麻帆良学園都市――東京にほど近い、関東平野の中央に位置する、日本最大の学術都市である。おおよそ“学校”と名の付く全ての施設が街中に存在し、その都市に暮らす人間の殆どが、何らかの形でそれらの“学校”に関わっているという、まさに“学園都市”の名に違わぬ、特異な街である。
その成り立ちは古く、一説には明治時代に外国人によって、その基礎となるものが作られたという。その影響からかは不明だが、数多くの学校群を除いても、県の名所の一つに数えられる西欧風の町並みが美しい。
その西欧風の町並みに、薄桃色に染め上げられた風が吹く。桜舞い散る春――始まりの季節。この国の象徴とも言えるその淡い色の風に、異国風の町並みが染め上げられるこの春に、学園都市のほぼ中央に位置する麻帆良学園本校――女子中等部に於いても、これから始まる不思議な物語が、既に胎動を始めていた。
「三年!」
「A組!」
『ネギ先生!!』
少女達の息の合ったかけ声と共に、教壇に立ってはにかんだ笑顔を浮かべるのは、ここ麻帆良学園女子中等部三年A組担任、英語担当教師のネギ・スプリングフィールドその人である。
そう言う言い方をすれば、生徒に人気がある教にとって、新たに迎える一年の始まりに相応しい光景――ただそれだけの話である。けれど、このイギリスからやって来た若い教師を担ぎ上げるその光景を、“ただそれだけ”と言って形容するのはいかがなものだろうか。
ネギ・スプリングフィールド教諭は、確かに若い。
けれど、普通彼をして、そう言う形容のしかたは誰もしないだろう。果たして、彼を目の前にした誰もが、普通はこう言う筈である――“幼い”と。
彼は、わずか十歳にして、自分よりも年上の、中学三年生の教え子達に対して教鞭を振るうという、特異な教師なのである。
もちろん、それには理由がある。
彼は故郷のイギリスにおいて、“メルディアナ魔法学園”なる教育機関を主席で卒業した、れっきとした“魔法使い”なのである。
実は、この巨大な学園都市を束ねる麻帆良学園学園長もまた、その世界では名の通った魔法使いであり、彼がこの学校で教師をしているのは、“魔法使い”としての修行を積むために、彼に与えられた試練なのである。
――もっとも、こんな事を誰かの前で口にしようものならば、普通は相手の精神構造を疑うだろう。最悪、救急車を呼ばれてしまっても文句は言えない。
しかし、ネギ・スプリングフィールドという幼い少年が、教師として教壇に立っている事は純然たる事実であり、果たして頭の中身が沸騰したのか腐れ落ちたのか――そういう心配をされてしまいそうな、彼の背負う“事情”も、果たしてまた事実なのである。
「はい、今年もまた、皆さんと一緒に勉強することが出来るようになりました。これから一年間、よろしくお願いします!」
そしてネギ少年は、その見た目に似合わぬ礼儀正しさで頭を下げる。彼が日本にやってきて、このクラスの担当となったのは、まだ彼女たちが二年生の頃であった。それから三ヶ月。彼の回りで、彼女たちを巻き込んで起こった様々な事件は、既にこのネギ少年とこのクラスを強く結びつけるに十分なものであった。
けれど、敢えてこういう形通りの言い方をするのは、事情はどうあれ“教師”であろうとするネギ少年の信念の現れ故であろう。彼の生真面目さを知る生徒達は、ぽつぽつと茶々を入れながらも、目一杯背伸びをする少年を暖かく見守る。
「ええとそれでは――突然ですが、このクラスに転校生がやって来る事になりました」
一つ大げさな咳払いをして、ネギはそう言った。途端にクラス中が、蜂の巣を突いたような騒ぎになる。三人寄れば姦しいだとか、箸が転がっただけでも笑い転げるだとか、ともかくそう言う年頃の少女が、三十人から集まれば――一度沸き立ったこのクラスを鎮めるには、ネギはあまりにも、教師としても人間としても経験が足りなかった。
この少女達の前に話題を吊り下げれば、このような騒ぎになるのはわかりきったこと。もっと他にやりようはあったろうし、他の教師ならばそうしただろう。しかし残念なことに、そう言う教師としての小狡いやり方をマスターするには、ネギ少年は純朴すぎた。
果たして、紹介に上がった「転校生」は、この騒ぎのせいで廊下で待ちぼうけを食っている――その事実を前に、我らが三年A組が沈静化するには、いまだ数分ばかりの時間を待たねばならないのであったが。
