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No.11414の一覧
[0] 【報告とお礼のみ更新】ログアウト(オリジナル/現実→ネットゲーム世界)[検討中](2011/11/13 15:27)
[1] 第一話 ログイン[検討中](2011/11/12 19:15)
[2] 第二話 クエスト[検討中](2011/11/12 19:15)
[3] 第三話 でたらめな天秤[検討中](2011/11/12 19:16)
[4] 第四話 特別[検討中](2011/11/12 19:16)
[5] 第五話 要らない(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[6] 第六話 要らない(下)[検討中](2011/11/12 19:16)
[7] 第七話 我侭(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[8] 第八話 我侭(下)[検討中](2011/11/12 19:17)
[9] 第九話 飛び立つ理由[検討中](2011/11/12 19:17)
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[11414] 第一話 ログイン
Name: 検討中◆36a440a6 ID:111d7f98 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/12 19:15
 :自分には何の楽しみもない。全く充実感を得た事がない。

:もしもはっきりとそう言えるのならば、私は君達を見あやまっていたんだろう。

:共にボスモンスターを倒した時、喜びを分かち合ったじゃないか。

:ついに限界レベルに達した時、何にも勝る達成感を得たじゃないか。

:レアアイテムがドロップした時、私達は世界の誰よりも幸せだと笑いあったじゃないか。


:あの日々は嘘だったというのか。夢か幻だったというのか。

:いいや、間違いなく現実だ。

:パソコンの前でポチポチボタンを押していただけだと悲観する必要はない。

:私達は最高の経験をしてきたじゃないか。

:だと言うのに、ただちょっと飲み会に行って来ると言うだけでリア充扱いというのは過去への冒涜なのではないか。

:そうだ、この世界だって間違いなく現実だ。私達はみなリア充であり誰かを区別するような事は




:……はい、すみません。行ってきます。12時にはログインしますんで……








  ――私が寝るとみんな死んじゃう


 こんな言葉が最近世に出ているのをご存知だろうか。
 インタビューを受けたとあるネットゲーム廃人の言葉で、至極わかりやすくネットゲームの現状を伝えていると言えるだろう。
 ネット上の電子空間で仲間と集い、それぞれのキャラクターを操作して共同でゲームをプレイするオンラインゲーム。
 俺もまたそんなネットゲームをプレイしていて、中学時代から大学生に至るまで足掛け7年以上も同じゲームにはまり続けている。
 その名も『ワンダー』別に覚えなくても良い。ネットゲーム黎明期のゲームだけに名前も単純だが、幸いな事に未だにユーザーはかなり残っている。7年もやっているのに未だに飽きが来ず、大学に入学してからは食べながら寝ながらゲームをする生活だと言っても過言じゃない。
 そして毎晩ゲームの世界に居るような人間は俺だけではなく、いつも居るキャラクター同士で一緒にゲームをしている。
 そんな生活では夜にログイン――ゲームに入る事――をしないだけでもちょっとした言い訳が必要になるのだ。
 特にネット上で『リア充』なんて呼ばれそうな理由では。
 別に悪くはないはずなのに謝ってしまう辺り俺も件の廃人さんと同じレベルに達しているのだろう。

 何せ――俺が居ないとみんな死ねない――のだ。


















第一話 ログイン

















「おー、来たのか山田! 付き合いの悪いお前まで居るのを見ると、もう終わりなんだって実感するなぁ全く」

「先輩、すみませんと言えばいいのか、どういたしましてと言えばいいのか、よくわからないんですが」

「おめでとうって言っときゃいいんだよ。いや、部長には言うなよ、無内定でもう一回いきそうだから」

「おめでとうございます先輩。むしろありがとうございます」

 おう、と大様に頷いた比較的親しかった先輩と離れ、俺は座敷席の隅に腰を下ろした。
 貸切の小さな店内は喧騒に包まれ、どこかしらで常に一気のコールが行われている。
 一気、一気と聞いても一揆、一揆であのBGMが脳裏を流れる俺には明らかに場違いな空気だ。

「山田ー! 飲んでるか!?」

 少し離れた席から声がかかった。おそらく先輩だったと言うだけで名前は覚えていないが、空のグラスを掲げて応えておく。

「既に軽く吐きそうですー!」

 嘘だ。まだ1杯しか飲んでいない。

「吐いとけ吐いとけ、吐いてからがスタートだぞ!」 

 はははははと笑っているテーブル席に笑い返して、俺はふっとため息をついた。
 大学入学後、試験の情報集めの為に比較的真面目そうだと選んで入った経済学研究会は、内実は大量の部員を抱えた飲みサークルだった。
 試験の情報自体は潤沢に手に入ったので、忘れられない程度に飲み会や遊びの企画に参加して過ごしてはや一年と少し。
 夏の終わりに開催された俺にとって二年目の追い出しコンパの席。こうして座っていても違和感の無い程度には馴染めているようだ。
 外で遊び歩くより家でネットゲームがしたいと言い切るような人間の俺がこうしていられる理由の一つはおそらく名前。
 自分で言うのもなんだが山田という名前は覚えられやすい。
 人数が多いので被るかどうかが問題だが、部に一人と言うならそうそう忘れられずに済む。
 理由のもう一つは、恐らく友人の為だろうか。
 一通りのテーブルを回り、今こちらに向かってきている童顔小柄のあの男。

「や、相変わらず飲んでないね山田」

「健一、一次会はいつ終わるんだ」

「まだ始まって30分だよ……今9時半で、11時半までは貸切」

 うわぁ、と声を出して机につっぷした俺の背中にそいつが腰を下ろす。どこかでかわい~という黄色い声が聞こえた。
 富田健一。低い身長と愛嬌のある顔立ちでどこにでも馴染んでいく可愛がられ系の、それこそリア充な男だ。
 しかし実はこいつはちょっとオタっ気があって、携帯でネット掲示板を見ていた俺に気づいて話し始めたのだ。
 とは言えネット掲示板と少し深夜アニメを見ている程度で、そのぐらいは探せば部内にいくらでも居そうである。
 しかしその手の気配は出来れば見せず、見ても見ないのがマナーなのだといつか言っていた。
 ネットゲームにはまり込んだ俺とはディープさが違う気もするが、そういった話が出来るのは彼にとっては俺だけらしくてよく話している。
 女子部員の言う『健ちゃん』が、しきりに入会を勧める宗教狂いの先輩の愚痴とその宗教への罵詈雑言を言っていたと知ったら、あそこできゃーきゃー騒いでいる女の子は一体何を思うのだろうか。


「いや、僕も帰りたいんだよ、本当は。まあ付き合いだと思って飲んでいこう。会費は部費からだし」

「別で会費払うから帰って狩りしてぇ……」

 背中に乗っていた健一が隣に腰を下ろし、少し肩をすくめて言った。

「まあでもお世話になった先輩は結構居るしさ、帰るのはないよね」

「かといって一年しか付き合いのない俺達が先輩の所に割り込むのも違うだろ」

「……だよねぇ」

 ちょっといい子面した健一に現実を突きつけて二人でだれる。

「しかし部内コンパとか意味ないにも程があるよ。上手く運んだとしてどうするのさ、次から気まずいだけじゃん」

「上手く運んだなら付き合えよ、遊び前提かよ。流石リア充だな」

「掲示板ではいつでも童貞。心は魔法使い候補」

「こういうのが居るから世界に戦争はなくならないんだって俺は思う」

 テーブルに最初から据えてある瓶ビールを思わずグラスに注いでしまう程に腹の立つ発言だった。
 ビールは飲めないのでこのまま置いておくだけなのだが。
 こいつは時々俺を男女の飲みに連れ出すのだが、脱出を図る俺とテイクアウトを狙う健一は上手く噛み合う。
 俺は本当に普通に帰宅しているのだが、もしかすると知らぬ間に共犯扱いなのかと思うとあまり強くも言えないのだ。

