌ただしい雰囲気が満ち、血相を変えた参謀達が議論を交わしている。
嫌な予感を覚えたヤンは回れ右をしてこの場から立ち去りたい思いを抱いたが、奥の上官に手招きされては逃げるわけにも行かなかった。
ドワイト・グリーンヒル宇宙艦隊総参謀長。
敬礼を交わした後、普段温和な表情を浮かべている彼の顔色の悪さに気がついたヤンは肩を落として一言だけ先に告げた。

「厄介事ですか」
「この部屋に入った時点で、それは予測出来てただろう。座りたまえ、説明する」

グリーンヒル大将の苦笑も、どこかぎこちない。
彼は星図を指差し、状況を簡単に説明した。

今回の作戦では、主攻であるガイエスブルク方面軍の攻撃が成功した時点で、陽動を目的としていた各方面軍は撤収を開始することになっており、
ヤン達アルタイル方面軍はその作戦に従って素早く撤収。艦隊にほとんど傷を付ける事無くイゼルローン要塞に帰還した。
一方、ビュコックが率いるアルテナ方面軍は、敵の有力な戦力に補足され交戦。
こちらはほぼ同程度の損害を両者が被ることになったが、何とかイゼルローン要塞まで撤収中ということである。

大きな問題が生じたのは、ガイエスブルク方面軍だった。
こちらも一応は目標を達したものの、撤収に際して帝国軍の執拗な追撃を受ける事になった。
当初から敵追撃は想定された事であり、ウランフはこれを振り切るべく艦隊を運用したが、
追撃用に高速艦で纏められた帝国艦隊は巧みに追い縋り、その戦力を薄皮を剥がすように削っていった。

「損害自体は許容範囲に収まっている。行程の遅れも予想の範囲内に収まっていた。問題は……」

星図の中に浮かび上がる艦隊を示すマーク。
それはアルタイル方面からアムリッツァ星域に入り込むと、イゼルローン回廊には見向きもせずに、ガイエスブルク方面軍を迎撃すべく布陣し始めた。

「敵の進出が予想以上に早かった。
 こちらの予想では君達アルタイル方面軍の捜索に時間を取られるはずだったのだが」
「……こちらの戦力不足を読み切ったか、アルタイル方面軍とガイエスブルク方面軍をまとめてあしらう自信があったか。
 この艦隊の将は?」
「ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥。アスターテで痛い目を見せてくれた彼だよ」
「成程。一番の要所を自分で抑えに来ましたか」

納得して頷くヤンに、グリーンヒル大将の表情が苦い物になる。

「このまま挟撃されては、ガイエスブルク方面軍の損害は過大な物になる。
 よって、帰還したアルタイル方面軍を持って救援艦隊を編成。
 敵艦隊を逆に挟撃して撃破する。その指揮を君に任せたい」

数において優勢な敵を、挟撃により撃破。
大変聞こえの良い言葉である。聞こえの良い言葉ではあるのだが。

(問題が幾つかある。
 ひとつ、当初想定してなかった作戦であり、タイムスケジュールが無く、両艦隊の距離が遠い。
 つまりガイエスブルク方面軍との連携が困難であること。
 ひとつ、そもそも敵の追撃によって消耗したガイエスブルク方面軍の戦力が期待出来無いこと。
 ひとつ、こちらの第13艦隊を始めとする救援艦隊の士気、練度が敵より劣るであろうこと。
 そして最後にひとつ。敵将がラインハルト・フォン・ローエングラムであること……)

各個に撃破されて、援軍を出しただけ被害が増えた。
そんな確度の高い結果が思い浮かび、ヤンは我知らず頭を振った。

(この命令をそのまま受けてしまえば、だが恐らくはそうなる。何か……何か、前提条件を変えねばならない)

そんな事が自分に出来るのか? 自問したが、答えはでない。
とにかくこの場を離れてしまえば出来る事が少なくなり過ぎる。
その判断に従い、ヤンはひとまず食い下がる事に決めた。

「……何故です? 私は中将になったばかりです。通常の順位からいけば他の方が指揮を取るのが自然でしょう」
「確かにその通りだ。だが、ルフェーブル中将、アップルトン中将は共に君の指揮を希望している。
 彼等は今まで同盟領内の海賊相手が主だったからな。数個艦隊規模の艦隊戦となると、君の方が経験がある事になる」
「たとえそれに納得するにしても、イゼルローン要塞内にはもう一人、複数の艦隊を指揮するのに相応しい人がいるじゃないですか」

ヤンが誰の事を言っているのか、グリーンヒル大将は直ぐに理解した。
無論、軍政畑一筋の自分の事ではない。そして、一番突いて欲しくない部分であった。

「ロボス元帥は……」
「そもそも、元帥が今、この場に居ないこと自体がおかしくはありませんか?」
「元帥は、休養中だ」

グリーンヒル大将の堅い言葉に、ヤンはため息をつく。

ラザール・ロボス。同盟軍元帥にして宇宙艦隊司令官。
今回の作戦の総司令官でもある。
40代半ばまでの彼の経歴は数々の殊勲で彩られており、その才覚を疑う者は誰も居なかった。
だがそれ以降の彼の指揮は大きく精細を欠き、その事実は同盟軍内に広く知れ渡っている。
「元帥が衰えたのは帝国の女スパイに性病を移されたからだ」等といった下品な陰口の対象にまでされた彼だったが、
同盟軍内部での影響力は未だ大きく、それ故にシトレも彼を排除出来ずにいた。
―――かつてのロボスは幾多の戦場で、確かに勇将として振る舞い、多くの成果を挙げたのだ。
彼の指揮に助けられた者達は数多く、そして助けられた者達は、ロボスを守ろうとした。
そう、例えば、今ヤンの目の前に居るグリーンヒル大将のように。

やれやれ。ヤンは内心呟いた。
情が悪い物だとは、思わない。
しかしその情を、グリーンヒルは総参謀長として別の形で発揮すべきだろう。

(簡単にこんな事を思うのは、私が薄情な人間だからなんだろうが)

苦悩を隠そうとするグリーンヒルの顔を、冷めた視線で撫でる。
人間関係の板挟み。大変なのだろうな、と理解は出来る。
情がある人なのだ。であるから、元帥と兵士、どちらも裏切れないのだ。
だから本来元帥が行うべき行動を、彼が肩代わりしている。

尊敬すべき善人なのだろう、とヤンは思う。
では、翻って自分はどうだろうか。
軍命に従い、民間人を一山幾らで見殺しに出来た人間は、この場合に一体どういった行動をとるべきだろうか?

手元のカードを思考する。
手札には、切り札が一枚存在した。

(ブタかもしれないが、ここは賭けどころだろう。
 違ったとしても、失うものは私個人の信頼でしかない)

思いついた事に、ヤンは唇を歪めた。
彼を知る者が見たことの無い形ではあったが、それは確かに笑みの形をしていた。

「ロボス元帥の体調の事、国防委員長はご存知ですよ」

グリーンヒルの凍った表情に、ヤンは急所を掴んだ確信を得た。
立ち直らせてはならない。
ヤンは立て続けに言葉を投げかける。

「別に、元帥を庇われるのはご自由ですが。
 泥船から兵士を救い上げる事も、総参謀長の為すべきことではないかと考えます」

一言二言グリーンヒルは言葉を口の端に乗せようとして、失敗する。
彼が今まで知るヤン・ウェンリーという青年の姿からズレた言葉に、当惑したのだ。

「……君は一体、何が言いたいんだ」

迷いが、疲労が、グリーンヒルから精細を奪った。
そしてヤンはグリーンヒルから、迷いなく毟り取る事に決めていた。

「元帥が病で行動出来ないのであれば、元帥が扱うべき戦力を、代理の人間に渡してください」

自らの出す言葉が、死人を水増しする言葉である事を理解して。
自らの言う言葉が、情勢に乗って越権を図ろうとする言葉であることを理解して。
理解した上で。
ヤンは勝利の為に、冷静にその言葉を選択した。


