生まれついての好奇心で子供のころから阿呆ばかりやっている。
小学校にいた時分、通学路の途中にやけに立派な家が建っていたものだから、いったいどんな人が住んでいるのだろうと気になって忍び込み、番犬に噛みつかれて太腿に大けがをしたことがある。
中学校に進学し、電車通学になってから見知らぬ多くの駅をまたぐことになったので、途中で停まるこの場所にはいったいどんなものがあるのだろうと探検ばかりしていたら留年の危機に瀕した。
高校生になり、多少なりとも理性の成長が見えた矢先、教師の鬘の下が見たいあまりに朝会の最中虫眼鏡で彼の先生の頭皮ごと焼いて大目玉をくらったのは、記憶に深い。
大学に合格し、さすがにもう馬鹿はしないと固く誓ったのにも関わらず一年目にして車を川に沈めた。ちょうどいい横幅の川があったので、車で勢いよくやれば渡れるのでないかと思ったのだ。
こんな性分だからか、就職活動をしていた時分、俺はついに超えてはならない一線を踏み切ることになってしまった。
その日の夜は、夏にしてはやけに肌寒かった。それに、心が酷く落ち着かなかったのを覚えている。心臓が奇妙な浮遊感に浸されていたあのそら寒い感触は、今思えばきっと生物的に生命の危機を感じた時に送られる信号だったのだろう。
そこは人通りの少ない場所で、息遣いの一つも聞こえないような暗がりだった。そんな場所で乾いた破裂音と耳障りな歓声を聞いたのは、俺がそこを某社の面接の帰り道に使っていたからだ。
言い得ぬ不安感に、並の感性の持ち主ならばここで引き返して別の道を通ることになっていただろう。けれど、生来の好奇心が俺の背中をぐいぐい押すものだから、これはもう仕方なく俺の足は音の聞こえる方へと進んでしまったのだった。
『あん? どうして人間が来る。人払いの術はしてたはずなんだがな。まぁ、いい。ちょうどいいからお前、俺の悪魔と合体して肥やしになれ』
道の先で俺が聞いたのは小汚い風貌をした男のこんな台詞だった。男はドラマに出てくる年代の刑事が着ているような褪せた色のトレンチコートを着ていて、滑稽なコスプレをしているようだった。
男の隣には筋肉の隆起した逞しい男がいて、その腰から下は蛇だった。『悪魔』という言葉が浮かんだのは、トレンチコートの男が言っていた台詞から連想したからではなく、自然に脳が理解したからだ。
何が何だか、次の瞬間には俺は気を失ってしまって、次に目を覚ましたのは、ほの暗く埃の臭いがしそうな館の中の、培養液の中だった。
目を覚ましたと言っても、その時に明確な意識は無かった。視界から入ってくる光景が見えているだけで、言うなれば夢をみているような心持だった。ああ、液体の中のブクブクいっているなぁ、だなんて呆と思っていた。
『お、おいおい。こんな事ってあるのかよ。ハハ、まさか人間の方が残るなんてなぁ』
泡を数えているうちに視界が真っ白になって、気付いたら培養液の外に転がっていた。自分がいた筈の大きなガラス瓶の中はいつの間にか空っぽで、目の前にトレンチコートの男がガラス越しにではなく立っていた。その時には俺の意識もかなり明瞭になっており、半ば恐慌状態になりながらも何が起こったのか必死に状況を探った。
まず、身体に違和感を覚えて、四肢をぺたぺた触った。昔犬に噛まれてついた太腿の傷がなくなっていた。
『なぁ、どっか変に感じるとこはねぇか? あん? 傷がなくなってる? んなこと知るかよ。こう、身体に漲るような力はないかよ』
言われて違和感の正体に気が付いた。たしかに、身体の奥から不思議な力が湧いてくるのだ。まるで生まれ変わったように快活。男にそれを伝えると、彼はしきりに頷き、何を勝手に納得しているのかと俺が訝しんでいると、また勝手な事を言いだした。
『よし、お前を俺の弟子にしてやる』
こうして俺は訳の分からない間に勝手に悪魔と合体させられ、知らぬ間にダークサマナーと師弟関係を結ぶことになってしまったのだった。
「持ち前の好奇心も、ここまで災いすると奇跡だ」
そして、今。何故か俺は不動産会社に勤めている。無論、ただの会社じゃない。多くのデビルサマナーの勤める日本有数の悪魔に関わる会社だ。
件のダークサマナーに破門されたのが実は一年前。しかし社会には一般人の知らないツテがあるらしく、ダークサマナーの下から巣立った俺は一か月も経つ間にこの会社にスカウトされたのだった。
『㈱マーク不動産』。アクマのアナグラムで『魔悪』で『マアク』から『マーク』という凡人には到底真似できないシンプル・イズ・ベストな命名スキルで看板が掲げられたこの会社。ここに俺が入社して、一年が経とうとしていた。
◇
『悪魔を殺して平気なの?』
