くそっ!自警団に入れば頭も顔も良くなるどころか、かわいい彼女が出来るって言うから入ったのに、
なんで、旧式のライフル片手に帝国の正規軍相手に戦うハメになるんだよ!
俺はアリシアやスージーとハメハメしたいだけなんだよっ!!
「新入り!錯乱してないで本部に伝令に行ってこい!西門はもうだめだ!
周辺の生き残りと連絡とって残存戦力を纏めて戦線を後退させるってな!」
畜生、簡単に言いやがって!その本部までの間にどんだけ帝国軍がいると思ってんだよ!
まず間違いなく、蜂の巣確定じゃないか・・・
死ぬ・・そう死ぬ・俺は死ぬんだ!畜生畜生!こんな事なら、
ダメもとでブルール中の若い子に告白しまくって彼女作っとけば良かった。
なぁ、おっさんもそう思うだろ?
「いいから!!ごちゃごちゃ言ってないで!伝令で本部までいって死んで来い!!」
ぼろぼろの自警団制服を来た青年は上官からの命令を勇敢にも果たすため、
銃弾が飛び交う戦場の中を誰よりも早く奇声をあげながら駆けてゆく・・・
専制国家、東ヨーロッパ帝国と共和制連邦国家、大西洋連邦機構との間で征暦1935年に始まった戦乱の炎は、
不運なことに情けなくも必死な青年が住まうブルールのある小国ガリア公国も巻き込むことになり、
彼の青春の物語は戦火で彩られていくこととなるのだが、
大国によって火蓋を切られた第二次ヨーロッパ戦争に巻き込まれた小国ガリアと彼の命運は風前の灯で、
5、6ページで『死亡、そして完!』になりかねない状態であった。
「あっ!へっぽこ軍師の奴が逃げてきたぞ!」「ジャン、それはちょっと・・」
余りに酷い物言いを窘める友人を無視して、
年少の自警団員の少年は命からがら本部まで逃げてきた青年を馬鹿にする発言を続ける。
「こんな奴はへっぽこ軍師って呼び名で十分なんだよ!ブルールに流れてきて以来
自警団の模擬戦でこいつが指揮を採った側が勝った事なんて、一度も無いじゃないか」
「それは確かにそうだけど・・・」
「黙れじゃりっ子コンビ!それは天才軍師様の洗練された華麗な指揮に
配下が付いて来れなかっただけだ。ふっ、天才はいつの時代も孤独なのさ」
少年の言葉に低レベルな反論を返す、自称天才軍師の青年は煤塗れのボロボロ姿で
胸を反らしながら威張ってみせる。
あちこちで街に侵入した帝国軍歩兵による銃声や戦車の砲撃が聞こえているというのに
少し安全な本部に来た途端に気を緩めるとは、なんとも暢気な青年である。
「はいはい、ジャンも落ち着きなさい。今は下らない言い争いをしている場合じゃ
ないでしょう?それで、天才軍師のクルト・キルステン様は本部まで何用ですか?」
「アリシア、よく聞いてくれた!俺は重要な情報を伝令として伝えるため
帝国の戦車や狙撃兵から命を狙われながらも、決死の覚悟で本部までやってきたんだ」
手のひらで額を押さえながら、疲れた声で質問する自警団員の若い女性に意気揚々と答えるクルトだったが、
彼のもたらした情報は、つい先ほど言い争った少年が伝えたモノとそれほど大差なく、
戦術的にはほとんど無価値のものだったが、よく出来たアリシアはその労をねぎらい、
彼がこれ以上余計なことをしないように、ラーケン自警団団長が調達してきた避難用のトラックに押し込む。
彼が命からがら逃げ回って自警団本部に到達するまでに、ブルールの街の人々の避難はとっくの昔に終わっており、
自警団も踏みとどまって敵の進撃を食い止める必要は無くなっていたのだ。
こうして厄介者払いのようにブルールの街を避難することになったクルトの初陣はあっさりと終わりを迎える。
特に武勲を立てることも無く、唯一の戦果と言えば揺れる避難トラックの荷台で
バランスを崩して倒れかけたスージーに抱きつけた程度であった。
もっとも、多くの死傷者と負傷者を出した戦いで、転んだときに出来たかすり傷程度で済んだのだから、僥倖であろう。
国境の街ブルールでの戦いはアリシアと英雄ギュンターの息子と養女に操られた
高性能戦車の活躍によって帝国軍が一時的に撤退したことによって終わりを迎えたのだが、
ガリア正規軍は巨大な帝国の攻勢を国境付近で抑えることを不可能と判断したのか、
ブルールの街を放棄することを決定する。
