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No.30361の一覧
[0] 上書きされたエリュシオン【異世界召喚・ロボットもの】[三郎](2012/02/01 18:47)
[1] 1-2[三郎](2011/12/28 18:32)
[2] 1-3[三郎](2012/04/13 07:58)
[3] 1-4[三郎](2012/01/19 01:32)
[4] 1-5[三郎](2012/01/28 20:13)
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[6] 2-2[三郎](2012/05/16 20:17)
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[30361] 上書きされたエリュシオン【異世界召喚・ロボットもの】
Name: 三郎◆bca69383 ID:fefe84c8 次を表示する
Date: 2012/02/01 18:47


 土臭い風が吹きずさみ、編み込まれた髪が跳ね上がる。
 元来、森の民は外界の妙に乾いた熱気を嫌う。芽吹きの香りがただ恋しい――が、周囲の緑が色の乏しい棘花だけでは、故郷を鼻に感じることはできなかった。

 ――早く森の奥へ帰りたい。けれど……。

 チナン族のカカティキは、ともすれば萎えそうになる心身を奮い立たせ、崖下の世界を見下ろした。
 断崖の縁に立ち、静かに両眼を鋭くする。
 荒れ果てた大地が広がっている。カカティキたちの住む母なる大森林とは似ても似つかぬ命の根付かない不毛の世界だ。眼下の荒野と彼女らの住処は、祖父の、そのまた祖父の生きていた頃よりも遥か昔から、高峻な断層によって隔てられていた。
 黄砂の舞う大地の中央にぽつりと浮かぶ深緑の領域。大森林がこの恵み乏しき広野に脈々と在り続けることのできる奇跡を、長老たちは森を守護する祖神《テア》の加護によるものだと言っていた。
 長老たちは嘘を語らない。だから、自分たちが神々の加護を受けていることは確かな事実なのであろう。そうカカティキは強く信じていた。
 ちらりと足元を一瞥する。
 切り立った断崖が垂直に落ちている。岸壁の一部ががらりと崩れ落ちていくのが目に映った。
 カカティキの立つ突端は、その岩姿が空を睨む大顎にも見えることから、狼《ウォウ》の顎と呼ばれていた。神話の代に狼の祖神が石になったのだと、部族内ではまことしやかに語り継がれている。
 狼神《ウォウ・テア》は大森林を守護する大神の内の一柱。大鷲《ツァル》を祖に持つカカティキの部族にとっては、それほど縁の深い神ではない。
 だが、それでも森の神だ。同じ守護神でありながら、彼の神がなぜ未だ目覚めないのか。カカティキは不思議でならなかった。

 ――今も目の前で縄張りを荒らされているというのに。

 口惜しげに下唇を噛む。
 目元にじんわりとした痛みを感じる。縄張りを侵された神々の魂が乗り移ったのかも知れない。そう自覚できるほどに、カカティキの眼差しには強い憎しみが篭められていた。
 憎悪の対象は足元の戦火。外界を蹂躙する、冷血の集団に向けてのものである。
 彼らはカカティキにとっていくら憎んでも飽き足らない、不倶戴天の仇敵であった。

 小高い山に積み上げられた、百年の城壁を取り囲む町並みから敗色の炎が立ち上っている。王の権勢を示す神殿も、煉瓦作りの建物も、その全てが灰塵に帰してしまうのも最早時間の問題であろう。
 この地を治める王は、ここウィロカーノス半島を支配する、最も強き王の一人であった。
 それ以上のことはあまり知らない。
 王にとってカカティキたちの部族は、云わばまつろわぬ民だ。王化に帰服しているわけではないから、両者の交流もほとんどない。だが、それ以前にカカティキにとって外界とは興味を抱くような存在ではなかった。子供の頃から外界の穢れを散々聞かされ続けてきたのだ。常世の国にも等しい外の世界に、興味を抱こうはずがないだろう。
 ただ、それでも朝貢を求める王の使節が幾度かこちらに来ていたので、王の人となりはおぼろげながらに類推することができた。
 王の求めてきたものは服従と、森林の特産物。四方に散らばる数多くの部族を従え、権勢を欲しいがままにしていた王の要求はひどく強欲で傲慢であった。
『己が槍で獣を打ち倒すことすらしない者が、我らの食い分を奪おうとするなど笑わせる。槍取らず《こしぬけ》な行いだ』とは、カカティキの父の言である。かつて王は部族長であるカカティキの父を屈服させようと、執拗に謀略を仕掛けてきたものだと昔話で何度も聞かされた。
 しかし、栄華を誇ったこの大国の終焉は、突如としてやってきた。いったい誰がこの哀れな末路を予測しただろう? 王を打ち倒した者たちは、褐色の肌を持つ半島の住人とは瞳の色も、肌も髪も、何もかもが異なる人間たちであった。

 ――オォォォォッッ……!!

