「ミカエルよ! お主、あの指輪をどこに落とした!」
「すみませ~ん。多分、地球の日本の住宅地です~」
「馬鹿か! 何でそのようなところに落としたのだ! 早く取って来い! あちらの世界が大変な事になる!」
「は~い。でも、真っ暗闇だったので、手探りだからすごい時間がかかると思いますよ~。それに~、安心してください! 指輪に転移の魔法をかけてましたから! そろそろあっちの世界に行ってるはずです!」
「阿呆! その魔法は天使か人間が填めた瞬間に発動する類のものであろうが! 人間がそれを拾ったらどうするのだ! あれはソロモンの指輪だぞ! あの地球ではとうの昔に消滅した概念の塊だ! それを地球の人間があちらの世界で悪用したら目に物も当てられない! さっさと行け!」
「は~い。いってきま~す!」
プロローグ
月が翳る薄闇の世界に、ゆったりと歩くスーツ姿の男がいた。
男の名は高田隆義。スーツがまだ色褪せていない新品同然の状態であるので、会社帰りのサラリーマンとなったばかりの若造、といったところだ。
闇が覆う住宅街の一角を歩く隆義は、街灯の明かりを頼りに、まだ慣れない出勤路を揚々と進む。
街灯の明かりがなければ一寸先は闇であろうこの夜に揚々と帰る隆義の心は鉄で出来ているのであろうか。
否。ただ酔っているだけである。
良く見れば、ゆったりと歩いているように見える足元は、実はふらふらとおぼつかない足取りだったのだ。
酒は飲んでも飲まれるな。
隆義は見事にその言葉を裏切っていた。
そして、これが若さゆえの過ちであったのか。
隆義は今後、今日、酒をがぶがぶと飲んだ事に何度も後悔する事になろうとは、およそ今の隆義の脳裡では全くもって考えられていなかった。
ふらりふらりと誰もいない閑散とした道路を隆義は、鞄をゆさゆさと振りながら歩く。
街灯の明かりが点在するこの道には、もちろんその明かりの加護がない場所があり、光が当たる部分と当たらない部分の明暗の落差がどうしようもないほどの恐怖と寂寞を与えてくる。
が、そんなことは酔っ払いには通用しないのであろう。
隆義は今度は上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いている。
もちろん、音程は外れまくり。ただの雑音。近所迷惑だ。
そして、それも気にはしない。
上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いている時、とある物が隆義の目に留まった。
「んン? なんだぁ?」
声は完全に酔っ払いのそれである。
行動もまたそうであった。
そして、酔っ払いは街灯の下に仄白く光る何かを見つけたのだ。
おぼつかない足取りでそれを手に取る。
それは指輪であった。
薄汚い少し錆び付いているそれは、しかし光を放っている事から以前はかなりの値打ち物であったと思われた。
が、もちろん酔っ払いにそこまで分かるはずがない。
汚いなあ、と言いながらその指輪を填めた。
その瞬間。
眩いばかりの光がその指輪から放出された。
闇夜が白い光に掻き消される。
「うおぅ!」
と反応遅く手を目に翳した。
流石にここまで光を受ければ、覚醒したのか隆義は知らない異常事態に慌て出した。
光が少しばかり弱まったので目を開ける。
そこには幾筋の光芒を放ち、闇夜に六芒星を浮かべた指輪があった。
「なぁ~にこれ~?」
唖然、茫然、現実逃避。
隆義は一瞬でそれらを終えた。
意味が分からなかった。
理解ができなかった。
道理が合わなかった。
ただ立ちすくむ。
動かないのではない。動けないのだ。
何者かの意志が働いているようだ、と隆義は感じた。
六彩を放つ六芒星がだんだんと隆義に飲み込まんとばかりに近付いてくる。
危険を感じた。
本能が足を動かせ、動かせとしきりにはやし立てるのに、隆義の両足はまるで自分のものでないかのように動かなかった。
そして―――――近付き、飲み込まれた。
走馬灯、フラッシュバックもなかった。
ただ隆義はどこかに落ちる感覚と引っ張られる感覚を味わい意識を失った。
「んぁ」
ゆっくりと目を開ける。
隆義は、自分が生きている事を実感した。
あれは一体なんだったんだ、と思いながらも顔を地面から上げた。
草原が見えた。
無限の蒼穹が見えた。
虫や風の音が聞こえた。
花の香りを嗅いだ。
青い空気を吸った。
……。
「ここは……どこ?」
隆義は目を開けたら全く知らない場所に立っていた。
あとがき
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