「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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シティ・ポップスの原点となったシュガー・ベイブの「DOWN TOWN」、そして80年代の幕を開けたEPOのカヴァー

日本のポップスの歴史のなかでも最も輝いているアルバムの1枚として、21世紀になってますます評価が高まっているのが、シュガー・ベイブが残した唯一のアルバム『SON…

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ベルウッド・レコード①1972年4月25日、ベルウッドの名前を冠した記念すべき最初のレコードが発売

小室等(六文銭)、高田渡、はっぴいえんど、細野晴臣、大瀧詠一、はちみつぱい、あがた森魚、南正人など、日本のフォークやロックの歴史における重要な礎を築いた名作の数…

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追悼・森田童子~「いまわたしは わたしたちの過ぎていった青春たちに 静かにとても静かに 愛をこめて唄いたい」

初めて森田童子に会ったのは、1975年10月のある日のことだ。 大学を出て音楽業界で働くようになり、主にフォークやロックの分野で原稿を書き始めていた当時のぼくは…

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追悼・江藤勲 日本で最強のベーシストが残したスタンダード・ソングの数々

1960年代から70年代にかけて訪れた歌謡曲の黄金時代にあって、スタジオ・ミュージシャンとして活躍したベーシスト、江藤勲が4月25日に虚血性心不全で亡くなった。…

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プリンスの足跡〜アーティストとしての“自由と権利”を守り貫いた孤高の天才

孤高の天才、プリンス(Prince)の足跡 1983年。マイケル・ジャクソンが『スリラー』で世界を席巻している頃、彼と同い年の二人のアーティストが翌年迎えること…

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プリンスとザ・ニュー・パワー・ジェネレーション──90年代・ゼロ年代こそがプリンスの真の充実期!

Welcome to the New Power Generation──1988年発表のアルバム『Lovesexy』の冒頭でプリンスが発したこの言葉は、彼が考…

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追悼・加瀬邦彦~ビートルズ来日公演がきっかけで生まれた「想い出の渚」

1966年5月、日本におけるエレキブームの立役者だったブルージーンズのギタリスト、加瀬邦彦はバンドを脱退することを決意した。 原因は6月に来日する予定のビートル…

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高田渡の『イキテル・ソング』──父の歌をうたうことへの想い 高田漣インタビュー 後編

高田渡の没後10年を機に、あらためて彼の魅力に触れるトリビュート特集。マルチ弦楽器奏者として活躍する高田漣のロング・インタビュー後編は、彼が初めてギターを持った…

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高田渡の『イキテル・ソング』──トリビュート企画を手がけた、高田漣インタビュー 前編

フォークシンガー、高田渡がこの世を去って10年以上の月日が経った。この間に、世の中は大きく動いたが、高田渡の歌は今も普遍的に響くどころか、より一層と強いメッセー…

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ピート・シーガーを訪ねた18歳の高田渡に本人から渡された最前列のチケット

16歳の時に兄の影響でアメリカのフォークソングに出会い、そのメロディの明るさやリズムの心地よさに魅入られた高田渡は、アメリカのフォークソングの第一人者だったピー…

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高田渡が“酒仙歌手”になったのは、井上陽水のすまき事件がきっかけだった?──トリビュート・ライブ“Just Folks”

井上陽水が高田渡を布団ですまきにしたことがある、そんな話が2005年4月29日のスポーツ新聞の記事に出ていた。 心不全のため16日に亡くなったフォーク歌手、高田…

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1960年代から海外進出の夢に挑戦してきたザ・ピーナッツの軌跡

渡辺プロダクションという会社を設立した時から、渡邊晋社長と美佐副社長は「日本の音楽を世界に」という夢を掲げていた。 だから日本国内におけるビジネスの足場が固まっ…

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