欧米における日本のポップ・カルチャーに対する論評などを読んでいると、J-POP=アニメソング、さらにはJapanese Pop Music全体=アニメソングかのように誤解して認識している文章に当たることがあります。
実際、今現在、日本のミュージシャンが日本国外で知られるようになるのはアニメとのタイアップが少なくないのでそう誤解する人が出てもおかしくはないのでしょうが。

日本のポップ・カルチャーと昔から密接な韓国や中国語圏の人たちはもう少し解像度が高く、日本のポップ・ミュージック=アニメソングと認識しているような誤解はないけれど、それでも、K-POPアイドルと日本のアイドルを比較する時に「日本のアイドル」と「声優アイドル」の区別がついていない人が少なくないことが気になる…というよりライブアイドルの概念が理解できていない人も多い。
でも、改めて考えると日本人でもライブアイドルと声優アイドルの区別がついていない人は少なくないのかもしれない。

23年12月、二日にわたる「異次元フェス アイドルマスター♡ラブライブ!歌合戦」と題したイベントが東京ドームで開催されていました。

2005年発表のゲームを起点にメディアミックスでシリーズが続く『THE IDOLM@STER』と、2010年の雑誌連載から始まりメディアミックスでシリーズが続く『ラブライブ!』に参加した声優たちによる合同コンサート。
シリーズの枠を越えた「異次元」を冠したフェスでした。
声優アイドルというジャンルは、少なくとも東京ドームを二日にわたって埋めるだけの動員力を持っています。ただ、現在の日本ではカルチャーが分断され、「テレビ」に映らなければ、何が「大きい」のかすら分からなくなっていますよね。
とはいえ、テレビ界最大のお祭りであるNHK『紅白歌合戦』にも2015年の〈μ's〉、18年には〈Aqours〉が『ラブライブ!』シリーズから出場していますので、テレビに映っていないわけではありません。

よくある「韓国のアイドル比べて日本のアイドルは〇〇だ」という言い回しでイメージされる「日本のアイドル」とは、ライブアイドルではなく声優アイドルのイメージなのではないだろうか? とは以前から書いてきました。
……私自身はルッキズム的な話には加担しないように書いています。でも、例えば『THE IDOLM@STER』の女性向け男性版『SideM』などには、同性の目から見た際の共感性羞恥的な感覚から来るルッキズム的皮肉を言いたくなる気分も分かると言えば分かりますよ。言うべきではないから言いませんが。


2023年に発表されたたかみゆきひさの『アイドル声優の何が悪いのか? アイドル声優マネジメント』のまず「はじめに」から。
みなさんは声優という職業にどんなイメージを持ってますか。まずアニメや洋画のアフレコや、テレビ番組のナレーションをする人たちという声優像が、世代を問わず一般的なイメージとしてあると思います。それは間違いありません。しかし近年はそれだけではなく、アーティスト(歌手)活動やラジオ番組のパーソナリティーやライブ活動など広範に及ぶ、いわゆる一般的な芸能人とそう大きく変わらないタレント業となっていることもご存じかと思います。
~(中略)~
いまや声優が雑誌の表紙を飾ったり、アニメキャラクターではなく声優自身がテレビ番組に出演することも珍しくありません。若い方は信じられないことかもしれませんが、一時期は声優が「声」のみの裏方仕事に専念せず、露出して活動しアイドル/タレント化していくことが批判される風潮もありました(現在でもありますが)。ですが、そんな声優像はもはや過去のもので、タレント化した声優がいまではかなり台頭してきています。
たかみゆきひさはスタイルキューブ社の創業者。

「声優」という言葉の持つイメージは、"アニメや洋画のアフレコや、テレビ番組のナレーションをする人たち"ですよね。
昔の声優は「顔」を出さずに「声」のみで仕事をする人たち、といったイメージだったでしょうが、今現在の声優は「声」だけの仕事にとどまらず自らステージに立って活動しています。


この本の帯にはスタイルキューブ社(前身も含め)が発掘した声優として小倉唯、石原夏織伊藤美来豊田萌絵の名前が挙げられていますが、彼女たちを見れば、昭和の人たちがイメージするような「アイドル」の世界観は声優の世界で継承されていると思えませんか?
「今のアイドルはグループばかりで顔の区別がつかない」とか「今の若い歌手の歌は歌詞が聴き取れない」、そして「昔のようなソロのアイドルはいないのか」などとお嘆きの方は声優アイドルのジャンルに目を向けてみれば安心できるのではないでしょうか。