 聞きたくもない雄叫びが、やけにしつこく耳に残る。
 彼らが何処からやってきたのかは定かでない。天の住人だと畏れる者もいれば、海の向こう側からやって来たのだと声高に叫ぶ者もいる。いずれにせよ、彼らがカカティキたちの“住まい”に勝手に上がりこんできたことで、半島の情勢は大きく変わったことに違いはない。

「――ッ! ――ッッ!」
 白い肌を赤黒く紅潮させ、異人が何かを叫んでいる。それに相対するように、王の軍勢が城壁の上から己の旗をたなびかせる。これから最後の牙城を巡る籠城戦の口火が切られるのであろう。異人の指揮官らしきものが手旗を掲げると、四足の獣に曳かれた巨大な台車が攻め手の最前線へと進み出た。
 “巨人”の目覚める音がする。巨大な二本角を持つ、全身を硬い黒曜石のような鎧で覆われた巨人が、横たわっていた台車から起き上がった。方々から目覚める音がして、最前線に立った巨人の姿はおよそ五十を優に超える。
 更に巨人と相並ぶように、巨人よりも大分上背のある“石投げの大弓群”が運ばれてくる。指揮官が手旗を更に翻すと、幾体かの巨人たちが鈍重な動きで石投げのバネ仕掛けに腰を下ろした。
 ――バシュンッ。
 次の瞬間、低い破裂音とともに石投げが起動した。バネ仕掛けが跳ね上がり、腰を下ろした巨人たちが、巨大な矢になって城壁目掛けて飛んでいく。城壁を砕く音を空に轟かせながら、巨人たちは城壁のかなり上部に取り付いた。

「勝敗は決した」
 カカティキは沈痛そうに俯いた。
 巨人の数が違いすぎる。我々半島の住人たちも巨人の存在は知っていたし、数少ないながらもそれを保有する者はいる。
 しかしながら、異人たちの扱う巨人と違って、我々の巨人――祖神《テア》は扱う者の“魂”を選ぶのだ。悠久の時を生きる彼らの言葉に耳を傾け、我々の願いを聞いてもらえるように幾年も努力を重ねる。そういった血の滲むような努力を重ねたとしても、祖神が応えてくれるとは限らない。血統や才気……様々な要素が混じり合って、初めて祖神との同調という奇跡を成し遂げることができるのだ。
 現在、守勢に回っている王の軍勢の中で、それが可能とされている者は彼の国の王、ただ一人。――そして、その最後の頼みの綱が流行病に倒れたと言うことも、カカティキの聞き知るところであった。
 守勢も決死の覚悟で城壁の上から岩を落して対抗しようとしているが、如何せん生身と巨人の差は大きい。幾体かは退けることができたとしても、もう幾体かの侵入を拒むことは不可能であろう。
 ……今ここに、ウィルカーノス半島を代表する王国の一つが滅びたのだ。
 カカティキはその事実を確かに見届け、部族に知らせを持ち帰ろうと踵を返そうとして――怒りのあまりに髪を逆立てた。

 彼女の鍛えられた視力が、城下で繰り広げられる異人たちの暴虐をつぶさに捉える。
 住人たちを刺し殺し、財の全てを奪い尽くし、そして女子供をさらう。まだうら若い女性が、薄汚い異人の兵に押し倒された光景を目の当たりにした瞬間、カカティキの脳は殺意でその全てが占められた。

「ケツァル・テア」
 大鷲《ツァル》の祖神である相方の名を呼ぶと、ケツァル・テアは優美な羽根を羽ばたかせ、カカティキの肩に降り立った。
「奴らのことを探るだけにしようと心に決めていた。……だけれども、やはり“あれ”は駄目だ。呪ってやるだけでは飽き足らない」
 彼女の父は、異人の軍勢によって八つ裂きにされた。母と姉は連れ去られ、今も行方はようと知れない。あの冷たい血の流れる“白き肌の者共”の蹂躙を見ても尚、平静でいられる道理などある訳がなかったのだ。

 ふわりと、カカティキは小柄な身体を崖の外へと放り出した。
 ぐんと臓物が上へと押し上げられていくのを感じる。このままでは彼女は地面に激突し、敢無く命を散らせてしまうことだろう。――だが、彼女には相方が、怨敵を打ち倒すための武器がある。
 ケツァル・テアが彼女の身体を持ち上げた。そのまま城下に向かって風を切っていく。
 空を滑りながらも、彼女は父から譲られたこの力を愛しむように、腕に巻かれた守り輪飾り《アマルン・アニル》をそっと撫でる。
 呟く言葉は祖神への崇拝。そして怨敵への呪詛。“白き肌の者共”をこの地上から一掃してやろうと言う、断固たる決意である。
 彼女の唇から力ある言葉が零れ落ち、目の前に光の円環が浮き上がった。
 淡い虹色の輝き。それは神聖文字を象り、回転する。

 ――Annihilation transduction.

