「おい三流、これ真面目に考えているのか?」
俺の書いた小説を酷評しているのは、幼馴染の立花ユイカだ。
物語が印刷された紙の束。
美しくも儚いそれをペシペシと叩くと、俺に鋭い視線を向ける。
「なんかどっかで聞いたようなタイトルなんだが? 私の勘違いか?」
彼女の切れ長の目に睨まれながら。
俺は平然と答えた。
「そりゃそうだ。パクったからな」
喫茶店『風丸堂』はレトロな感じのお店だ。
一人客でも気兼ねなく入れるように小さく仕切られた店内。
固定された座席にはお店オリジナルのコースターが置かれている。
そんな風丸堂の中に、俺と彼女は今日も座っている。
「何でパクってんの! ダメじゃん!」
ふう、これだから素人は。
俺は溜息を吐くと、この素人編集さんに滔々と語った。
「ユイカ、お前はよく知らないだろうが、この業界はパクッてなんぼなんだ」
「ただネットで小説書いてるだけのくせに偉そうな態度だな!?」
ガルル! と唸り声を上げるように睨んでくるユイカ。
まあ落ち着けよ、と宥めながら俺はコーヒーを一口啜る。
モカ・ブレンドの優雅な香り。
いや正直言うとモカの匂いとか分からん。全部適当だ。
そんな俺をジト目で睨みつつ、ユイカも自分の紅茶を飲む。
「いいかユイカ、パクリってのは悪い事じゃない」
「……ほう。歪んだ論理だな。まあ聞かせてもらおうか」
「小説には設定が必要だ。だが設定には説明が必要になる。でもそれがネックなんだ」
ユイカは真摯な瞳で俺の話を聞いている。
そんな彼女の態度に触発され、俺の説明にも徐々に熱が入っていく。
「いちいち説明を聞かされて楽しい人がいるか? ゲームの説明書だって読まないだろ?」
「私はゲームしないぞ」
「じゃあ何でもいいよ。例えばこのメニューだ」
そう言って俺はテーブルの横に立てられたメニュー表を広げた。
「見ろよ、見慣れたもんだろ? アメリカンコーヒーにオレンジジュース。店員がちょっと気取って南部開拓時代を象徴する苦味とか、南カリフォルニアの情熱とかって言い換えちゃうと読むのが面倒だと思わないか? 俺らはオレンジジュースは知ってても南カリフォルニアの情熱なんて知らんし」
「まあ、それは分らんでも無い。品名が意味不明だとイラっとくるからな」
つっけんどんな返事。
だが相変わらず熱心に俺の話に耳を傾けてくれる。
「売れた作品をパクれば、何となく設定が伝わるんだよ。ああ、ああいう話なんだねって」
一口コーヒーを飲んで口を整える。
「それに、売れた作品ってのは読者の読みたい作品でもあるんだ。読みたい話を提供するのは重要だろ?」
したり顔で語る俺。
ユイカは紅茶を口に運びながら、ようやく俺に論理に理解の色を示してくれた。
「なるほど。言いたい事は分った。それでお前が書いた話なんだが――」
そう言いながらユイカは紙の束をテーブルに置いた。
儚く揺れる白い紙。
その一枚目に書かれた小説のタイトルを指差し、ジロリと俺を睨む。
「『ガチホモ・オンライン』。これは一体どういう事だ?」
「ソードアートオンラインをパクリました」
「うん、いや聞きたいのはそこじゃない」
じゃあどこだって言うんだよ?