アニメや漫画原作ドラマなどで描かれるアイドルのステージや音楽が、ファンも含めた実際のライブアイドルのシーンとはかけ離れた描かれ方になるのは、モデルがライブアイドルではなく声優アイドルだからなのでしょうし、大衆の持つ「日本のアイドル」イメージにしても、「正統派アイドル」とか「王道アイドル」という言葉でイメージしているであろうものも、ライブアイドルよりは声優アイドルのステージが近いように思います。
なので例えば、「韓国と比べて日本のアイドルが~」と始める時などは、イメージしている「日本のアイドル」とは何か明確にしておいたほうが良いと思いますよ。


ここからは、『アイドル声優の何が悪いのか?』第1章「アイドル化/タレント化した声優業界の現在地」から引用していきます。
まず前提条件として、「役者業=アニメに声をあてる声優業だけでは声優は食べていけない」ということを確認しておきましょう。
アイドル化/タレント化する声優像については、声優ファンからは(ときには業界人からも)度々疑問や批判が投げかけられてきました。「声優は声優の仕事だけしてればいい」そういった意見はSNSなどでもよく見ます。
~(中略)~
最初に「食べていける」というのはいったいどのくらい稼ぐことなのか、決めておきましょう。各個人の感覚で「食べていける」レベルというのは違ってくるかと思うので、ここでは世間のスタンダードとして大卒初任給を参考にしてみましょう。令和元年の大卒の初任給は、厚生労働省によると約20万円程とされています。
~(中略)~
声優は個人事業主として事務所と契約し、受けた仕事からギャランティーを配分される歩合制がほとんどです。ある程度の固定給が設定され、仕事量によって報酬が上乗せされるケースもありますが、ここでは完全歩合制を想定しましょう。
さて、新人声優が20万円を稼ぐには所属事務所にいくら入れればよいでしょうか?
声優/声優事務所のギャランティーの配分比率は、事務所によって違いますが声優が8割、事務所が2割というのがかつてよく言われてきたスタンダードです(最近は変わってきています)。
~(中略)~
声優が8割、事務所が2割と設定して声優が月20万円もらう場合、声優事務所には25万円の収入がなければいけません(税金などで引かれる部分は複雑になるのでいまは考えないようにします)。25万円に到達するには、声優はどのくらい働けばよいのでしょうか。
声優と声優事務所のギャランティーの利益配分が8:2だと数字だけ見ると驚きます。ただ、昔ながらの声優事務所は他のジャンルの一般的な芸能事務所と違い、実質的には「個人事業主としての声優」向け事務代行サービス業で、プロダクション機能やマネージメント機能をほぼ持っていなかったがゆえの配分なんですね。
声優のギャランティーには、ランク制というものが採用されています。声優として仕事を始めてから数年間は「ジュニアランク」。30分枠のテレビアニメ1話あたりのギャランティーは1万5千円です。以降は経験年数とともに自動的にランクが上がり、最終的に「Aランク」になると1本あたりの出演料は4万5千円になります。
~(中略)~
一方で、単純にランクが上がる=ギャラが上がるということではなく、出演料が上がってしまったことで起用される機会が減少する可能性があります。結果としてベテランになるほど仕事が減り、総収入も減ってしまう……といったことも発生しうるのです。このため、ずっと1万5千円を通す人もいます。
~(中略)~
つまり、テレビアニメだけだと、週4本のレギュラーをこなしても月収20万円には満たない。
アニメ声優の出演料はランク制が採られており金額はランクによって固定されています。
新人はまず一話一律15000円で二次使用料なども付かないジュニア契約(期間三年)から始め、二次使用料など追加報酬ありの15000円を下限としてステップランク、ランカーとキャリアを積むにつれ金額は上限45000円まで上昇し、金額制限の無くなるノーランクと呼ばれる声優が最高位になります。この金額は主人公であろうと一言しかセリフがない配役であろうと同じです。
ランク制は声優にとって収入を保証すると同時に足枷にもなります。

2018年に発表された福原慶匡の『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作」の仕組み』第3章「アニメ製作の流れ」より。
音響制作費の相場は作品によりますが1話100万円~150万円です。そこから音響制作会社が、キャストや音響監督などスタッフへの支払い、スタジオ代などを負担します。
~(中略)~
スタジオ経費、音響監督や音響効果の報酬などを引くと「声優のギャラに使えるお金はこれくらいだな」と決まってきます。こういう観点もキャスティングに影響します。
~(中略)~
原作者からの強い指名等で確実に入れないといけない場合、その人だけで1話につき10万円のキャスティング費がかかりますから、他の声優は低いランクにしよう、といった計算をして調整していきます。
実際、ジュニアランクだとギャラが安いということもありよく起用されます。でもジュニアの声優にランクが付くとギャラが上がり、予算に対してギャラが合わなくなってしまうので、ランクが付くと場合によって起用されなくなる
「高い」ベテランのスター声優を使うとそれだけで制作予算を圧迫し、脇を固めるのは全員新人、なんて状況も発生するわけです。
クールジャパンだなんだとアニメが注目されても、アニメ制作の現場で働くアニメーターにはカネが回ってこない、という話はよく目にしますが、声優も若くて「安い」声優の間には仕事があっても、キャリアを積んでランクが上がってギャラが高くなると仕事が回ってこなくなる状況があります。
一週間に四本もテレビ放映されるアニメのレギュラーをこなせば相当の売れっ子ですが、若手の間はアニメだけで月に20万円を稼ぐのは大変だし、一本当たりのギャラの単価を上げれば仕事が減るので、アニメの声優業だけで年単位で生計を維持し続けるのは、ごくごく一部のスター声優を除いてかなり困難だという話です。
だから、若い声優がインターネットなどで「有名税だ」とバッシングされているのを見かけると、そんなに高い税金を払わなきゃいけないほどではないだろうに、と可哀そうに私は思ってしまう。