「それでは改めて――転校生の“犬塚シロ”さんです。犬塚さん、どうぞ中へ」
ネギの声に応え――教室の扉が開き、一人の少女が姿を現す。
ざわめきがさざ波のように、教室に広がった。
その少女は、不思議な容姿を持っていた。緩く三つ編みにした、腰程まである髪は、まるで雪のような白銀の輝きを放っている。しかし、頭頂部から前頭部にかけて、綺麗に切りそろえられた前髪は、目が覚めるような赤色である。しかしそれは決して不自然ではなく、多分にあどけなさを残すものの、整った彼女の顔立ちによく似合い、また、すらりと背の高いそのスタイルにも程よいアクセントを添えていた。
誰かの口から、思わず小さな息が漏れる。見た目云々の問題で言えば、留学生を複数人も抱えるこのクラスの事である。些細な問題だろう。けれど、彼女の纏う独特の雰囲気は、今までのこのクラスには存在しないものだった。
「――東京の六道女学院から転校してきました、犬塚です」
そのまま少女は、小さく腰を折り、これからクラスメイトになる少女に向かって一礼する。
「元来物覚えの悪い性格故――色々とご迷惑を掛けるかと存じますが、これから一年間、どうぞよろしくお願い致します」
顔を上げた少女に向かって浴びせられたのは――教室が割れんばかりの歓声だった。具体的には、隣の教室の教師が、しかめ面をして様子を見に来るほどの。
そしてそんな隣のクラスの教師に対して、必死になって頭を下げるネギ少年の姿を見ながら、金髪の留学生の口元が小さくつり上がったことを、そのクラスの少女達は、誰も知らない。
多少のごたごたはあったものの――主にネギ“教諭”の名誉のためにその内容は伏せておくが――始業式の短い日程が消化される頃には、“転校生犬塚シロ”は、三年A組にとけ込み始めていた。
放課後を迎え、クラスの面々が思い思いに、過ぎ去った春休みに思いを馳せ、またはこれから始まる一年間へ、期待に胸高まらせている中で、真っ先に口火を切ったのは、朝倉和美という名の少女であった。
彼女は麻帆良学園の報道部に所属しており、その活動に日々情熱を燃やしている。時折その情熱がオーバーフローを起こし、結果として彼女には“麻帆良のパパラッチ”などと言う不名誉な二つ名が冠せられる事になったのだが、果たして当人はその様なことを気にもしていない――いやむしろ、ある面に於いては誇っている節さえもある。
そんな彼女が、新年度早々舞い込んだ“転校生”という名の異邦人に、興味を示さないはずがなかった。
「犬塚さんは、六道女学院から来たんだって? あそこってもの凄いお嬢様学校だって聞いてるんだけど、もしかして犬塚さんもそう言う人?」
「いえ、拙者は特に、高貴な家柄の出身と言うわけでは御座らぬ。ほれ、あそこには――霊能科があるで御座ろう? 拙者、以前ゴーストスイーパーの助手をしていた故に、その縁故で通っていたので御座る。それと、拙者のことはどうぞ、シロと呼び捨てに」
「ふーん、それじゃ、シロちゃんでいい?」
何故だろうか、和美の中に、まるで愛玩動物のようにデフォルメされた彼女の姿が浮かび――結果として和美は、目の前の新しい旧友を“ちゃん”付けで呼ぶことにした。むろん、当人としては愛情を込めたつもりである。
「霊能科――霊能科ねえ。いや、あたしには当然霊能力なんて無いしね。こう言ったら何だけど、良くわからないというか――悪く言えば胡散臭いって言うか――ああ、悪気があってそう言ってるんじゃないの。気を悪くしたらごめんね」
「いえ、それが普通の人間の認識でござろう。普通に暮らしていれば、霊障だの霊能力だのと言うのは、正直なところ無縁の世界の事。むしろ一般人にはわからない事柄故に、ゴーストスイーパーという職業は成り立つので御座るよ」
「成る程ねえ。ところでシロちゃんのそのしゃべり方は、何かのポリシー? いや、うちのクラスにも、そう言うしゃべり方をする奴がいるんだけど」
自分では否定している、忍者っぽいナニモノカが、と、和美は手を振る。シロはそれを聞いて、何か変なものを飲み込んだような顔をしていたけれども、ややあって苦笑を浮かべると、首を横に振った。
「昔からこういうしゃべり方で御座った故に。まあ、辺鄙な場所で育ったで御座るから、奇異の目で見られることには慣れたで御座るが」
「別にそれが悪いって言うわけじゃないから、良いんじゃない? 個性ってのは大事だよ。特にうちのクラスじゃあね」