「イゼルローン駐留艦隊。私に預けて下さい」




アムリッツァ星域。
同盟軍の帝国領侵攻に端を発する一連の戦闘、その最後の幕。
帝国元帥ラインハルト・フォン・ローエングラムと、同盟軍中将ヤン・ウェンリー。
二人の天才による決戦が、始まろうとしていた。



[22330] 13話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/24 23:28
アムリッツァ会戦と呼ばれる戦闘の序盤の幕は、静かに上げられた。
帝国軍、同盟軍、共に相手と正面からぶつかる事に利益を見出せなかったからだ。

帝国軍にとっては出現した救援艦隊が攻撃すればすぐイゼルローン要塞に引きこもる事が明らかであったし、
同盟軍は数と練度に置いて優勢な帝国軍に単独で殴りかかりたくなかった。

帝国軍主力7個艦隊+ガイエスブルク方面軍2個艦隊。
対するは同盟軍救援艦隊4個艦隊(相当)+ガイエスブルク方面軍6個艦隊(戦力規模は5個艦隊弱に減少)。

同盟軍がイゼルローン要塞駐留艦隊まで投入して埋めに掛かった救援艦隊と帝国軍主力艦隊との数の差は、
アルテナ方面での戦闘を終えたミッターマイヤー率いる艦隊が合流した為に、再び開いていた。
損傷、消耗した艦隊を再編成し、再び戦力化して前線に出撃する。
その行動速度を持って後に「疾風ウォルフ」と仇名されるミッターマイヤーの真骨頂というべきであり、
同盟軍にとっては当初からの予定をいきなり狂わされ、戦闘の主導権を握られる一因になっていた。

「しかし、睨み合っていては戦機を失うのはこちらだ。
 誘い出す一手が必要だが……」

ラインハルトの各種の能力の高さに置いては、疑う余地が無い物として後に伝わっていが、
その中でも特筆すべきものの一つに、思考の柔軟性がある。
彼は「その時、何が必要なのか」を常に正確に把握しており、
更にその上で、環境が変わった時に「自分に何が出来るか」を客観視して正確な判断を下す事が出来た。
凡庸な指揮官ならば「戦力を消耗したガイエスブルク方面軍を叩く」という当初の予定に拘ってしまう場面において、
ラインハルトは今現在自分に求められているのが「同盟軍に対して一定の戦術的勝利を得る事」であるという当初の大目的を忘れなかったのだ。
よって彼は救援艦隊が出現したことにより一方的な勝利をガイエスブルク方面軍から得る事が難しくなったという環境変化を素直に受け入れ、
「救援艦隊を如何にして叩くか」と自艦隊の目的をあっさりと切り替えたのである。

「艦隊を二分する。アイゼナッハ中将。貴官はルッツ中将と共に2個艦隊を率いて叛乱軍のガイエスブルク方面軍に備える動きを見せつけよ。
 フン、無論のこと、陽動だ。主力部隊が敵イゼルローン方面部隊と交戦するのを確認後、直ちに反転。主力部隊に合流せよ」
「御意(ヤー)」

堅実な用兵をその特徴とするアイゼナッハに別働隊の指揮を任せたのは、万が一にもガイエスブルク方面軍の出現を見落とすわけには行かない戦況を鑑みての事だ。
合流までの速さを求めるのであればミッターマイヤーを選ぶ手もあったが、ラインハルトは彼を救援艦隊との戦闘における戦術上の切り札として扱うつもりであった。

「よし、後はミッターマイヤー、ケンプ。貴官等の強みを活かしてもらうぞ」

ラインハルトは戦意に燃える幕僚達を見渡し、自信を深めた。
敵が容易ならざる相手である事は判っている。ヤン・ウェンリーの魔術とやらを恐れる気持ちがある事も否定はしない。

「では、叛乱軍どもに敗北の味を思い出させてやるとしようか!」

それでも敗北の可能性が、彼には見えなかった。



イゼルローン要塞から出撃した救援艦隊は、回廊の出口から出た時点でその方針を一度変更せざるを得ない状況になっていた。
ほぼ同等の数まで戦力を用意出来たと思えば、敵の数がいきなり増えていたのである。
後退して撤退したビュコックのアルテナ方面軍再編を待つという一案が出たが、ウランフ率いるガイエスブルク方面軍が戻って来るタイミングが判らない以上、
イゼルローン要塞まで戻る案は却下せざるを得なかった。

「基本方針は待ちです。イゼルローン回廊出口に陣取り、敵艦隊が接近してきたらイゼルローン回廊に逃げこむ。
 それでも更に追って来る状況ならばイゼルローン要塞まで後退して迎撃します」
「いささか消極的に過ぎはしないか?」
「消極的にならざるを得ない状況という奴ですから。
 後、ガイエスブルク方面軍がアムリッツァ星域内に出現したのを確認後、敵艦隊へ向け移動。
 攻撃を行ないますが、この際も、敵がガイエスブルク方面軍に噛み付こうとするのを邪魔する形で行動するのが望ましく思われます。
 目的は敵艦隊の撃滅ではなく、あくまでガイエスブルク方面軍の撤退支援であることをお忘れなく」

淡々と行われるヤンの作戦伝達に、ルフェーブル中将が意見を挙げた。

「敵艦隊が艦隊を2分して行動を行った場合はどうする。
 少なくとも、敵にはそれを可能とする数的優越がある」
「敵艦隊がこちらを主目的にした場合は先の通りイゼルローン回廊に後退。
 ガイエスブルク方面軍を目的とした場合は……前進して戦闘を行わざるを得ないでしょうね。
 ただし、この場合も前進のタイミングに関しては厳重に図る必要があります。
 敵としてはこの場所から我が部隊を引き剥がす作戦を、当然立案するでしょうからね」
「フム。その場合の前進・後退の判断は貴官が行うということで良いかな?」
「勿論。若輩の私が指揮をとるのは少々問題ありとは思いますが、ここは一丸となって当たらねばならぬ所です」
「我々から言い出した事だ。今更取下げたりはせんよ」

ヤンは軽く頭を下げた。
内心、それらしい理屈をつけて責任を押し付けたんだろうなぁ、と思いはしたが、
ビュコック達がこちらに来ていれば自分だって同じことをしただろうと思えば、特に責めるような気分にはなれなかった。

ともあれ、方針は決まった。
後はそれに従って敵の出方を見るだけ―――だったのだが。



「敵艦隊、前進止まりました」
「嫌な手を打ってくるな……」

帝国艦隊は戦力を2分した後、主力をイゼルローン回廊に接近させてきた。
救援艦隊はその行動に反応、一定の距離を置いて後退したが、帝国艦隊は救援艦隊をイゼルローン要塞に押し込んだ後にその前進を停止した。
ガイエスブルク方面軍との連携が取れないようにこちらに距離を開けさせた後で、反転してガイエスブルク方面軍に襲いかかる。
もしくは、その素振りによって救援艦隊の攻撃を誘い、これを撃破する。
敵艦隊は別部隊をガイエスブルク方面軍に向けて置いた為、その数を救援艦隊とほぼ五分の5個艦隊まで減らしていたが、これは誘いだろうとヤンは見破った。

「美味しそうな餌ではあるんだが、喰いつくと酷い目に合うんだろうなぁ」
「では、このまま待機ですか」
「そうだね。敵が後退するまでは待機だ」

問題は、いずれ敵が行う後退が、ガイエスブルク方面軍に対する物か、こちらを誘い出すための偽装かの見極めだ。
こればかりは、戦場の霧に覆い隠されていて、どちらが正解かなどそうそう判断出来るものではない。

(だが、私が判断しなければならない)