そして、その決定を受けた若き自警団の戦士たちは、再び故郷の地に戻るため義勇軍へと入隊し、戦うことを決意する。
義勇軍の任官および配属辞令を受けるため、任命式に参加したアリシアと幼馴染のスージーは、
ウェルキン・ギュンター少尉を第七小隊隊長に任命すると聞かされたときも若干の驚きを感じただけであったが、
義勇軍第三中隊長エレノア・バーロット大尉の口から、
「クルト・キルステン少尉!第七小隊参謀に任命する」
「えぇえええっ!!」「いやぁあああっ!あっ・・」
信じられない言葉を聞いたアリシアとスージーの二人は大きな叫び声をあげ、
後者に至っては一瞬気を失ってしまう始末であった。
「ま・・まぁ、二人の疑問はもっともかもしれんが、一応、彼は高校では
戦術学講習を受講し、大学でも幹部候補教練課程を何とか履修済みだ
参謀といっても指揮権が有る訳ではなく、主任務は小隊長への助言と補佐だ」
ただ、中隊長からクルトの職分が名前だけの参謀であると直ぐに説明されたため、
二人は胸を撫で下ろすこと出来た。
クルトの考えるインチキ臭い作戦やら戦術で戦うことになったら、
死ななくてもいい戦いでも死ぬことになるというのが、アリシアを含めたブルール自警団の共通認識だったのだ。
「なぁ、隊長・・、さすがにこの扱いは酷くねぇーか?」
「うん、まぁ、最初から過剰な期待をされるよりは良いと思うよ」
余りに酷い扱いに横に立つ自分が補佐するべき小隊の隊長にコメントを求めるクルトだったが、
ウェルキンは目を合わそうとせずに、適当な慰めしか返してくれなかった。
くそっ!義勇軍に入れば自警団より頭もよくなるし、なにより女の子にモテモテになれるって言うから入ったのに・・・
何で任官式早々に公衆の面前で酷い目に合わされるんだよ!!
「この辱めをどうしてくれるんだ!!」
「知らないわよ!!ただでさえ、ウェルキンお付きの下士官になった事で凹んでるのに
その上、小隊の参謀が天才軍師(笑)のクルトなんて・・・、なんで私が?どうして?私が・・」
「二人ともどうしたって言うんだい?」
「どうしたもこうしたもない!」
「うるせーよ!!ほっといてくれ」
はぁ、あんな風に言われたら、俺の輝かしい立身出世物語がパァじゃねーかよ。
ほんとはどこにも就職決まらないから履歴書の空白を埋めるために志願しただけなんだが、
ちょっと、期待していた勧誘漫画の展開は無理で確定だし、
とりあえず、前線に行けとかなったら、とっとと除隊してまた就活再開するかな?
「ウェルキン・ギュンター少尉!早速、第七小隊の幹部会合かい?」
「ファルディオ?!久しぶりだなファルディオ!」
なんだ、この爽やかイケ面は?この最悪な気分な俺の目の前に颯爽と登場って、この小銃を抜かせたいのか?
そうか、中隊所属の女性陣は大半がコイツに持ってかれるんだな?
そんで、こっちの一見ぽや~んとマイペースな優男が戦場では頼れる男に様変わりとかしちゃって、
最初はツンツンしてるアリシアちゃんをギャップ効果とかで美味しく頂いちゃうんだろ?
ふ ざ け ん な !!
ほんとふざけんな!マジでふざけんなだよ。全員竹やり持って戦車に突撃させるぞ!!
「キルステン少尉・・・?」
「あ、考え事してただけですから、それに折角の再会のようですから
俺はちょっと先に部屋に戻りますわ。お邪魔しちゃったら悪いですからね」
「そうかい?悪いね」
「別にそんなこと気にしなくても良いんだけどねぇ」
(・・・クルトの奴、自分だけ上手くにげて・・、こういう所だけは頭回るんだから)
三人の美男美女オ-ラに耐えられなくなったクルトは足早にその場を去る。
フツ面の彼にとって余りにも辛い現実がそこにあったのだ。
ウェルキンの同級生で第一小隊の隊長のファルディオ・ランツァートの放つ輝きは
凡人では直視し難い強い光だったのだ。
義勇軍への参加理由を彼に問われたウェルキンが熱い思いを語り、
ファルディオと一緒に俺たちは今日から戦友だ!と熱血展開を横で座るアリシアに見せてポイントアップする中、
全てにおいて劣っている事を悟ったクルトは部屋で一人体育座りをしていた。
「これより、第七小隊隊長より着任の挨拶を行う!