「まあ僕らに仕事があるとしたら……ねえ、君、そうそう、ちょっとこっちおいで」

 二人でひとしきり愚痴を言った後。
 唐突に健一は、近くの席で一人で座って空のグラスを見つめている長い黒髪の女性、恐らくは一年生の女の子に声をかけた。
 春の新歓コンパでもやはり一人で居たのを見かけた覚えがあった。確かその時は四年の先輩に構われていたように思う。
 しかし長い髪と言うと聞こえはいいが、前髪もかなり長くてうつむいていると相当暗そうに見える子だった。
 俺も一応気になってはいたんだが、名前もわからず放っておくしかなかったのだ。
 やはりこういう事が出来るか出来ないかで真のモテ男が決まるのだろうか。
 ただのやっかみだな。気のきく男は素晴らしい。

「あの……何でしょう……?」

「まあほら、座って座って、ねっ」

 見た目愛嬌のある健一に言われたのが良かったのか、おどおどとやってきた女の子は、やはりおずおずと向かいに座り込んだ。

「騒がしいから大変かもしれないけど、一人で座ってると送られる先輩が気にしちゃうからね。見た目は一緒に、そこに座ってるといいよ」

「あ……ごめんなさい、ありがとうございます」

 良い所があるじゃないか、俺は横目で健一を見て、思わず息を呑んだ。
 恐らく見慣れていないとわからないだろうが、優しく微笑んだ健一の表情は非常に裏のある作り笑顔だったのだ。
 こうやって落とすきっかけにするんですね。 
 にこにこと笑う健一と、ぺこぺこと頭を下げる後輩の図がどこか皮肉に見えたのだった。
 しかしこの子の名前は何だったろう、健一は知ってるんだろうか。

「それで、えっと……」

 話を続けようとして健一が詰まる。微妙に困った表情を見るに、こいつも呼んだくせに覚えてねぇ。
 とは言えこんな時に参加率が低いと逆に楽でいい。

「俺はあんまりこういうの出ないから名前覚えてないんだけど、一年生だよな。何て言ったっけ?」

「あ、松風です。松風、麻衣」

 松風か。山田と違って覚えにくいな、とは口に出さないが。

「山田ー、部室に来ないからって麻衣ちゃん忘れるのはないよー」

 健一が調子のいい事を言っているのに呆れはしたものの、少し羨ましくもあった。
 今の今まで名前も知らなかったくせにいきなり下の名前を呼ぶというのは、自分にどれだけの自信があれば出来ることなんだろうか。
 それにしてもこうして女性を前にした健一は男から見ると軽薄な笑みを浮かべているんだが、本当に女性受けはいいんだろうか。
 俺は男同士で喋っている時の自然な笑い方の方が余程良いと思うんだが、本人に言った事はない。

「こいつの名前知らないだろう。富田だ。富田健一。いきなり名前で呼んだ失礼な二年生」

「新歓から呼んでるよ! こっちのが山田、名前を覚えてなかった失礼な二年生が山田ね」

 お互いにお互いを紹介しあう。果たして理解できたのだろうか。
 っていうかもしかして健一、俺の苗字しか覚えてないんじゃないか。山田でいいやとか思ってるんじゃないか。

「ふふ、ありがとうございます、先輩」

 ウケ狙いで言ったのが当たってくれたようで良かった。笑うと中々可愛らしい子だ。
 もう少し明るければ人気も出そうなんだが、今の時代面倒くさい女の子は嫌われる傾向にあるんだろうか。
 それでビッチを量産するというのは結果みんなが不幸なんじゃなかろうか。いや、俺はゲームがあればそれでいいんだが。
 と、黒髪の後ろから、こんもりと盛り上がった茶色の髪がのぞいた。

「あれ、麻衣、健先輩と一緒なんだ?」

 茶色のもふもふから声がかかる。
 噂をすればビッチ、とはやはり口に出さない。

「あ、桂木さん……」

 少しほっとしたように松風が

「よう」
 
 自分がついでなのはわかっているし後輩だし、適当に返す俺

「すずちゃん、こんばんわ」

 一番親しげに返事をした男の健一。
 隅っこのテーブルにひっそりと座る俺達にわざわざ声をかけてきたのは、入部からあからさまに健一狙いの一年生、桂木すずだった。
 方向性を間違ったように周囲から髪を集めて盛り上がりを作る妙な髪形。
 お水で商売をしているお姉さんのようだが、まだ化粧の腕は追いついていないのか泣きぼくろが唯一のアクセントなぐらいに顔は地味なままだ。
 ぱっと見は普通かどちらかと言えば微妙に入る顔立ちなのに明るい雰囲気とノリで何となくモテそうな気がする。
 正しく可愛い系イケメンの健一が言うには、彼女は雰囲気イケメンならぬ雰囲気ヤリマン。
 曰く、こういうのと一回関係すると面倒くさいことになるから気をつけろ。
 お前いつか刺されるぞ。刺されろ。いやいい、俺が刺す。

「麻衣って先輩と仲良いんだっけ?」

「いえ、一人だったから声をかけてもらっただけで……」

 そっかー、と笑って断りもなく松風の隣に腰を下ろす、桂木すず。
 今まさに仲良くなっている最中だった時にその関係をぶち壊す魔法の言葉『仲良いんだっけ?』
 わざと言っているのだろうか、女性は実に恐ろしい。
 ネットゲームではフレンドのギルメンだって友達です。リアルは本当に怖い所だ。

「二人は仲良いよね。講義同じなの?」

「そうなんです。語学も一緒なんですよ。ねー?」

「は、はい……」

「語学、フランス語だっけ。僕はロシア語で楽は楽だけど、何か楽しくないんだよね」

「難しいですけど格好良いからやっぱり第二はフランスって思ってたんですよー。麻衣は発音綺麗だよねー?」

「え、えっと……」

 可哀想に、逃がしてあげる筈が結局その辺りのテーブルと同じノリになっている。
 目の前の会話に全く混じらず、無駄に注いだビールをどう処理したものか悩んでいる俺と同じぐらいに可哀想だ。
 ちなみに俺の第二外国語は中国語である。理由は麻雀で数字だけは覚えていたからだ。


「健ちゃーん、ちょっと来て来てー」

「はーい? 何ですか先輩ー?」

 遠目の席から健一にお呼びがかかる。人気者は凄い。
 そしてそれに当然のようについて行く桂木すずもかなり凄い。
 数ヶ月続いているあのアプローチを笑顔でスルーし続けている健一はやはりさらに凄い。

