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雑記(ニュースなど) − 植物学

作成:仲田崇志

更新:2010年12月30日

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最も陸上植物に近い藻類とは(2010.12.30)(→藻類学)


被子植物の分類体系再編 I(2010.03.18)(→進化・分類学)


色素体分裂の案内役(2009.02.17)

細胞内共生による細胞内小器官の起源を理解するために, ミトコンドリアや色素体の分裂様式は熱心に研究されています。 細胞小器官の分裂機構は未だに全貌が明らかになっていませんが,Nakanishi et al. (2009) は色素体の分裂位置の決定に関わる新しいタンパク質 MCD1 を同定しました。

色素体の分裂装置の研究はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)や単細胞性紅藻の Cyanidioschyzon 等を中心に進められており,これまでに共生体由来の要素と宿主由来の要素の双方が関与していることが知られています。 しかし幾つかの分裂リングの主成分を含む多数の要素は未同定のままとなっています。 著者らは色素体の個数が少なく,サイズや分裂位置の個数に異常のあるシロイヌナズナの変異体を発見し, mcd1-1 と名付けました。この変異体の原因遺伝子は At1g20830 遺伝子と特定され, よく似た表現型を示す別の変異体(mcd1-2)も確認されました。

色素体の分裂には幾つかの分裂リングが異なる時期に働くことが知られていますが, シアノバクテリア由来の FtsZ リングと真核生物由来のダイナミン相同タンパク質(DRP5B,ARC5) のリングが同定されています。mcd1-1 変異体ではこれらの 2 つのリングがいずれも分裂時に複数個出現しており, 分裂位置の決定に異常が起こっていると考えられました。これまでにも色素体の分裂位置の決定に関与するタンパク質として, シアノバクテリア由来の MinD や MinE,そして FtsZ と部分的に似ている ARC3 が知られていましたが, MCD1 は陸上植物に固有のタンパク質と見られました。

細かい実験から,MCD1 タンパク質は色素体の内包膜に局在していると見られ,タンパク質中の膜貫通ドメインより C 末端よりの部分(coiled-coil 構造を含む)が葉緑体のストロマに露出していると考えられました。 さらに MCD1 タンパク質は分裂位置に,色素体の収縮が起こる前から収縮後までリング状に局在することも示されました。 MCD1 は色素体内包膜に結合することで MinD が適切な分裂位置に局在することを促進しているようです。 また MinD は MCD1 の C 末側に結合し,MCD1 の安定化に寄与していることも認められました。

MCD1 は色素体の内包膜に局在する陸上植物固有の分裂因子として重要な発見になります。 色素体の内包膜はシアノバクテリアの細胞膜に由来する構造と考えられるため, ここに陸上植物に固有のタンパク質が局在したことは少し驚きです。これは既知の植物固有の分裂タンパク質 (DRP5B,PDV1,PDV2)が色素体の外包膜に局在していたことからもわかるでしょう。 おそらくシアノバクテリアの細胞内共生が起こった当初は, シアノバクテリア由来の成分と真核生物由来の成分は明確に分かれて機能していたと思われます。 しかし共生関係が進み,細胞内小器官として進化するにつれて, 分裂の様々な局面で由来の異なるタンパク質の相互作用が出現するようになったのでしょう。 細胞内小器官の分裂機構の解明が進めば,これからはシアノバクテリア由来の成分と真核生物由来の成分の統合の様子が, 進化を通じてどのように変化してきたのかが明らかにされてくるでしょう。

Nakanishi, H., Suzuki, K., Kabeya, Y. & Miyagishima, S. Plant-specific protein MCD1 determines the site of chloroplast division in concert with bacteria-derived MinD. Curr. Biol. 19, 151-156 (2009).

過去の関連記事:
ミトコンドリアの分裂葉緑体の分裂共生由来のオルガネラの分裂に関するレビュー灰色藻の分裂リング

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一つ目巨人は共生菌の門番(2009.01.19)

植物の根と微生物の共生構造として陸上植物全般に見られる菌根(糸状菌との共生構造) とマメ科植物の根粒(細菌との共生構造)がよく知られています。 菌根の中でもアーバスキュラー菌根と呼ばれる構造と根粒は形成の機構が部分的に共通していることが示されていましたが, Yano et al. (2008) は新たに共生の成立に関わる遺伝子 CYCLOPS を同定しました。

菌根は植物の根と糸状菌の共生構造で,菌糸体がまるで根の延長のように土壌中の養分や水分を植物に供給するものです。 菌根には主に 7 つの型が知られており(アーバスキュラー,外生,内外生,イチヤクソウ型,シャクジョウソウ型, ツツジ型,ラン型;久我, 2008),中でもアーバスキュラー菌根は,グロムス菌門(Glomeromycota)と, コケから被子植物まで全ての陸上植物分類群の間に形成される,最も普遍的な菌根です。 一方で根粒形成はマメ科植物と窒素固定能を持つリゾビウム目(プロテオバクテリア門)の間の共生で, 根粒菌は窒素分子をアンモニアに変換することで,植物への窒素源供給に寄与します。 特に根粒形成は農業上も注目されているため,そのメカニズムを調べるため 2 種のマメ科モデル植物(ミヤコグサ: Lotus japonicus,タルウマゴヤシ: Medicago truncatula)を中心に研究が進められています。

これまでの研究からは,共生菌を感知する分子機構は根粒と菌根で異なっており,その後 Sym 経路と呼ばれる共通のシグナル系が活性化される(Ca2+ 濃度の振幅が起こる)ことが知られていました。 これがカルシウム・カルモジュリン依存性キナーゼ(CCaMK)に認識され,再び菌根と根粒の形成経路に分かれます。 経路の分岐には Ca2+ 濃度振幅の頻度の違いも関与していると言われますが, CCaMK の下流のシグナル伝達はよくわかっていません。

共生の分子機構モデル

そんな中で著者らはミヤコグサにおける根粒形成の変異体を調べました。 cyclops 変異体では根毛の先端を巻いて根粒菌の感染が起こりますが,根の本体への菌体の誘導が起こらず, 結果的に根毛先端に「眼」のように根粒菌が留まります(そこで一つ目の巨人 Cyclops にちなんだ名がついた)。 また菌根菌も根の内側に入り込めず,細胞内で樹枝状体(arbuscule)も形成しません。単離された CYCLOPS タンパク質は 518 アミノ酸からなり,C 末の coiled-coil 領域と 2 つの核局在シグナルが認められました。

CYCLOPS は根粒形成部位の細胞の核に CCaMK と共に局在し, CCaMK による CYCLOPS のリン酸化が認められました。著者らはさらにイネの CYCLOPS 相同タンパク質にも着目し, その変異体で菌根形成が抑えられることと,逆にイネの CYCLOPS がミヤコグサの cyclops 変異体の機能を回復できることも示し,CYCLOPS が植物を問わず菌根形成に必要なことを示唆しています。

さて,この変異体の特徴は,自発的な根粒形成を起こす CCaMKT265D タンパク質を過剰発現させたときに, 根粒形成が抑制されないことです。著者らは CYCLOPS は菌根菌や根粒菌の正常な感染には必要だが, 菌根や根粒構造の形成は,CCaMK と菌体そのものが CYCLOPS とは別経路で誘導していると考えました。 著者らの仮説では CCaMK と CYCLOPS のところでマメ科植物の祖先において根粒形成の経路が加わったものと見ています。 ただし Capoen & Oldroyd (2008) は,CYLOPS が実際には根粒形成に必須で, 単に cyclops 変異体で活性が完全に失われていないために CCaMKT265D の発現下で 根粒形成が起こった可能性もあり,経路の分岐は CYCLOPS の後かも知れないと議論しています。

ともあれ CYCLOPS の同定により Sym 経路の遺伝子はほぼ明らかとなり,今後は下流遺伝子の研究も進展しそうです。 根粒形成という新しい共生系の出現の仕組みが分子レベルで理解できる日も遠くないでしょう。 さらにアーバスキュラー菌根の出現は植物の陸上への進出にも関連してると見られ, この経路の起源を藻類にまで辿ることで陸上植物の起源にも迫れるかも知れません。

Yano, K. et al. CYCLOPS, a mediator of symbiotic intracellular accommodation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 20540-20545 (2008).

久我ゆかり in 微生物の事典 (eds. 渡邊信 ほか) 176-179 (朝倉書店, 東京, 2008).

解説記事:
Capoen, W. & Oldroyd, G. How CYCLOPS keeps an eye on plant symbiosis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 20053-20054 (2008).

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一次共生植物にしかない遺伝子(2008.09.10)(→進化・分類学)


植物の最初の枝分かれ(2008.01.24)(→藻類学)


続報:巨大な植物界(2007.08.16)(→藻類学)


根毛はコケの配偶体からの使い回し(2007.06.21)

ほとんどの陸上植物は半数体である配偶体と,倍数体である胞子体の間で世代交代を行います。 コケ植物の栄養体は配偶体で,胞子体である種子植物の栄養体とは進化的にも遺伝的にも別物であると考えられていました。 ところが Menand et al. (2007) は被子植物で根毛の形成には働く遺伝子が蘚類で仮根形成に働いていることを示し, 一部の遺伝子が配偶体世代から胞子体世代に転用されたことを示しています。

著者らはシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana;維管束植物門 アブラナ目)の根毛形成を正に制御する遺伝子 AtRHD6ROOT HAIR DEFECTIVE 6)に着目しました。 この遺伝子は bHLH(basic-helix-loop-helix)転写因子で,その変異体では根毛が少なくなるそうです。 機能解析の結果,AtRHD6 は根毛形成関連遺伝子として知られていた WERTTGGL2 によって負に制御され, CPC によって正に制御されていることが示されています。また AtRHD6 とよく似た配列を持つ AtRSL1RHD SIX-LIKE1)も同様の機能を持っているようで,AtRHD6 との二重変異体は根毛を形成しないことが分かっています。

AtRHD6 と相同な配列はヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens;蘚植物門 ヒョウタンゴケ目)からも 7 個見つかっています。特に PpRSL1PpRSL2AtRHD6AtRSL1 と近縁で,その機能が調べられました。

コケ植物の胞子体は配偶体に寄生しているために根や根毛と相同な器官は存在しません。しかし蘚類の場合には基物に固着し, 養分を吸収する役割を持った器官として配偶体の仮根,原糸体の茎糸体(caulonema)が存在します。 原糸体の細胞はクロロネマ(chloronema)細胞と茎糸体細胞に分けられており,前者は遅い,後者は早い先端成長をすることが特徴です。 PpRSL1PpRSL2 それぞれの変異体では茎糸体細胞が減少し,二重変異体では茎糸体細胞が形成されませんでした。 また二重変異体においては,配偶体における仮根も発達の悪いものが少数しかできませんでした。 つまりコケ植物の「根」も維管束植物と相同な転写因子が制御している可能性が示唆されたのです。

これを支持するように,ヒメツリガネゴケの PpRSL1 遺伝子はシロイヌナズナの Atrhl6-3 変異体に発現させることで, 根毛形成を回復させることも示されています。

LFY のような遺伝子ではコケ植物から被子植物までの存在はしていても機能が変わっており( 花作りの遺伝子の進化),また陸上植物の胞子体は後から世代交代の中に挿入された新しい存在であることから, 胞子体の形態形成は進化的に独立に出現したものと考えられてきました。しかしながら今回の発見からは, 一部の遺伝子は確かに胞子体世代で新たに出現したとしても, また別の遺伝子では配偶体で用いられた機能を転用している可能性が見えてきます。

実際にはヒメツリガネゴケにおいて PpRSL1PpRSL2 の上流や下流の遺伝子を明らかになり, また他の陸上植物にもこれらの遺伝子が広く保存されていることが示されない限り,茎糸体細胞と根毛細胞が進化的に相同とは断言できません。 加えてこれらの遺伝子が唯一の例外なのかもしれません。しかし配偶体の形態形成に関わる遺伝子セットが胞子体に引き継がれた可能性は, 植物にとっては節約的だったでしょうし,分かりやすい説明でもあります。 今後,他の形態形成関連遺伝子からも同様の例が見つかってくるかどうか楽しみです。

Menand, B. et al. An ancient mechanism controls the development of cells with a rooting function in land plants. Science 316, 1477-1480 (2007).