「他の提督ならどう判断するのかな。……いや、この仮定は卑怯か」

自らが、自らの判断において、兵を死地に追いやる。
それが指揮官の仕事だということを、ヤンは張り詰めた待ち時間の中で、ゆっくりと実感した。


待つこと2日。
帝国艦隊がわずか2個艦隊を残し、反転。
行動を確認した後2時間待機して、ヤンは前進を命じた。
慎重に、ゆっくりと。


帝国2個艦隊を率いるは、カール・グスタフ・ケンプ。
彼は倍する敵に対して、武者震いを起こした。
(……倍する敵の抑えか。ここでローエングラム伯の期待を裏切るわけにはいかん)
通常ならば撤退をまず考える場面。だがケンプは、麾下艦隊にはこの任に耐える十分な力があると信頼していた。


「撃て(ファイアー)!」
「撃て(ファイエル)!」


かくして、戦闘の第一幕が砲火にて上がる。



[22330] 14話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/26 20:26
単座戦闘艇。
旧時代の航空機、戦闘機にどこか似た形状を持つ舟艇である。
しかし、地球時代における戦闘機とは違い、この舟艇には遠距離目標に対するミサイルキャリアーとしての機能は期待されていない。
宇宙空間での艦船の移動能力はその主機の出力に占める割合が大きいため、母艦から得る運動エネルギーが無ければそもそも敵の艦に追いつけないのである。
軽質量により方向転換等の機動力は無論優越するが、推進の為の噴射物を大量に搭載出来ない為、稼働時間もごく限られてしまう。

この欠点だらけの舟艇が、それでもこの宇宙時代に戦力として艦隊の一角を占める事が出来た理由は何か。

それは、この時代の艦艇の防御手段にして大きな割合を占める、防御シールドと話が切り離せない。
もともと小隕石、デブリ対策として発展してきた防御シールドは、その防御を突破するための方策として二つの手段が取られる。
一つ、大出力のエネルギーを叩きつける事によりその防御能力を飽和させる。
主に艦船の主砲攻撃、もしくはミサイル弾頭の攻撃によるものがこれに該当する。
(ミサイルの弾頭自体はシールドを突破出来ないが、シールド表面で爆破してそのエネルギーを叩きつけるのである)
そしてもう一つ、同じ防御シールドによる中和にての突破。こちらが単座戦闘艇によって行われる。
一部陸戦部隊が揚陸艦をもってこれを行うこともあるが、これは例外に近い。
そして近接された場合、巨大な艦船の全面を覆う近接防御火力という物が、この時代は存在しない。

……無論、必要が想定されていなかったわけではない。
元々、この単座戦闘艇による艦船襲撃は、生産力において帝国を下回る同盟が苦肉の策として作業船に武装して攻撃させた事が始まりであるとされる。
この攻撃、肉薄する過程にて甚大な被害を受けたために直ぐ取りやめられるのだが、肉薄した後の戦果が同盟に単座式戦闘艇の研究を継続させた。
そして単座式戦闘艇の運搬役たる宇宙母艦が登場すると、それが一時、帝国の戦艦に対して猛威を振るったのである。
肉薄するまでは主砲の出力を犠牲にしたシールドの厚い防御によって守られ、肉薄した後は宇宙母艦の運動エネルギーを得て急接近、敵艦の防御の内側に入る。
時の帝国元帥に「あの蚊トンボどもを何とかしろ!」と喚かせたと言われるその攻撃は、装甲そのものを破壊して単独で艦船を沈めることは難しかったが、
艦船の防御が脆弱な機器を破壊し、無力化するには十分だった。
当然、対策が考えられた。
だが、巨大な艦船の全面を覆う防御火力を用意するには莫大なコストが必要とされ、更に主機の出力が犠牲になることが算出されると話が変わった。
主機の出力は主砲とシールドの出力に直結する。単座戦闘艇の為に戦艦が落とせなくなるのでは話にならないのだ。

よって、代替案として、艦船の近接防御の大部分を単座戦闘艇に任せるという案が通ったのである。
旧時代におけるイージスシステムのような艦船との連携を取った帝国の単座戦闘艇は、
一時戦艦に対する狩人の役目を大きく担った同盟の単座戦闘艇に対して非常に効果を発揮、その脅威を大きく減殺することとなった。

帝国の単座戦闘艇ワルキューレと同盟の単座戦闘艇スパルタニアン。
前者が機動力で優越し、後者が火力で優越するのは、つまりはその生まれによるものである。
彼等は宇宙空間の戦闘における接近戦、乱戦においてその力を最大限に発揮する、とされている。




この緒戦においてケンプが選ばれたのは、その艦隊の編成による。
元単座戦闘艇のパイロットという特異な出身を持つケンプの艦隊は、通常の艦隊に比して宇宙母艦を多く含み、接近戦、乱戦に向いた編成になっていた。
生まれがどうあれ、今ではワルキューレもまた同盟の艦船に対して十分な攻撃力を持っている。
前進してきた同盟軍が数の差を活かして出来る限り早くケンプ艦隊を叩きたい思いは透けて見えていた。
ケンプは臆する事無く前進を命令。自艦隊で最大の攻撃力を誇る単座戦闘艇の出撃を命令した。

「よし、ワルキューレの発進を行え」
「スパルタニアン、出せ!」

同盟の諸将もまた、単座戦闘艇の出撃を命令する。
艦隊同士の近接戦闘で、一方が単座戦闘機を出せば、その攻撃力を減殺するためにもう一方が単座戦闘艇を出す。
それは殆ど戦理上の常識であり、であるが故に同盟軍は楔を打たれた事に気がつかなかった。

単座戦闘艇同士の戦闘は、ほとんど五分の状況で推移した。
宇宙母艦の比率は同盟がケンプ艦隊に劣るが、結局は総数が違う。

よって、決定打を打てないケンプ艦隊は、倍する同盟軍の砲力によってその数を磨り減らされていった。
させまいと指揮を執るケンプだったが、無論数の差を覆せるものではない。
であるからこそ、ケンプは救いの手に歓喜の声を上げた。

「後方、ミッターマイヤー艦隊!」
「来たか……ッ!」

快哉を上げるケンプの声に、司令部が沸き立つ。
劣勢の彼等は息を吹き返し、同盟軍の攻勢に反撃を開始した。

「ケンプ提督は、良く艦隊を持たせている。
 あの努力を無駄にしてはならん!」

部下を鼓舞して、ミッターマイヤーは全速前進を命じた。
彼等は乱戦状態に陥っていたケンプ艦隊の戦場を避け、後方で比較的陣形を保って砲撃を繰り返していた部隊に向かって襲いかかった。



一方、救援艦隊には緊張と、僅かな失望が走る。
前方の敵艦隊は磨り減らしたとはいえ未だ戦力を残している。
それに1個艦隊とはいえ加わってしまえば、なお撃破するのに時間が掛かることになる……だが、ヤンはこの時点で看破した。

「ムライ参謀長、後退に移る準備をして下さい」
「やはり、敵の狙いはこちらですか」
「今はまだ推測ですが。敵艦隊の構成を見た時点で気付くべきでした」

宇宙母艦を主力とした戦力。
宇宙母艦は、その攻撃力を艦載した単座戦闘艇に大きく頼る特殊な艦艇である。
主砲能力、機動能力は低いが、その分の出力をシールドに回している為、防御能力は戦艦に次いで高い。

単純に防衛のみを企図する部隊であれば、戦艦を中核とした部隊の方がその後の後退・追撃に関してどちらもスムーズに行える。
宇宙母艦を主力にする特異な部隊をその代替にしたのは、「乱戦状態」を意図的に作り上げ、こちらの後退を阻害する為だ。