「ふぅ……」

「はぁ……」

 思わず出たため息が、はす向かいと被ってしまった。
 恥ずかしそうに俯いた松風に果たして声をかけるべきなのだろうか。

「やりにくいよなぁ、こういうの」

「…………」

 返事は返ってこない。
 とりあえず先輩という立場を利用して愚痴を聞かせて間を持たせておく。

「別にみんなで集まるのはいいと思うんだが、飲んで喋るだけっていうのは結構辛い。前のバーベキューとかは焼き係で結構楽しかったんだけどな」

「あ、はい、頂きました」

 夏休み序盤に開催されたバーベキューなのだが、俺は徹頭徹尾焼いていた。
 焼き時間も考えず適当に具財を刺しまくる健一とそれを問答無用で焼いて配る俺で結構面白かったのだ。
 と言うかこの子も居たのか。毎日のように部室に居るらしい健一に忘れられているのに、幽霊部員ではないんだな。
 無視されている訳ではないようなのでもう少し話してみる。ついでに言えば誰かに愚痴を聞いてもらいたい気分でもある。
 うつ伏せに置かれていた空のグラスにビールを注いで松風の前に置き、話を続けた。

「うちの追いコンは夏だからいろいろあると思うんだよ。去年の追いコンは飲みじゃなくて海だったんだが、泳いで良し、遊んで良し、食べて良し飲んで良し埋まって良しであれで俺達は溶け込めたと思うんだ」
 
 我が研究会は春の学園祭での発表が最後の行事で、夏に四回生が引退というのが定例である。

「う、埋まったんですか?」

「埋まったな。海の方に顔を向けてうつ伏せに」

「…………」

 いじめは、ありません。

「それで背中の砂に穴開けられて、文字の型に日焼けしてさ。俺は口下手だけど秋までネタになって助かったよ」

「そうなんですか……」

 俺は現実の人付き合いよりネットゲームが大事なだけで特に口下手ではない……と思いたいのだが、こう言った方が面倒がない。

「男はまあ馬鹿やればいいだろうけど、女の子は大変だろう。変に親しくするとあれこれ面倒だろうしな」

「…………」

 多分そうなのだろうと言ってみたが反応がない。
 松風は目の前に置かれたビールを両手で持ち、泡がはじけるのを見つめている。
 目線が前髪で隠れて表情を読み取ることも出来なかった。

「…………」

「…………」

「……参ったな」

「……すみません……」

「えっ……」

 思わず呟いた言葉に返事が返ってきて驚いてしまった。本当は言うつもりはなかったのだ。
 何となく口の中で呟いただけなので、まさか聞かれるとも思わなかった。
 余計だと思ったら口に出すもんじゃないな、やっぱり。

「いや、悪い、そんなつもりじゃ……」

「…………」

 沈黙が痛い。
 お見合いでもあるまいし、気にしなければ問題ないんだろうが、俺はそこまで図太くなれそうもない。
 最近の小粒な新作ネトゲはどうにかなりませんか、とか言ったら意外と食いついてきたりしないだろうか。

「……先輩は」

「ん?」

 幸い、盛大な自爆をする前に顔を上げた松風が声をかけてくれた。

「先輩は……どんな風に、部に居たんですか?」

「部に居たって言うか……どう馴染んだかって話?」

 こくりと頷いた。
 どうやって馴染んだって言うとそこに居ただけなんだが、そういえばさっきも一人で同じ事を考えたな。

「山田って覚えられやすいし多いだろ。みんなが山田山田って気軽に言うからさ。」

「名前ですか……?」

「ああ。それにほら、あいつが――」

 と、遠くのテーブルで桂木すずの口に柿ピーを押し込んでいる健一を指さした。
 一体何をやってるんだあいつは。

「あいつとよく騒いでたからさ。誰でもいいから話してりゃ、気がついたらそれなりに馴染んでるもんだ」

「そういうものですか?」

「そういうもんだよ。要は居て不自然じゃなきゃいいんだ。仲の良い奴がいない時一人で居て、それで文句言われたりはしないからな」

 友達が少ない奴だと思われるという不満は受け付けない、実際少ないんだからあきらめろ、と口には出さないが。

「なるほど……」

 随分と酷い理屈だが気に入ってもらえたらしい。

「松風は麻衣って名前が呼びやすいからな。健一と桂木がまいまい言ってるのを聞いてればみんなもその内まいまい言い出してすぐ馴染む」

 呼びやすい名前は友達を作る上で結構有利だと昔思ったことがある。
 その点で言えば麻衣というのは十分に優秀だろう。

「桂木は知り合いが多いみたいだし、健一もまぁ悪い奴じゃないよ。その辺から仲良くなっていけばいい」

 うんうん、と一人で納得していると、松風がおずおずと口に出した。

「じゃあ……」

 何となく気分が良く、苦手だがさっき入れてしまったビールに口をつける。

「山田先輩も、私のこと、麻衣で……」

 噴出すことはなかったが、思わず一気に半分近く飲んでしまった。



 俺、今日からリア充として生きるよ。
 
 今までありがとう。さようなら、ネットゲームの世界。


 なんて、一瞬でも思ってしまったのがいけなかったのかもしれない。




 その後に何かがあったわけでもない。
 最初に名前を呼んだ時に噛まずに済んだのが俺にとって多少幸運だったぐらいだろうか。
 二人が戻って来るまでの短い間、彼女と俺はぽつぽつと言葉を交わしあった。
 戻るや否や健一が我が意を得たりとばかりに彼女の正面に俺を座らせ、普段は軽く流す桂木と何故か積極的に騒いだ。
 混ざりやすい話題だけこちらに話を振る二人のおかげなのだろう。
 部内の人間や一年生の授業といった他愛もない話ばかりだったが、俺は一時間以上彼女と会話を続けた。
 普段から女の子とチャットはしている。しているのだが、『中身』も正しく女性の相手というのは久しぶりかもしれない。
 やけに黒い笑みを浮かべて俺を肘でつつく健一に何か気恥ずかしさを感じたのは気のせいだと思う。





 ずっと正面に座っていた彼女に手伝わせながら意味のない責任感で瓶ビールを片付けた俺は、一次会終了で早々と離脱を宣言した。 
 明日バイト早いんで、と惜しまれながら撤退を表明した富田健一と、先輩に送ってもらいます、とむしろ突撃を宣言した桂木すず。
 何も言わずにこちら側に立っていて、何となく帰宅組に混ざっていた松風――麻衣。
 俺含む四名の帰宅組は最寄の駅に向かって狭い路地を歩き出した。

 残暑の色濃い9月の空気は酷く暑苦しく、路地の両脇からはビル内部からの熱風が吹き出している。

「山田、これからどうする?」

 さっきまで桂木とあーだこーだ言いながら先頭を歩いていた健一が、気がつくと俺の横でにやにやと笑っていた。
 何を意図しているのかはよくわかったので、期待に沿っておくことにする。

「急いで帰って、みんなと合流して、狩る」

「わかってるくせに、本当にムッツリだね山田」

 残念ながら隣のニヤニヤは止まってくれなかった。
 顔をしかめた俺にさらに一歩近寄り、健一は横目で麻衣を示す。

「麻衣ちゃん、さっきから山田を見てるじゃん。結構いい感じなんじゃないの?」

 頻繁にこちらに視線が向けられているのは気がついていた。
 何故なら俺もちらちら見ているからだ。そりゃ、気になります。
 
「このまま押せば麻衣ちゃんは落ちそうだけど、どうせ無理だろ? すずちゃんは面倒だけど、山田がその気なら4人でもう一軒。付き合うよ?」

「…………」

 何て無駄な気遣いだ。しかし無用とは言えない自分が情けない。
 断るべきだと思う。このタイミングで帰宅の途につけば約束通り12時間に合う。
 つまり深夜組のログインと夜組みのログアウトのタイミングに間に合うということだ。
 そこでPT――パーティー。複数人で経験値やアイテムを共有して狩りを行うグループ――の再編成に混じれば丁度狩りに行ける。
 付き合いのいい仲間達のことだ、俺が来る前提で準備をしてくれているだろう。