 何を意味する文字列かは分からない。そもそもカカティキに文字を読むという習慣はない。だが、この光の文字列が彼女の復讐を手助けしてくれることだけは理解できる。それで十分だった。
 円環の中を彼女とケツァル・テアが潜る。全身が溶け出していくような感覚を抱きながらも、ただ切に敵を打ち倒す力を求める。
 褐色の肌が光沢のある硬石で覆われ、身体がぐんと大きくなる。形容しがたい浮遊感と万能感に包まれ、彼女は円環の外へと飛び出した。

「無礼姫」
「森林の無礼姫!」
 言葉ではない、白き者共の思念が新たに構築された巨人の体躯を通じて伝わってくる。
「無礼姫……良い名だ。貴様等に礼儀を尽くす道理はないのだから」
 断角していない二角獣《テ・リャー》は、家畜と言えども自衛のために角を振るう。ならば、誇りと尊厳のある自分が――大鷲を祖に持つチナン族の戦士が、このカカティキ・チナンが侵略者相手に槍を振るわぬ訳がない。
『他人の槍を借りる者になってはならん』
 偉大なる父の教えを胸に、巨人と化したカカティキは天空を駆けた。生まれた翼をいっぱいに広げ、外界の風を捉える。
 大鷲の誇り高い翼を背中に生やし、猛禽の嘴を持つ巨人。それが今の彼女であった。
 祖神と化したカカティキならば、異人共に一矢報いることも叶うだろう。祖神とはそれだけの力を与えてくれる存在なのだ。
 事実、先ほどから聞こえる風切り音は自身が風になったことを表している。そして――
 城壁を登りきり、蹂躙の雄叫びをあげている二角の黒巨人の体躯に、カカティキの手槍が突き刺さる。

 ――どうだ!

 岩にも負けない、人よりも頑強な巨人の身体とて、空から重みを乗せて落ちる一撃には耐えられない。彼女の槍は、確かに奴らの喉元へ届くのだ。
「覚悟を決めろ。人でなしの白猿共め」
 カカティキの咆哮が、戦場に新たな緊張感を生み出す。異人たちにとっては、晩餐を邪魔する招かれざる客だ。戦の大勢が決している以上、自分が第一に狙われることは必至であろう。
 その間に一人でも多くの民が逃げ延びてくれることを祈る。カカティキはこの地にて繰り広げられる無惨な蹂躙を、これ以上一寸たりとも目にしたくなかった。
 故に槍を振るう。数だけは多い、祖神にしてはやけに脆弱な黒角たちを相手に、彼女は奮迅の働きを見せつける。
 たとえ数を頼みに圧力をかけてきても、彼女は怯まない。元より城壁のような動きの制限された場所は、彼女の祖神――ケツァル・テアの独壇場と言える。
 はしばみ色の翼を用いて、高所から高所へと飛び移り、隙を見せた黒角を地面にたたき落とす。子分だけならば、どうにでもあしらえるのだ。
 このまま一掃も叶うか――と希望が頭を掠めた矢先、不意に感じた凄まじい殺気に全身が粟立った。
 来た。彼女の復讐を“常に”阻む者がやって来たのだ。
 他の黒角たちと比べて、一回りちかく大きい一本角の巨人。全身を異形の鎧で固めた白猿共の戦士である。彼女は“大柄”と呼んでいた。

「チッ――」
 “大柄”とカカティキの戦いが始まる。空と地上を行き来する彼女の連撃を、“大柄”の奴はそよ風でも相手するかのように受け流す。そして、城壁を駆け、跳び、彼女の祖神に追随する。
 駆けたり跳んだりと言った動きは、鈍重な他の黒角にはできない芸当であった。白猿共は生身の人々を制圧するために黒角を使い、カカティキのような祖神が出てくると“大柄”を使う。“大柄”は数こそ少ないものの、ケツァル・テアに匹敵か、それ以上の力を秘めているのだ。
「くそ……ッ」
 “大柄”がでてきたということは、もうこの場における復讐は叶わないと言うことと同義であると言える。むしろ、これからは無事に逃げおおせることのみに専心しなければならない。
 何せ、ケツァル・テアの翼は本来鳥が持つべき翼と異なり、空を滑るために用いるものだ。故に、この場から飛び去って悠々と引き上げることはできない。
 虚空に火花を散らせながら、カカティキの手槍と“大柄”の分厚い斧がしのぎを削りあう。敵の仮面のような角頭から覗く、たった一つの眼が怪しく光った。
 カカティキは屈辱に身を焦がす。

 ――口惜しい。

 目の前の黒角を駆逐できない自分の惰弱さが。城壁から脱兎の勢いで飛び降りて、今すぐにでもこの場から逃げ去らなければならない自分という存在があまりにもちっぽけに感じられて、悲しかった。
「祖神よ、何故奴らの暴虐を座して見ているだけなのだ――ッ!」
 彼女は叫んだ。
 城下で“大柄”と得物をぶつけあいながら、必死に活路を捜し求める。途中、石造りの大橋を駆け抜けて、王都の神殿を飛び越える。 峨々《がが》とそびえる神殿階段の奥に都の守護神、頭の欠けた神像の姿を認めた瞬間、彼女の怒りは急速に膨れ上がっていく。
 神像をねめつける。だが、業火に巻かれた祖神像は何も語らない。
「王都のものは、神ですらも槍取らずか……」
 今回だけではない。
 白猿共とカカティキは幾度となく槍を交わしている。彼らがウィロカーノスの民にとって脅威であることは確かなのだ。それは確信を持って言える。
 共通の敵がいるのならば手を取り合って撃退するのが道理。だというのに、今日の今日までカカティキの前に共に戦ってくれる同志は現れなかった。