ヤンが語る帝国艦隊の行動に、ムライは頷いた。

「特におかしな点は無いと思います。しかしながら、難しいでしょうな」
「後30分早く気づいてりゃ、もう少し違ったんだろうが」

素が僅かに出てしまったヤンの言葉に、ムライの眉が顰められる。
ヤンの余裕の無さを僅かながら感じ取った為だ。
ヤンはその事に気付く事無く、思考に集中している。

(この場の戦況、今この時点で言えば同盟に傾いている。敵の増援を含めてもだ。
 しかし敵の主力が来援すればそんな優勢はあっさりとひっくり返る)

多勢の相手をするには、後退してイゼルローン回廊に入る必要がある。
最適解ははっきりしていた。
問題は一つ。
乱戦の中から戦力を引き抜いて後退するという行為が、戦術上最も至難とされる物の一つだということだった。



「何を考えてる上は! もう少しで崩せたんだ! なのに、中途半端なタイミングで俺達を退かせるから、つけ込まれちまってる!」

普段は軽快な軽口と毒舌を紡ぎ出す口が、今はつまらない悪罵を繰り出す。
単座戦闘艇のエース、オリビエ・ポプランがヘルメットを床に叩きつけようとしたところで、その手が背後から伸びてきた手に抑えられた。

「敵の第三陣が迫っているから撤収。聞いたとおりだ。……つまり、もう少しで崩せた敵を崩しきれなかったこっちの負けってことだな」

余人が聞けば挑発しているようにも聞こえる冷静な声。
自らと並ぶエース、イワン・コーネフの言葉にポプランは冷静さを取り戻し大きな吐息をついた。

「糞、連中、思った以上に手練れが揃ってやがった。尻に喰い付かれた新入りが3人やられた」

そうか、と短く応えたコーネフは、ポプランにドリンクを手渡した。

「食事とタンクベッド睡眠を済ませてもう一仕事、だそうだ。さっさと行け」
「超過勤務手当くらいは払ってくれるのかね?」

大きく伸びをして、体の凝りを解す。
ふとコーネフの毒舌が無い事に気付いたポプランは、どうした、と尋ねた。

「……ヒューズとシェイクリが搭乗した母艦が、撃沈されたそうだ」

渡されたソフトドリンクを飲み終わって、少しの間。
ポプランは納得したように笑った。乾いた笑いだった。

「そうだな。帝国の連中があの二人を落とそうとすりゃ、それくらいしか手はないか」

そう言って、すぐ近くのダストシュートに放り投げたパックが、口を外れる。
自らの手が僅かに震えていた事に気付いたポプランは、チッと舌打ちを一つ漏らした。



小さくない犠牲を払いながらも救援艦隊はイゼルローン回廊への後退に成功。
まとわりつくミッターマイヤー艦隊とようやく距離を取ることに成功したが、それはラインハルトの思惑を一歩たりともはみ出しては居なかった。
いまや3個艦隊相当まで戦力を磨り減らされた救援艦隊は、帝国艦隊の顎にとうとう捉えられようとしていた。



「ケンプ中将。難しい任務をよく果たしてくれた。後退し、戦力の再編を急げ」
『御意。』

苦闘に頬がこけていたが、それでもケンプは完璧な敬礼をしてみせた。
答礼し、ラインハルトはミッターマイヤーへと連絡を繋ぐ。

「ミッターマイヤー中将。貴艦隊の状況は?」
『補給物資の消耗がそろそろ限界です。一度後退する必要があります』
「わかった。……今回の戦役で一番扱き使われたのは貴公だな」
『は! 後で報われると知っておりますので』

互いににやりと笑い、画面が戦術マップに切り替わる。


戦術マップを睨むラインハルトの顔が、僅かに厳しい物に変わる。
ここまで押し気味に戦闘を進めている帝国主力艦隊だが、ラインハルトは幸運の女神が持つ天秤が同盟軍に傾いている事に気がついていた。
同盟のガイエスブルク方面軍。索敵に捉えられている彼等は、全力移動でイゼルローン回廊に迫って来ている。
帝国艦隊の後退は救援艦隊を引きずり出すための偽装として準備されたのだが、実際には同盟のガイエスブルク方面軍が現れたが為に、スケジュールを前倒しして後退していたのだ。
救援艦隊との交戦で戦力を消耗している帝国艦隊に、ガイエスブルク方面軍と戦う余裕は薄い。
戦えなくは無いかも知れないが、ラインハルトはそこまでの無理をする必要性を感じていなかった。

(今この場で引いたとしても、勝ったと強弁することは可能かもしれんが……まぁ、手に入る物は貰っていこうか)

戦術の基本は『如何に弱い相手を叩くか』である。
ケンプ艦隊、ミッターマイヤー艦隊と戦って消耗した救援艦隊は、ラインハルトにとってまさに落ちかけた果実であった。

再編成、補給が必要なケンプ・ミッターマイヤー艦隊と、アイゼナッハの艦隊を合わせて同盟ガイエスブルク方面軍への牽制とする。
(ガイエスブルク方面軍との戦闘はこちらへの被害も大きくなる為、あくまで牽制に留める)
残軍でイゼルローン回廊に突入。強襲後、速やかに回廊を脱出して撤収。

時間的余裕は少ない。だが、勝利を奪取するのには十分だ。
ラインハルトは、前進を命じた。



[22330] 15話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/10/31 22:23



臨時に名付けられ編成された救援艦隊は、戦闘の末、今はその名に値しない存在となっていた。
ガイエスブルク方面軍は未だ姿を現さず、同数以下の相手に押し込まれ、後退に継ぐ後退を重ねた為、士気も怪しい。
戦況の概要を提示されたヤンは、大きなため息をついた。

「……帰って2、3日、寝たきりで過ごしたいな」
「提督。冗談はもう少し時と場所を選んでください」

ムライ参謀長の苦言に、あまり冗談のつもりは無かったんだけどな、とヤンは内心呟く。
戦闘を重ねたこの艦隊はこの艦隊は戦力を消滅させつつあるが、相手にもそれなりのダメージは与えていた。
戦える分は、戦ったのである。今まで同盟軍が戦ってきた他の場面での遭遇戦ならば、そろそろ引き時だった。
とはいえ、目の前の敵艦隊がガイエスブルク方面軍を叩くのに十分な戦力を残している以上、これを放置していくわけにもいかない。

「イゼルローン要塞に敵を引き付け、防御施設でもって有利に戦う。……どうでしょうか?」

今まで同盟に対して帝国が行ってきた基本戦術。
しかしヤンは首を横に振る。

「要塞に逃げ込む事は可能だろうけど、帝国軍もあの数で要塞とやりあおうとは考えない。
 で、帰ってガイエスブルク方面軍に備えられると、今まで払った犠牲が無駄になってしまう」
「今までの交戦で、敵艦隊に打撃は与えましたが」
「敵の戦力は無傷の3個艦隊に、消耗しきってはいない4個艦隊。
 立て直す時間さえあれば、ガイエスブルク方面軍の殲滅が可能な戦力だ。
 何時もどって来るかと向こうがどれくらいの戦力を残しているかが鍵になるが
 ……改めて向こう側の情報が遮断されてるのが痛いな。通信妨害、何ともならない?」

パトリチェフ副参謀長は、その丸い顔に苦笑を浮かべて、首を横に振る。

「流石に敵も、そこまでサービスはしてくれないようで」
「元々、情報中継用の衛星予備があまりありませんでしたからな。
 速度戦、ということで設置した数も最小限でしたし」
「侵略しようってんだからその辺は準備しておいて欲しかったね。
 正面戦力に目が行くのは仕方が無いにしても」

ヤンの駄目出しに、ムライ、パトリチェフの間で冷たい汗が流れる。

「ヤン提督。不備に対する批判は仕方がありませんが、侵略という言葉を使うのは控えた方がよろしいかと」
「そうだね、士気に関わるか。まぁ誰だって自分達がやってることは正しい事だと思いたがるもんだ」