「いや……」

 ちらりと麻衣の方を見た。向こうも向こうで似たようなことを言っているのだろう、桂木が彼女に詰め寄っている。
 外の暑さでジャケットを脱いだのだろうか、麻衣は小脇に上着を抱え、桂木の圧力から逃げるように背を逸らしていた。


 その時、偶然強いビル風が吹き抜けて彼女の長い黒髪が柔らかく揺れた。
 丁度そちらへ目を向けていた俺の目にほっそりとした麻衣の全身の輪郭が映る。
 はっきりと見えたわけではないのだが、茶色短髪の女性に見慣れていたせいか、広がる黒髪に透けて見えるシルエットに思わず息を呑んだ。
 不健康ではない程度に締まった腰と肉付きのいい臀部から細い足首、彼女には少し不似合いに派手なミュール。
 今まで気にもしていなかったが、胸の下で絞ったデザインのブラウスは細い姿態と裏腹に小さくない胸部を強調している。
 きっとあの胸は触った時に硬さを感じさせない素晴らしい……いや、俺は何を考えているんだ。
 思わず下から上へ舐めるように観察していた事に気づき、視線を戻した瞬間、目と目が合った。
 やばい、と思う間もなく向こうから目を逸らされた。路地は薄暗く表情は読めないが、幻滅されているのは想像に難くない。

「やっぱり俺は……」

 断られるより先に遠慮しておこう。
 逃げるように俺が言い終えるより先に、桂木の声がこちらに届いた。

「麻衣、行くってー。先輩達も来ますよね?」

 思わずもう一度彼女に目を向ける。 
 ちらりとこちらを見て、困ったように笑ったその表情が俺に一瞬で腹を決めさせた。

「ああ、ああ、俺も行きたいよ。な、健一」

「うんうん、飲み足りないよね」

 じゃあ行く、と情けない事を言わなかっただけでも男らしいと褒めてもらいたい。
 いや、褒めるべきではないのだろう。後の面倒を考えれば本当にここで間違っておくべきだったのだ。
 間違っていないことが間違いな道――廃人の道――を既に選んでいるつもりだったのに半端な色気なんて出すから。





 向かう方向を変えてしばらく後、突然の出来事だった。
 そうでなくとも、前を歩く健一と桂木の後ろ、麻衣と微妙な距離でお互いを伺いながら中学生のような甘酸っぱさに浸る俺はその予兆に気づく由もなかった。

「うわっ、何こ――――」

「きゃ、き――――」

 唐突に聞こえた叫び声に慌てて視線を前方に向けると、前を歩いていた二人の足元から青い光の柱が立ち上るのが見え、二人の姿と共にその声が半端に途切れた。

「……ポータルゲート?」

 それが見慣れた『エフェクト』のように見え、そんな馬鹿らしい事に気をとられて致命的に反応が遅れた。
 シュンシュンという聞きなれた『効果音』に思わず自分の足元に目を向けるのと同時、下から渦を巻くように青い光が立ち上る。

「せんぱ――」

「麻衣――」

 二人手を伸ばしあい、すぐ隣の手が触れ合うより早く、視界が光で埋め尽くされた。



 本当に一瞬にも満たない時間。
 白一色にゆらめく視界の中でちらりと何かが見えた気がした。
 見慣れたウインドウと数人のデフォルメされたキャラクター。
 今日も帰ったらやろうと決めていて、しかし先ほど諦めたオンラインゲーム。そのキャラクターセレクト画面だった。
 何かを考える暇はなかったし、実際何も考えてはいなかった。
 ただ、さっき見えた『エフェクト』と『効果音』が自分の頭を一瞬で似非リア充からネトゲ廃人へと切り替えていたのは確かだと思う。
 人生の1/3以上を共に過ごしたそのゲームについての対応はもはや反射行動に近い。
 気のせいとも思える僅かな時間で俺はメインキャラクターを選択してエンターキーを押していた。
 キーボードなんてないし、マウスもない。だが確かにいつも通りの行動をしたという自覚がある。
 再び白だけに覆われた世界。
 俺は、一気に駆け上っているような、高速で落ちているような、そんな感覚に包まれた。


 実を言うと、コンパでフラグが立つなんて馬鹿馬鹿しいことあるわけない、やっぱり夢だったんだな、等と考えていた。
 さらに言ってしまうと数秒後、尻を地面に強く打ちつけ――全く痛くはなかったのだが――隣で呆然としている麻衣と目を合わせた時。
 まさに草原としか思えないどこまでも広がる緑と、晴れ渡った‘青空’を見て尚も、彼女が夢ではなかったことの方を喜んでいたのだ。
 つくづく、間違っていない。だからこそ俺は――相当に長い時間、間違い続けてしまったのだ。





「何これ、何処ここ、どうなってるの!?」

「太陽……? 昼……な訳ないよね。 どこかの建物の中かな?」

 大混乱する茶色のもこもこ、桂木すずと、案外落ち着いた童顔小柄の優男、富田健一。

「………………」

 ぽかん、としたままこちらを見つめる黒い長髪、松風麻衣。
 彼女も時折何かを言おうと口が動くのだが明確な言葉はまだ出てきていない。
 そして冷静に周りを観察しているようで、俺自身も茫然と座り込んだままだった。
 おそらく目の前の彼女もそうなのだろうが、猛烈な勢いで思考が空転していて何も行動を起こせずにいたのだ。
 何かテレビの撮影か。ドッキリなのか。それで俺は仕掛け人の麻衣と仲良くなったのか。
 いやそんなはずはない。何せ同じ大学で同じ部員だ、姿を見かけた覚えぐらいはあった。
 しかしそういった大掛かりな仕掛けが裏になければこの状況は何なんだ。
 というかさっき見えたあの光は――『エフェクト』は、特定の地点へ繋ぐポートを開いてキャラクターを転送する魔法の――

「山田、山田、大丈夫? 麻衣ちゃんも、ほら、しっかりして」

 健一に呼びかけられ、俺も我に帰った。
 何にしろ今はゲームのことを考えている場合じゃない。
 仕掛け人がいるなら精々平静に乗り越えてがっかりさせないと腹に据えかねるし、そうでないなら……これは神隠しだとでも言うのか?
 それはあまりにも馬鹿馬鹿しい。その上神隠しってのは戻ってこないからそう言うんだろう。それは勘弁してくれ。
 明日からゲーム内でイベントが始まるんだ、あれに参加するまで俺は……いや、だからゲームのことは後で良いんだ。

「ああ、悪い。何だこれ、明るいって事はビルの中か? 携帯も圏外だし、何のテレビか知らないが大掛かり過ぎるだろう」

「本当に、こういうイタズラするならタイミング考えて欲しいですよね。折角良い感じだったのに!」

 立ち上がり、どこかに居るのだろうスタッフ向けにちょっと皮肉っぽく言ってみた俺に桂木が頷いたが、少し意図が違うような気がする。
 まあ、夢じゃなかったというだけで喜んでいる俺が安っぽいのかもしれない。

