「働け、お前はやればできる娘だ」
それが生前父から聞いた最後の言葉だった。
私はその日、意を決して人生で8年ぶりに社会への扉を開き……。
玄関の敷居に躓いて、運悪く後頭部からダイビングシュー! あの世へと旅立った。
実にちーんです。
我がことながら南無……。
*
天国いいとこ一度はおいで。
みたいな歌を私は聞いたことがあった。
でも、実際そんな期待してたほどでもなかったよ。
天国は別にいいところでもない。ただ白くて広い空間が永遠に広がっているだけ……。
そもそも私みたいなのが天国にいる時点で碌なところでは無いと予想できるだろう。
なにより、神様の初登場がこれだ。
「おい、そこの下等生物」
目の前でなんかふんぞり返ってる白い鬚の爺がほざく。
「なんすか?」
「貴様もアレか? オリ主になりたいとか言う愚鈍か?」
「は?」
こいつイミフ。馬鹿ですか?
「貴様等のような下等生物はいつも我等、神の御前に立つと、やれネギ魔に転生させろ、やれゼロ魔に憑依させろとか。ふざけてんじゃねーよ!! ハラショー!!!!」
私は意味わかんないとわかりました。
「妄想壁も大概にしてください。あと、ここから先は近づかないでくださいよ。私の絶対領域です、入ってきたら死にますから」
つい距離を置いて近くにあるバールのようなもので境界線を描いてしまう。
「えー!? 貴様はもうちょっと我を敬えよ!」
一歩入った。
「死にます」
バールのようなものの先端で尖っている部分を首にかけて頑張って死のうとしてみる。
「ちょっ!? ダメー! 神様だって自殺は反対! 命令はいのちだいじにで!!」
また一歩。
「ファック」
バールのようなもので力いっぱい喉を叩きつけた。
これは痛い。血がどばどばと喉から流れだす。
「痛い! 見てる我が痛いから止めれー!!」
そう言って爺が触れた瞬間に傷が再生していく。これが腐ってもここの神様(爺)との出会いだ。
それから私は天国で自堕落な生活に明け暮れていた。
住めば都、天国だって一周間も居ればそれなりに快適空間を手に入れることができる。冒頭と言っていることは矛盾してるが、そこは現代っ子のツンデレ。ほっといてほしい。
今日は珍しく爺が私の空間に姿を現した。
なにか私と落ち着いて話をしたいと言うので、お茶を入れてきてやる。
「それで、今日は何の様ですか?」
「うむ、心して聞けよ。下等生物」
真っ白な空間にちゃぶ台があり、そこで神々しい爺が茶を啜る。
私はテレビを点けると寝っ転がってせんべぇを食べながら耳を傾ける。
「聞けよ。ていうか、そのせんべぇをこっちによこせ!」
「だが、断る」
私はせんべぇを両手で確保しながらテレビのチャンネルを変えていく。
しかし全て有料番組と言うテレビ局の謀略に絶望し、買いもしないテレビショッピングを見て嘲笑うことにした。
「……貴様は穀潰しだな」
「ご明察の通り」
呆れた口調で今さら言う爺に見向きもせず私はせんべぇをむさぼる。
『今ならお買い得、天使の輪っかを二個セットでいちきゅっぱ! いちきゅっぱのご奉仕価格!』
司会のお姉さんが可愛らしく言ってくれた、でも別に二個もいらないから。そもそも邪魔だよ。
「……話聞けよ」
「聞いてます」
せんべぇが少し塩辛い。だがそれがいい。
しみじみとした顔で世間話でもするように爺が口を開いた。
「なぁ……貴様。我が直々に異世界へ転生させてやるとか言ったらどうする?」
「ご都合主義とか嫌い。今の生活に満足してる。そもそも人生をもう一度やり直す気力がない。総じて余計な事をするな」
無気力なニートです。本当にありがとうございました。
「わくわく、どきどきの冒険とか……」
「見るだけ、聞くだけ、やらない」
「魔法とかに興味は……」
「ない。勉強嫌い」
「新しい友達や恋人……」
「一人が一番心地いい」
ほとほと呆れ果てたように爺はちゃぶ台に突っ伏してしまう。
「……貴様はホントダメだな~」
「褒めても、このせんべぇはあげない」
褒めとらん、と小さく呟くと爺は何かをぶつぶつと漏らし始めた。
私はテレビをぽけ~と眺めて聞いていた。
「………貴様は一度も罪らしき罪を犯して来なかったから天国に連れてきてやった。だがもう一度、俗世に堕ちて更生してくるべきかもしれん」
そっか~「って、今なんか危ないこと口にしてなかった!?」
私の安定したニート生活が阻害されようとしている!?
「うむ、やはり貴様は一から人生やり直して来い!!」
「ちょっ!? ま……!?」
気付いた時にはすでに遅し、私はそのまま今まで感じなかった重力に任せていずこへと落ちていった。
「ふざけるなぁああああああああああぁぁぁ………」(ドップラー効果)
最後に私は見た。
素敵な笑顔でせんべぇを食べながら、爺が「ざまぁ」と呟くのを……。
そして私は見知らぬ土地に赤ん坊で生まれ変わらされた。
マジ迷惑、せんべぇ返せ。
せんべぇは死んだら全身全霊であの爺をなぐるとして手を打とう。
とにかく私が転生させられたのは、なんか貴族的なところだった。言ってしまえば王権制度万歳なファンタジー。
この世界には魔法が存在し、ついでに化け物的なものがいることも確認済みだ。
ついでに言えばそれなりの地位の子供に転生していた。
実にファック。
爺をバールのようなもので殴らなかったことを悔い改めたいほどだ。
しかし爺の言っていたこと、特に魔法に関して言うなら皮肉なことに奴の言うとおりだった。
私とて無気力な人の子である。魔法を初めて見た時は、それなりに感動を覚え、勉強してた。
といっても。最初は興味本位と褒められるのが嬉しくてそれなりに頑張っていたが、やればやるほど面倒になるのが、勉強の真骨頂。
前述のように勉強する気などさらさらなかった私はだんだんと魔法からも興味を失っていった。
そして約10年間、私は惰眠を貪り続けた。
ベッドの上で今まで過ごした人生の約7割を過ごしていると言っても過言ではない。
他人よりも数段衰えた体力と何もしようとしない気概、これだけには自信がある。
貴族だからって前世の知識でえんやこらとか、私には無関係だ。
そういうのは、やりたい奴がやればいい。
私は今、寝ることに凄く忙しい。
いつか、がんばるその日を目指して、今日も私は寝りにつく。