「なにやら見たところ、随分と賑やかなクラスで御座るな。異国の方やら――」
そこでシロは、何故だかあさっての方向に視線を遣り――すぐに、和美に向き直った。
「あたしも最初は自分を棚に上げて驚いたもんだけどね。なんつうか、もう慣れちゃったよ。あたしが言うのも何だけどさ、“アク”は強いけど、楽しいクラスだよ」
「是非に、拙者もその一員と慣れることを願いたいもので御座るなあ」
「シロちゃんなら大丈夫! あたしが保証するから、大船に乗ったつもりでいなさいな!」
胸元を叩き、和美は言う。そんな彼女の様子に、シロは目を細めた。
「というわけで、まずはそんなシロちゃんの事が色々知りたいわけ。取材半分自己紹介半分で、色々質問しても構わない?」
突然に彼女に漂ったえもいわれぬ迫力に、思わずシロは口元を引きつらせた。
「拙者の歓迎会?」
心なしか、幾分疲れた表情のシロと、幾分上気した表情の和美が教室を出ると、シロと対を成すような、鮮やかなブロンドの長髪が美しい少女――クラス委員長の雪広あやかが、彼女を呼び止めた。聞けばお祭り好きなクラスの幾人かが、是非シロの歓迎パーティを開こうと話を切り出したらしい。
「ええ、もしよろしければ、ですが」
「まあ、このクラスの恒例行事みたいなもんよね。ネギ先生の時にもやったし」
何故かあやかの肩に手を回しながら、和美が言う。あやかはそれを鬱陶しげに払いのけながら、シロには柔らかな笑みを向ける。
「それはもちろん――喜んでお受け致すが、宜しいので御座るか?」
「もちろんです。クラスの誰もが、貴女とは早くお友達になりたいと思っていますから」
「ご厚意、誠にかたじけない。ああ――家の者に連絡をする故に、少々待って貰えるで御座るか?」
そう言って、シロはポケットから携帯電話を取り出した。巷で流行の機種に、白い犬のストラップがついている。時代がかったと言う言葉が相応しい少女の見せた、思わぬ普通の女子中学生らしい一面に、思わず和美とあやかの表情がほころぶ。
「シロちゃんは、寮に入ってないの? そう言えば、そんな話は聞いてなかったけれど」
「ああ、拙者、すぐ近所に越してきたで御座るからな。それに――家の手伝いをしなければならない故に、学校の方には理由を説明して、寮には入らなかったので御座るよ」
「家の手伝い、ですか?」
「手伝いというか――ああ」
あやかがシロに問うたが、どうやら彼女の問いに応えるよりも先に、電話の方が相手に繋がったらしく、シロは申し訳なさそうに彼女を一瞥した。そうなればあやかとしても、無理に会話を続けようとは思わない。
「先生で御座るか? はい――今、学校が終わったところで――いえ、それで、何と級友が、拙者の為に歓迎会を開いてくれると――いえ、先生の夕餉はきちんと作ります故に、その様に体に悪い事は――何を馬鹿なことを申される。拙者の級友と言えば、中学三年生で御座りますよ? ああもう、柱に頭をぶつけない!」
電話に向かう彼女の言葉に――思わず、あやかと和美は顔を見合わせる。一体彼女は誰と、何について話しているのだろうか?
ややあって携帯電話を切ったシロに、二人は同時に問いかけた。
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プロローグですのでかなり短いですが。
お初にお目に掛かります。スパイクと申します。
「二次」創作小説を書くのは初めてですが、いやあ、楽しいものですね。
自分の好きな作品に対して、あれこれと熱く語る。それの何と楽しいことか。
何だかそれに近いものを感じます。
「魔法先生ネギま」「GS美神」
どちらも、大好きな作品です。
本作品は、「原作の設定」をあまり重視しておりません。
従って、原作中の「設定」が、しばしば無視される可能性があります。
自分は「物語重視」でこの作品を書いたので、
物語にとって「原作設定」が欠かすことの出来ないものだとお考えの方には、
あまり楽しめない内容であるかも知れません。
それを理由に「それを許せる方のみ――」という気はありません。
この言い訳を読んでおられる方は、既にここまで読んでしまったのですから。
代わりと言っては何ですが、せめて色々な価値観を持たれる方が、
それでも少しでも楽しめるようなものを書いていきたいと思います。
では、また。