「でも、そんな、撮影だなんて……」

 ふらふらと腰を上げた麻衣が両腕で体を抱くようにして桂木の後ろに隠れた。
 何かカメラがあったりしないかと周りを見渡すが付近は一面の草原にいくらかの丘陵があるだけだ。
 俺達が立っている辺りには草の生えていない道のようなものがあり、時折歪みながら二方向へ伸びている。
 遠くに目を向けても人工物らしきものは見えず、道の続く遥か先に連なる山脈があるぐらいだろう。
 しかしそれも日本にあるような緑に染まった山じゃない。白い岩肌に覆われた真っ白な岩山がいくつも重なりあって見える。
 遠くてよくわからないんだが、あんな外国旅番組で見るような岩山が日本にあっただろうか?
 恐らく麻衣もそちらを見たのだろう、不安げにこちらに視線を向けている。
 俺と麻衣の様子に気づいたのか、桂木も遠くの山脈を見て言った。

「何、あのわざとらしい『やま』。壁に絵を書くにしてももう少しそれっぽく描けば良いのにねー?」

 ねー?と桂木に声をかけられた麻衣は何も言えずにおろおろとしている。
 しかし、壁に絵を描いてそれっぽい世界に見せかけてどこかでカメラで撮っているわけか。
 トゥルーマンショーかよ、と思った。ので口に出した。

「トゥルーマンショーかよ」

「そうそう、それです! きっと壁まで行ったら扉があるんですよ!」

「そんな映画あったねぇ。僕もあれ見た後、ちょっと日常が怖くなったよ」

 桂木と健一はうんうんと頷いたが、麻衣だけはまだ落ち着かずにきょろきょろと辺りを見回している。

「じゃあとりあえずこの道っぽいのを辿って壁まで行こうか」

「はーい、すずは健先輩についていきまーす」

「帰りてぇ……」

「は、はい」

 そういう事になった。
 歩き始めるとよくわかる、ビルの中に敷き詰めたとは思えないリアルな土の感触。
 慣れ親しんだ太陽の光と吹き抜ける風の匂いが明らかに屋外であることを伝えているが、誰もそれを口には出さない。
 麻衣だけはごまかす方が恐ろしいのだろうか、無言で俺の隣を歩いていた。




 通話機能は相変わらず圏外を示し続ける携帯電話の時刻によると、歩き始めて恐らく一時間程は経過しているようだ。
 前を歩く二人は既に無言で、健一も桂木も軽く息を乱している。
 隣の麻衣は大分前から辛そうだったのでジャケットとバッグを預かったが、かなりバテているようだ。
 俺はそんな彼女を、歩きにくそうな靴だしな、と余裕を持って見ていた。
 我ながらネットゲーム大好きの超インドア派だと思っていたのだが、特に疲れたとは思わない。
 普段なら5分歩いただけでも軽く息が荒くなるぐらいなんだが妙な状況で体の調子がおかしくなっているんだろうか。
 ふらふらと歩く麻衣が3回ヒールを踏み外したところで、俺は休憩を進言した。


 歩き始めた頃より随分と高さを落とした太陽を眺め、俺達は無言で地面に座り込んでいる。
 俺には特に疲れはなかったが麻衣の疲労が凄い。桂木と並んで座って荒い息をついている。
 大人しそうだし肌も白いし、体力がありそうには見えなかったが……ここまでだとは思わなかった。
 この道が何処まで続いているのかわからないがこの先歩けるだろうか。
 そもそもこれが本当に何かの企画だと言うならこんな長い道を歩かされる筈は――

「僕は、こんなに広い建物なんてないと思うんだけど……」

 休み始めて数分、全員の呼吸が落ち着いた頃にぽつりと健一が言った。
 俺も丁度考えていたことだし、誰も口には出さなかったがみんなが思っていたことだ。

「じゃあ何だって言うんですか、私たちはこの原っぱのど真ん中に瞬間移動してきたんですか?」

 苛立たしげに桂木が言う。相当焦っているのだろう。
 体力に問題のない俺もそれほど余裕がないのに、疲れている三人が不安じゃない訳がない。

「でもすずちゃん、多分これが外なのも昼間なのも間違いないよ。僕にも信じられないけど、後のことを考えないと……」

「でも、そうじゃないと、そんなのって……! じゃあ、私たち何処に居るんですか、どうすればいいんですか!?」

 健一の言葉を遮って、堰を切ったように桂木が泣き言を言い始める。

「足が痛いよ、もうやだよこんなの……何でこんなことになってるの……?」

 そしてそれを慰める気力は誰にもなかった。

「こんなのいらない……もういいから、外に出して……」

「桂木さん……」

 桂木の声に涙が混じるのを俺は無言で聞いていた。
 ここに来た時とは逆の形に桂木が麻衣にすがりつき、それを麻衣が抱いている。
 しかしその麻衣も落ち着いているわけではないだろう。恐らく疲れすぎて取り乱す余裕もないんだ。

「山田、どうしようか……」

 近寄ってきた健一が不安そうに言う。
 正直俺も優しい言葉をかけてやれる気分じゃない、筈だ。

「人が来るのを祈るにしろ、人里があるのを願うにしろ、希望を持ってこのまま道を進むしかないだろ」

「山田は落ち着いてるね……もしかして、山田が裏で仕掛けしてたりしない?」

 なかば諦めたように言った健一に、俺も溜息をついて返した。

「俺も全部お前の企みってのを願ってる」

「だよね……」

 背中合わせに座り込んで二人でだれた。
 居酒屋の席でより、もっとへこんだ。
 とりあえず、たまたま買って鞄に入れていた烏龍茶の出番だろうか。
 見せびらかすように口に含み、あえてまず麻衣にペットボトルを渡した後。
 状況的に余裕がないんだと思い込んでいるだけで、俺は多少冷静かもしれない。
 そう自覚した。




 30分の休憩を取って再び歩き出すと、程なく徐々に傾いでいた太陽が遠くの山脈にかかるぐらいになった。
 そちらに向かっているわけだから進行方向は西か。今更の話だ。

「麻衣、大丈夫か?」

「……はい……」

 10分ともたずにふらふらしはじめた麻衣に、俺は少し緊張しながら声をかけた。
 これから自分の言おうとしていることを考えて胸の鼓動が早まる。
 この期に及んで全く無駄な所に余裕があるなとは自分でも思うのだが、それも未だに疲れを感じていない為だろうか。
 さらに緊張を強めながら何でもない風を装い、歩みを止めて麻衣の肩に手をかけた。

「全然大丈夫そうじゃないぞ。ほら、乗れ」

 立ち止まった麻衣の上着とバッグと受け取り、背中を向けてしゃがみこむ。いや、本当に恥ずかしい。緊張する。

「そんな、悪いですから……」

「このまま進みが遅くなって動けなくなるのが一番まずい。俺はまだ大丈夫だから皆の為に乗ってくれ」

 らしくない台詞が何故かスラスラと出た。まるでチャットでもしているような気分だ。
 多分顔を見ずに済んでいるからだろう、今も鼓動は全速力で早鐘をならしている。

「すみません、本当にすみません……」

 しゃがんで向けた背中の後ろで、麻衣が泣きそうになって頭を下げているのが何となくわかる。
 そしておれの視線の先。前方で足を止めた桂木が健一に何かをねだっているのが見えた。
 調子が出てきたじゃないか、桂木すず。お前はそうじゃないと。