 ――一人では駄目なんだ。

 異邦人相手に孤軍奮闘し、数え切れぬ敗戦を経験してきた彼女の精神は、既に限界まですり減っていた。
今までに経てきた辛い戦歴から学んだ事実は、一人の力などたかが知れているという一点のみ。
 助けてくれる仲間が欲しい。対等に肩を並べることのできる同志が欲しい。いや、むしろ……

「私でなくとも良い……誰か奴らを、あいつらを滅ぼし、皆を、私を救ってくれ。お願いだ……!」
 救世主。そのような言葉が頭に浮かんだ。慣れ親しんだ言葉ではないから、ケツァル・テアを通じて思い浮かんだ言葉なのかも知れない。だが、不思議と彼女が求めているものにしっくりと当てはまるような気がした。
 カカティキは硬石の鎧の内側で涙を流す。彼女の悲痛な叫びは鷲頭の巨人の隅々にまで駆け巡り、その外側にまで洩れ出た。


 ――ようこそ、億年の記録保管庫。シヴィリゼーション・アーカイヴズへ。私、当支部の案内を務めます、アーティフィカル・パーソナリティーのエリーゼと申します。言語設定等は採集遺伝情報に基づき最適化されております。変更を希望する際には別途詳細設定を行ってください。マニュアルおよびFAQを参照しますか? それでは検索単語を入力してください。
 ――検索単語は“救世主”。……検索結果が膨大です。詳細な項目設定を行いますか?
 設定を行いました。
 ……それでは検索を開始します。





 まず頭の中が真っ白になって、間髪入れずに衝撃と強い頭痛が襲ってきた。この痛みは物理的な要因によるもので、とどのつまりは転倒したのである。
「――ってぇ……」
 背中越しに感じるひんやりとした石の感触が、意識の覚醒を促してくれる。
 陽一は後頭部を擦りつつ、もう片方の手でひしと抱えた“宝物”に視線を送る。
 幸運なことに、“宝物”は無事であった。
 強張《こわば》る身体を弛緩させ、ほっと安堵の息をつく。発掘品は総じて脆い上、一度でも損壊してしまえば取り返しのつかない貴重品ばかりときている。特に、今回発掘された品物は学史に残る可能性すらある代物であったため、陽一は身を挺してこれを守った自身の責任の強さに自賛したい気持ちで胸がいっぱいになった。
 周囲は暗闇に包まれており、自身が一体どんな状況に置かれているのかは分からない。
 直前の記憶を紐解けばある程度類推することもできようが、今は「折角守りきったのだから……」と、死守した発掘品に意識を集中させたい気分だった。
 暗闇の中、“宝物”の無事が確認できたのは、それ自身が光を発しているためである。
 掌の内で“宝物”は傷一つなく輝いている。虹色の光を放つ奇妙な腕輪――何十世紀もの年月を跨いだ遺物とは到底思えない程劣化の少ないそれを、陽一はまじまじと見つめた。
 ……見れば見るほどに不思議な腕輪だ、と陽一は思った。金属なのか陶器なのか、材質の見当がとんと付かず、時折幾何学的な文様が浮き上がって見える。時代を超える凄みとでも言うべきか。いかなる時代の者が見ても、「これはこの世に二つとない至高の品だ」と誉めそやすに違いあるまい――そう確信を抱かせるに足る普遍的な美を感じさせる。
 美術品としては特級品……それは重畳。重畳なのだが、

(困ったことになった)
 陽一は奇跡の宝物を握り締め、途方に暮れたように眉根を寄せた。
 この腕輪が、少なくとも陽一が調査していた遺跡から発掘されるはずもない代物であることは確かであった。
 Out of Place artifacts.
 卑近な言葉で表すならば、これはいわゆるオーパーツに該当する代物なのだ。もうオカルトの域に達しているといっても良い。一昔前に流行ったムーの編集部が涎を垂らして喜びそうなネタだと言える。それだけに、これをどう学会で報告したものかが気がかりだった。
 どの業界も若手に求められるものは新しい知見。しかし、異端はお呼びでない。ぽっと出のオーパーツなんぞに、定説を覆されたくないご意見番はごまんといる。下手な報告をしてしまえば、理を以って……あるいは彼らの政治力で叩き潰されてしまうことは想像に難くなかった。
 故に陽一は“宝物”の扱いに戸惑いを見せた。……とは言え、心を乱した時間はそう長くはない。
 ――否、長く悩んでいられるゆとりを周囲が与えてくれなかったと言った方が正しい。戸惑ってすらいられない事態が陽一の身に降りかかったのだから。

 まず突然の浮遊感。
 そして、ぐんと重力を感じる。
「やべッ――」
 ぱあっと目の前が白く輝き、両目に針を刺されたような痛みを感じる。周囲の景色が急速に色づき始めたことに気づいた時、陽一は今更ながらに自身が置かれていた状況に思いを馳せる。
(そういや、遺跡の崩落に巻き込まれていたんだっけか)
 更なる崩落によって、遺跡の外へと投げ出されたことは果たして幸か、それとも不幸なのか――恐らくは不幸にカテゴライズされるはずだ。
 ちらりと見える、地面は遠い。
 どう見繕っても助かる高さではないように思えた。
 落下の最中、首から提げたネームプレートがふわりと陽一の視界を遮る。
 短く黒髪を切り揃えた、黒目の典型的なアジア人顔がそこに写っている。名前はアルファベットでYOUICHI YAHIRO《八紘陽一》。
 姓名の下部には南米のとある国立人類学博物館の客員研究員という肩書きが記されている。
 死ぬかどうかの瀬戸際だと言うのに、随分と暢気に物を見ているものだ――陽一は自分で自分に呆れてしまった。
 ばきばきと何度も背中に引っ掛かりを感じて、その度に枝の折れる音が聞こえてくる。