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デボン紀のキノコの森(2007.06.06)(→古生物学)


続報:異彩を放つピコ藻類のゲノム(2007.05.12)(→藻類学)


ヒトで機能する植物ホルモン(2007.04.26)(→医学)


「でっかくなっちゃった!」のはラフレシア科の祖先(2007.04.11)

ラフレシア科は寄生性の植物からなり,被子植物の中で最大級の花を咲かせることでも有名です。 栄養形態や葉緑体遺伝子の特殊化が進んでいたことから,本科の被子植物における位置づけは長らく不明でしたが, 最近になってキントラノオ目に所属することが明らかになりました。 Davis et al. (2007) は遺伝子数を増やした解析から,キントラノオ目内部での系統的位置を調べています。

著者らはキントラノオ目内の全科に渡る多数の OTU について,ミトコンドリアから 5 遺伝子,葉緑体から 1 遺伝子の計 11,500 塩基対の系統解析を行い,ラフレシア科の起源に迫りました。

最尤法,ベイズ法による系統解析からは,ラフレシア科がトウダイグサ科(Euphorbiaceae)の中から派生してきたことが明らかになりました。 トウダイグサ科の中では Pera 属,Clutia 属,Pogonophora 属を除く残りの属とラフレシア科が姉妹群となっています。 形態からは類縁関係が分からなかったとはいえ,トウダイグサ科とラフレシアかは生殖様式で似ているようです。

さて,ラフレシア科と言えば花の直径が最大 1 m,重さ 7 kg に達する巨大さで有名ですが, 著者らは花のサイズの進化についても調べています。尤度比検定の結果から,トウダイグサ科の内部では花のサイズの変化は 比較的一定しているのに対して,ラフレシア科の共通祖先にいたる枝で急激なサイズの増加(約 90 倍の早さの巨大化) が認められたそうです。そしてラフレシア科の内部ではもとの増加速度に戻っていたそうです。 ラフレシア科が他のトウダイグサ科から分化したときには推定 2.4 mm だった花の直径は, ラフレシア科の最後の共通祖先においては 189.1 mm にまで巨大化したと見られています。時間的には約 4600 万年の間に 79 倍に拡大したことになると推定されています。

トウダイグサ科の内部と,ラフレシア科の内部での花のサイズ変化が同じ程度であることを考えれば, ラフレシア科の祖先における花のサイズの増大は 4600 万年をかけて起こったと見るよりも,より短期間に起こったと考えるのが妥当でしょう。 何らかの制限が外れた結果なのでしょうが,どのような条件が満たされれば花のサイズが大きくなるのか,非常に興味深い問題です。 寄生植物になったことがきっかけかもしれませんが,今後の研究から検証できるものでしょうか。

Davis, C. C., Latvis, M., Nickrent, D. L., Wurdack, K. J. & Baum, D. A. Floral gigantism in Rafflesiaceae. Science 315, 1812 (2007).

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謎の藻類メソスティグマの安住の地 III(2007.03.24)(→藻類学)


ヒダテラに脚光を(2007.03.22)(→進化・分類学)


植物の成長は肌の調子次第(2007.03.13)

植物の細胞は互いに移動することができないため,植物ホルモンのような物質を用いて情報を伝達しています。 しかし植物ホルモンの合成や受容が細胞レベルでどのようになっているのかは研究が困難で,中々明らかにされてきませんでした。 Savaldi-Goldstein et al. (2007) は組織特異的に遺伝子を発現させることにより,ブラシノステロイドが主に表皮で合成,受容され, そこから成長を促進するシグナルが出ていることを突き止めました。

ブラシノステロイドは植物ホルモンの一種で,成長を促進する作用が知られています。これを欠損したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana:維管束植物門アブラナ目)の変異体は, 細胞伸張の障害によって矮化します。著者らはブラシノステロイドの働きが組織の間でどのように異なっているのかを調べるために, このような変異体を用いました。

植物の体は一番外側の表皮(L1),その直下の層である L2,そしてさらに内側の,きれいには積層していない L3(維管束などを含む) よりなっています。著者らはブラシノステロイドの合成に関わる遺伝子の CPD を欠いた矮性変異体に, 表皮特異的に遺伝子を発現させる ML1 プロモーターにつなぎ,YFP(黄色蛍光タンパク質)でラベルした CPD を組み込みました。このタンパク質は表皮でのみ発現していることが確認されましたが,なんと野生型と同じような表現型を示しました。

次に,表皮で合成されたブラシノステロイドが働く場所も同じ方法で調べられました。今度はブラシノステロイドの受容体である BRI1 の変異体(やはり矮化している)の表皮に GFP(緑色蛍光タンパク質)でラベルした BRI1 遺伝子を発現させました。 これもやはり野生型に似た表現型を回復しましたが,維管束の配置など一部の形質は回復できなかったそうです。

ここまでの実験で表皮でのブラシノステロイドの合成と受容が成長の促進に十分であることは示されましたが, 他の組織では代わりにならないのかも調べられています。まず,ブラシノステロイドを代謝して減少させる酵素の BAS1 を同様に表皮でのみ発現させたところ,これだけで植物の成長が抑えられました。逆に cpd 変異体に CPD や BRI1 を内側の組織(維管束組織)に限って発現させた場合には表現型が十分には回復しないことも確認されています。 これはブラシノステロイドが表皮とより内側の組織の間でほとんどやりとりされていないことを示唆しています。

著者らはさらにブラシノステロイドの情報伝達の下流にも関心を示しています。下流の転写因子として BES1 と BZR1 というタンパク質が知られていたため,ブラシノステロイドの受容体を欠いた変異体にこれらの転写因子を表皮特異的に発現させたところ, いずれも内側の層へは移動していないにもかかわらず,野生型の表現型が回復できました。従って内側の組織の成長は, これらの転写因子に誘導される「何か」によって促進されると推定されます。あるいは,表皮の細胞が成長することで生じる機械的な力が, 内側の層の成長を促しているとも考えられるとしています。

この研究で明らかになったのはここまでで,表皮から L2,L3 への情報伝達については今後の研究にゆだねられることになりましたが, 植物における情報のやりとりが細胞レベルで明らかになったのは大きな成果ではないかと思います。 細胞内での情報のやりとりや,より大きな器官のレベルでの情報のやりとりは比較的調べやすいテーマですが, 組織間となると,観察にも実験的な処置にも困難が伴うと思われます。今回用いられた,組織特異的に遺伝子を発現させ, 蛍光タンパク質によりその局在を確認する手法は応用が利くものであり,他の植物ホルモンなどの研究にも発展していくかもしれません。

多細胞生物の発生を分子レベルから個体のレベルまで一貫して理解することは生物学者の大きな夢ですが, このような組織レベルの研究が分子と個体のレベルをつなぐ重要な架け橋となることは間違いないでしょう。

Savaldi-Goldstein, S., Peto, C. & Chory, J. The epidermis both drives and restricts plant shoot growth. Nature 446, 199-202 (2007).

Scheres, B. The force from without. Nature 446, 151-152 (2007).

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シアノバクテリアが酸素を作った理由(2007.02.14)(→進化・分類学)


渦鞭毛藻三次共生起源説(2007.02.10)(→藻類学)


維管束植物に近いコケは?(2006.10.28)(→進化・分類学)


胚嚢は恋の相手を選びます(2006.10.26)

被子植物では花粉が雌蘂の柱頭に受粉した後,花粉管を伸ばして胚嚢へとたどり着きます。 この時に胚嚢は未知の誘因物質を出していると考えられていますが,この物質には種の選択性があり, 同種の花粉管を特に強く誘引していることが示されました(Higashiyama et al., 2006)。

ツルウリクサ属(Torenia;シソ目)では通常は子房に包まれている胚嚢が裸出しており,直接観察や操作ができます。 これまでにハナウリグサ(T. fournieri)を用いた研究から,誘因物質が助細胞から出ていることが示されていました。 しかし誘因物質の正体は完全には特定されておらず,その性質を調べるために誘因物質の種の特異性が調べられました。

さて,種間比較をするためには胚嚢が裸出した,ハナウリグサの近縁種を用いることが望ましいと考えられます。 選別の結果選ばれたのはハナウリグサの他に,ハルスミレ(T. baillonii),T. concolor,ウリクサ(Lindernia crustacea),アゼトウガラシ(L. micrantha)の 4 種でした。これら併せて 5 種類は互いに近縁で, rbcL 遺伝子の系統解析からはハナウリグサ,ハルスミレ,ウリクサの 3 種が特に近縁で,次いで T. concolor, そして最も離れているのがアゼトウガラシ,と見られています(5 種の系統関係の統計的支持率は低い)。

これら 5 種については培地上で花粉管の胚嚢への誘導が起こることが確認され, 助細胞を焼くと誘導が起こらないことから,誘因物質が助細胞由来であることも示されました。ただし誘導の効率には差があり, ツルウリクサ属の 3 種では 100% に近い効率にもかかわらず,ウリクサ,アゼトウガラシの 2 種は 20〜40% 程度と低い効率でした。

さて,ハナウリグサと他の種(残る 4 種のいずれか)を同じ培地中で育てると, 花粉管は近縁な種を選んでいることが分かりました(例外はハナウリグサとウリクサ。ウリクサの花粉もハナウリグサに誘導された)。 少なくともこれは濃度差ではなくおそらく物質自体の差と考えられたようです。 花粉管が雌蘂の中を通っている間に種選択性が獲得される可能性も一部の種では排除されています。 また花粉管の誘導への関与が示唆されていた低分子の物質,Ca2+ と GABA(γ-アミノ酪酸)も(当然ながら) 単独では種の選択性には関与していませんでした(花粉管の伸長には必要らしい)。

そんなわけで,胚嚢の助細胞からは種の選択性のある花粉管誘因物質が出ているようですが,生体内ではどうなのかも調べられました。 花粉を別の種の雌蘂に与えた場合には,花粉管が伸びない,あるいは伸びて子房にたどり着いても胚嚢に侵入できない,という状態が観察され, 従って種の遺伝的隔離にも胚嚢による花粉管の誘導が関与していると推定されました。

今回の研究により,胚嚢が花粉管を誘導する際に,種の選択性の高い物質が関わっていることが示唆されました。 しかしその物質の実体は特定できず,種ごとに変異が大きいとすれば,その実体の特定はさらに困難が予想されます。 一方で,これまでハナウリグサを中心に調べられていた現象が同じ実験系の拡張によって近縁種についても調べられ, さらに種レベルの生殖隔離の仕組みにまで議論が展開している点はこの研究の大きな特徴かと思います。 一般に実験生物とされる生物の研究が進んでも,中々周辺の生物と絡めた研究には発展しません。 しかしツルウリクサ属のように興味深い議論へと繋がる場合もありますから,実験生物の研究者であっても, 常に近縁種の研究を念頭において欲しいものです。

Higashiyama, T. et al. Species preferentiality of the pollen tube attractant derived from the synerged cell of Torenia fournieri. Plant Physiol. 142, 481-491 (2006).