ぶつくさ呟くヤンに反省の色は無い。
上司の精神的健康が悪化の一途を辿っている事はムライ達も承知していたが(自分達とて余裕があるわけではないのだ!)、
どうやらその症状は、普段一応は被っている猫を剥がれさせる形で表れているようだった。

「まぁなけなしの財布を振ったんだ。これで勝てなきゃ相手を褒めるしかない」
「増援の件ですか。しかし、これで勝てますか?」

ムライの言葉は、参謀としては言ってはならない言葉だったかもしれない。
しかし、司令部にいた多くの人間の代弁としては、あまりに適切な言葉だった。
数で、状況で帝国軍を上回り続けたはずの戦場で勝ちきれず。
そして、とうとう状況で相手を下回る戦場に移り変わりつつある。
……皆、負けるとまでは思わないにせよ、勝てないのではないか、という疑いをはっきりと抱いていた。

ヤン・ウェンリーという軍人は、この段階ではまだ、戦場の指揮官として大した経験を積んだ存在では無かった。
彼はずっと、参謀として働いていたのだ。
だからこそ、不安と焦りに満ちた司令部で、人が容易に視野狭窄に陥るのを何度も見てきた。
その雰囲気を覆す事が出来る、ベテランと呼ばれる指揮官の姿もまた。

「勝てるんじゃないかな」

意識して、ヤンは気楽な声音を創りだした。
スクリーンに映し出された小さく見える人工天体に向かって掌を差し、役者のような台詞回しを行なってみる。

「イゼルローン要塞は我が手の内にあり。帝国軍にも、その意味を教えてあげなくてはね」

娯楽番組で映し出されれば大根と謗られるであろうその演技は、司令部の沈んだ雰囲気を少しだけ和らげた。
ムライ参謀長はこの時のヤンの演技に対して、内心では65点とぎりぎり合格の点数を付けた事を後に自伝で記している。




イゼルローン回廊内での戦いは、狭隘な宙域に防御側の艦隊が陣取り押し合いとなるケースが多い。
そういった宙域では地上の戦場と同じく、数の理が活かせない状況となる。
追撃戦の形をとる事になったこの最終戦で、防御側となった同盟艦隊もまた狭隘な宙域に陣取っていた。

中途半端な位置の布陣、というのがラインハルトの感想だった。
イゼルローン要塞まで暫く遠く。
被害を最小限に抑える気であれば、自分ならばもう少しイゼルローン要塞に近づく。
この位置で敗北して艦隊が崩れれば、要塞に逃げこむまでに受けるダメージが跳ね上がる。
逆に勝てる自信がある状況ならば、もう少し数が活かせる宙域を選ぶ。
この宙域では戦場の正面に立てる艦隊数が限定されるため、決着がつくのに時間が掛かり過ぎる。

「いや、それも利点か。
 叛乱軍は我が艦隊に消耗を与え、ガイエスブルクから帰還する艦隊の援護を行ないたい。
 だからこそ、こちらが攻め掛かりたくなる戦場を選んだ、と」

要は、帝国軍がケンプの艦隊を用いて行った釣り出しと同じだ。
近づいてきているガイエスブルク方面軍に後背を脅かされる状況になるため、帝国軍が早期の決戦を求めている事も考慮の内だろう。

「敵の思惑とこちらの思惑が噛み合っている。
 ならば、敵の思惑を超える必要があるな」

黒色槍騎兵艦隊。
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将率いる攻撃力に特化した艦隊である。
予備戦力として最後の場面で用いるつもりだった艦隊を、ラインハルトは躊躇無く先鋒の矢として撃ち放った。



「美味そうな連中だ。お膳立てをしてくれた同輩諸氏には悪いが、ここらで腹一杯にさせてもらおうか!」

少々雅には欠ける表現ではあったが、ビッテンフェルトの戦況の把握は正確だった。
連戦となる同盟艦隊には損傷を受けた艦も多く、その残弾、推進用の噴射剤にも気を使う必要がある。
一方、既にガイエスブルク方面軍を迎撃する気が無い事をラインハルトから聞いたビッテンフェルトは、麾下が持つ全戦力をこの一戦に叩きつける気で満々だった。



「撃て(ファイアー)!」
「撃て(ファイエル)!」

砲火を交わし始めて直ぐには、互いに崩れない。
だが、連戦をこなした艦隊と温存されていた艦隊、その耐久力においてはやはり差がある。
戦闘開始から30分も立たない内に、その傾向がはっきりと現れ始めた。

「右翼、崩れ始めました!」
「回す予備は無い。予定通り後退を指示」

ヤンの指揮により、回廊内を塞ぐように広がっていた同盟艦隊の占める領域が狭まる。
戦力の消耗と後退による隙を見て、帝国軍の二者はこう考えた。

ラインハルトは、この傷口をさてどう広げるか、と考え。
ビッテンフェルトは、この傷口を上手く突けば殺せる、と考えた。

戦線突破に成功すれば、同盟艦隊のイゼルローン要塞への退路を断つ事が出来る。
それは、甘過ぎる誘惑であった。

「ここが正念場だ。振り絞れ!」

ビッテンフェルトの指揮に従い、黒色槍騎兵艦隊は同盟艦隊の右翼に攻撃を集中。
その攻撃力は凄まじく、またたく間に傷口が広げられていく。

「どんなズルしてるんだ、あの連中……」
「右翼、突破されます!」
「……まぁ、上手くハマってくれたからいいか」

にしても収支が合わないぞこれだと。
呆れ混じりにヤンは呟いた。

戦線を突破に成功。
このまま反転し、包囲殲滅に成功すれば、第一の殊勲者は間違いなくこの俺となる!
ビッテンフェルトの高揚はしかし、索敵手の報告によってあっさりと叩き潰された。

「正面、同盟の艦隊発見。規模、一個艦隊。旗艦リオ・グランデを確認!」
「老将ビュコックだとぉ!? 奴はミッターマイヤーが叩いた筈ではないのか!?」

…イゼルローン要塞。
誤解される事が多いが、その戦略的価値は「大規模な補給施設が最前線にある」その一点に尽きる。
装甲と砲力は確かに瞠目すべき規模ではあるが、両者は言ってしまえば補給施設を安全なものとする為のオプションに過ぎない。

救援艦隊と帝国軍主力艦隊が睨み合っていた二日間。
その僅かな時間を最大限に生かし、同盟軍は後退してきたアルテナ方面軍を全力で再整備したのである。
送り出す事が出来たのは全体の半分以下、1個艦隊にも満たぬ数ではあったが、戦力が釣り合った戦場においては十分。
先に合流する一手もあったが、決戦を望むヤンはその増援を伏兵として自軍の背後に隠匿。
敵戦力をわざと突破させることで、逆に挟撃する一手を成功させたのである。


「あの若僧、案外やりおるわ。……よし、撃て!」
「迷うな! 正面の敵を叩き潰せ!」

包囲殲滅にかかる筈が、逆に挟撃される状況に陥ったビッテンフェルトはしかし、戦意を失わなかった。
後背から削られながらも、その鋭鋒をビュコックの堅陣に叩きつける。
敵の増援にして切り札、もっとも打撃力を有した部隊である第二艦隊に戦力を叩きつける判断は、蛮勇でありながらも正しい。
黒色槍騎兵団は、その戦力を急速に失いながらも同盟艦隊にダメージを与え続ける。

「勇将の下に弱卒無しか。出来ればこの場で潰してしまいたいが」

策を成功させたヤンは爆光を遠くに眺めながら、独り呟く。
一方、ラインハルトはビッテンフェルトの猪突によって空きかけた穴を塞ぐ作業に忙殺される事になった。

「あの馬鹿が、余計な手間を掛けさせる!」

ラインハルトは怒声を上げたが、それでも見捨ててしまえば戦力比は覆せない物になる。
黒色槍騎兵艦隊の後背を狙う艦隊を集中して攻撃する事を指示して援護を始めたが、それにより同盟艦隊全体にかける圧力は低下。
結果、戦力を消耗していた同盟艦隊と帝国艦隊の戦力交換比が五分に近づく事となった。