 ――一体、何故自分がこんな目に……?
 自業自得? いや、そんなわけはない。
 物事には原因がある。原因には遠因がある。
 ある青年が宇宙飛行士になったとして、その原因は子供の頃の夢だとする。ならば、その遠因は親の寝語りか各種メディアにあるはずだ。突然ぽっと湧き出るものではない。故に陽一の“不幸”にも遠因があってしかるべきだろう。
 ならば、何が遠因か。一体、どいつが仕組んだことなのか。

 ジャン=フランソワ・シャンポリオンのせいだろうか……?
 なるほど十九世紀初頭にあの最初期の考古学者が欲目を出さなければ、今頃考古学と言う学問は生まれていなかった。だから、陽一が不運に見舞われることもなかったはずだ。
 更に挙げるならばフリードリヒ・エンゲルスの、クロード・レヴィ=ストロースのせいもあるだろう。
 彼らが未開社会のロマンについて指摘していなければ、陽一が人類学を志すことはなかった。構造主義を信奉し、湧き上がる探検欲に身を焦がせることもなかったはずだ。
 地下に埋蔵された歴史の断片。未だ世界の僻地に現存する未開社会。
 これら歴史の残り香に背中を押され、八紘陽一という人間は研究者になった。ああ、しいて付け加えるとするならば、ジュール・ヴェルヌをはじめとした冒険小説家たちも欠かすことはできないだろう。

 ――いっぱいあるじゃないか。
 星の数ほどに挙がった、“落下する”に至った遠因。
 これ以上はきりがなさそうなので、陽一はひとまず戦犯の特定を諦めた。
 それにしても、と陽一は思う。
 運の尽きとはこのことを言うのだろう。大多数が諦めざるを得ない知的好奇心を満たすための最前線――研究者としての道に残ることができ、専攻していたメソアメリカ文明を調査するために海外の研究機関に在籍することができたという幸運。
 自分の発見した遺跡が、今までに判明しているどの文明とも接点がなかったという好運。
 そして、オルメカ文明以前に建てられた、超古代とも言うべき遺跡を先陣を切って調査できたことは、まさに僥倖と言って良いだろう。
 挙句の果てには、遺跡内で虹色の宝物を発見するという“奇跡”まで起こる始末だ。
 自分が研究者になることができたのも、お膳立てされたかのように障害のない出世路も、その何もかもができすぎている。「こんなトントン拍子じゃ、いつ幸運が枯渇したっておかしくない」などと、陽一は常日頃から考えていた。
 かくして幸運の天秤棒がマイナスに傾くXデーがいつやってくるのかと戦々恐々とする日々を送っていたのだが、どうやら今この瞬間がマイナスに振り切れた瞬間らしい。
 ――ああ、ここが“ツキ”の天井だったんだな。
 他人事のように呟く段になって、陽一ははたと気がついた。 
 ――何だ、自分がひどく背中を打ちつけてしまったのは大体がフランス人のせいじゃないか。
 一足飛びの結論に、妙なおかしみを感じる陽一。彼の思考スペースに、これから自分の身に降りかかるであろう数奇な運命を想像するだけの余裕など何処にもありはしなかった。



一、



 結論から言えば、陽一はその命を辛うじて繋ぎとめることができた。どうやら運命の女神は陽一のことを見捨ててはいなかったらしい。
 幾重にも重なった熱帯樹の枝を犠牲にし、陽一が得たものは背中に感じる激痛。
「~~ッッ」
 痛みで息が詰まったが、それよりも周囲の景色に驚いた。
 嗅覚に訴える強い緑の芳香は、先刻遺跡に踏み入る前に感じていたものと相違ない。木々のざわめきも、鳥や獣の重ね鳴きも同様に熱帯雨林特有のものを発している。
 だが、肝心の“遺跡”がないのだ。
 遺跡のあるべき場所に視線を走らせて見ると、そこには高層建築に比類する、およそ中々お目にはかかれないほどの巨木がそびえたつだけであった。
「な、何で……」
 気が動転し、かすれ声が漏れる。この混乱を仲間と共有したくて、慌てて辺りをきょろきょろと見回してみても、
「いない……?」
 辺りに仲間の気配はない。
 崩落で全滅した……という可能性は恐らくないだろう。陽一ら遺跡調査の先遣隊は、遺跡の周囲を取り囲むようにベースキャンプを設営していた。物が物だけに盗掘を防ぐための警備員まで雇っており、かなりの大所帯であったから、全員がそっくりそのまま消え失せるなんてことは考えにくい。
 ……にも拘らず、
(何で誰もいないんだ)
 陽一の視界に納まる範囲の内には、人の気配どころか人がいた痕跡すらも見つけることができなかった。
 あるのは落下に巻き込まれたと思わしき枝のみ。
 これで落ちていたのが形の良い木の葉なら、太平洋を渡って狸か狐が自分を化かしにきたのだと断言していたことだろう。それほどに陽一は狼狽していた。
 平静を取り戻さんと、陽一は自分が置かれた状況について考えを廻らせる。
 落ちたショックで気を失い、獣か何かにここまで引きずられてきたと言う可能性は……ありえない。そんな事態に陥る前に、仲間が助けてくれるはずだ。
 調査チームに盗掘者が混じっており、見知らぬ場所に置き去りにされた可能性は……これもありえない話だ。今回の調査は国を挙げた一大プロジェクトであり、人員については厳しく選別が行われていた。それに、陽一はまだ“虹色の腕輪”を持っている。
 白昼夢を見ている可能性……については、あまり考えたくなかった。誰が好き好んで「自分の脳に障害がある」などという結論を認めるというのだろうか。
 助け舟を求めて泳ぐ視線。
 陽一の眼が十階建ての建築物に届かんばかりに枝を張った樹影を捉える。巨木は陽一の混乱を笑うかのようにそよいでいた。