そして、さらに思うところは、『アイドル声優の何が悪い』第1章より。
声優業界ではフリーや個人事務所の人以外は基本的に声優事務所に「所属」という形をとっているので一見するとマネジメント契約のように見えます。しかし、芸能界と比較すると、先にお話ししたように事務所の取り分が少ないことに起因して、声優業界では事務所側が《タレント=声優》に割くことのできる労力は限定されてしまいます。
~(中略)~
僕が二〇〇〇年代に声優業界で本格的に仕事をするようになって衝撃だったのは、原稿チェックや雑誌やCDジャケットの写真セレクトをマネージャーではなく声優本人がしていたことです。芸能界ではこれらはマネージャーの仕事です。マネージャーはプロなので、それらを即日作業して返すこともよくありますが、声優業界では声優本人がするので一週間待たされることも普通でした。また、とある人気女性声優とお仕事をしたとき、所属事務所からその女性声優の電話番号やメールアドレスを伝えられ、「直接やりとりしてください」と言われたことがあるのですが、芸能界のマネジメントに慣れていた僕は「どういうこと?」とびっくりしました。しかもほかの事務所の声優さんもそうだったので、「そういう業界なんだ」と認識するようになりました。「芸能界とはまったく違うんだ」と。
これ、要するに《実質》エージェント契約みたいなものなんです。決めごとは基本的に声優が行う。
声優業界は声優と事務所のギャラ配分が慣行上8:2で、一般的な芸能事務所の契約と比べて演者側の取り分が多く設定されていますが、その代わりに声優事務所は一般的な芸能事務所のようなマネージメントは行なわず実質的なエージェント契約制となっています。事務所ではなく声優自身が仕事を獲得し、契約し、メディア対応や制作上の決断も下さなければならないわけです。

ここ数年、芸能界で何かトラブルが起きるたびに、マネージメント契約からエージェント契約への移行を正しいかのように論じる言説もありますが、これはこれで大変です。マネージャーがいないということは、バッシングがあれば直に本人に届きますし、素行の悪いクライアントが直に近づくことも発生します。
なので、今の若い声優には声優事務所ではなく一般的な芸能事務所の声優部門に所属するタイプも増えています。ギャラ配分が減少したとしても芸能事務所のマネージメントを受けられるほうが安心できる、というのも一面の事実であり、個人商店的な規模で運営されてきた声優業界がアキバ・ブームでビジネス規模が急拡大した移行期の2000年代には若い女性声優(志望者も含め)がトラブルに巻き込まれるケースは少なくなかったようですから。


そして、アニメ以外の仕事のギャランティーがどの程度のものなのかは、アニメ業界への就職を謳う専門学校の代々木アニメーション学院の進路案内「業界ナビ:声優の年収は?給料の仕組みや仕事別の収入相場を解説」から見てみます。
ゲームは、
事務所ごとに報酬体系の考えに違いがありますが、セリフ100ワード(100文章)につき、新人声優で1万円から、ベテラン声優だと10万円以上からが相場とされています。
ナレーションは、
相場は1回の出演につき5,000円~100,000円となっています。
映画の吹き替えは
ランク制に基づいた報酬決定が一般的となっています。なお、アニメと同様に1本ごとの報酬発生となっているため、2時間の作品のうち、出演時間が5分であっても1時間であっても、あらかじめランクに定めた報酬額から変動が生じない
ラジオは
ナレーション同様に固定の出演料が支払われる体系となっており、相場は1回の出演につき1,000円~50,000円
となっています。これがアニメ業界を希望する学生やその保護者に専門学校が提示する「声のお仕事」の相場。
当然ながら個人差はありますが、ごくごく少数の声優界の大スター以外は仕事の数を増やそうと思えば最低金額寄りの安い金額で契約しているだろうし、デビューから数年以内のジュニアランク契約の若い声優ともなれば収入は逆算してほぼ推測できますよね。