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続報 2:遺伝情報のバックアップ(2006.10.02)

昨年の 3 月,植物体には遺伝情報をバックアップする分子(おそらく RNA)があり,hothead というシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の変異体で突然変異の修正が頻繁に起こっているという研究が発表されました (Lolle et al., 2005;遺伝情報のバックアップ)。ところがこの結果が花粉の汚染による, とする反論が Peng et al. (2006) により提出されました。

「キャッシュ仮説」については「キャッシュ」の正体を巡る議論はありましたが(続報: 遺伝情報のバックアップ),実験的な検証は今回が初めてです。Peng et al. (2006) は Lolle et al. (2005) の論文の再現を試みました。初めに hth-12 gl1-4 の二重変異体で検証した結果,HTHGL1 両者のホモ接合体やヘテロ接合体が得られ,種子や花粉の汚染が示唆されました。

そこで hth-12 や Lolle et al. (2005) の用いた hth-5hth-8 について, 他の野生型株と同じ部屋で栽培した場合と,完全に隔離した部屋での結果を比較しました。 前者の実験では 1.9〜15.7 % の座位が「もとに戻って」いました。しかし形質が「回復した」 個体のほとんどに同室の他の株の形質が見つかり,花粉の汚染が強く示唆されました。 hth 変異体を隔離して育てた実験では,各実験ごとにおよそ 300〜900 個体の実生を調べたにも関わらず, 1 個体も形質の回復が起こりませんでした。この結果は Lolle et al. (2005) の結果を強烈に否定するものです。

Science 誌の取材(Pennisi, 2006)によれば,Peng et al. (2006) の隔離は相当徹底的で, 研究室での培養環境のセッティングにも UCLA の数学者やコンピューター科学者を採用し, 昆虫や研究者の手を通じた汚染を防ぐために,シロイヌナズナを自宅の奥さんに栽培させたり,中国本国の Peng 氏の両親に栽培させたりまでしたそうです。

花粉の汚染が高頻度で起こった原因として,通常のシロイヌナズナでは自花受粉により種子が形成されるのに対して, hth 変異体では花弁が融合して雄蘂の伸長を阻害し,自花受粉が抑制され, 結果的に外部の花粉を受粉する割合が高くなったものと考えられています。

Lolle et al. (2006) では一応の反論が出ており,他家受精の頻度が上がった可能性については認めつつも, Lolle et al. (2005) では他家受精の可能性も十分に検証した上で排除しており,また未発表の新たな結果として, 隔離した条件下でも hth/hth のホモ接合体からの遺伝的「回復」が認められたとしています(Peng et al., 2006 の結果と完全に矛盾)。また通常の花と同じ形態を示す HTH/hth のヘテロ接合体でも「回復」現象が認められたため, 花粉の汚染だけで現象を説明することはできないとしています。

両者の実験結果は完全に食い違っているため,いずれかに間違いがあることは明白です。Science 誌の取材に対して, Pruitt(Lolle et al., 2005,Lolle et al., 2006 の共著者)は Peng et al. (2006) の実験の追試を行うとしており,その結果が待たれるところです。なお,その際に Pruitt が "Ours were not in as complete isolation as Steve's"「我々の実験は Steve(Steve E. Jacobsen は Peng et al., 2006 の共著者) の実験ほど完全な隔離ではなかった」と発言しているのが気になります。

Lolle, S. J., Victor, J. L., Young, J. M. & Pruitt, R. E. Genome-wide non-mendelian inheritance of extra-genomic information in Aranidopsis. Nature 434, 505-509 (2005).

Lolle, S. J., Pruitt, R. E., Victor, J. L. & Young, J. M. Lolle et al. reply. Nature 443, E8-E9 (2006).

Peng, P., Chan, S. W.-L., Shah, G. A. & Jacobsen, S. E. Increased outcrossing in hothead mutants. Nature 443, E8 (2006).

ニュース記事より
Pennisi, E. Pollen contamination may explain controversial inheritance. Science 313, 1864 (2006).

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染色体の形態進化(2006.09.27)(→進化・生物学)


シダの木登り一歩ずつ(2006.09.18)(→進化・生物学)


続報:植物もメタンを出していた!(2006.09.02)(→その他)


植物が交わす 12 文字の手紙 2(2006.08.14)

植物が交わす 12 文字の手紙 1では細胞の分化を抑制する,12 アミノ酸からなるペプチドシグナルについての研究を紹介しましたが,同時に出版された Kondo et al. (2006) では, CLAVATA3 として知られていた遺伝子が,やはり 12 アミノ酸のペプチドをコードしており, これは分化を促進する働きをしていました。

植物は限られた領域,例えば茎頂分裂組織などでしか細胞分裂しないことが知られています。 そこで分裂組織の維持の遺伝的機構が熱心に研究されてきました。基本的には WUSCHEL(WUS)というタンパク質が分裂組織を維持し, CLAVATA(CLV)1〜3 が周辺細胞で発現して,周辺細胞の分化を促進していると考えられています (植物ホルモンと茎頂の維持も参照)。CLV3 はリガンドとして,CLV1 と 2 はこれを受容する受容体(受容体様キナーゼ)としてそれぞれ働いていると考えられていましたが, 実は CLV3 の実体についてはよくわかっていませんでした。

著者らは Matrix-assisted laser desorption/ionization time-of-light mass spectrometry (MALDI-TOF MS) という精密な分析機器を用いて,CLV3 を過剰発現したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を調べました。 その結果,12 アミノ酸からなるペプチド(MCLV3)が特異的に増加していることを確認しました。引き続く解析の結果, 2 つのプロリン残基がヒドロキシル化を受けていることも確認されました。このペプチドは CLV3 の CLE モチーフと呼ばれる領域の一部に対応しており,CLV3 の翻訳産物から切り出されて合成されていると考えられました。

人工的につくられた MCLV3 やこれを改変したペプチドの機能を調べた結果,根の伸長抑制や茎頂分裂組織の抑制に働くのは, MCLV3 やこれより長いペプチドで,MCLV3 の両端を削ったペプチドでは効果がありませんでした。 一方で,プロリンのヒドロキシル化は分化の促進には必須ではなく,おそらく細胞内輸送やペプチドの安定性など, 他の役割があると考えられています。

これまで証明されていなかった,CLV3 の機能単位が明らかにされたことにより,今後は茎頂分裂組織の維持に, 各要素がどのようにしてバランスを取っているのかを調べることが可能になるでしょう。特に,CLV1,2 は CLV3 の受容体と考えられていましたが,化学的な証明がなかったそうです。今回の研究により, このことが証明されるのも時間の問題になったことでしょう。

頂端成長という成長様式はあらゆる陸上植物がもっており,あるいは藻類の段階にまで遡ると思われます。 このどこまでに同様のペプチド因子が関わっていたのかも,進化的には興味深いですね。

Kondo, T. et al. A plant peptide encoded by CLV3 identified by in situ MALDI-TOF MS analysis. Science 313, 845-848 (2006).

Perspective より
Simon, R. & Stahl, Y. Plant cells CLEave their way to differentiation. Science 313, 773-774 (2006).


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植物が交わす 12 文字の手紙 1(2006.08.12)(2006.08.13 表現修正)

植物の維管束は一連の前形成層細胞(procambial cells)が木部要素や篩管へと分化することによって成立します。 この時上下の管が正しく連結するためには短い距離で働くシグナル分子が互いの分化を調節する必要があります。 Ito et al. (2006) は木部要素への分化を阻害するシグナル分子が 12 アミノ酸からなるペプチドであることを見出し、 このようなペプチド分子の仲間が一連の遺伝子ファミリーから切り出されて合成されていることを明らかにしました。

著者らはヒャクニチソウ(Zinnia elegans)の葉肉細胞から試験管内で木部要素を分化させる系で、 シグナル分子を研究していました(xylogen が通す植物の道も参照)。 その中で特定の条件で培養された細胞から、木部要素への分化を阻害する物質(TDIF) が出ていることを発見し、これを追求しています。精製・解析の結果、このシグナル分子は 12 アミノ酸からなるペプチドで、 2 ヶ所のプロリン残基がヒドロキシル化を受けているという特徴を持っていました。 なお、各アミノ酸残基をアラニンに置き換える実験から、この 12 アミノ酸のうち半分程度が重要で、 プロリンのヒドロキシル化はシグナル伝達に直接関与しているわけではないようです。

TDIF に相当する配列は、132 アミノ酸をコードしている遺伝子の C 末付近の配列として見つかり、 シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のゲノム中にも沢山のコピーがあることがわかりました。 おそらく、TDIF は 132 アミノ酸のペプチドから切り出されて合成されていると考えられます。

そこでシロイヌナズナでも研究が行われ、C 末付近が TDIF と同じ配列である CLE41 と CLE44 という遺伝子が見つかりました。 これと近縁な CLE42 も、木部要素への分化阻害に働いていました。一方で、茎頂の維持に関与している CLV3 や 残るほとんどの 12 アミノ酸ペプチドは、木部要素の分化抑制には働かず、代わりに根端の細胞分化を抑制する働きを持っていました。

現時点では受容体(おそらく受容体キナーゼ)は特定されておらず、 12 アミノ酸を切り出す機構やヒドロキシル化の機構もわかっていませんが、細胞間連絡にペプチドが働いていることが証明されたのは、 植物では初めてでしょう。今回の研究は先行研究が事実上存在しない中で行われており、今後の展開も楽しみな話です。 TDIF 自体の研究もさることながら、このファミリー以外にシグナルとして働く短鎖のペプチドは存在しないのか、 そのようなペプチドをゲノムデータベースから探すことは出来ないのか、という点も気になります。

とりあえず、同じ号の Science にやはり TDIF(=CLE41/44)と近縁な CLV3 に関する研究も掲載されており、 この研究はさらに広がりを見せていくことでしょう。

Ito, Y. et al. Dodeca-CLE peptides as suppressors of plant stem cell differentiation. Science 313, 842-845 (2006).

Perspective より
Simon, R. & Stahl, Y. Plant cells CLEave their way to differentiation. Science 313, 773-774 (2006).