何となく噛み合っていない予感がする。
溜息一つ、俺は頭から説明する事にした。
「まあまずは俺の説明を聞いてくれよ」
ユイカの視線を真正面から受け止めながら、続ける。
「『ガチホモ・オンライン』、これは流行のデスゲーム物だ」
「デスゲーム?」
「ゲームの世界に入って、本当に殺し合いをするって奴だよ」
「ふーん」
「ふーんってお前、これ読んだら大体分るだろ?」
そう言って俺は『ガチホモ・オンライン』が印刷された紙の束を持ち上げる。
ユイカはまるでそれをゴミをのように眺め、
「読んでない」
「ええっ!? 何で!?」
「タイトル読んだ時点で読む気無くした」
「くっ、もっとキャッチーなタイトルにすべきだったか!?」
俺の疑問には答えず、ユイカは無言で紅茶を口に運ぶ。
無言の回答ってやつだろうか? つまり俺の考えは正しいって事だ。
小説のタイトルはもっとも重要な部分とも言える。
タイトルによっては、最初からスルーされてしまうのだ。
後悔は先には立たない。
終わってしまった失敗を反省しつつ、とにかく読んでもらえなかった中身を説明する。
「しょうが無いからあら筋を掻い摘んで説明するぞ。まずこれは、デスゲーム物じゃ無い」
「さっきと言ってる事が違うぞ?」
眉を顰め、首を傾げるユイカ。
その反応を待ってました!
「捻りを入れたんだよ! ただデスゲームやっても何も面白く無いだろ? 人気作品をパクリましたって言う宣伝にしかならないじゃないか!」
パンパンっと手を叩く。一人拍手だ。
特に意味は無い。テンションが上がったからやってみただけだ。
あるいはこれから説明する物語のクライマックスに、自分自身で興奮してしまったのかもしれなかった。
「『ガチホモ・オンライン』、この作品では誰も死なない。だが……社会的に死ぬ!」
「どういう意味だ?」
「ゲームの中でガチホモに掘られるんだ! どうだい!? ノンケがノンケじゃ無くなって、ある意味死ぬことになるだろう!?」
…………。
空白は突然訪れた。
俺の言葉は終り、ひたすらユイカの反応を待つ。
ユイカはやはり無言で紅茶を飲んだ後、ひたりとした視線で俺を見据えた。
「お前バカだろ?」
「ふふ、分かって無いな。ガチホモは今ネットで大人気なんだぜ?」
鼻を鳴らしながら続ける。
「ガチホモキャラが凄い人気でさ。だから多分受けるはずなんだよ」
「理解できん……」
「最初はゲームマスターのガチホモが敵なんだけど、途中で改心するんだ。真の愛を育むためには無理矢理はダメだよねって」
「だったら最初からやるなよ」
全てに興味を失ったかのようにメニュー表を眺めるユイカ。
あれ!? ここが一番面白いとこなのになー……?
妙な焦りを覚えつつ俺は早口で続ける。
「しかし話しはそこで終わらない。ゲームの続行を強制するボーイズラブ勢力。さらにそこにショタ勢力が参加して三つ巴になる! 地獄のゲームの始まりだ!」
「私にはよく分らんが……。そういう話が望まれているのか?」
「う~ん、俺的には受ける要素満載なんだけどな」
「私が思うに、ヒロインが居ない気がするんだが?」
「あ……」
思わぬ盲点を突かれ、俺は絶句した。
『ガチホモ・オンライン』。
その設定からして、ヒロインを捻じ込む事は不可能だ。
何故なら登場する女性キャラは、ボーイズラブ大好きな女子のみ。
主人公との恋愛など生まれるはずも無い。
……ならば男の娘を投入するか!?
いやダメだ! ガチホモから逃れようとする主人公が、ガチでホモになってどうする!!
本末転倒、テーマも滅茶苦茶で完走できるわけが無い!
「ぐうう……! 何と言う事だ……!」
一話目にして脆くも崩れさった俺の構想。
それは儚くも美しく。
安普請も自分で崩すなら美しいと言った作家がいたな。
誰だったっけ? いや俺のは自重で潰れたんだけどさァ。
「やっぱユイカの意見は参考になるよ。ありがと」
「いや、まあ私もお前には借りがあるからな。日替わりケーキも頼んでいいか?」
「……日替わりケーキ『も』ってなんだよ? 今日は割り勘でしょ?」
「ナニ言ってんだ。お前のおごりに決まってるだろ」
「なん……だと……!?」
呆然とユイカを見つめる。
そんな俺を一顧だにせず、彼女は持ち前のダーク・トーンな声でウェイトレスを呼ぶのだった。