(ん……?)
 ふと、枝と枝の合間に暗い影がぽかりと広がっているのが見えた。
「木のうろ、か」
 それは古木に開いた樹洞であった。大型の獣ですら易々と潜り込むことのできそうな空間が、陽一の頭上に広がっている。そして、入り口には欠けた石片が幾つも引っ掛かっていた。
「あれは遺跡の……いや、そんなはずはない。けれど」
 樹洞は陽一の手の届かぬ位置にある。遺跡の欠片がそんな場所に引っ掛かるはずがない。もし引っ掛かるとするならば、そう……“陽一と崩落した破片が一緒くたになってうろの中から飛び出してきた”というありえない想定をする必要があるだろう。
 だが、頭ではそう理解していても、陽一は何故か疑念を払うことができなかった。でかい図体の中腹に開いた“がらんどう”。それだけ陽一には頭上の闇が何だか不気味に感じられたのだ。

「ちょっと分からないな」
 陽一は疲れたようにため息をついた。
 判断のつかない時に苦心してもろくな結果を生み出さないであろうことは、二十七年間の人生経験から既に学んでいる。こういう時は諦めた方が良いのだ。
「ラベンダーの香りでも漂ってくれりゃ良いのに」
 もし、あの柑橘系に近い香りを感じることができたなら、自分が超常現象に巻き込まれたのだと結論付けることができるのに……そんな益体も無いことを考え、陽一は苦笑いした。
 もしそんな妄想が現実となってしまったなら、タイムスリップで知られるあのSF小説の作者は、実はノンフィクション作家であったということになる。
 フィクションの看板を取り払う御大の姿をまぶたに浮かべて、陽一は頬を緩める。

「さて、と」
 冗談を口にしたことは正解であった。
 いくらか落ち着いた頭を存分に働かせ、今優先しなければならない行動を取捨選択していく。
 まず、ここが一体何処なのかを知る必要がある。自分の居場所が分からなければ、家路に着くことも叶わない。食料の調達などは、何よりもまず帰路をきちんと確保した上での話であろう。
 大樹を背にして、陽一は辺りに視線を廻らせた。道らしき道はない。まずは鬱蒼とした木々の壁を掻い潜り、開けた場所へ出る必要がありそうだ。
 その場を立ち上がり、陽の当たる場所を求めて陽一は歩き出す。
 ぱきり、と常緑樹の枝を折りながら、小鹿や猪でも難儀しそうな小経を抜ける。曲がった木の根を跨ぎ、時には蔓にぶら下がり、藪の中を進む。
 足を必死に動かしながら、陽一は徐々に膨らんでいく違和感に首を傾げていた。
「ここは、一体……」
 ここが陽一の良く知る熱帯の森林地帯であることは確かな事実だ。強い生命の営みを、陽一は五感を以って確認することができる。だが、「果たして南米なのか?」と言う疑問に、陽一は反論することができずにいる。
 南米の主役たるカピバラや極楽鳥、ホエザルの姿を先ほどから全く見かけないことも要因の一つであったが、何よりも“空気”が違った。
 薄い、とでも表現すれば良いのだろうか。アマゾン川流域に踏み入った際に感じる、あのしつこいくらいの水の匂いが全くない。大方川から離れた場所に逸れているのだろう、と安易に結論づけることのできない“しこり”のようなものが頭の中にこびり付いて離れてくれそうになかった。
 陽一の困惑とは無関係に、目の前には相変わらず変化のない濃緑のアーチが続いている。こうして一時間、さらに一時間と陽一の苦闘は続いた。
 いい加減、陽一の足が疲労を訴えかけ始めた頃のことである。
 頭上を覆っていた木々の天幕が途切れ、ようやく地面に明るい光が差し込むようになった。
 そこで陽一は信じがたい光景を目の当たりにする。
 目の前に地面はなく、ぶつりと途中で切れている。彼の立っていた場所は絶壁の上であった。
 何千年という年月を経たであろう断層が、砂塵の舞う大地から空に向かって真っ直ぐに伸びている。