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奇想天外は松の親戚?(2006.08.11)(→進化・分類学)


異彩を放つピコ藻類のゲノム(2006.08.04)(→藻類学)


オーキシンを導くものたち 3(2006.06.12)

オーキシンを導くものたち 1オーキシンを導くものたち 2 で紹介したのはオーキシンの流出輸送体の話でした。 オーキシンの極性移動には流出輸送体の他に AUX1 という流入促進物質(influx facilitator;流入輸送体の可能性がある) の細胞内局在も重要な役割を果たしていると考えられます。Dharmasiri et al. (2006) は AUX1 タンパク質の細胞内局在の決定に AXR4 というタンパク質が関わっていることを示しています。

PIN タンパク質はオーキシンの流出に働いていますが、一方で流入に働く AUX1 は細胞内で PIN とは逆の位置に局在します。そうなると細胞内の局在を決定する因子に関心が向きます。 AXR4 はその変異体が aux1 変異体と同様の表現型を示し、やはり側根形成や重力屈性の異常が認められます。 そして、AXR4 は AUX1 と同じ過程で働くことがわかり(例えばオーキシンのシグナル伝達系とは過程が異なる)、 詳細に調べられました。

AXR4 の発現は根(特に根端や側根の形成部位)が中心で、細胞内では AXR4 タンパク質は小胞体に局在していると見られています。しかし同じ過程で働くと考えられる AUX1 は細胞膜に局在するため、 AXR4 は AUX1 の輸送に関わっている可能性が考えられました。実際に axr4 変異体では AUX1 が細胞膜に局在できなくなるため、この仮説の妥当性が支持されています。 なお、PIN など他のタンパク質の局在には影響はないようです。

オーキシンの極性輸送は植物生理学の黎明期から着目されてきた課題の一つですが、 重要な因子が次々と明らかになり、おそらく今後 10 年もあれば主要な因子は一通り同定されるのではないでしょうか。 もちろん、因子の特定だけでは現象が説明できるわけではありませんから、 AUX1 が実際に局在する仕組みの研究なども同様に進んでいくことでしょう。

Dharmasiri, S. et al. AXR4 is required for localization of the auxin influx facilitator AUX1. Science 312, 1218-1220 (2006).


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謎の藻類メソスティグマの安住の地 II(2006.06.02)(→藻類学)


謎の藻類メソスティグマの安住の地 I(2006.05.30)(→藻類学)


オーキシンを導くものたち 2(2006.05.22)

オーキシンを導くものたち 1では、 植物ホルモンのオーキシンの極性輸送を PIN タンパク質の細胞内における局在が決定していることを紹介しました。 しかし PIN が auxin efflux carrier(オーキシン流出輸送体)の本体なのか、 その局在を決めているだけなのかは示されていません。Petrášek et al. (2006) は PIN に関する一連の実験から PIN タンパク質がオーキシン流出輸送体の実態であることを示しています。

著者らは PIN の機能を調べるために、まずエストラジオール(estradiol)の存在下で PIN1 が発現する誘導系を開発しました。そのシロイヌナズナの細胞懸濁液において、細胞内にオーキシンの一種、 NAA(放射性ラベルされている)が貯まる様子を観察しています。仮にオーキシン流出輸送体が多く発現していれば、 細胞内にオーキシンは貯まらないと予想され、実際に PIN1 の誘導下で細胞内の NAA は減少しました。

さらに、より正確な定量をする目的で、タバコの BY-2 細胞系(やはり細胞培養系)に DEX(デキサメタゾン) で PIN7 が誘導される系を用いています。上記の系統同様に、やはり PIN7 はオーキシンの流出を促進しました このことは PIN4 や PIN6 についても、また他のオーキシン(2,4-D や IAA)についても確認されています。 また、PIN7 によるオーキシン流出の促進がオーキシン流出の阻害剤である NPA によって阻害されました。

しかしこれでもまだ、PIN がオーキシン流出輸送体である直接的な証拠とは言えません。 そこで用いられたのが、ヒトに由来する HeLa 細胞と酵母の系です。PIN2 や PIN7 はやはり、 IAA の細胞内蓄積量を減少させました。興味深いことに、PIN2 が本来あるべき細胞膜ではなく、細胞内 (おそらく何かの膜系の膜上?)に発現するようになった変異体(pin2Gly97)を持った酵母では、 オーキシンは細胞内の一部にむしろ蓄積しました。 これらのことは、PIN がオーキシン流出輸送体である強い証拠と言えます。

さて、オーキシン流出輸送体としては、もう一つ PGP(PGP1 と特に PGP19)というタンパク質が知られていました。 PIN7 と PGP19 の違いが植物において調べられたところ、PGP19 もやはりオーキシンの流出を促進するものの、 NPA(阻害剤)の影響は PIN7 の方が受けやすく、異なる仕組みに関わっているようです。 さらに pgp1/pgp19 変異体では根の重力屈性に変化はない一方、PIN1 の過剰発現では根の重力屈性に以上が生じ、 これは PGP の有無に関係ありませんでした。PGP は細胞膜の全面に出ているとのことで、このことからも PIN と PGP の役割分担が見て取れます。

コンピュータを用いたモデル計算によると、植物のオーキシンの輸送には、 方向性を持たないオーキシンの流出も必要なようで、PGP がその役割を果たしていると考えられます(Sieberer & Leyser, 2006)。オーキシンによる植物の発生の制御は、植物生理学の初期から知られていた古典的で興味深い課題であり、 その分子機構の理解が手の届くところまで来たことには感銘を受けます。今回の研究では、 特に奇抜なアイデアが突破口になったわけではなく、しっかりとした正当的な実験の積み重ねが結論に結びついています。 実験による証明の積み重ねの重要性を思い出すには、このような論文を読み返すのも良いかもしれません。

Petrášek, J. et al. PIN protein perform a rate-limiting function in cellular auxin efflux. Science 312, 914-917 (2006).

Siebere, T. & Leyser, O. Auxin transport, but in which direction? Science 312, 858-860 (2006).


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オーキシンを導くものたち 1(2006.05.20)

オーキシンはおそらく最も有名な植物ホルモンであり、 植物の発生や環境応答(例えば根の重力屈性)などに働く重要な植物ホルモンで、 茎頂付近で合成され、根の方向に輸送されます。 そして根の先端からは内側から表層に回り込むように移動することが知られています。 このオーキシンの輸送には細胞の特定の方向にオーキシンを排出する auxin efflux carrier(オーキシン流出輸送体) が関わっていると考えられていました。Wiśniewska et al. (2006) は auxin efflux carrier の実体と予想されている PIN タンパク質の局在によって、 オーキシン輸送の方向が決められていることを示しました。

まず著者らは、通常は別々の細胞で働く PIN1 と PIN2 を同じ PIN2 のプロモータにつなぎ、 発現を見るために血球凝集素(HA)でエピトープ標識したものを、pin2 の変異体で発現させました。 すると同じ根の表皮細胞にあって、PIN1 は細胞の下端に、PIN2 は細胞の上端に発現しました。

さらに興味深いことに、PIN1 タンパク質に緑色蛍光タンパク質(GFP)をつけて標識する中で、 PIN1:GFP-2 などは通常細胞の下端に局在するのに対して、PIN1:GFP2 は何故か細胞の上端に局在することが判明しました。 そして PIN1 が細胞上端にある場合はオーキシンが根の先端で正しく折り返し輸送されるのに対して、 PIN1 が細胞の下端にのみある場合には、オーキシンは根の先端に蓄積しました(pin2 変異体なので、 PIN2 の影響はないと考えられる。オーキシンの挙動はそのまま根の重力屈性ともリンクしており、 PIN1:GFP-2 では重力屈性が回復せず、PIN1:GFP-3 で重力屈性の回復が認められたそうです。

今回の成果は、色々な憶測が流れていた PIN タンパク質群が 確かにオーキシンの極性輸送に重要な役割を果たしていたことを初めて立証したものだそうで、 同時に出版された PIN タンパク質ファミリーの機能解析(Petrášek et al., 2006) と併せて、オーキシン研究に大きなインパクトを与えるものとなっています。 Petrášek, et al. (2006) はまたの機会に紹介いたします。

Wiśniewska et al. Polar PIN localization directs auxin flaw in plants. Science 312, 883 (2006).

Siebere, T. & Leyser, O. Auxin transport, but in which direction? Science 312, 858-860 (2006).

Petrášek, J. et al. PIN protein perform a rate-limiting function in cellular auxin efflux. Science 312, 914-917 (2006).


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植物の「結納」から考える有性生殖の起源(2006.04.19)

ほとんどの被子植物は有性生殖を通じて子孫を残しますが、 花粉管が雌蘂の中を通って雌性配偶子にたどり着くまでの過程は、 分子レベルでは全くと言っていいほど知られていませんでした。 そんな中、Mori et al. (2006) は適切な受精に必要な雄性の因子として GCS1 という遺伝子を単離し、研究を行っています。

被子植物は花粉を通じて雄性の遺伝子を運びます。花粉は雌蘂の柱頭に付着すると、 発芽して花粉管をのばし、花粉管の先端付近に作られる 2 個の精細胞を胚嚢中の雌性配偶体に運びます。 精細胞のうち一つは中心細胞と受精して胚乳となり、もう一つは卵細胞と受精して胚に発生します。 これが被子植物に特徴的な重複受精です。

Mori et al. (2006) はユリ(Lilium longiflorum)花粉の成熟過程での遺伝子発現を比較し、 成熟した生殖細胞のみで発現が見られる GCS1 という遺伝子に着目しました。 GCS1 によく似た遺伝子はシロイヌナズナやイネにも見つかり、 アミノ酸の組成から C 末側に膜貫通領域を持つと考えられました。 GCS1 タンパク質の発現は花粉管の発達の後半に起こり、生殖細胞の表面に発現しているようでした。

GCS1 遺伝子の働きをさらによく調べるために、著者らはシロイヌナズナにおける変異体を調べました。 その結果、GCS1 遺伝子が壊された花粉は受精することが出来ないことが示されました。 興味深いことに、この場合でも花粉管は胚嚢の助細胞に達することは出来ており、 その後の受精の過程のみが止まっていることがわかりました。 従って GCS1 タンパク質は、精細胞と卵細胞などの相互作用に関わっている可能性が考えられるでしょう。

GCS1 の相同遺伝子は変形菌の 1 種(モジホコリ:Physarum polycephalum)やクラミドモナスの 1 種 (Chlamydomonas reinhardtii)などにも存在し、受精の直後に発現が落ちることから、 受精に関与している可能性が示唆されています。変形菌の場合には発現に性差が見られないことから、 植物の場合とは受精のメカニズムが異なっている可能性がありますが、 いずれにせよ真核生物で広く受精に用いられている分子ではあるようです(ただしヒトなどからは見つかっていません)。 真核生物の性の起源は非常に興味深いテーマですが、 あるいは GCS1 は受精という仕組みの起源に関わっていたのかもしれません。

なお、GCS1 遺伝子は雄側からの因子と言うことで、報道などでは「結納」遺伝子として紹介されていました。 ただしこれは遺伝子名として論文中には出てきません(論文投稿後に出てきたあだ名のようなものだそうです)。 分かりやすい呼称ではありますが、"yuinou" などとして論文を検索しても出てきませんのでご注意を。

Mori, T., Kuroiwa, H., Higashiyama, T. & Kuroiwa, T. GENERATIVE CELL SPECIFIC 1 is essential for angiosperm fertilization. Nat. Cell Biol. 8, 64-71 (2006).

Twell, D. A blossoming romance: Gamete interactions in flowering plants. Nat. Cell Biol. 8, 14-16 (2006).