……しかし、思うのは、
タレント活動で代表的なものとしては、テレビ出演が挙げられます。
プロダクション所属の声優がタレント活動をする場合、出演料から手数料を引いた額が収入となっており、深夜番組では30,000円~150,000円、ゴールデンタイム番組だと100,000円〜1,000,000円が相場となっています。
本業で頑張るよりも全然稼げます。たまに「テレビ芸能界」のよそ者のお客さん扱いで出演する声優でもこれだけ貰えるのなら、ゴールデンタイムのテレビ番組を占拠するお笑い芸人たちはどれだけ稼いでいるのやら。
現在の日本のエンタメ業界はテレビも含めどこも「カネがない」と呟くけれど、カネがないわけじゃないのだよな。お笑い芸人とその事務所に吸い上げられる膨大なカネの一部でも他に回せば助かる人はたくさんいるはずなのに。テレビ局のミュージシャンに対する扱いとか本当にひどい。
もし仮に百歩譲って「有名税」とやらがあるのならば、支払うべきはお笑い芸人たちなのだろうけれど、庶民感情ってやつは弱い者いじめ、できれば「若い女」をいじめて楽しみたいものなのでそちらには向かないのですよね。


『アイドル声優の何が悪いのか?』第1章から続けます。
声優/声優事務所は、テレビアニメのアフレコによる収入だけでは食っていけないことはこの章の始めで確認しましたよね。そこで声優業界では「アニメのアフレコ」以外で、より高額な収入が発生する仕事が必要となってきました……キャスティングなどの制作業務や養成所などもそうですが、声優業界は大きくなっていった声優人気という需要もあり、声優のアイドル/タレント化を受け入れる方向に進行してきたわけです。いまや声優が歌ったり踊ったりすることは当たり前の時代になり、10代の若い世代の声優も増えました。
これはなるべくしてなった進化であったと思います。これまで裏方であった声優というタレントに付加価値をつけて展開したほうがマーケット/ビジネスは広がります。アニメやゲームを中心とする日本のサブカルチャーが台頭した時代が望んだ流れでもあるでしょう。「付加価値のついた声優」=「アイドル化/タレント化した声優」というものが生まれ、世の中に認知されたおかげで「アイドル化/タレント化した声優」は通常より多くのギャランティーを手にすることができました。これは喜ばしいことだと思います。アニメ業界でも様々なビジネスチャンスが生まれました。なりたい職業ランキングの上位に声優が入るようになりましたし、業界の活性化に繋がったことは間違いありません。
アニメの声優業だけでは業界は食べていけません。そこで業界内中堅以上の声優事務所や芸能事務所の声優部門は制作に直接関わることのできるプロダクション機能を強化したり、新人養成を兼ねつつ学費収入を得るためのスクールビジネスを始めるなどし、声優自身は顔を出さない"裏方"な声の仕事だけではなく表舞台で歌って踊り、業界全体が業務の多角化で収入を確保するよう変化しました。

『アニメプロデューサーになろう!』第4章「知っておきたい関連業界のビジネスモデル」より。
朝10時から15時ころまでの5時間のアフレコで2万円稼ぐとすると、額面上の売上は時給4000円です。しかし、所属事務所にマネージメント手数料として2割から3割引かれ、最終的に税金も納めることを考えると、実質的な手取りは1話出て1万円くらいです。ある声優が1クール12話に毎回出演するレギュラーを勝ち取ったとしたら、それだけで狭き門を勝ち上がってきた存在のはずですが、それでも1か月の手取りが4万円。3本レギュラーがあっても12万円。これだけで食べていくのはなかなか困難です。
メインクラスのキャラを担当していれば、キャラクターソングを歌い、そこからの収入も入ります。キャラソンは「歌唱買い取り」と言って権利を買い切ることが多いです。アーティストの場合は歌唱印税となることが多いですが、声優の場合は作品に紐付いている歌唱しかないため買い切りの取り回しのほうが良いからです。これは声優の格によって5万円から10万円(一部の人気声優はそれ以上)が支払われます。
さらに、メイン級のキャストは月に数本イベント出演があり、こちらも1回5万円から10万円(一部の人気声優はそれ以上)ほど出ます。
するとレギュラー4万円、キャラソン1本5万円、イベント月2本として10万円となり、20万円くらいになります。キャラソンを出せている時点で声優としてだいぶ成功していますが、それでも大卒の初任給と同じくらいなのです。
これがアニメに付随して発生する周辺ビジネスの相場。
アニメのメインキャストのレギュラー一つで大卒初任給くらいは稼げるようになりました。これが単発ではまだ不安定ですが、アニメ放映終了後もファンがついていくようなヒット作に出れればその後もイベントや二次使用料などが入り、それが複数積み上がれば生活はかなり安定します。
さらにそこからアニメ制作側買い切りのキャラクタービジネスにとどまらず、自身のオリジナル楽曲を出せる声優になれれば歌唱印税、コンサートが開けるようになればグッズ収入なども発生し、声優の生活と声優事務所の経営は安定します。