「……どういう、ことだよ」
 陽一は困惑をあらわにして後ずさりした。
 中南米にもアンデス山脈やミスミ山といった山岳地帯がないわけではない。しかし、そのどれもが高山地帯特有の気候と生態系を有している。少なくとも、“山の上に熱帯雨林がある”なんて話は聞いたことがなかった。
 一瞬、真っ白になる思考。だがすぐにそれは歓喜に塗り潰されていった。

 ――大発見なのかもしれない。
 宇宙から地表面の観測が可能になった現代において、生物学者や地理学者に把握されていない地域など万が一にもある訳がないと思っていたのだが、その万が一に廻り合えたのかも知れなかった。
 もし、何らかの理由で観測の不可能な場所が未だ存在しており、自分は幸運にもそこに踏み入ることができたのならば……?
 そう考えると、陽一の心は独りでにふるえてきた。
 外部からもたらされる情報を漏らさず持ち帰ろうと、陽一は両目を皿のようにする。
 すると、眼下に広がる荒野の向こう側に、巨大な何かが列を成しているのが見えた。

「あれは――」 
 熊ではない。熊は二足歩行で整列しないはずだ。
 人ではない。人はあそこまで巨大には育たない。何よりも、あの“でかぶつ”たちの足元には陽一と同じくらいの背丈の人間たちが歩いているのだから見間違えようがないのだ。
 遠近感が狂ったのかと目をごしごしとやってから、再び凝視する。
 そして、下を歩く人々の格好に幾つかのバリエーションがあることに気がついた。
 上等な布地のチュニックで全身を飾り立てた者。甲冑姿の無骨な軍人。そして、粗末な貫頭衣を来た褐色肌の人々。
 陽一は顔を歪めて、
「何故、枷を嵌められた人が混じっているんだ」
 素直な疑問を口にする。
 褐色肌の人々の首には皆一様に枷が嵌められていた。チュニック姿の者たちが枷から伸びるロープを引っ張り、彼らを乱暴に導いている。
 彼らが奴隷である、といった発想は浮かばなかった。今日日、奴隷制など過去の産物である。ラベンダーの香りを嗅いだのでないのならば、間違ってもお目にかかることのできない光景のはずであった。

「……ああ、映画の撮影か何かか」
 陽一は落胆を隠せずにため息をついた。世紀の大発見かと喜んだ矢先に、これだ。
 前人の存在は、ここが未踏破地域ではないことを示している。陽一の感じた知的好奇心の充足感は、一瞬の幻であったというわけだ。
(いや、ここは喜ぶべきだな)
 首を振って思い直す。
 彼らならば周辺の地理を把握しているに違いあるまい。とするならば、彼らに道を尋ねて家路に着くことも叶うだろう。上手くすれば、遭難者ということで保護すらしてもらえるかも知れない。
 そう、この落胆は必ずしも招かれざるものではないのだ。陽一は慌てて絶壁の下へと降りる道を探そうとして――気がついた。
 周囲を取り巻く敵意の眼差し。
 茂みの向こう側に複数の、自分と同じ理性を持つ何かの存在を感じる。
 陽一は、気づかぬ間に正体不明の集団によって取り囲まれていたのであった。





 陽一を遠巻きに囲んでいるのは、上半身をあらわにした褐色肌の男たちであった。
 魔除けか何かであろうか。彼らの身体のあちらこちらには骨や角で作られたアクセサリーが飾られている。日々の生業によって鍛え上げられた無駄のない体躯は褐色にくすんでおり、崖の下を歩いていた貫頭衣姿の人々と血縁的に近しい関係にある者たちであることは確かのようだ。
 切らずにいる髪は長く編み込まれており、宗教的な意味合いを感じさせる。
 陽一は彼らのことを知らなかった。
 彼らも同じく陽一を未知の存在と判じたようで、皆一様に険悪な表情を浮かべている。

「――ッ!!」
 森を切り裂くような警戒の言葉が、耳朶を叩いた。
 何と言っているのか分からない。
(ケチュア語やスペイン語ではない。ならば、混成語《クレオール言語》、か……? いや、それも違うな)
 必死に頭の中から情報を引っ張り出してみるも、該当する言語が見つからない。
 どうやら、彼らの用いる言葉は、陽一の学んできた言語のいずれにも該当しないものであるらしかった。
 未知の言語との遭遇。
 陽一は表情を引き締めた。
 南米には未だ文明社会がまだ把握しきれていない部族が数少ないながらも存在している。未接触文化の発見は、陽一たち人類学博物館に勤務する研究員にとって重要な職務の一つであった。
 彼らの言葉に耳を傾ける。
「ッッ!」
 強い口調で重ねられる、褐色肌の怒声。
 ――警戒の意。恐らくは代名詞。動詞。
 彼らの言葉は単純な文節で区切られている。多分、助詞と言った概念はないのだろう。日本語で表すならば「私、森、歩く」と言った片言のコミュニケーションを部族内で取っていると考えられる。