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シアノバクテリアの温泉生活(2006.02.22)(→藻類学)


アブシジン酸受容体をまず一つ(2006.02.04)

植物ホルモンの一種,アブシジン酸は 1965 年に早くも構造が決められており, その後もシグナル伝達系の遺伝子など研究が進展しています。ところがアブシジン酸の受容体は見つかっておらず, 探索が続けられていました。Razem et al. (2006) は RNA 結合タンパク質の一種, FCA がアブシジン酸の受容体であることを明らかにしました。

Razem et al. (2006) は初め,オオムギでアブシジン酸と結合するタンパク質を探し, ABAP1 というタンパク質を釣り上げました。これと相同なシロイヌナズナのタンパク質が FCA で, これは RNA と結合する部位と,タンパク質と結合する部位を持っていて,FY タンパク質と結合することが知られています。 そこで,彼らは FCA の性質を多数の実験を駆使して調べています。

結論から説明しますと,FCA は確かにアブシジン酸を特異的に認識します。アブシジン酸が存在しない時, FCA は FY と結合し,FLC の働きを抑えます。同時に,未成熟な FCA の mRNA を安定化させ, それによって FCA 自身の発現を抑えます(負のフィードバック)。逆にアブシジン酸を結合している時は, FCA は FY と結合できなくなります。その結果,FCA の負のフィードバックが止まり,FCA 自身が蓄積して, FLC の機能を促進します。FLC は花芽形成に働くことが知られており, 従ってアブシジン酸の存在下では花がつきにくくなります(図も参照)。 これらのことが,試験管内,生物体内の実験系を通じて裏付けられています。

またアブシジン酸は乾燥ストレスなどを伝える働きを持っています。その結果,気孔を閉じさせたり, 種子の発芽を遅らせたり,という生理応答を引き起こすことも知られています。 ところが変異体の解析からは,FCA が気孔の開閉や種子発芽には関与していないことがわかりました。 側根の形成誘導にはどうやら FCA の経路が関わっているようですが,他の機能には関与していないということで, FCA 以外の受容体の存在が疑われます。ただ, シロイヌナズナのゲノム中には FCA によく似たタンパク質はあと一つしかないとの事で, もしかすると全くことなる受容体も存在するのかもしれません。

ともあれ今回の研究でとにかくも一つ,アブシジン酸の受容体が見つかり,研究にも進展の兆しが見えてきました。 アブシジン酸の受容部位の構造を調べることで, アブシジン酸の受容のモチーフを探すことも出来るようになるかもしれないと言われています。 私としては,一つの植物ホルモンに大して全く異なる受容体が存在すれば,それはそれで面白いのではないかと思いますが, さて,事実はどうなんでしょうね。

ちなみにアブシジン酸のシグナル伝達には,RNA のプロセシングが関わっている場合が多いそうです。 FCA も RNA と結合する部位を持っています。 他植物ホルモンで RNA の関与がよく知られていないだけなのか,アブシジン酸が転写後制御に特化する意義があるのか, という問題も Razem et al. (2006) は提出しており,これも今後の研究が楽しみな話です。

Razem, F. A., El-Kereamy, A., Abrams, S. R. & Hill, R. D. The RNA-binding protein FCA is an abscisic acid receptor. Nature 439, 290-294 (2006).

News & Views
Schroeder, J. I. & Kuhn, J. M. Abscisic acid in bloom. Nature 439, 277-278 (2006).


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紅も緑もデンプンはデンプン(2006.01.27)(→藻類学)


植物もメタンを出していた!(2006.01.19)(→その他)


甦る最古の被子植物(2006.01.07)(→古生物学)


植物ホルモンと茎頂の維持(2005.12.29)

陸上植物は基本的に茎頂と根端の分裂組織(頂端分裂組織)によって軸方向に成長していきます。 植物の発生を考える上で頂端分裂組織の維持は重要な意味を持ち,関連遺伝子も調べられています。 特に茎頂分裂組織(shoot apical meristem: SAM)では,WUSCHEL (WUS) と CLAVATA (CLV) の 1,3 が, 幹細胞の細胞運命の決定に関わることが知られていましたが,Leibfried et al. (2005) は植物ホルモンのサイトカイニンからのシグナル伝達系との関係を調べました。

WUS は幹細胞を正に制御している因子です。これに対して CLV1,CLV2,CLV3 は WUS の働きに負のフィードバックをかけています(図を参照)。 これらの因子により幹細胞の集団が適切なサイズに保たれていますが, この他の因子も当然関与していると考えられます。Leibfried et al. (2005) は WUS の下流因子を調べている中で, ARABIDOPSIS RESPONSE REGULATORARR)という遺伝子群に当たりました。 ここで釣れてきたタイプ A の ARRARR5ARR6ARR7ARR15)は, サイトカイニンのシグナル伝達の負のフィードバックとして働いているようで, この経路と WUS の系との関連を調べる実験が多数行われています。

まず,遺伝子導入などと併せて定量 PCR や in situ hybridization などにより, 特に ARR7 遺伝子の挙動が調べられています(他にも遺伝子ファミリーの他の仲間など)。 これらの実験結果から,図のような関係が見えてきました。また,ARR7 の過剰発現体では WUS の働きが弱められ, ARR7 を初めとする幾つかの ARR 遺伝子を同時に欠いた変異体は逆に SAM の発達が阻害されているようです。

成長点の幹細胞の量は非常に複雑なネットワークによって維持されているわけですが, 今回これに植物ホルモンの系も加わったわけです。これは多重のフィードバック機構によって制御されており, 逆になぜ特定の発現量をとるのかを理解するのは困難に見えます。しかし今後は発現量などを含めた解析から, 実際にこれらの因子で成長点の成り立ちが説明できるのかを詰めていくようになれば理想的ですね。

なお,下の図は Leibfried et al. (2005) と Leyser & Day (2003) を参照して描きました。 微妙に自信がありませんので,間違いがあれば指摘していただけると助かります。

Leibfried, A. et al. WUSCHEL controls meristem function by direct regulation of cytokinin-inducible response regulators. Nature 438, 1172-1175 (2005).

Leyser, O. & Day, S. Mechanisms in Plant Development (Blackwell, Malden, 2003).


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氷雪性クラミドモナス(2005.12.02)(→藻類学)


ジベレリンの受容と植物ホルモン(2005.10.30)

ジベレリンは植物の伸長や種子の発芽などを促進する植物ホルモンとして知られています。 ホルモンがシグナル分子である以上、これを受容する細胞には受容体が存在しないといけませんが、 Ueguchi-Tanaka et al. (2005) は確かにジベレリンの受容体と考えられるタンパク質を初めて同定しました。

研究に用いられたのはイネの gid1 という一連の矮化変異体でした(Gibberellin-insensitive dwarf mutant)。 この変異体はジベレリンの有無にかかわらず株が小型で、ジベレリン合成の負のフィードバックなど、 他のジベレリン応答も見られないことから、ジベレリンの受容の経路のどこかに異常がある可能性が考えられました。

まず、GID1 はジベレリンによって分解が誘導される SLR1 の上流に位置するシグナルであることが示されています。 そして遺伝子が同定された結果、核に局在することもわかりました。各種のジベレリンとの結合の様子や、 競合の仕方などから、GID1 がジベレリンと特異的に結合するタンパク質であることも示されました。 これらのことから、GID1 はジベレリンと結合することが知られるタンパク質としてはじめて、 ジベレリンの受容体であることが示されました。

GID1 は HSL というタンパク質ファミリーに属し、これまで機能未知のタンパク質とされていました。 このタンパク質はイネだけでなく、シロイヌナズナからも確認されています。 GID1 は可溶性の核内タンパク質として、ジベレリンを受容したときに SLR1 と結合する性質を持っています。 おそらくは GID1 と結合することによって SLR1 の分解のスイッチが入り、SLR1 が分解された結果として、 SLR1 に抑えられていたジベレリン応答性のタンパク質が発現する仕組みになっているようです。

興味深いことに最近発見されたオーキシンの受容体もシグナル伝達の下流にタンパク質の分解のステップが存在し (遂に見つかったオーキシンの受容体)、 何か共通の進化的、あるいは適応的な理由が背景にあるのではないかと考えさせられます。 植物ホルモンとまとめて呼ばれているものが、実際には進化的にどのような関連性があるのか、 生理的、分子細胞学的に互いにどこまで似ていてどのような点で異なっているのか、 などなど興味が尽きない話です。

なお、ジベレリンについては膜上にも別の種類の受容体が存在する可能性が指摘されているそうで、 そちらの方の研究も今後の課題として残されているようです。

Ueguchi-Tanaka, M. et al. GIBBERELLIN INSENSITIVE DWARF1 encodes a soluble receptor for gibberellin. Nature 437, 693-698 (2005).

参考:
Bonetta, D. & McCourt, P. A receptor for gibberellin. Nature 437, 627-628 (2005).


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巨大な植物界(2005.10.11)(→藻類学)


続報:遺伝情報のバックアップ(2005.09.30)

hothead というシロイヌナズナの変異体において, 変異が何らかの「キャッシュ」に基づいて,祖先の持っていた配列に修正されるという現象が見つかったとされています (遺伝情報のバックアップ)。 この現象自体が検証される必要があると思いますが,それに先駆けて「キャッシュ」の正体について議論が上がっています (Chaudhury, 2005; Ray, 2005; Lolle et al., 2005)。

「キャッシュ」の実態として、原論文の著者らは RNA を考えました。 これはサザン法の結果から DNA の可能性が排除されたことと、塩基配列の保存できる生体分子が他に RNA しか知られていないこと、そして実際に短鎖の RNA が細胞内に無数に存在することなどが根拠となっています。 しかし他の研究者は、DNA が「キャッシュ」として働いている可能性もあるのではないか、と見ています。

Chaudhury (2005) はゲノム中の他の場所に、変異を起こす前と同じ短い配列が存在しており、 これを参照にして配列の修正がなされている可能性を指摘しています。 また Ray (2005) は茎頂に存在する、母親から受け付けられた DNA 断片が働いている可能性を指摘しています。 これは、高度にヘテロクロマチン化されているためにサザン法で検出できなかったと考えています。 Lolle et al. (2005) の回答では、いずれの可能性も否定できないとしながらも、 あまり肯定的な見解は示していません。というよりも、 現時点では DNA、RNA いずれが正しいとしても証拠が不足しているため、誰にも確かなことは言えないようです。 なぜ hothead 変異体でのみ変異の修正が顕著に起きるのかについてもそれぞれの見解が出ていますが、 これも検証されない限りは答えが出ない問題です。

どのような仮説がありうるのか興味がある方は一読してもよいかもしれませんが、 「キャッシュ」の実在や正体については、実験的な検証・研究が行われるのを待つしかないかと思われます。

Chaudhury, A. Hothead healer and extragenomic information. Nature 437, E1 (2005).

Ray, A. RNA cache or genome trash. Nature 437, E1-E2 (2005).

Lolle, S. J., Victor, J. L., Young, J. M. & Pruitt, R. E. Lolle et al. reply. Nature 437, E2 (2005).


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続報:アンボレラの衝撃?(2005.09.23)(→進化・分類学)


続:フロリゲンは RNA だった!?(2005.09.17)

フロリゲンは RNA だった!?においては,長日条件下における花芽形成の誘導に, 葉で発現する FT 遺伝子と 茎頂で発現する FD 遺伝子の相互作用が必要だとする実験を紹介しました。 その後,葉から茎頂へのシグナル(フロリゲン)が,実際に FT 遺伝子の mRNA らしいという論文がでています (Huang et al., 2005)。

FT 遺伝子は,もともと長日条件下での花芽形成に関わっている事が知られていました。 また,日照時間の受容は CO 遺伝子が葉で行っていることが知られており, 葉から茎頂へのシグナル伝達の正体が問題になっていました。

そこで彼らは FT 遺伝子を熱刺激によって下流遺伝子の発現を促進するプロモータの下流につなぎ, これをシロイヌナズナに導入する事により,熱刺激で FT が発現する系を確立しました。 組み換え植物の葉 1 枚に熱刺激を与えても,花芽形成は誘導され, この際に葉で発現した FT mRNA が茎頂に運ばれていることも確認されました。 また,外部から導入した FT の発現に伴なって,内生的な FT の mRNA 合成も誘導されることから, FT の発現が正の自己調節を受けていることが示唆されました。 これもフロリゲンの性質として予想されていたもので,FT mRNA がフロリゲンの実体であるとの仮説を支持します。 FT のプロモータの性質も調べられており,確かに長日条件に移ったときに下流遺伝子(野生型では FT) の発現を誘導していました。

今回の結果はどの証拠も,葉で生成され,茎頂へ運ばれる FT の mRNA がフロリゲンと同じものである可能性を支持しており,長年の探索に決着がつくかもしれません。 今後は,フロリゲンの研究で使われていた材料や実験手法において, FT の mRNA の挙動を追う研究などが行われるかもしれません。

Huang, T., Böhlenius, H., Eriksson, S., Parcy, F. & Nilsson, O. The mRNA of the Arabidopsis gene FT moves from leaf to shoot apex and induces flowering. Science 309, 1694-1696 (2005).