『ラブライブ!』の現行シリーズの声優で組まれたチーム〈Liella!〉の「現場」を見てもらえば分かるよう、現在の声優アイドルは人気作品ともなればスタジアム級の動員力を持っています。

声優業のアイドル化により若い声優でも生計を立てるに足る収入を得ることが出来るようになりました。
ただ、その代わりに、今から若手としてやっていくにはある程度以上の美人で歌舞音曲の素養があるところから始めないとオーディションを勝ち抜けず、「美人じゃないしステージで歌って踊ることも出来ないけど、声には自信があります」というようなタイプが声優として生き残るのはかなり困難。要求される基準は高度化しています。
「最近のアイドル声優は実力もないのに云々」と言う人がときどきいますが、
~(中略)~
声優界は駆け出しからベテランまで「個人としてスキルを高めなければならない」という意識が高い方が多いのです。さらに、昔と比べると声だけのお芝居だけではなく、容姿も良く歌も歌えてダンスもできて、イベントやラジオでおもしろくしゃべれることが求められますから、相当に芸達者でないと一線級の声優にはなれません。
芸能の仕事をずっとやってきた私から見ても声優に求められるスキルは少し高すぎるのではないかと思うくらい様々な能力を求められています。
……こうした状況へのアンチテーゼがVtuberなんだろうな。声優アイドルのファン層とVtuberのファン層が重ならないどころか対立関係にあると言うと驚く人もいますが、両者にはイデオロギーの違いがあるのだから当然です。
冒頭で紹介した「異次元フェス」でも招待されたVtuberがステージに登場した途端に現場のオーディエンスは静まり返ったと聞きます。
ステージパフォーマーとしてアーティスト化したリアルな声優アイドルとそのファンに対し、緩い素人芸を親しみやすいと感じ、生まれながらの顔の美醜や育ちから来る文化資本の蓄積を無効化したヴァーチャルな世界に安心を感じる層がVtuberのファンとなっているのでしょうから相容れないわけです。


リンクしてあるのは、East Of Edenの『Evolve』。
元〈predia〉の湊あかねと、『BanG Dream!』シリーズの〈Morfonica〉でヴァイオリンを担当していたAyasaをフロントに、最近、海外人気の高いJapanese Female Bandを結成するプロジェクト。

Ayasaは声優ではなくヴァイオリニストとして『BanG Dream!』に参加しキャラクターの声も担当したタイプですが、
『アイドル声優の何が悪いのか?』第3章でも
近年で増えた業務でいうと、楽器の練習とSNS運用とネット配信があるでしょうか。
スタイルキューブでは楽器を無理にやらせることはありませんが、業界的には事務所が主導したり、もしくは個人の意思で、戦略的にひとつくらいは楽器をこなせるようにするケースは増えていると感じます。楽器を使った作品も多くなりましたし、そうすることで、請けられる仕事の幅を広げられる。そういったところを意識することも、業務の一環になっている印象はあります。音楽に関係したことだと、ダンスが得意な方もかなり増えました。
とあり、今の若い声優はミュージシャンとしての素養も必要になっているのですから大変な仕事です。
――2023年の振り返り――


2023年のNHK『紅白歌合戦』の提示した「テレビにおけるアイドル観」は〈YOASOBI〉の『アイドル』に日本と韓国のアイドルを次々と登場させたシーンに象徴されました。
『America's Got Talent』で披露された〈アヴァンギャルディ〉のダンスから始まり、〈Rev.from DVL〉と〈ゆるめるモ!〉所属だった2010年代半ば頃にネット上のミームで「天使と悪魔」と対比されていた地方アイドルのアイコンだった橋本環奈と地下アイドルのアイコンだったあのの二人が当時話題となったポーズを再現するステージでした。


そして、この二人の前にステージに登場したアイドルたちがテレビ「地上」波において認識される「アイドル」ということになるのでしょう。
日本人K-POP枠が〈NiZiU〉〈JO1〉に、48グループ出身の宮脇咲良のいる〈LE SSERAFIM〉と〈twice〉の日本人メンバーを抽出した〈MISAMO〉の4組で、韓国枠が〈SEVENTEEN〉〈Stray Kids〉に特別枠をわざわざ設けた〈NewJeans〉の3組。秋元康枠は〈乃木坂46〉と〈櫻坂46〉の2組。国産ボーイバンドとして〈BE:FIRST〉。懐古枠として元〈キャンディーズ〉の伊藤蘭とアミューズ社三人組アイドルの後継である〈Perfume〉。
ここに23年の「紅白」には呼ばれていない旧ジャニーズ勢と、それぞれ十年前と二十年前に一時代を築いていた〈AKB48〉と〈モーニング娘。〉ぐらいが「テレビの人たち」(作る側も見る側も)がイメージする「アイドル」の全てと言ってしまっても言い過ぎではないはずです。