イゼルローン回廊内での戦闘において、黒色槍騎兵艦隊がその戦力の大半を喪失した頃合いで、両軍は自然と距離を置いた。
同盟艦隊は有利な戦況にも関わらず深いダメージを受け。
帝国艦隊は不利な戦況により多くダメージを受けた上に、時間制限が押し迫っていた。
そして、継戦能力は互いに限界にきていた。


殿軍を務める艦隊は、受けた傷にも関わらず整然とした行動を行い、その練度の高さを見せつけていた。
その指揮を取る総司令官のローエングラム伯に、ヤンは一種の畏怖を抱く。

(最後まで最高指揮官が戦場に残るか。時代錯誤な限りと呆れられる話ならいいんだが。
 古代の兵士が英雄に対して抱いた畏敬を、彼はこの時代に復活させる気なんだろうか……)

ぼう、としていた彼に、通信班から連絡が入る。

「貴艦隊の勇戦を称える。何れ再び戦場にて相見えん。ラインハルト・フォン・ローエングラム伯と。
 褒められるよりは、手加減してもらった方が嬉しかったなぁ」
「相手に聞かれたら呆れられそうな台詞ですね」

ニコリと笑う副官のグリーンヒル中尉からカップを受け取ると、ヤンは開いた左手で頭を掻いた。

「返信はどうなさいますか?」
「……そうだね。出来る事なら、戦場以外にて平和の内に、と」

ため息を、一つ。そしてスクリーンの向こうに散らばる艦の残骸を眺める。
ヤンはラインハルトの電文の勇ましさに、却って戦闘の熱を冷まされている自分に気付いた。
……流れた血が多過ぎた。
そして軍事的ロマンチシズムに浸るには、現実の痛ましさを見過ぎていた。
手に入れた物の価値が、流した血の量に見合うものか。
それを判断する立場にヤンは居ない。が、個人的な感想で言わせてもらうならば。

「糞食らえ、だよなぁ」
「それも付け加えるんですか?」
「あぁ、いや。今のはただの独り言だよ」

可憐な副官のジョークに、ヤンは赤面した。
彼に取っての戦争は、取り敢えずは終了した。


巨額の予算と、血と、鉄を費やした自由惑星同盟の侵攻作戦。
その静かな終幕であった。
―――彼等はその代償に、終に一欠片の地も得ることは無かった。



[22330] 16話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/11/08 03:39
暫し時間を遡る。

自由惑星同盟の国内世論は、帝国領侵攻作戦に対してごく肯定的な反応を示した。
同盟の総力を上げた戦力を、初めて帝国領に送り込む。
今まで攻められては防ぐというただひたすらにストレスの貯まる展開であったものが、一転したのである。

何かが変わる感覚。
市民達はその意味する所を理解しないまま熱狂した。
識者達の一部は「オーディンを落すまで侵攻は出来ない」「惑星を占領した所で維持が出来ない」といった常識的な意見を発したが、
伝えるマスコミ自身が熱狂している状態では、何かに影響を与える発言にはならなかった。

更に、戦地よりレポートが届く。
それは、帝国によって見捨てられた星々であり、食料を奪われた農奴達の悲痛な声であった。
市民達は哀切に満ちたメロディと共に流されるその映像に憤激し、彼等を救えとの声をより一層高らかな物にした。
市民達の声に応え、勇ましい発言をメディアで繰り返す政治家達を、トリューニヒトはにこやかに見守り。

そして彼は、梯子を蹴飛ばした。


同盟軍、帝国領より撤退。
それに伴い次々に報告される被害に、市民達は一気に顔を青ざめさせた。
戦闘そのものは五分に近い状態で推移したとはいえ、運用している艦隊の数が今までよりも多いのだ。
被害も相応の規模となった上、飢えている帝国市民を見捨てて逃げるという展開。
盛り上がっていた分、落差も激しかった。

何故そこまで市民の感情が大きく動いたか?
マスコミが与えられた情報をそのままに報道したからである。
もっと言えば、『正しい』情報をオブラートに包まず市民達に伝えたからである。
国防委員会が発表するその情報が誰の意を受けたものか、評議会の委員達には明々白々であった。

彼等は勝利で票を得るつもりであった。
トリューニヒトはその演出役であったにも関わらず、悪意を持って彼等を陥れたのである。
非公式の呼び出しがトリューニヒトに対して幾度か行われたが、彼はハイネセン郊外の病院に緊急入院することによってその手を逃れた。
(なお、彼はこの際狭心症という診断を受けており、健康面でのペナルティは政敵にとって攻めどころでもあったのだが、
 彼の政敵となった者達は皆「奴の心臓がそんなに殊勝なワケが無い」と診断を嘘だと判断。
 実際に、この後トリューニヒトが心臓の病で入院することは無かった)

そうして、一連の戦闘が終わる。
結局、艦隊被害そのものの量は帝国よりも軽微に済んだ(ブラウンシュヴァイク艦隊を含む)為、強弁すれば勝利と言い張れる展開には成っていた。
だが途中のレポートに対する政治家の言葉は市民達の記憶に未だ残っていたし、単純な死者の数でいえば小戦闘で敗北したものよりも遥かに多いのである。
自然、反戦政治家達が勢いを増す。
理想主義的に過ぎ、実務能力がある政治家の数が少ない反面、他者を攻める矛先のみは鋭い彼等は容赦無い攻撃を開始した。


「というわけで、やはり祝福の言葉は送るべきでしょうか?」
『同期の元婚約者とはいえ、反戦派の当選に知名度の高い現役軍人が祝辞なんて送るのは、後が怖いぞ』
「やっぱりそうですかねぇ」
『受け取った方だって困りかねん。悪いことは言わん。やめとけ』

昼前に久しぶりに連絡を取ってジェシカ・エドワーズの補欠選挙当選について相談したところ、キャゼルヌは少々呆れながらもヤンを諭してきた。
自分とは違って後始末で色々走り回ってるらしい先輩の時間を使うのはまずいか、とヤンはすぐ映話を切ろうとしたが、キャゼルヌはそれを止めていった。

『ところで、査問会の話は聞いているか?』
「いえ、初耳ですが」
『そうか。連中も流石にお前さんを釣り上げるのは躊躇したのかな?
 いや、最近失点を軍に押し付けようとして政治家が動きまわってるらしくてな。
 査問会で前回の戦闘の粗探しをしようと企んでるらしい』
「らしいというのが続けて出てますが、出所はどの辺です?」

キャゼルヌは無言で上を指差した。上司……シトレか。
この辺り、お互い身振りで通じる間柄ではあるが、親シトレで言えば筆頭に当たるキャゼルヌと違ってヤンは今では多少シトレに隔意がある。

「そういえば、校長は今後どうなるんです?」
『軍が何の責任も負わないという訳にもいかんだろう。退役だ。ロボス元帥も道連れだな。グリーンヒル大将も怪しいところらしい』
「はぁ?何故」

きょとんとしたヤンの表情に、キャゼルヌがまた呆れた表情を作る。

『ニュースを見てないのか?昨今の非難状況の様子くらいはお前だって知っているだろうに』
「そりゃ知っていますが。一応、やることはやったんですよ? 成果だって出てる」
『それを表沙汰にすれば、効果は半減するだろう?』
「……少々やり過ぎのようにも思えます」
『俺はやり過ぎくらいで丁度いいと思うがな。今後の展開も含めて考えれば』