それでは、ギュンター少尉、挨拶をお願いします」
「参謀、そんなに堅苦しくしなくても・・・」
「隊長!軍とは統制が取れてこそ軍たる形を保てると小官は考えております
統制に必要なものは秩序!そして、秩序を担保するものは厳しい階級制度であります!」
「はは・・、まぁ、参謀も最初だから力が入ってるみたいだね
それでは改めて、ウェルキン・ギュンターです。よろしく」
自分のいる隊だけでもギスギスさせて、ラブコメ展開を防ごうとするクルトの策はまったくの無駄であった。
何故なら、大した実戦経験もなしに隊長、参謀気取りの二人に敵意剥き出しのメンバーがいたのだ。
「けっ、大学出のひよっこ二人が偉そうに隊長と参謀気取りか」
「あぁ、特に参謀のバカの方が気に入らないね」
「心配するな。あっちの馬鹿の方はそのうち勝手にくたばるさ」
「それならいいぇけどねぇ。ゴキブリ見たいにしぶとそうに見えるけど」
クルトの悪口を本人に聞こえるように話すのはごつい体に強面のラルゴ・ポッテル軍曹と
姉御という言葉がぴったり似合うブリジット・シュターク伍長だった。
二人はクルトがピクピクと悪口に反応しているのを全くに気にも留めず、
敵意剥き出しの視線を向けながら、大胆に私語を続けていた。
「おっほん、まず最初にみんなに言っておきたいことがある
戦闘において一番大切なことは何か、君たちには分かるか?」
「愛と勇気です!!」
「・・・、一番大切なのは君達の命だ」
「甘ったれたことを抜かすが、何気に酷いな」
「あぁ、完全に流したね」
盛大に参謀の言葉をスルーしたウェルキンは戦闘が長引く中で味わう全てのことは
生きていなければ味会うことが出来ない。死ねばすべてが終わるが、生きていれば希望がある。
その希望を守るため、小隊の隊員の命を守るため隊長として全力を尽くすことを誓った。
彼の言葉は、頑なな心の持ち主を動かすことは出来なかったが、数名の隊員の心を打つことには成功していた。
「・・・現在、わが軍は帝国軍の攻勢に押されてはいるが、正規軍および義勇軍の再編を進め
再攻勢に出る準備を着々と進めている。そして、最初の目標となるのがヴァーゼル市だ!」
小隊長等の尉官クラスを集めた義勇軍第三中隊の作戦会議にウェルキンとクルトも参加していた。
ちなみに、作戦目標とされるヴァーゼル市は交通の要所でそこにあるヴァーゼル橋を押さえられる事は、首都に続く街道を押さえられることを意味し、
ここを帝国に抑えられることは、ガリアにとって首にナイフを突きつけられるのとほぼ同じ意味を持つ。
「ふ~ん、そんなにヤバイなら橋自体を落としちまったらどうです?」
橋自体吹き飛ばして、それより奥の首都を守る。
この策はある意味、劣勢の中での防衛戦では有効な物とも言えるが、
重要施設のヴァーゼル橋を落とすことは、反抗を諦めるだけでなく、
橋の向こうのガリア公国民を見捨てる冷徹な作戦であった。
ただの馬鹿と思っていた男からの利己的で且つ、
自分の保身を第一に考える者にとって最良な策の提案は
作戦会議室をざわつかせるのには十分な力を持っていたようである。
「確かに、キルステン少尉の意見にも一理ある。だが、我々は帝国の侵攻を
抑えるだけでなく、跳ね返すことを第一の目標としている。そのためには
橋を破壊するのではなく、確保することが重要だ。各小隊はそれを念頭に
いつでも出撃できるように準備を怠るな。ヴァーゼルへの進撃は近いぞ!!」
だが、義勇軍の中隊程度に重要拠点の重要施設を破壊する権限など、そもそも無い。
中隊長のエレノアが、出撃の準備を整えるように告げて会議を散会させると、
それ以上、クルトの出した案について考えるものは殆どいなかった。
「参謀、さっきの意見はどういう意図で言ったか教えてくれないか?」
「下手に橋を確保しようとして死ぬぐらいだったら、落とせば良いでしょ?
そうすりゃ、橋の帝国のいない側の人間は助かる確率が上がるって寸法ですよ」
「それが、その橋の先の人々を見捨て故郷を取り戻すことを諦める事に繋がってもかい?」
「まぁ、そこまで極端に考えては無いけど、そうなっても仕方ないと思ってます
自分の身が一番かわいいし、故郷がためなら、新しい故郷を見つけりゃ良いでしょ?
隊長も言ってたじゃないですか?死んだら全部終わりだって、まずは自分たちが
生きること優先しましょうや?隊長やアリシア達の死に顔とかは俺も見たくないんで」
利己的な意見を平然と言ってのけるクルトに青年らしい真っ直ぐな怒りを感じたウェルキンは、
会議が終わって部屋に戻ろうとする彼を呼び止めて詰問に近い口調で真意を問いただしたのだが、
返された答えは、普段の彼からは想像が付かない重い答えだった。
隊長と参謀の考え方の違い、反抗的な隊員達と被差別民族のダルクス人のイサラの存在・・・
様々な問題を抱えたまま、第七小隊を含めた義勇軍はヴァーゼルを目指して進撃を開始する。