ここから分かるのは、今現在の日本における「テレビの人たち」にとっての「アイドル」のメインストリームはK-POPアイドルであって、非K-POPな日本のライブアイドルは得体のしれないアングラな存在でしかなく、色物として『紅白歌合戦』では20年の〈BABYMETAL〉、21年の〈BiSH〉、23年は〈新しい学校のリーダーズ〉とたまに1枠与えておけばいいや、ぐらいの扱いなのでしょう。

そもそも大衆マス 向けメディアである「テレビ」が歌って踊る日本人アイドルを好まないところがあって、橋本環奈あのもそうですが、他にも王林ファーストサマーウイカ生見愛瑠などアイドル色を抜いてからテレビが扱うようになりますよね。
また、男性アイドルでも〈BE:FIRST〉を成功させたSKY-HIが〈AAA〉での同僚Nissyと『SUPER IDOL』と歌い、ジャニーズを離脱した平野紫耀ら〈Number_i〉が『GOAT』と歌っても大衆にはブロードキャスト(伝播)されないのが現実です。
「なんで紅白にK-POPばかりを呼んで日本のアイドルを出さないんだ!」って怒っている人たちもいるけど、彼らだって実際のところ、具体的に呼ぶべき「日本のアイドル」をイメージできていない人がほとんどでしょ。

中森明夫の『推す力 人生をかけたアイドル論』から一般論として……中森明夫に対しては色々と思うところあるので、あくまでも一般論として引用します。
かつてアイドルはテレビがメインステージだった。テレビに出ないとアイドルとして認められない。テレビから姿を消して"アイドル冬の時代"となった。
しかし、新たなアイドルブームは、テレビがメインステージではない。ライブ+インターネットだ。
~(中略)~
テレビのキー局はすべて東京にある。大手芸能プロダクションも同様だ。つまり、かつてアイドルになろうとすれば、東京在住が必須条件――上京するしかなかった。今は違う。地元でライブをやって、地元から発信できる。インターネットの普及によって、全国各地がアイドルの活動できる場になったのだ。
たとえば地方に住む、芸能プロダクションに所属しない1人の少女がいるとしよう。路上でライブをやって、スマホで動画を撮り、YouTubeにアップする。なんと、たった一人でアイドル活動が展開できるのだ。いつでも、どこでも、誰でもアイドルになれる。24時間、世界中に発信できる。これは大変なことだ。アイドルをめぐるメディア環境は一変してしまった。
アイドルに限らず「芸能」全体が「テレビ」に映るかどうかで判断されています。
コンサートで何万人も動員しているミュージシャンであってもテレビに映らなければ無名の「地下」的な存在として扱われるし、テレビに映っていた俳優が劇場に活動の場を移せば「終わコン(終わったコンテンツ)」扱いされる。テレビに映る芸能人は映らない芸能人に比べて「高級」扱いされるのも現実です。
でも、多くの人たちがあまりに「テレビ」に価値判断を委ねているようにも思えませんか?
口の悪い人の言う「マスゴミ」なんて表現も情報依存の裏返しでしかなく、大衆マス 向けメディアなんてそんなもんでしょ、としか私は思えません。みんな「テレビ」の悪口は言うわりに情報を依存し過ぎているように見えます。