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赤い薔薇の色素がヤグルマギクを青く染める(2005.09.05)

バラの花が赤いのはアントシアニンという色素を含んでいるためです。 ところが,この色素はヤグルマギク(Centaurea cyanus)では花が青くなる原因ともなっているそうです。 Shiono et al. (2005) はヤグルマギクの色素の構造解析から,この謎を探りました。

アントシアニンが植物によって異なる色の色素として働くことには, 例えば pH の影響や他の色素や金属元素との関わりなども考えられたとのことですが, 鉄やマグネシウム,カルシウム原子が関与していることがわかってきていました。 そして Shiono et al. (2005) による X 線を用いた構造解析の結果から, アントシアニンは 6 分子が集合して Fe+3(×4),Mg+2(×4), そして Ca+2(×2)と共に複合体を形成していることが分かりました。

この Fe+3 と Mg+2 が青色の発色に重要だそうです。 アントシアニンと金属原子が発色に関わってたことは予想されていたわけですが, 構造を見ることによって,その仕組みがすっきり理解できるということもあるようです。 ちなみにヤグルマギクの色素は新しいタイプの「超分子色素」(supermolecular pigment)みたいです。 参考までに,バラとヤグルマギクは,それぞれ「バラ類」(rosids; 離弁花類の一部)とキク類(asterids; 合弁花類) という,真正双子葉植物の二大分類群に含まれていて,系統的には遠く離れています。

Shiono, M., Matsugaki, N. & Takeda, K. Structure of the blue cornflower pigment. Nature 436, 791 (2005).


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植物界が一つにまとまる時(2005.08.31)(→進化・分類学)


フロリゲンは RNA だった!?(2005.08.25)

長日植物や短日植物は,日照時間(暗期)に応答して花芽形成を行います。 光周期は葉で感知され,その情報を茎頂に送る因子があると推測されており, この仮想的な因子はフロリゲン(florigen:花成ホルモン)と呼ばれ,長い間正体が不明でした。 最近になって複数の研究から,FT 遺伝子の転写産物(RNA)がフロリゲンであることが示されつつあります (Abe et al., 2005; Wigge et al., 2005)。

これまでの研究から,光周期は CONSTANSCO)という遺伝子の日周変化との相互作用で認識され, 条件がそろうと FT 遺伝子の転写を促進している事が知られていました。 こうして花芽形成の時期が認識されているわけですが,花芽形成の場所は茎頂なので, この場所の認識との関連がどうなっているのかの研究が課題になっていました。

Abe et al. (2005) と Wigge et al. (2005) は, それぞれシロイヌナズナの二重変異体とマイクロアレイの解析から, FT タンパク質の下流で働いているタンパク質の候補として,FD タンパク質(bZIP 型の転写因子)を特定しました。 彼らは FD タンパク質の局在,FT タンパク質との相互作用などを調べ, FD タンパク質が茎頂の核内にほぼ限定して存在し,確かに FT タンパク質と相互作用していることが確認されました。 下流の遺伝子としては,AP1 遺伝子が知られており,FT や FD が単独ではなく, FT と FD の複合体が AP1 遺伝子の転写を促進していることも示されています。

すなわち,FD タンパク質が茎頂に局在することから,これが花芽形成の場所を規定し, FT タンパク質が花芽形成のタイミングを規定していることが示唆されました。 加えて,FT 遺伝子の転写は葉で起こり,機能は茎頂で発現していることから, FT に関連した何かが葉から茎頂への情報を伝えているフロリゲンであることが推測されます。 Huang et al. (in press) においては,これが FT 遺伝子の転写産物であることが示されているとのことで (Blázquez, 2005),遂にフロリゲンの正体に結びつきました。

なお,花芽形成に関わる因子は他にも多数あり, 例えば LEAFYLFY)遺伝子と FT 遺伝子の経路が別々に, AP1 遺伝子を通じて花芽形成を促進していることも今回示されています。

フロリゲンは数十年間に渡って多くの生化学者,植物生理学者が捜し求めてきた因子ですが, これほどまでに見つからないのは,よほど発見しにくい物質なのか, そもそも物質ですらない(何か予想外のシグナルなど)という可能性もありました。 もし本当にフロリゲンが RNA だったとすれば,見つけにくかったことにも納得がいきます (不安定ですし,おそらくごく微量がフロリゲンとして働いていたと思われるので)。 FT の転写産物をフロリゲンと言い切るためには,シロイヌナズナ(長日植物)以外の植物において, これまで用いられてきたフロリゲンの検定法(接木など)によって活性を確認する必要があると思いますが, 今回の発見はフロリゲンの研究を含めた花芽形成の研究において,重要な進歩と言えるでしょう。

Abe, M. et al. FD, a bZIP protein mediating signals from the floral pathway integrator FT at the shoot apex. Science 309, 1052-1056 (2005).

Wigge, P. A. et al. Integration of spatial and temporal information during floral induction in Arabidopsis. Science 309, 1056-1059 (2005).

Blázquez, M. A. The right time and place for making flowers. Science 309, 1024-1025 (2005).

参考:
瀧本敦 花を咲かせるものは何か: 花成ホルモンを求めて (中央公論社, 東京, 1998).


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繰り返された真核共生(2005.07.31)(→藻類学)


遂に見つかったオーキシンの受容体(2005.05.28)

オーキシンは植物ホルモンの中で最も有名でしょう。 植物の成長促進、分化誘導など様々なところで作用していますが、 これまで受容体が特定されていませんでした。

しばらく前にオーキシン受容体の候補として、 オーキシンに結合する ABP1 というタンパク質が話題になりましたが、 これは今ではオーキシン受容の主要な経路ではなかったと考えられています。

対して、今回 Dharmasiri et al. (2005) と Kepinski & Leyser (2005) が同時に報告した TIR1 は主要な受容体と考えていいようです。 この TIR1 は SCF と呼ばれるタンパク質複合体の構成要素で、 F-box というモチーフがあることから SCF の一部とわかります。 この複合体は、タンパク質にユビキチンタンパクをつける役割を持ちます。 ユビキチンはタンパク質を分解に導くラベルで、 TIR1 は、オーキシンを受容したときに、特定のタンパク質を分解に導く働きをします。

SCFTIR1 の標的は Aux/IAA タンパク質で、 これはオーキシンに応答して機能を果たす遺伝子を抑制しているようです。

重要なのは、SCFTIR1 と Aux/IAA は、 これだけでオーキシンの受容を行うことができることでしょう。 これは両チームによって動物の系で確認されています。 また、Estelle のチームは TIR1 とTIR1 様のタンパクを全部なくした場合、 植物の発生がそうとうおかしくなるという論文を、 Developmental Cell に出すようです(Ferber, 2005 の情報)。 つまり、TIR1 の経路が今度こそ本当にオーキシン受容の主要経路ということです。

これを突破口にオーキシンによる制御機構の理解が格段に進むことが期待できますし、 特に、結局オーキシンは植物をどこまでコントロールしているのか、 という理解も進んでいくのではないでしょうか。

ちなみに、Leyser は元々 Estelle(Dharmasiri et al., 2005 のチームのボス) のポスドクだったそうです(Ferber, 2005)。

Dharmasiri, N., Dharmasiri, S. & Estelle, M. The F-box protein TIR1 is an auxin receptor. Nature 435, 441-445 (2005).

Kepinski, S. & Leyser, O. The Arabidopsis F-box protein TIR1 is an auxin receptor. Nature 435, 446-451 (2005).

News & Views
Callis, J. Auxin action. Nature 435, 436-437 (2005).

News of the Week (Science
Ferber, D. Plant hormone's long-sought receptor found. Science 308, 1240 (2005).


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陸上植物の生活史の初期進化(2005.04.26)(→古生物学)


試験管内生物時計(2005.04.24)(→分子細胞学)


花作りの遺伝子の進化(2005.04.23)(→進化・分類学)


遺伝情報のバックアップ(2005.03.31)

一般に、遺伝情報は DNA が専属的に担っていると考えられています。 RNA なども RNAi の仕組みなどを用いて遺伝子として機能することもあるでしょうが、 これが DNA 配列を変更するわけではなく、DNA は遺伝子情報の最上流にあると考えられます。 ところが、未知の高分子(RNA?)が DNA の配列のバックアップをとり、 世代を超えて DNA の補修に働く可能性が提出されました。

Lolle et al. (2005) は、シロイヌナズナの hth 変異(HOTHEAD)を調べていました。 その際に、hth/hth の親から自花生殖によって生まれた個体に、 しばしば(数 %〜10% 以上)野生型の表現型を示すものが現れることに気づきました。

野生型の表現型を示した株はほとんどがヘテロで野生型の HTH 遺伝子を持っており、 しかも野生型株の混入でもなく、別の遺伝子座位でもないことが示されました。 そして複数の証拠を総合すると、どうやら 2 世代以上前の配列を参照して DNA を修正しているらしいことがわかってきました。 加えて、hth/hth の変異体では HTH 以外のゲノム全域で、 高頻度の配列遺伝的な遺伝子修正が起こっていることがわかりました。

この現象の説明として Lolle et al. (2005) は、細胞内に DNA 以外に遺伝子配列のバックアップが存在し、ストレス環境下など(hth の変異下など)で バックアップから DNA への情報の還元が起こる可能性を考えています。 バックアップの分子としては RNA が有力候補ですが、 イントロン部分なども遺伝子の修正を受けているようなので、成熟した mRNA ではないようです。

今回の結果はにわかには信じがたい話ですし、これから真偽の程が検証されることでしょう。 もし事実だとするならば、この現象が他の生物に存在するのか、 例えば人間にはあるのか? 原核生物にはあるのか? などが気になりますし、 そのメカニズムも熱心に調べられることでしょう。 また、この仕組みを利用すれば、植物に任意の点変異を入れることも出来るかもしれません。 いずれにせよ、今後の展開が非常に楽しみな話題です。

Lolle, S. J., Victor, J. L., Young, J. M. & Pruitt, R. E. Genome-wide non-mendelian inheritance of extra-genomic information in Aranidopsis. Nature 434, 505-509 (2005).

Weigel, D. & Jürgens, G. Hotheaded healer. Nature 434, 443 (2005).

Pennisi, E. Talking about a revolution: hidden RNA may fix mutant genes. Science 307, 1852-1853 (2005).