短い雑談を終え、少々喉が乾いたかと思った頃合いでテーブルにティーカップが置かれた。
こいつはありがたい、と手を伸ばしたヤンの視界にユリアンの困ったような表情が入った。
ユリアン・ミンツ。「軍人子女福祉戦時特例法(通称:トラバース法)」によりヤンの被保護者となった利発な少年である。
少々気が効き過ぎるところが玉に瑕かな、と思いながらヤンは笑いかけた。

「何か言いたいことでもあるのかい?」
「……あの、秘密ならば仰らなくても良いんですが。今回の戦争って、勝ったんですか?」
「勝てた、と言い切るほどには勝ち切れなかったようだね。実際帝国領からは追い出されたわけだし」
「でも、その……やることはやった、と」

聞いていたのか、とヤンは苦笑する。
そして話を逸らす代わりに、ユリアンに問いかけた。

「ユリアン。軍隊の政治的な存在意義って何だと思う?」
「政治的……ですか? えぇっと……」

答えに詰まるユリアンに、少し早かったかな、とヤンは笑う。
そして穏やかに告げた。

「威圧と抑止。結局のところ、この二つに尽きるのさ」

話は終わり、とばかりにティーカップに口を付ける英雄の背中を見ながら、ユリアンはヤンの言葉の意味を掴めずに首をひねる。
今回の戦争で、一体ヤン提督達は何をやったのだろう?
何を威圧し、抑止したのだろう?



無論、威圧された側にとって、それは一目瞭然であった。
時が経った今でさえ、その爪痕は探せばそこかしこに残っている。
しかし、アドリアン・ルビンスキーは自由惑星同盟軍の意思を完全に理解しながら、次の一手を決めかねていた。

フェザーン自治領。商業の都。
その特別な要素は、回廊の両端が異なる勢力で占められ、かつ平和が維持されている状態において最大の意味を持つ。
ならば例えば、回廊が閉じられれば。
今回の戦役のように帝国側の出口が戦闘状態に巻き込まれたらどうなるか。

滝のように変動した企業の株価が、その恐怖を明確に物語っていた。

経済や物流というのは川のような物だ。
流れ続けてこそ意味がある。
流れが止まった跡には……破滅的な何かしか残りはしない。
今回自治領そのものの破滅はまぬがれたが、企業群そのものは大きなダメージを受けている。
帝国からの支援・補償は雀の涙であり、自治政府はその分をカバーする必要があった。

金で済む問題ならば、まだいい。
最も深い爪痕は、精神に刻まれてしまった、との確信がある。
今後はどの商人達も、これまでのように自由闊達には動けなくなる。
軍の動きというリスクを計算に入れる必要が、出てきてしまう。

「同盟は勝った。帝国は負けなかった。……フェザーンが負けた、か」
「自治領主ともあろう方が、あっさりと認めるものですな」
「事実そうだ。認めなければ対応も出来まい」

言い放って向き直る。
補佐官としては不遜極まる発言を吐いたのは、新任の補佐官ルパート・ケッセルリンク。
多少癖はあるが、有能なのは確かなのでそのまま使っている。
短期で纏められた資料を斜め読みし、こみ上げてきた笑いを堪える事無くルビンスキーは呵々大笑した。

「しかし、ここまで大規模なインサイダー取引は、史上稀だろうな」
「被害を補償する側が笑っているのはどうかと思われます」

株価が奈落まで落ちかけた理由。
株価が奈落まで落ちなかった理由。
同盟の息が掛かった企業群による積極介入の全貌を見たルビンスキーは、自らが率いる自治領が第三者の位置を滑り落ち、一プレイヤーになったことを理解した。
弱ければ一方的に食い散らかされる、弱肉強食の戦乱のゲームの。
―――笑いが収まり、思わず身震いする。
それは軍を持たぬフェザーンという特異な存在が、初めて残酷な世界の寒さに気付いた瞬間だったかもしれない。
そう遠くない内に、フェザーンは滅びる。
ルビンスキーは自らの内から湧きでた確信を、心の片隅に封じ、忘れずに置いておくことに決めた。

同盟は一時的混乱の只中にあるが、復活の兆しがあり。
帝国は皇帝の間近に迫った死によって起きる混乱が目にみえている。
フェザーンがあくまで両者の均衡を図るには……いや待て、と考え直す。

両者を操って疲弊させる、というのは面白い勝利条件ではあるが。
肝心なのは、俺自身が定める勝利条件だ。
俺が、俺の人生を最大限に愉しむ為ならば、フェザーン創始その時に行われた契約なぞ知ったことか。

そう。どうせならば、踊り狂って死ぬのが良い。
対手の腕が良いとならば尚更だ。

「ヨブ・トリューニヒトだったな。同盟側の役者は」
「絵図を書いたのは別人かもしれませんが。絵図を最も良く把握しているのは彼で間違いないかと」
「よろしい。彼に対する情報収集を密にせよ」

人を駒として見るのには少々飽いた。
相対してくれるというのならば、感謝すべきだろう……いずれ手を握るか短剣を突き刺すかは、未来を見通す目を持たぬ身故わからないが。


アドリアン・ルビンスキーは、遥か遠い対手の姿を想い、静かに笑う。



[22330] 17話
Name: さんじゅうに◆97b5ad9d ID:2421bd87
Date: 2010/11/09 03:12

問題。

とある国家の労働人口が、とある理由で大量に死亡。
働き手の絶対数が少なくなったその国の景気は、とある理由で消費が大量にあるにも関わらず何故か悪化の一途を辿り。
消費財の需要は満たされているが、サービスの質も、企業が提供する物品の質も低下を続ける。
更に働き手が大量死したにも関わらず、町には何故か失業者があふれ、治安は悪化するばかり。

さて、一体誰が悪い?
どうすればこの問題は解決する?



ヨブ・トリューニヒト氏の解答。

輸入品に関税を掛ける。
貿易赤字こそが、失業者の生みの親である。



自由惑星同盟が抱えている根本的な問題の一つに、銀河帝国に対する生産能力の劣位がある。
余剰で戦争を行っている帝国と、国家総力を上げて戦争を行っている同盟が、開戦時より五分のまま推移。
築き上げてきた長い歴史を背景に持つ帝国と、所詮は新興国家でしかない同盟の潜在力の差が、制度による効率化では引っ繰り返せない域にあるという、それは証明だった。
その差を埋める一助となってきたのが、フェザーンの存在である。
同盟の生産能力の大半が戦争に向いている為、市民に対する消費財が不足。
不足した消費財を帝国国内で作らせ、フェザーンが仲介して同盟に売りつける。

戦争をしている当事国同士で貿易をすることによって、戦争を続ける体力を得る。
傍から見れば笑い話だが、帝国はともかく、自由惑星同盟はこの笑い話から抜け出そうにも抜け出せない社会体制に、自らを変革してしまっていた。
戦争に勝つため、ではなく。
戦争に負けない為に。
帝国の侵略に対する、恐怖の代償として。


かくしてフェザーンが成立して後100年余。
帝国は眠り。
同盟は耐え。
フェザーンは笑う。
この図式は成立後変動する事無く、彼等は互いの間に死者と憎悪を積み上げ続ける事になった。


ところが、宇宙暦796年。一つ変動が発生する。
イゼルローン要塞の失陥である。
同盟は回廊を封鎖する手段を手に入れ、ようやく安心を手に入れる機会を得た。
得たのだが……

例えばの話。
ホアン・ルイ人的資源委員長が望んだ通り、今の同盟軍が軍縮を行い人的資源を社会に還元することによって、同盟の破綻寸前の経済は回復したか?
……退役者達の受け皿になる企業があれば、その例え話は成立する。
が、残念ながら同盟の国内企業はフェザーンから輸送されてくる安価で質の良い帝国印の消費財によって、その活力を失って久しい。
民間企業を復活させるには、先ず人的資源を社会に還元して安定した労働力を確保する必要があるが、同時にそれは民間企業が復活するまで、同盟が大量の失業者を抱え込む事を意味する。
無論、失業者達は自分達を失業させた現政権を許すことなど有り得ない。
かくして息の長い政策は選挙によって民主的に破壊され、前政権を非難することで票を得た新政権は、市民達の声に後押しされて軍拡に路線転換。