それでいて、「テレビ」の権益は、ジャニーズ社問題が象徴的ですが、東京のテレビ局と大手芸能プロダクションのインナーサークルで独占され、大企業病に侵されたまま、革新的な商品開発も野心的な人材育成もされず閉塞感のみが高まっていく。
これはテレビを中心とする芸能界やマスメディア各社だけじゃなく、日本社会全体にある閉塞感ではないでしょうか。
テレビの音楽番組がK-POPアイドルに占められつつあるのだって、ネット上で流布する陰謀論者が言うような「韓国の陰謀」でもなんでもなく、ただ単に、既得権益の配分ばかりにかまけて自前で何も作れなくなりつつある「日本」がアウトソーシングに頼り切りになった、というありふれた話でしかないわけで。
アイドルは本来、歌手としてデビューするが、その後、女優に転ずるケースがある。「転ずる」というより「成長する」と捉えるむきもあった。長く芸能界で活動を続けるには、それがある種の必然だったのかもしれない。
昭和から平成になって、アイドルの形も変わった。分業化したのだ。バラエティー番組に出るバラドル、グラビアアイドル略してグラドル、声優アイドル=声ドル等である。
「アイドル女優」もその中にあった。女優の肩書きだけれど、アイドル的な受容をされている女子タレントたちだ。90年代後半からゼロ年代にかけて("アイドル冬の時代"とも相まって)、アイドル女優たちが輩出した。
上戸彩がその代表格だろう。さらには広末涼子や田中麗奈ら、映画やドラマよりも前にまずテレビコマーシャル=CMで顔を知られた、いわば「CMアイドル」発の女優たちだ。長澤まさみや沢尻エリカ、宮﨑あおい、蒼井優、井上真央、堀北真希、上野樹里、新垣結衣、石原さとみ、綾瀬はるか……といった顔ぶれが思い浮かぶ。
ところで、この「アイドル女優」という呼称は、当人はもとより所属する芸能事務所サイドからひどく嫌がられる。「ウチの〇〇はアイドルなんかじゃありません! 立派な女優です!!」というわけだ。明らかにどこかアイドルは女優よりもはるかに位が低いといった印象なのである。
「テレビの人たち」にとって歌って踊る日本のアイドルは80年代で終わっているのですよね。80年代末頃からバラエティ番組の賑やかしを担当するバラドル、(あえて古臭い表現で)お色気を担当するグラビアアイドル、オタク層向けの声優アイドルなどに分業細分化され、90年代になるとアイドルという呼称自体が忌避されるようになります。
90年代を代表する「アイドル」は広末涼子と安室奈美恵になるでしょうが、彼女たちは当時アイドルと表立っては呼ばれていませんでしたし、アイドル呼びする場合にはどこか"位が低い"と卑しむ感覚がありました。
そして、この90年代の"「ウチの〇〇はアイドルなんかじゃありません! 立派な女優です!!」"という表現は三十年経った今でも普通に見かけます。普段は「アイドルなんか」とバカにしていた人がアイドルにハマると口を揃えて言い出す「〇〇はアイドルじゃない。アーティストだ」はこの感覚を引きずった表現ですよね。

K-POPアイドルが90年代を起点に歴史を語るのとは逆に、日本では90年代に大衆マス 文化としての歴史が断絶されてしまっています。だから大衆はテレビに映るバラドルやグラドルは知っていても、歌って踊る(本来の)日本のアイドルがどのような音楽をやっているのかに興味を持たないし知らない。音楽をやっているのは韓国アイドルだけだと思い込んでいるのでしょう。

私自身は音楽をやっていないアイドルに興味は全くありません。
その上で、「プロフェッショナルな韓国アイドルに比べて日本のアイドルはアマチュアだ」という価値観のみが肯定されて、例えば、田舎の高校生がバンドを組んで地元の小さなライブハウスから始めて大きくなる、そんなストーリーを完全否定し、大手芸能プロダクションが養成したミュージシャンだけが認められる、そんな社会も私は望みません。


〈カイジューバイミー〉のカヴァーした〈フラワーカンパニーズ〉の『深夜高速』。
機材を載せたクルマに乗り込みライブハウスからライブハウスへ旅を続けるバンドマンとライブアイドルの生活を重ねたもの。

そういえば、ここ最近、韓国で〈緑黄色社会〉の人気が出始めていますね。「会社がメンバーを集めて作ったのではない、地方都市の高校の同級生で組んだバンドが大きくなった」とストーリーが語られながら。
もちろん、〈NEMOPHILA〉のように「会社」主導で結成されたバンドもあっていいのですよ。どちらか片方だけが全肯定され、そうじゃない方は全否定されるのは楽しくない、という話です。


米国の音楽チャート「Billboard」に掲載された23年の振り返り記事「U.S. Music Consumption Saw Double-Digit Growth in 2023 as Streaming Surged, Sales Rebounded」(24年1月10日付)がちょっと面白かったので紹介しておきます。
Rock led album sales with a 41.5% share, more than triple No. 2 hip-hop’s 12.9% share and No. 3 pop’s 12.7% share. Country was No. 4 with a 7.8% share and World — mainly K-pop — was No. 5 with a 6.9% share.
In terms of growth rate, World music — which also includes J-pop, or Japanese pop, and Afrobeats — topped all other genres with a 26.2% increase in U.S. on-demand audio streams to 5.7 billion. No. 2 Latin was close behind with 24.1% growth but was far larger with 19.4 billion on-demand audio streams. Country was No. 3 in terms of growth, up 23.7% and with a total of 20.4 billion on-demand audio streams.
~(中略)~
J-pop totaled 1.67 billion on-demand audio streams (of J-pop tracks ranked in the top 10,000 world music songs). J-pop's success comes from a youth movement: Fans are 95% more likely than the general population to be Generation Z and 94% more likely to identify as LGBTQ+, according to Luminate.
なんだかんだ言っても米国では今もロックの売上が一番でアルバムセールだと41.5%のシェアを持ち、二位がヒップホップで12.9%、三位がポップで12.7%、四位がカントリーで7.8%、五位が米国人にとっての海外音楽であるワールドミュージックで6.9%。
ワールドミュージックの売上を主導するのがK-popなのは前提として、注目すべきジャンルとしてアフロビーツと並び、J-popおよびJapanese popの急成長が記されています。そしてJ-popの米国におけるリスナー層として、Z世代の若者層とLGBTQ+なアイデンティティを持つ層が一般層に対し有意に多い、と。
最近は、米国のヒップホップはじめとする黒人カルチャーと日本のポップ・カルチャーの文化交差に注目する研究が目立つようになってきていますが、日本のポップ・カルチャーはカウンター・カルチャーとして受容されていることが改めて分かりますね。日本には「LGBT陰謀論」みたいなものもありますが、この層は「日本」にとって重要なお客さんです。