「いいからほら、乗れ。二人も待ってるし」

「……すみません、お願いします」

 後ろに差し出した両手に足が乗せられ、背に暖かく柔らかな感触が広がっていく。
 限界と思われた心臓の鼓動がさらに早まる。聞かれたら余りにも恥ずかしい。
 俺は思わず勢いよく立ち上がってしまった。

「きゃっ……」

「悪い、しっかりつかまっててくれ」

「あ、はい」

 肩に乗せられていた手が首に回り、さらに密着度が上がる。
 ずり落ちた麻衣の体を反動をつけて持ち上げると、二人の体が一瞬離れて再びぶつかり、何かがふんわりと形を崩すのが背中でわかった。
 手のひらは柔らかく薄い素材のロングスカート越しに太ももに触れていて、動かしてはいないが、指の先が感じている柔らかさは恐らく臀部。
 少し荒い麻衣の吐息が耳元を撫で、女性特有の甘い香りが俺の全身を包み込む。
 何かもうこのまま家に帰れなくても良いぐらい圧倒的に幸せだった。

 しかし、それにしても……

「何だこれ、軽いな、麻衣」

「え、あ……ありがとう、ございます……?」

「ああいや、褒めたとかじゃなくて……違うぞ、俺もそんな気分じゃない。純粋に軽いんだ。助かるよ」

「すみません、よろしくお願いします」

 いえいえこちらこそ、とは口に出さなかったが。
 人を一人背負っているとは思えないほど軽いのに感触がしっかりわかるのはなぜなんだろう。
 前の二人に追いつき、結局桂木を背負わなかったらしい健一と久々に軽口を交わして、俺は疑問を心中に沈めた。





「日、沈みましたね……」

「曇ってきてよくわからなかったけど……この暗さは完全に沈んだな」

 最初は静かに背負われていた麻衣だが、俺が体力的には余裕綽々なのを見て時折話かけてくるようになった。
 肌寒さを感じて一度降ろしてジャケットを着せたので、余計な事をしなければ幾らかは俺の心――密着度――にも余裕がある。
 本当に心から至極残念だが。
 前を歩く二人は相変わらず無言だ。
 それもそうだろう。そろそろ休憩から二時間、あわせて三時間歩いていることになるのだ。
 山歩き同好会だって三時間歩けば多少は疲れる。インドア派の俺達など何をかいわんや、だ。
 そう考えると何故俺は疲れる様子がないのか……もはや自分でも理由は無視している。
 
 太陽が沈んで辺りは暗がりに包まれ、雲に覆われた空からは月明かりも射していない。
 周囲は一面の草原からちらちらと大きな木がそびえ始めて先には森がある事を予感させた。

「今歩いてるのが本当に道なのかもよくわからない。これ以上進むのは危ないよな」

「そう、ですね。でも、じゃあ……」

「……野宿?」

「うぅぅ……」

 悲しそうにうめいた麻衣がちょっと可愛かった。余裕が出てきたようで何よりだ。
 居酒屋に居た頃よりむしろよく喋っている気もする。
 この面倒を乗り越えて四人仲良くなれたら麻衣も部に馴染めるだろうか。

「おーい、健一、桂木ー……!?」

 黙々と前を歩いていた二人に声をかける。
 揃って振り向いた二人の顔に余りにも疲れが色濃く出ていて、思わず驚いてしまった。

「山田、どうしようか」

 これからの話だと理解しているのか、健一は何も聞くことなく最初から本題に入ってきた。

「どうしような。進むと言われても俺はまだ大丈夫だが」

「山田意外と体力あったんだね……僕はもう、無理っぽいよ……」

 ばたんと音がしそうな勢いで健一が座り込み、その横に桂木が並んで倒れこむ。

「とりあえず人が通ったらわかるように道が見える場所で、何か空模様が怪しいからそこら辺の木の下で休もうぜ」

「本当、山田元気だね……」

 どこか皮肉気に言って健一がもう一度立ち上がり、隣の桂木に手を貸した。仲良くなったようで何よりだ。

「山田せんぱーい、私もおんぶ……」

 と思ったのだが。想い人の手前だろう、俺には何も言わず自分で歩いていた桂木が、ついに音を上げて俺にすがって来た。
 悪いが一人乗りなんだ。それよりどうせ今日はもう進めないだろう。

「そこの木までだ、頑張れ。ほら、俺も早く休みたいんだよ、行くぞ」

「はぁい……」

 重そうなサンダルをずるずると引きずって歩き出した桂木の背を健一が支える。
 何かもう本当に息が合ってるなあっちの二人。いや、そういう意味で言うとずっと背負っていた俺達もか……?

「……?」

 横目で背中から顔を出した麻衣を見ると、はい? とでも言いたそうな素の表情でこちらを見返してきた。
 全く意識していないようだが、降りて歩くと言われないならまあ嫌われてはいないんだろう。
 しかし、特別好きになりましたって訳でもないのに相手の気持ちを気にするのに意味はあるんだろうか。
 俺もやっぱり疲れてるのか、当然だな。
 麻衣に曖昧に笑みを返して、俺もまた木陰へと歩き出した。