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細菌が導く海藻の形態形成(2005.03.14)

生物を再現性の高い状態で培養するには,合成培地上での無菌培養を行うことが理想的です。 ところがアナアオサ(Ulva pertusa)やボウアオノリ(Enteromorpha intestinalis), マキヒトエ(Monostroma oxyspermum)などの海藻(いずれもマクロな葉状体を形成する緑藻植物) を無菌培養すると,ほどなくして形態が崩れ,マキヒトエの場合には単細胞の集合体に成り果ててしまいます。

これまでの研究から,マキヒトエの仲間の表面から分離された,バクテロイデス門(Bacteroides:通称 CFB グループ)に属する未同定の細菌を感染させると, 無菌的に培養されていたマキヒトエの形態が元に戻ることが知られていました。

今回,Matsuo et al. (2005) により,この細菌の合成する活性物質が単離され, 構造が決定されました。この Thallusin という物質は六員環がいくつか繋がったような構造の有機化合物でした。 Thallusin はごく微量(10-15 〜 10-18 g/ml)でマキヒトエの分化を誘導・維持し, また,アナアオサやボウアオノリの形態形成の誘導にも効くとのことです。

この発見は海藻の無菌的な養殖への応用が考えられる他, 系統的には全く関係のない細菌が形態形成に働いているという,進化上も非常に興味深い話題を提供してくれます。 細菌が海藻に葉状体形成させる事にどのような意義があるのか, なぜ上記の海藻は独力で形態形成をできないのか(細菌の感染による異常形態が葉状体の起源なのか, それとも途中で独力の形態形成能を失ったのか),など疑問はつきません。 次の課題は Thallusin の受容体の発見や,他の海藻への Thallusin の影響,などがあるのでしょうが, いずれにせよ今後の進展が非常に楽しみな話です。

Matsuo, Y., Imagawa, H., Nishizawa, M. & Shizuri, Y. Isolation of an algal morphogenesis inducer from a marine bacterium. Science 307, 1598 (2005).


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葉に華を持たせる遺伝子たち(2004.11.16)

花はもともと、葉が集まって出来た器官と考えられていますが、 今回花器官のアイデンティティに関わる遺伝子が新たに特徴付けられました。

SEPALLATA という遺伝子ファミリーにはもともと、 SEP1SEP2SEP3 の 3 つの遺伝子が知られていました。 これらの 3 重変異体では花器官の全てががく片に変わってしまうことから、 花の ABC モデルで考える B、C 遺伝子と相互作用する因子と考えられていました。 (なお、ABC 遺伝子群は通常 MADS-box と呼ばれる共通のモチーフを持つ転写因子で、 実は SEP 遺伝子群も同様です)

ところで、SEP 遺伝子群はがく片が形成される領域にも発現しており、 さらに SEP3 は A 遺伝子の AP1 と相互作用することが知られていました。 にもかかわらず、上記の 3 重変異体でがく片が作られることは、 もう一つの未知の遺伝子が働いている可能性を示唆していました。

今回新たに調べられた SEP4 遺伝子がどうやらその役割を果たすようです。 SEP1SEP2SEP3 に加えて SEP4 を欠失した変異体では、 花が全て葉とそっくりの器官から形成されるそうです。 このことから、SEP 遺伝子群が共同して花の各器官の アイデンティティの決定に関わっていることが見えてきます。

SEP 遺伝子のオルソログは裸子植物から被子植物まで存在するようで、 「葉の集まり」から「花」への進化において、中心的な役割を果たしたのかもしれません。

花器官の進化については、まだまだ不明なことが多いのですが、 遺伝子の進化を考えることで、花器官の進化が解明されれば面白いと思います。

Ditta, G., Pinyopich, A., Robles, P., Pelaz, S. & Yanofsky, M. F. The SEP4 gene of Arabidopsis thaliana functions in floral organ and meristem identity. Curr. Biol. 14, 1935-1940 (2004).

Surridge, C. A bunch of leaves. Nature 432, 161 (2004).


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濡れ手でアリ(2004.09.30)

ウツボカズラがアリを捕らえる仕組みについての研究が昨日の PNAS に掲載されました。 ウツボカズラは代表的な食虫植物で,壷状に変形した葉で小動物(昆虫など)を捕らえ, そこに溜まった消化液で分解して窒素分を得ています。 従来の考えでは,ウツボカズラの壷の内側がワックスでコーティングされている事が, 虫の捕獲に重要とされていましたが,この考えには問題点が多かったそうです。

今回 Bohn & Federle (2004) は,雨水や分泌物で壷の縁が濡れていると, アリがつるつる滑って壷の中に落っこちる事を証明しました。 彼らによると,壷の縁が湿っている事こそが,今まで見落とされていた, アリを捕獲する最も重要な仕組みであるとの事です。

Bohn, H. F. & Federle, W. Insect aquaplaning: Nepenthes pitcher plants capture prey with the peristome, a fully wettable water-lubricated anisotropic surface. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 14138-14143 (2004).


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過激な発芽刺激(2004.08.19)

ある種の植物の種子は,山火事によって発芽が促進されることが知られています。 これは,山火事の跡地を優先的に利用するための戦略と考えられます。

実際の発芽刺激としては,加熱が必要である植物が有名ですが, 山火事の煙が刺激になって発芽が促進される植物も存在するそうです。

先週の Science の論文では,このような煙で発芽が誘導される複数の植物において, 具体的に煙の中のどの成分が効いているのかが調べられています。

著者らはろ紙(セルロースのかたまり)を燃やして得た分画の中から活性物質を抽出・構造決定し, butenolide 3-methyl-2H-furo[2,3-c]pyran-2-one なる物質であることを突き止めています。

外部から与えられた物質が発芽刺激になるという現象も興味深いものですが, 煙に含まれるであろう無数の成分の中から, 複数の植物が同じ上記の物質を使っているというのも面白いですね。

もう一つ面白いのは,著者らは煙の発生源に野生の植物体を使わず,ろ紙を使っているという点です。 私の発想などでは,現地で植物サンプルを採集して,その中から探す・・・ となってしまいますが, 意外に単純で経済的な材料を使ってもうまくいくときはいく,ということなんですね。

Flematti, G. R., Ghisalberti, E. L., Dixon, K. W. & Trengove, R. D. A compound from smoke that promotes seed germination. Science 305, 977 (2004).


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YODA について(2004.07.22)

しばらく前に紹介した,気孔の形成に関わる MAPKKK の話です。 Nature にも解説が載っていたというだけですが,前に書き込んだ時に見落としていた点について1つだけ。

この YODA(YDA)というタンパク質が特に注目に値するのは,その変異体の表現型にあるようです。 というのも,SDD1 やら TMM やらといった気孔形成関連の因子は, 気孔が集まって出来るというった表現型で認識されます。 ところが YDA 遺伝子に変異が入ると,表面のほとんど全ての細胞が孔辺細胞になってしまうんだそうです。 逆に,YDA の N 末側を欠いたような変異体では,気孔の形成が完全に抑えられるそうです。 この激しい表現型を考えれば,YDA というタンパク質が気孔形成に重要な役割を果たしていることは議論するまでもないでしょう。

Serna, L. Good neighbours. Nature 430, 302-304 (2004).


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細胞 1 個で働く時計(2004.07.03)(→分子細胞学)


xylogen が通す植物の道(2004.06.24)

生物科学専攻植物学教室から Nature に一報出ました。 生体制御研究室(福田研)出身の本瀬さんが first で,植物園の杉山先生, 福田研の福田先生が共著となっています。

論文の内容は,植物において木部の管状要素の分化に関わる因子のクローニングと,機能解析です。 以前の研究で,管状要素は分化するときに周囲の細胞を管状要素に分化させる 細胞間シグナルを出していることが明らかにされていました。 その因子は xylogen と命名されていましたが,今回の論文ではその遺伝子がクローニングされました。 xylogen は分化中の管状要素の両端で出ており,隣り合う細胞の分化を誘導していると考えられます。 また,シロイヌナズナの xylogen のノックアウトでは維管束形成に異常が現れるそうです。

植物では動物と異なり,分化誘導シグナルが同定されることはほとんどありませんでした。 今回,そのような因子が新規タンパク質として同定された事は, 植物の形態形成の理解のための大きな一歩となるでしょう。

Motose, H., Sugiyama, M. & Fukuda, H. A proteoglycan mediates inductive interaction during plant vascular development. Nature 429, 873-878 (2004).


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ヨーダ が斬り開く気孔の間隙(2004.06.08)

植物の葉には気孔と呼ばれる気体交換のための構造があります。 気孔は孔片細胞と呼ばれる特殊化した細胞2個によって作られ, 2つの細胞が変形して,間に隙間が開いたり閉じたりします。

気体交換のための孔ですから,葉の表面にありすぎても少なすぎても困ります。 そこで,気孔の分布はよく制御されているのですが,この制御のメカニズムはほとんど分かっていません。 これまでは,気孔の頻度を決めるための因子として,細胞間のシグナル伝達に関わっている SDD1 というプロテアーゼと TMM という細胞表面の受容体しか知られていませんでした。

このように隙間だらけの知識しかなかったんですが,新たに YODA というタンパク質が シグナル伝達の細胞内因子として関わっていることが分かりました(Bergmann et al., 2004)。 YODA は mitogen-activated protein kinase kinase kinase,いわゆる MAPKKK の1種で, もともとシロイヌナズナが発生初期に矮化する変異体としてとられてきました。 (なので,スター・ウォーズ中の小柄な戦士「 ヨーダ」から名付けられてます) これは,SDD1 や TMM の下流で働き,気孔への分化を抑える働きを持っていると考えられています。

さて,Bergmann らの仕事はこれに止まりませんでした。 彼らは YODA の活性を変化させた変異体を用いて,そのトランスクリプトーム解析を行いました。 これによって,転写因子の FAMA がさらに下流で効いていることを確認しています。

YODA を用いた研究により,気孔の形成のメカニズムが大きく明らかになっていくことが期待できそうです。

Berg,amm, D. C., Lukowitz, W. & Somerville, C. R. Stomatal development and pattern controlled by a MAPKK kinase. Science 304, 1494-1497 (2004).

Sack, F. D. Yoda would be proud: valves for land plants. Science 304, 1461-1462 (2004).


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補足:葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.20)(→その他)


葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.08)(→その他)


小さな RNA は時を越えて(2004.04.02)

Class-III HD-Zip 遺伝子群と呼ばれる一群の転写因子があります。 彼らは植物の形態形成において重要な役割を果たしており, 共通の microRNA によって制御されています。

この制御が陸上植物の全体にわたって保存されていることが, Floyd & Bowman (2004) の研究から発見されました。

彼らは,被子植物,裸子植物,シダ,ヒカゲノカズラ類(広義のシダ類に含まれる), セン類(以下コケ),タイ類,ツノゴケ類から class-III HD-Zip 遺伝子をクローニングし, 全ての遺伝子で START ドメインという領域が保存されていることを示しました。

この領域では,第一,第二コドンが保存されているだけでなく, 第三コドンまでもが保存されていることから, RNA の段階で意味を持つ配列であることがわかりました。 シロイヌナズナではこの配列に相補的な microRNA が, 部位特異的な RNA を切断を起こすことが知られていましたが, 今回,実際にシダやコケなどでも RNA の切断が確認されました。

さらに,Floyd & Bowman (2004) はヒカゲノカズラ類の microRNA も発見し, これが実際に START ドメインの相補配列を含んでいること, またその前駆体のつくりがシロイヌナズナのものとは異なっていることなども確認しています。

今回の研究は,microRNA による遺伝子制御が 陸上植物の起源(約 4 億年前)以前に遡ることを示しており, さらに,一度成立した microRNA と mRNA の関係が,配列まで含めて 非常に長期にわたって保持されることを示してみます。

この結果から考えると,microRNA の探索法として, 高度に保存された第三コドンを持つ遺伝子を調べる手法が使えるかもしれません。

Floyd, S. K. & Bowman, J. L. Ancient microRNA target sequences in plants. Nature 428, 485-486 (2004).