 ――警戒の意。
 再び、唸るように警戒の言葉が投げかけられた。今度は他の男たちも同調して、一斉に騒ぎ立てる。放つ言葉は皆同じもので、恐らくは疑問を表しているのだと推測が立つ。
 見知らぬ人間を前にして、疑念を投げかける際に放つ言葉は古今東西共通している。それは「誰だ?」である。
 陽一は脳内で組み立てた推測を確かめるべく、彼らの敵対心を煽らぬよう静かに返事をした。
『誰だ。八紘陽一。自分は八紘陽一と言う』
 身振りを組み合わせ、陽一は自己紹介を試みる。
 その言葉を聞いて、褐色肌の男たちは色めき立った。
 銘々の表情から困惑が読み取れる。恐らく、「何故こいつは自分たちと同じ言葉を用いているのか」と言ったようなことを考えているのだろう。だとするならば、陽一の推測は的中したことになる。
 してやったり。陽一は内心ガッツポーズを取って、外面は平静を保ったまま、敵意のないことを示すように両手を挙げた。
『八紘陽一。自分に敵意はない』
 再び自分の名前を口に出して、友好的な態度を取り続ける。
 すると、男たちの中でも一際貫禄のある大男が一歩前に進み出て、怪訝そうな表情で、
「<主語に当たると思われる>、<形容詞か>、<恐らくは固有名詞>。ヤイロヨイチ、<不明>、<疑問>?」
 意思の疎通を図ってきた。
(hの発音が苦手なのか? まるで江戸っ子だな)
 妙なおかしみを覚えながらも、男の言葉を反芻する。
(情報が少なすぎる。彼らの言語を理解することは到底不可能だ。ならば――)
 ひとまず言語での意思疎通は諦め、ジェスチャーでなんとかならぬものかと身振りする。
『八紘陽一。自分は道に迷った』
 すぐに襲い掛かってくる様子はなさそうであった。胡乱げな表情で彼らは陽一の身振り手振りを観察し、やがて目を見開いて仰天する。
「アマルン・アニル……」
 視線の全てが、陽一の掌の内におさまっていた虹色の腕輪に注がれていた。
「アマルン……何だって?」
 陽一は指を顎に当て、眉を寄せた。
 先刻遺跡で見つけた“宝物”を、何故彼らが知っているのか。言葉が通じないということも忘れて、問いかけようとしたその時――
 森の奥から怒声が聞こえてきた。
 凛と響いたその声に、男たちはびくりと身体を強張らせる。
「ツァル・テア。ケ、チナン。カカティキ……」
 男たちの呼びかける方に視線を向けて、
「うっ……」
 陽一は思わず息を呑み、雷に打たれたようにその場で硬直した。

 ――銀髪の女神がそこにいた。
 はしばみ色の羽根飾りで飾られた輝く髪。それは丁寧に編み込まれており、まるで鳥の尾羽のように跳ねている。少女特有のスマートな肢体はしなやかに伸びており、獣革の衣から覗く褐色の肌は、ほのかに艶を帯びていた。
 紺色の瞳からは年齢に似つかわしくない深みが感じられ、きゅっと切り結んだ小さな唇と競い合い、少女と大人の狭間にあるであろう彼女の魅力を存分に引き出している。
「あっ……えっと」
 年甲斐もなく、陽一はうろたえた。
 先ほどまで専念していた職務のことなど遥か遠方に放り投げ、ただ彼女にどう声をかけたものかと思い悩む。これまで二十七年間の人生のほとんどを研究に捧げた陽一にとって、彼女はあまりにも場違いな人種と言えよう。一体どう接すれば良いというのか。
(くそっ)
 都会に住むどんな佳人よりも生命の輝きに溢れ、いかなる貴人たちと並べてみたところで色褪せることのない威厳を感じさせる少女を前にして、陽一にできることなど何もない。
 ただ、ただ恥ずかしくなって、陽一は俯いた。
 銀髪の女神は、ずかずかと乱暴な足取りでこちらへと近づいてくる。
 褐色肌の男たちの動揺などまるで意に介していないようだ。
 香木の香りがふわりと、陽一の鼻をくすぐった。凛とした雰囲気に似つかわしくない、何処か優しそうな香りに陽一は少し安堵する。
 ちらりと上目がちに彼女を見る。すると、彼女の瞳は冷たい怒りで満ちていた。

「――」
 慈悲の篭っていない冷徹な言葉が、短く発せられる。瞬間、小柄な身体が翻り、彼女が視界から消え失せた。
「えっ」
 疑問に思う暇すらなく、首筋に感じる強い衝撃。
 何で――と、疑問に思う暇すら与えられずに、陽一はその場に崩れ落ちた。
 彼女に声をかけるどころではない――
 彼女は、銀髪の少女は自分の敵だったのだ。


――――――――――――――――

お世話様です。三郎です。
本作品は異世界に召喚された青年を主人公にしたファンタジー寄りの物語になっています。
二月にある某創作系の同人イベントに出すための作品なので、遅くとも一月中旬にはまとまるかなあと見通しを立てています。
そんなに長くはならないと思いますので、是非、完結までお付き合いくださいー。

また、「たられば戦国記 ~安芸の柊、春近し~」と「虫っ娘ぱらだいむっ! ~布安布里 詩人の研究ノート~」という作品も、理想郷内に投稿しておりますので、もし宜しければそちらも読んでいただけると幸いです。
それではよろしくお願いします。


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