「僕達必死になって歩いてきたけど、結構まずい状態じゃないかと思うんだ」

 手元にあった水分を分けて飲み干したところで、眉をひそめて健一が言った。

「そりゃ、マズイのはわかってますよ。ここが何処かもわかんないし誰も通らないし何もないし喉も渇いたしお腹も減ったし!」

「僕が言ってるのはそう言う事じゃないんだ、すずちゃん。9月って言っても夜は少し冷えるし、今日は特に寒く感じる」

 確かに熱帯夜も珍しくない昨今では稀な涼しい夜だ。店を出た時は今夜も暑いなと思ったのだが。
 黙って聴いている俺と麻衣にも視線を向けて健一は続けた。

「半日歩き通して疲れきって、全身汗で濡れて、ここで休みながらもし眠っちゃったら……多分、危ないと思う」

「危ないって……健先輩、どういう意味ですか?」

「わからないよ、僕だって詳しいわけじゃないもん。でも、嫌な予感だけはたっぷりするよね?」

 沈んだ表情で見詰め合う二人を、何となく茶化してみたくなった。

「……風呂上りに扇風機をつけたまま寝て、低体温で死ぬ奴って結構居るんだぜ」

「山田ー、やめてよー」

「山田先輩、それ本当に冗談になってないですよー?」

「先輩……」

 非難轟々だった。

「いや、悪い。でも俺と麻衣はそんなに汗かいてないからな。まあ大丈夫だよ」

「あ、はい……ありがとうございます」

 いえいえ、とお辞儀しあう。
 余裕のある俺達を胡乱げな目で二人が見ていた。

「とりあえず、ハンカチはあるよね。僕達向こうに行ってるから体拭いて。服が湿ってるなら山田を脱がそう」

「……俺が死なない程度にしてくれよ」

「はいはい、行くよ山田」



 余り離れるとお互いに不安だろうとそこそこの距離で女性陣に背を向けたまま休む。
 健一も自分のハンカチで汗をぬぐっていた。

「でも山田、本当に凄い体力だよね。麻衣ちゃん背負って何時間歩いたの?」

「2時間以上は歩いたな。正直自分でも驚いてる。俺は虚弱な奴だと思ってたんだが」

 首をひねりながら言うと、健一が怪しく笑いながら近寄ってきた。

「愛の力かなー、山田くーん?」

「力を出す要因があったとしたら、絶対に愛じゃなく性欲だな」

「それも愛だよ、愛」

「お前が罪悪感もなくヤリ捨ててる理由がわかったから黙ってろ」

 はいはい、と笑って言う辺りこいつは絶対にわざとだ。
 良くて精々友達レベルの俺が言うのもなんだが、健一が麻衣に近寄らなくて良かった。

「これに仕掛け人が居るとしたら多分山田の体力が誤算だろうね。頑張れば何とかなるかもしれない」

「仕掛け人ね……居るのかそんな奴」

 何となくで適当に言った俺に健一は真面目に返事を返してきた。

「突然眠って目が覚めたら……とかならまだわかるけど、みんな起きてたからね。僕も正直疑わしいとは思うんだけど」

 健一は恐らく、この状況の事を歩きながらずっと考えていたんだろう。
 まあ、胸の感触と甘い匂いに溺れながらどうやって違和感なく尻を触るかしか考えていなかったのは俺ぐらいのものか。
 最終的に余り気にせず触りたくなったら好きに指を這わせていた。もちろん、少しだけだが。
 仕方がないのだ。普通に背負っていれば、無理に避けようとしない限り触れてしまうのだ。
 これぐらいは許して欲しいと思うので、もしも麻衣に後から責められても堂々と謝ろうと思う。
 正直、人生最高の2時間でした、と。
 内から湧き出た謎の力なんてのがあるとしたら、間違いなく愛じゃなく性欲だ。

「山田、聞いてる? だからって超常現象的な何かでワープして来ましたじゃ訳がわからない。犯人が居ると思った方がまだ気が楽だよ」

「あ、ああ。まあ犯人が居たとすれば『頑張れば何とかなる』ぐらいのレベルなんだろうしな」

「笑い事じゃないよ。山田も真剣に考えてよ」

 流石に怒られた。いや、悪いとは思っているんだがどうにも危機感が沸かない。

 この覚えのある感覚は一体なんだろうか。


 困っている健一を上から見ている感覚。

 苦労している麻衣を凄く気軽な気持ちで助けられる。

 助け合う健一と桂木を、どこかほほえましい気持ちで見ている自分。

 例えると、低レベルの狩りにお守りでついて行った時の気分、が近い。

 何というかその……




 Yamada : そりゃケンイチ達は死ぬかもしれないけど、俺はこのMAPじゃ死ぬほうが無理だよ





「は?」

「え?」

 何も言ったつもりはないのに俺は口を開いていた。ひらいていた? 口を? 何だ、今何があった?

「何さ、まっぷって。悪いけどこの状況じゃどうしようもなくなったら山田に先行してもらうから、死ぬ時は山田からだよ」

「あ、ああ……いや、俺何か妙な事言ったよな? 悪い、俺も疲れてるみたいだ」

「そりゃそうだよ、山田は一人分背負ってたんだもん。このままここで休んでも大丈夫かな……野宿のことなんて全然わかんないよね」

 大して気にせず悩みこむ健一を尻目に、俺は恐ろしいほどの違和感と既視感に襲われていた。
 今の気分が丁度ゲームで例えるとわかりやすかったから、脳内でチャット文字に近い形で表現しただけだ。
 普段、口には出さないが……と考えているのと同じぐらいの気持ちで、軽く。それが――

 ――今、俺は……チャットをしたのか……?

 そんな事は起こりえないという違和感と、これはゲームの中でいつもやっているじゃないかという既視感が俺の中で戦っているのを感じる。
 余りにも空恐ろしい自分の思考に俺は戦慄を覚えた。

 ――現実がゲームのように感じられて、チャットをしようとすると言葉を喋る? そんなの――

 その先は言葉にしたくなかった。考えているだけなのに『チャット』してしまわないように口を強く抑えているのが酷く情けない。

 ――俺は――

 この異常な状況下で、普段ゲームに溺れ続けていた俺は……

 ――狂っている――













「キャァァァァァァァ!!」

 一瞬自分の叫び声だと思った、俺にとってはそれ程に恐慌の時間だった。
 しかしすぐに立ち上がった。これは桂木の声だ。
 こんな絹を裂くような悲鳴、たとえチャット文字でだって俺には出てこない。

「山田っ!」

「急げっ!」

 健一と声を掛け合って20メートル程先の麻衣と桂木の元に走る。
 何があったのか、野犬にでも襲われたのか。思考の大部分は焦燥にかられていた。
 そして俺の中の冷静な部分は、麻衣が悲鳴を上げなかったのは無事だからなのか、それとも先に『何か』に襲われたからなのかを慎重にはかっていた。
 さらに冷静な部分は――


 ――MOBが沸いたんだろ


 原因を正確に予測していて、そしてどんな結果が起きても俺には問題にならないこともまた、知っていた。






「健先輩っ!!」

「山田先輩!」

 麻衣の大声なんて始めて聞いた。そして、俺を呼んでくれてありがとう。
 木の根元に立つ二人の周囲、5メートル程の距離を置いて犬のシルエットが動いているのが見えた。

「おらああああああああああ」

 大声で叫んで威嚇しながら二人のそばに走りこんだ。
 普段なら恥ずかしいと思う所だが、野犬の恐怖の方がよほど勝っている。それを振り払うための叫びでもあった。
 

 ――別にこんな雑魚にそこまでしなくてもいいだろ


 まだ疲れているのだろう、健一は少し遅れて辿り着いた。

「うわ、野犬? どうしよう、何かに火をつけて追い払う?」

「つけた後はどうやって消すんだよ。ああ、山火事になれば警察とか来るかもな」

「命懸け過ぎますよ、そんなの最後にしましょう! それよりあの犬、あの大きい犬! 牙の生えてるあの犬!」

 桂木の視線の先にはなるほど大きな犬が居た。いや待て、あれは本当に犬か?
 薄暗くて把握し難いが、あの凶暴な姿はまさか……


 ――シュタイナーウルフとウルフの群れ、邪魔だな


「あれ、狼……?」

 同じ事を考えたのだろう、麻衣が引きつった声を上げる。
 俺にしっかりとしがみついているこの子だけでも守ってやりたい。

「麻衣、まさか日本に狼が居るわけないじゃない。狼は絶滅したんだよ?」

 桂木の声もやはり引きつっている。それでも空元気を出せるだけ優秀だ。

「ここ、日本なんですか?」

「…………」



 ――シュタイナーウルフは小ボス、出現MAPはカールの森01



「どうしよう、襲ってくるかな。僕、大体の野生動物は人間だと知ったら帰って行くって聞いたんだけど」

「ライオンぐらいでかい犬だからな、何とも言えないぞ」

「怖い事言わないでよ……」



 ――条件付きアクティブ設定。一定時間近くに居ると、範囲内で最もレベルの低いキャラクターをターゲットする、だったと思う。多分。



 健一も涙目だが俺も涙目だ。
 さっきの話の直後に早速、死ぬのは俺からなのだろうか。本当に勘弁して欲しい。
 飛び掛ってきたら鼻っ柱を殴りつけてやろうと腰を落として身構えた所で、一番大きな犬と目が合った。
 襲ってくるかと思ったがあっさりと目はそらされ、犬の視線がゆっくりと下方向に流れるのが見える。
 しがみついていた麻衣の体がビクンと震えた。瞬間。

「この野郎、来るなら来い!」

 俺じゃない、麻衣を狙っている。それに気づくと同時に一歩前へ踏み出していた。
 触発されたように三頭の犬が飛び掛ってくる……三頭!?