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小さな RNA の大きな仕事(2004.03.26)

最近、植物の形態形成と microRNA(miRNA)の関係が話題になっています。 そんな中、シロイヌナズナで働く miRNA の例が出版されました。

花形成に関わるホメオティック遺伝子として,APETALA2 という遺伝子が知られています(ABC 遺伝子の一種)。 この遺伝子が,miRNA によって制御されていることが,Chen (2004) によって明らかにされました。 miRNA172 という miRNA は,APETALA2 の一部に相補的な配列を持っています。 miRNA172 が過剰に存在すると,APETALA2 の発現が翻訳レベルで抑制され, 機能欠質変異の apetala2 とよく似た,花の器官アイデンティティの狂った表現形を示すそうです。

逆に,miRNA172 の標的部分の配列をいじった APETALA2 を多めに発現させてあげると, やっぱり花のパターンがおかしくなるそうです。(コントロールではそんなことありません)

従って,miRNA172 が器官特異的に APETALA2 のタンパク量をコントロールしていることが推測されます。

ABC 遺伝子という,植物ではかなり有名な遺伝子においても miRNA の制御が見つかったのは, 中々インパクトのある発見だと思います。(しかも,著者が一人。なんで?)

植物の分子生物学を専門にしている方は, 自分の扱っている遺伝子の相補配列を探してみるのも面白いかもしれませんね。

Chen, X. A microRNA as a translational repressor of APETALA2 in Arabidopsis flower development. Science 303, 2022-2025 (2004).


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大きな葉,小さな葉(2004.03.23)

植物の形態形成に関する話題に,「補償作用」というものがあります。 これは,植物の葉などの器官のサイズが細胞数や細胞のサイズとは別に制御されているというものです。

どういうことかと言いますと,例えば細胞分裂を抑えて細胞数を少なくした葉では,細胞のサイズが大きくなります。 逆に,細胞のサイズを小さくした葉では細胞数が増加して, いずれにせよ葉のサイズがさほど変化しないという現象が知られているのです。

各細胞がいかにして葉のサイズを認識しているのかはよく解っていませんが, Shpak et al. (2004) により,これに関わる受容体が見つかりました。

もともと,ERECTA という受容体様キナーゼが花序の形成に関与していることが知られていました。 ところが,この他に機能が重複する遺伝子がある可能性が示されていたため,それを特定したそうです。

ERL1 および ERL2 と呼ばれる,ERECTA のパラログですが,これらの機能が ERECTA とかぶっているようです。 ERECTA, ERL1, ERL2 の三者の多重変異体は強い矮化を示し,側性器官(葉っぱなど)も退縮, 花の発達も異常になるそうです。

この発見により,中々想像し難い「補償作用」のメカニズムが明らかになっていくとよいのですが。

Shpak, E. D., Berthiaume, C. T., Hill, E. J. & Torii, K. U. Synergistic interaction of three ERECTA-family receptor-like kinases controls Arabidopsis organ growth and flower development by promoting cell proliferation. Development 131, 1491-1501 (2004).

補償作用に関する解説
塚谷裕一 葉の形とサイズは環境に応じて変化する - 葉形の可塑性と進化. 遺伝 57(6), 54-59 (2003).


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シロイヌナズナの新規遺伝子(2004.03.16)

詳しい文脈は分かりませんが、2 本同時に論文が出ていて何か気になったので触れときます。 植物に興味のない人は無視してください。

細胞の分裂がストップするタイミングを制御することで、 葉の形態を決めている遺伝子が見つかりました。JAGGEDJAG)という遺伝子で、 zinc-finger 型の転写因子です。苞葉(bract; 花の直下にある葉状器官)の形成にも必須だとのことです。

遺伝子のつくりが花で発現しているSUPERMANSUP)に似ているとの事で、 花では SUP、葉では JAG という対応があるのかも知れません。

Dinneny, J. R. et al. The role of JAGGED in shaping lateral organs. Development 131, 1101-1110 (2004).

Ohno, C. K., Reddy, G. V., Heisler, M. G. B. & Meyerowitz, E. M. The Arabidopsis JAGGED gene encodes a zinc finger protein that promotes leaf tissue development. Development 131, 1111-1122 (2004).


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葉の極性と RNA(2004.03.04)

植物の葉の極性決定に microRNA が働いているとの論文 2 本。 microRNA に関してはシグナル分子としての重要性が認識されつつありますね。

Kidner, C. A. & Martienssen, R. A. Spatially restricted microRNA directs leaf polarity through ARGONAUTE1. Nature 428, 81-84 (2004).

Juarez, M. T. et al. microRNA-mediated repression of rolled leaf1 specifies maize leaf polarity. Nature 428, 84-88 (2004).


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寒さに強いトウモロコシ(2004.03.03)

トウモロコシには凍結耐性がないそうです。 そこで,タバコから遺伝子を導入することで凍結耐性を持ったトウモロコシが作成出来たという研究です。

凍結耐性には,寒さによって誘導される遺伝子群の他に酸化ストレスのシグナルも関わっているそうです。 そこで,タバコの MAPKKK をトウモロコシで構成的に発現させたところ, トウモロコシに凍結耐性が付いたそうです。

酸化ストレスのシグナル系という, 一見凍結耐性とは関係なさそうな仕組みを利用したのがポイントみたいですね。

Shou, H. et al. Expression of an active tobacco mitogen-activated protein kinase kinase kinase enhances freezing tolerance in transgenic maize. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 3298-3303 (2004).


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イネのセントロメアに遺伝子(2004.02.17)

通常,真核生物のセントロメアは高度の反復配列が存在し,配列の解読が困難とされ, 実際に,ヒトゲノムプロジェクトでもセントロメアは解読対象からはずされています。

ところが,イネの 8 番染色体のセントロメア(Cen8)には反復配列が少なく,配列の解読が可能だったそうです。 これを解読した結果,Cen8 には 14 の推定遺伝子と 4 つの活性のある遺伝子が存在することがわかりました。

また,Cen8 領域はセントロメア特異的なヒストン 3(CENH3)がついていて, ヘテロクロマチン化を受けているようです。

等等の結果から,イネの Cen8 は,通常の遺伝子領域から, 高度な反復領域を有したセントロメアになる過程の中間段階ではないかと予想されています。

Nagaki, K. et al. Sequencing of a rice centromere uncovers active genes. Nat. Genet. 36, 138-145 (2004).


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海藻ゲノムプロジェクトへ向けて(2004.02.12)

現在多くのゲノムが解析され,また,ゲノムプロジェクトが進行中ですが, 海藻を中心とした大型藻類のプロジェクトは全くないんだそうです。 海藻が,海洋環境やら水産業やらに重要な役割を果たしているのは議論するまでもないでしょう。 そこで,大型藻類のゲノムプロジェクトを進める場合,どの生物種を標的にすべきかが議論されています。

様々な規準を元に考えた結果,紅藻の 1 種のスサビノリ(Porphyra yezoensis Ueda;アサクサノリの親戚。食用) が挙げられています。実現するのはもう少し議論が尽くされたあとになるのでしょうが, 藻類を専攻している身としては,実現が楽しみです。 日本産の紅藻というのもいいですね。記載者も日本人のようですし。

Waaland, J. R., Stiller, J. W. & Cheney, D. P. Macroalgal candidates for genomics. J. Phycol. 40, 26-33 (2004).


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花芽形成のタイミングの調節(2003.12.05-12)

シロイヌナズナにおいて, 花芽の形成タイミングがヒストンのアセチル化によって制御されてることを示したようです。

植物の花芽形成は幾つかの経路がありますが、その内の一つの経路を制御する遺伝子が、 下流の遺伝子のヒストンを脱アセチル化して抑制する(その結果として花芽形成を促進する) ことが分かったという話です。手法としては変異体から遺伝学的解析、分子生物学的解析、 とスタンダードな手法のオンパレードで、足場のしっかりした研究という印象でした。

ヒストン修飾によるスイッチングはまだ分かりやすいのかもしれませんが、 染色体の構造の内、どんなものがどこまで遺伝子発現に効いているんでしょうか。

He, Y., Michaels, S. D. & Amasino, R. M. Regulation of flowering time by histone acetylation in Arabidopsis. Science 302, 1751-1754 (2003).


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葉の形態形成と microRNA(2003.09.23)

Palatbuk et al. (2003) によると,葉の形態形成のみならず, 植物において,miRNA とターゲットの mRNA, そして表現型までがセットで明らかになったのは初めてのようです。

読んでみて面白かったのは,miR-JAW と呼ばれる microRNA のターゲットが, 単一の mRNA だけではなく,miR-JAW と相補的な配列を持った複数種の mRNA だったことです。 標的遺伝子が,特定の遺伝子ファミリー(class II TCP subgroup)の中で互いに近縁なグループを作り, しかも被子植物全体でターゲット配列を共有しているという点も驚きであり,納得できる話でもありました。

また,miR-JAW とわずか 3,4 塩基しか違わない(長さは 1 塩基違う)miR159 が, おそらく別の遺伝子(MYB 遺伝子)の mRNA を標的にしているというのも面白く, miRNA が仕組み,配列共に進化的に保存されていることが示唆されます。

ちなみに,miRNA による mRNA の制御は,mRNA の分解と,mRNA の翻訳阻害の 2通りがあるそうですが,miR-JAW は前者です。 動物では後者しか見つかっていないようですが,植物では両方の仕組みが知られているそうです。

予断ですが,miRNA による転写後制御の詳細については,線虫の let-7, lin-4 の系, ハエの bantam の系,そしてヒト細胞の miR-23 の系などで調べられているようです。

各生物について,論文中に引用のあったもの(の代表)を引用しておきます。 何かの役に立てばいいんですが。

Palatbuk, J. F. et al. Control of leaf morphogenesis by microRNAs. Nature 425, 257-263 (2003).

News and Views
Benfey, P. N. MicroRNA is here to stay. Nature 425, 244-245 (2003).

線虫
Reinhart, B. J. et al. The 21-nucleotide let-7 RNA regulates developmantal timing in Caenorhabditis elegans. Nature 403, 901-906 (2000).

ショウジョウバエ
Brennecke, J., Hipfner, D. R., Stark, A., Russell, R. B. & Cohen, S. M. bantam encodes a developmentally regulated microRNA that controls cell proliferation and regulates the proapoptotic gene hid in Drosophila. Cell 113, 25-36 (2003).

ヒト
Kawasaki, H. & Taira, K. Hes1 is a target od microRNA-23 during retinoic-acid-induced neuronal differentiation of NT2 cells. Nature 423, 838-842 (2003).

シロイヌナズナ(この記事の執筆時点では未出版。翻訳制御に働く例)
Chen, X. A microRNA as a translational repressor of APETALA2 in Arabidopsis flower development. Science 303, 2022-2025 (2004).


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アンボレラの衝撃?(2003.08.24)(→進化・分類学)


装甲プランクトン(2003.03.03)(→進化・分類学)
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