魔獣 ネコマタの問いかけに俺はしばし逡巡する。デビルサマナーにとってそれは「今更聞くなよそんな事」というものであると同時に「改めて言われると難しいなぁ」と思わず考えてしまう根源的な質問だった。
今となっては一端なサマナーの俺である。見習いの期間も含め、十人集めても指の数じゃ数えられない悪魔共を屠ってきたのは事実。とはいえ、出生を一般人の身分としていた人間としては、ここで躊躇いなく『イエス! 悪魔殺し!』と返してしまうのはさすがにマズイのではないかと思う心もあった。
答えは決まった。「いいえ」。
俺の返事はネコマタの期待に添うものだったようで、彼女はしなやかな女体を婀娜にくねらせて友好的な笑みを浮かべた。
その横っ面に鉄パイプをフルスイング。
何かが圧し折れる音と掌に硬質的な感触が返ってきて、ネコマタを形成していたマグネタイトが宙に飛散したのを見た。
「だけど背に腹は変えられん」
別に好き好んでやっているわけじゃ無い。しかし一介のサラリーマンとして、業務に支障をきたす私情はなるべく捨てておかなければならないのだ。ああ、無情。
社会人になると、ただ自分の思うがままに生きていくというわけにはいかない。そこに給与が絡む限り、我々サラリーマンは会社の利益を優先しなければならないのである。けだし、ガイア教徒やダークサマナーはその限りでない。
「いやぁ、仕事中に出会ったのが運の尽きだったな。面目ない」
我らがマーク不動産の業務は大きく三つに分類できる。
一つは一般の不動産会社同様に不動産物件を扱う仕事。マーク不動産は関西圏を拠点に学生向き格安物件から高給取りな人にお勧めできる優良物件まで手広く仲介している。
二つ目は異界化した土地の管理。異界と化した場所は一般人にとってたいへん危険なものである。我が社はそんな曰くつきの土地を買い上げ、善良な市民が悪魔がらみの事件に巻き込まれないように管理し隔離しているのだ。
なお、所有している異界は社員研修に使われたり悪魔やマグネタイトを必要とするサマナーに貸し出したりと、その用途は多岐に渡る。ショバ代をとるヤクザかよ、とか利益の独占じゃねーかなど言ってはならない。我が社は天然果実と法定果実を得ているに過ぎないのだ。法律にも問題ないと書かれてある。何か不満があれば法廷で会いましょう。ちなみにウチの顧問弁護士はアホみたいに強いぞ。
で、最後に俺の主たる仕事であるマグネタイトの収集およびそれを用いた商業。サマナーにとってきってきれない縁であるマグネタイトの確保は我が社においても肝要だ。マーク不動産では不動産業以外にもマグネタイトの売買も行っており、実際この部門が収益の二割を占めている。先輩社員から聞いた話だと結構な量を溜めこんでいるらしく、ヤタガラスやメシア教にも卸しているとかなんとか。
なんだかんだでサマナー業界も資本主義の流れにあるんだなぁ、と世の世知辛さに辟易とするばかりだ。
漂うマグネタイトをスマートフォン型COMPで回収する。会社からの支給品なので壊してはいけない。
ディスプレイを指でフリックして操作すると、今月分の目標マグネタイト量がもうすぐで貯まる頃合いだった。「おっ」と声が漏れてしまったが、これは仕方がないことであった。
「今日は早上がりできるかもしれないな」
俺の属している『MAG業務部』では、既定のマグネタイト量を会社に納入すればある程度の自由を利かせてもらえることになっている。我ら社員のモチベーションはこうして保たれているわけだ。まんまと踊らされている気がしないでもないが、これはもう踊らざるを得ない。
よし、それじゃあ気合い入れてさっさと仕事を終わらせて、家に帰ってバイクでも磨こうかな……。ふふふ、自然と口角があがってしまう。
よいしょっ。幽鬼 ガキの脳天に一撃。
「おい、鉄パイプで悪魔と遣り合ってんぞ。やべぇ、アイツ頭おかしい」
「アレってサマナーなん? 悪魔なん? ちょっとデビルアナライズしてみっか」
「いや、あいつはアレだ。マーク不動産の」
「え? ああ、あそこの……。どおりで……」
遠くの方で男性サマナー達が何か話しているのが聞こえる。もしかして俺の事でも話してるんだろうか? ……いやいや、さすがにそれは自意識過剰ってものだろう。
『イカレやろーが現れた!』とCOMPの中から声。
ん? それって誰の事だ? あん?
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メガテンのネタ。
とある作品に触発されて投稿。
平行して投稿してる作品のモチベーション維持に書いてるもののため続くか未定だったり。
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