笑えないシミュレーション結果は、トリューニヒトの抱えるシンクタンクが出した一品である。
戦い続ける為に社会体制を戦時向けに特化した同盟は、外科手術を行わなければ平時に戻る事さえ出来ない身体になっていたのだ。


ここでようやく、話が最初に戻る。
フォーク准将の第一案が否定された後、トリューニヒトはこのシミュレーション結果を元に、同盟がフェザーンに対して政治的なカードを手に入れられる作戦案を勉強会に立案させた。
オーベルシュタインが中心となって作成された案は、現場指揮官たる艦隊司令官達の修正を受けた後実行され、当初想定された効果を十二分に発揮した。
事前情報を知らされた企業群はフェザーンの株価変動により大金を入手。彼等は設備投資資金を手に入れ、情報の代償に失業者達の受け皿を作る。
後は、軍事力の存在をちらつかせ、フェザーンからの輸入に制限を加えて終了ということになるが……ここからは政治家の仕事だ。

ただし、これを表沙汰にするには重大な問題がある。
同盟はフェザーンを帝国の一部として見ず、一つの独立領として承認している(でなければ貿易が成立しない)。
帝国を敵にして戦争を行う事を評議会は認めているが、新たな敵としてフェザーンを攻める事が承認されたわけではないのだ。
国防委員長の命令があったとは言え、これはある意味でクーデター以上に危険極まりない行為だったのである。
その危険性を理解した指揮官達は、そろって口をつぐむ事となった。

しかし、それは一方で今回の戦争であげた将官達の見えざる戦果に対して、同盟が評価出来ない状況を意味する。
……ヤン・ウェンリーは、自らが評価されないのは受け入れる事が出来たが、知人が理不尽な目に会う事を何とか回避出来ないか、と考えた。
自分にはそれが出来ないのは承知している。
出来る立場の相手は知っているが……結局ヤンは、腹を決めるまでに三日を掛けた。
彼なりに、苦渋の決断だったのである。



見舞いの花で埋め尽くされた病室に入ったヤン・ウェンリーは、その主の顔色が以前見た時と同じ血色の良さを保っているのを見て、やはりか、と思った。
同時に、病気で弱ってれば良い気味だと少しだけ期待していた愚かな自分に気付き、少しだけ肩が落ちた。

「やぁ、君が来てくれるとは思わなかったよ。忙しい最中じゃなかったのかね、ヤン君」

有給とって三日目に訪れてきた相手に言う台詞ではないな、と思いながらヤンはらしくもないジョークを飛ばしてみる。

「いえ、大恩ある国防委員長閣下が病気と聞き、取るものも取り敢えず来てみたまでです」
「はっは、アムリッツァの英雄殿に、ソコまで慕われているとは思わなかったな!」

にんまり笑ってみせるトリューニヒトの表情と英雄という言葉に疲労感を感じ、二度と下手なジョークは飛ばすまいとヤンは心に決めた。
元々長く話をしたい相手でも無い。さっさと話を切り出す。

「シトレ統合作戦本部長の後釜が、ドーソン大将になるとの話を聞いたのですが」
「ああ、うん。確かそういう話だったな」
「何故、クブルスリー大将では駄目なのですか?」
「なんだ、君はクブルスリー大将の友人か何かなのかね。宇宙艦隊司令長官といえば顕職だと思うのだが」
「どちらかと言えば、ドーソン大将の方の知人です。向こうにはあまり知られてはおりませんが」

うんざりした声音を隠さないヤンに、トリューニヒトはほう、と頷く。

「いや、君がご注進に来るとは本当に意外だ。そんなに彼が駄目なのかね?」
「駄目ですね。それはハッキリしています。
 (貴方には忠実なのかも知れませんが)彼がトップに立てば周りの人間は少なからず迷惑するかと」
「嫌われるかね?」
「嫌われてますよ。もう既に」

いずれ憎まれる事になるでしょう、という言葉は差し控えた。


……当時の資料によれば、ドーソン大将という人物が嫌われていた事は事実である。
小心で神経質、また粘着質な気質があり、更には上に媚びて下には高慢という、これ以上ない嫌な上司の典型であった。
ルールを守り守らせる事はできるが、それ以上の事が出来ない男と、艦隊指揮官と作戦参謀として同じ職場で長期間働いたクブルスリーの回顧録で、罵倒と共に記されている。


が、ヤンの言葉を聞いたトリューニヒトは、意外な事に驚いた様子がない。
ヤンは手応えの無さを訝しげに思いながらも、本題の名前を上げる。

「例えばの話ですが。グリーンヒル大将ではどうでしょうか」
「駄目だね。彼は左遷が決まっている」

やはり、という思いの一方で、何故だ、とも思う。
グリーンヒル大将は艦隊指揮経験が無いという難点があるが、部下の意見を容れる懐の広さと交渉能力の高さを考えればドーソン大将とは雲泥の差がある。
目の前の男にそれが理解出来ないわけではない、と思うのだが。

「閣下が命じた目的は達したはずです。その相手を左遷ですか」
「……今回の骨折りを評価出来ない事はすまなく思っている。いずれ償う事を約束はしよう。
 だが、私は真実、ドーソン大将こそが次期統合作戦本部長として相応しいと思っている」
「貴方の言うことなら何でも聞くからですか?」
「それは別に彼に限った話ではないな」

相当危ない話になりつつある。
ヤンはそれを自覚していたが、話の間に思いついた仮説を確かめる誘惑につい乗ってしまった。

「なるほど。嫌われ者だから相応しいのですか?」
「その通り」
「……本腰を入れて、軍縮に取り組む御積りですか」

自由惑星同盟軍は、国家が持つ経済規模に比して巨大過ぎる戦力を持っている。
国家の経済活動を正常化するには、軍縮は何れ取り組まざるをえない道なのだ……それがクーデターが起こったとしても不思議ではない難事あったとしても。
当然、大規模官僚機構たる軍隊の各所から、反発は噴出するであろう。
そして反発を踏み躙って政治家の意向を実現するには、グリーンヒルの寛容よりドーソンの無神経さの方が向いているのかもしれない、とヤンは思い至った。
難事に悠然と挑もうとするその態度に思わず敬意を抱きかけたヤンを、トリューニヒトは穏やかに笑う。

「まぁ、私が国防委員長を降りてからということになるがね」

悪びれること無く自分は責任を負わないと言い放つその態度に、ヤンは『絶対に傷つかない男』というトリューニヒトの仇名を思い出す。
なるほど。これは酷い。よくもまあこんな奴が政治家になってしまったものだ。
目の前の舞台俳優のような容姿をした男が恐るべき政治的怪物である事を、ここに至りようやくヤンは理解した。

「最高評議会議長になってから、ということですか」
「その前に暫定政権首班ということになるかな。安心したまえ、君もグリーンヒル大将も、悪いようにはせんよ」

笑顔。それを信じて心酔してしまえば、切り捨てられるまでは気楽で居られるんだろうな。
ヤンはそう思いながら、無言で敬礼をした。
―――安酒で酔った時よりも酷い不快感を、胃の腑に感じていた。



後日。ヤンの元に辞令が届く。
イゼルローン駐留艦隊指揮官という肩書きは、ヤンにとってハイネセンという妖怪の住処を離れられるという一点においては素晴らしい物ではあった。
すぐ後にイゼルローン要塞司令官がグリーンヒル大将であることを知ったヤンは、
これがトリューニヒトなりの好意の表し方なのか、欝陶しい連中をまとめて隔離したのかについて少々思い悩む事になった。


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