「うわ、や、やべっ」

「山田っ!!」

「先輩っ!?」

 一頭なら人間様の力を見せ付けてやろうと思っていたのに、まさかの同時攻撃。
 まずい、これは……ダメかもしれない。
 それに俺に張り付いた麻衣も危ない。残った時間では麻衣を背中に隠して犬達と向かい合うことしか出来なかった。
 目を見張るようなスピードで噛み付きにかかってくる三頭の犬。狼なのだろうか、俺には違いがわからない。
 時間が引き延ばされて走馬灯ぐらいは見せてくれるのかと思ったがそういう事もなかった。
 仕方がないか。不思議な事に俺はここまで来ても無駄に落ち着いたままなんだから。やっぱりゲームのやりすぎで狂ってるんだな。



 ――流石にウルフぐらいは素手でも一撃だろ



 最後だから、と。
 さっきまで意図的に無視していた『狂った』思考のままに体を動かしてやることにした。
 そりゃそうだろう、ゲームの中のノーマルな狼は雑魚も雑魚だ。俺にだって造作もなく倒すことが出来る。
 いやはや、現実とは違うのが心底残念だ。
 もはや一刻の猶予もない。ただ思うままに、思いっきり片腕で振り払ってやる。
 結果も、予想通りの――



「キャインッ」

「キャンッ!?」

「ギャッ!!」



 3種の呻き声と共に犬の姿が掻き消える。そうだよな。そうなる、そうなるに決まってる……。

「山田!?」

「山田先輩!?」

 現実を理解できていないような二人の声が聞こえる。桂木はわかるが健一は驚くなよ、さっき言っただろ。

「せん……ぱい?」

 俺の背にしがみついている麻衣からかすかな声が聞こえた。
 そんなに心配するような事じゃない。これでも俺、結構廃な方なんだぜ……とは、口に出さなかったが。
 でも折角だし、格好良い台詞の一つでも言ってみようか。
 今なら多少クサくても決めて聞こえる気がする。俺が君を守るよ、とか、どうだろうか。

「麻衣、俺が……」

「山田っ、でかいのが!!」

 言いかけた所で一番大きな野犬――シュタイナーウルフ――がこちらに走り出す。
 桂木の台詞じゃないが、タイミング考えろよ。折角良い感じだったのに。
 クイックスロットの魔法を選択。こちらに向かってくるシュタイナーウルフをターゲットに指定。
 今もくすぶる違和感と既視感から、ずっと抱え続けた違和感ではなく既視感の方を選び取る。
 見えるのはいつも通りの光景。MAPを歩いていたらアクティブの雑魚が襲い掛かってきたから一応倒して行くだけだ。
 既視感を優先したことで意図的にわけていた二つの思考が一つになって、同時に違和感が消える。
 俺は根っこから廃人なんだなぁと思わず苦笑してしまった。


「――キュアバースト――」


 口に出す必要はないのだろうが、何となく言ってしまった。聞こえると恥ずかしいので口の中だけで呟く。
 初級神聖魔法に今更詠唱なんて必要ない。瞬時に『スキル』が発動。

「きゃ………」

 後ろで桂木の声が聞こえる。しばらく暗かったからちょっと眩しいよな、すまん。
 シュタイナーウルフを中心に白い光が爆発的に広がり、すぐに薄れていく。
 全て消え去った時には『MOB』の姿は消えていた。
 調べたことはないが、流石に初期MAPの小ボスぐらいは一確だろう。


「山田、麻衣ちゃん……無事?」

 数秒の沈黙を経て、健一が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
 スキル発動モーションとかを取った覚えはないし、初級神聖魔法は術者に何がしかのエフェクトがついたりはしない。
 多分、状況が読めないのと、俺が無事なのか不安なんだろう……だよな? 
 やってみた後でなんだが、ネトゲの魔法を実際に使う奴だとか絶対に思われたくない。
 くるりと振り向いて麻衣と目を合わせる。こちらも状況が理解できていないのか目をぱちくりとしている。

「……無事か?」

「あ……は、はい」

 守れて良かった、とか。声をかけておけばちょっとしたフラグだったのかもしれない。
 しかし俺の中で最良のタイミングが既に過ぎ去っていたから。
 そして今の俺は、その最良のタイミングに調子に乗った事を言わなくて本当に良かったと心から思っているから。
 うん、と頷いて健一に向き直った。

「健一。何だ、今のは」

「僕が聞きたいよ……無事でよかった」

「ふぇぇぇ、麻衣ー!!」

 走って抱きついてきた桂木が俺から麻衣を奪い取って行く。
 下手をしたら弾き飛ばされそうな勢いだったが……そうだな、桂木のステータスじゃ俺を吹き飛ばすのは無理だろうな。
 何とも痛々しい思考だ。しかしスキルまで使っておいて今更ごまかすのも馬鹿馬鹿しい。
 ゆっくりとシュタイナーウルフの死んだ場所に歩み寄る。少し小ぶりのベル型のマークが淡い光を放って点滅していた。
 お金の単位『ベル』 プレイヤー内ではベルマークとして親しまれている。
 手を伸ばすとするりと溶け込んで消えた。現実にあるとこんなシステムになるのか、ちょっと気味が悪い。


――本当にここは、オンラインゲーム『ワンダー』の中、なんだな。


 何もかも納得がいかないのに、俺の中の疑問だけは綺麗に解消された。
 路地で出くわした、転送魔法『ポータルゲート』
 真っ白な世界で見えた気がするキャラクターセレクト画面。
 危険なはずの状況でなぜか落ち着いている余裕。
 歩いても歩いても疲れない異常なまでの『体力』もだ。
 そして、もう約束を気がかりに思う必要はない――俺はちゃんと12時にログインしたのだ。




「雷か何かで逃げたみたいだね。また来るかもしれない、とにかく移動しよう」

 俺が野犬を気にしていたと思ったのだろう、歩み寄ってきた健一が言った。

「急いで、急いで行きましょう! ……それにしても、お腹減った、水も欲しい……」

 最初は勢いの良かった桂木が情けない声を出す。
 食料と飲み物は十分に携帯している筈だが、果たしてインベントリ――持ち物欄――を開くにはどうすれば良いのやら。

「先輩……」
 
 健一と入れ替わってそばに来た麻衣が気遣わしげに俺を呼んだ。
 そんな顔をしなくて良い。まあ、何とかなるさ。
 少なくとも現在地はわかるんだ。町まではもう少しあるが、死ぬような敵は居ないし、死んだって生き返らせてやる。
 もちろん、口には出さないが。

「大丈夫だよ、ほら、行こう」

 安心させてやろうと、無理に勢いよく歩き出したのが悪かったのか、俺は麻衣の次の言葉を聞き逃してしまった。

「きゅあ、ばーすと、って……」

 やはり、余計なことは口に出すべきじゃ、ないな。



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