そして、24年始まって最初の日本発の世界的バズは〈Creepy Nuts〉の『Bling-Bang-Bang-Born』。アニメが日本国外に日本の音楽を広げる重要なポータルになっています。
日本のラップミュージック/ヒップホップ界隈における23年の大きな話題は〈BAD HOP〉と〈舐達麻〉の抗争でしたが、喧嘩騒ぎには良くも悪くも界隈の持つ若さとエネルギーを感じます。


テレビ「地上」波の基準とは違う「地下」の一つの「アイドル」評価として、12月末に発表される「アイドル楽曲大賞」のランキングを毎年紹介しているので今年もここから始めます。

メジャーアイドル楽曲部門
1位.『楽の上塗り』CYNHN 2位.『コズミック・フロート』ukka 3位.『ar』Devil ANTHEM. 4位.『kyo-do?』私立恵比寿中学 5位.『ジンテーゼ』CYNHN 6位.『Summer Glitter』私立恵比寿中学 7位.『この空がトリガー』=LOVE 8位.『Start over!』櫻坂46 9位.『リサイズ』CYNHN 10位.『天使は何処へ』≠ME
11位.『メロメロ!ラヴロック』わーすた 12位.『シュークリーム・ファンク』フィロソフィーのダンス 13位.『MONONOFU NIPPON』ももいろクローバーZ 14位.『NEW WORLD』lyrical school 15位.『GAV RICH』ミームトーキョー 16位.『かわいいメモリアル』超ときめき♡宣伝部 16位.『ボイジャー』私立恵比寿中学 18位.『青春を切り裂く波動』新しい学校のリーダーズ 19位.『熱風は流転する』フィロソフィーのダンス 20位.『青いペディキュア』JamsCollection 20位.『どうしても君が好きだ』AKB48

とりあえず20位まで紹介しましたが、メジャーアイドル部門の中で、23年の『紅白歌合戦』にもエントリーしているのは〈櫻坂46〉と〈新しい学校のリーダーズ〉の2組。〈新しい学校のリーダーズ〉は「地下」からテレビ「地上」波に乗るようになったチームですが、逆に〈櫻坂46〉と〈AKB48〉はテレビに頼らず「地下」でもちゃんと戦えるようになったとも言えます。

アイドル界隈で俗に「楽曲派」と呼ばれる層に今現在人気があるのはDEARSTAGEグループ(以下、ディアステ)の〈CYNHN〉なのか。
私個人がメジャー契約しているアイドル楽曲で23年に気に入ったのは中野雅之が楽曲プロデュースしたWACKグループ所属の〈BiS〉『僕の目を見つめて 君の世界になりたい』と『イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム』だったけど、「楽曲派」には全く反応がなかったよう。


中野雅之といえば私たち世代にとっては〈BOOM BOOM SATELLITES〉ですが、(大枠としての)90年代デジタルロックでは〈THE MAD CAPSULE MARKETS〉の上田剛士が楽曲プロデュースした〈Devil ANTHEM.〉の『GOD BLESS YOU!!』はアイドルの実写と概念をAIに読み込ませて作らせたMVが興味深い。ここからどう表現は発展するのだろう、と。
そして、テレビ「地上」波ではない「地下」のアイドルがバンド・カルチャーに属しているのが分かりますよね。
現在の〈BiS〉のバンド・アプローチが〈BOOM BOOM SATELLITES〉に続いて〈DOPING PANDA〉の古川裕の『LAZY DANCE』で、次に用意されているのが〈スーパーカー〉の中村弘二に、〈Age Factory〉で、姉妹チームの〈ASP〉も次に用意されている曲は〈WARGASM〉。こうしたWACKの方針は面白い。

WACKだとステージを観たら意外に良かったのが〈KiSS KiSS〉でした。
23年にあったWACK周辺状況だと〈BiSH〉の解散は「地上」でも報じられるほど大きな出来事でしたが、「地下」においては、毎年恒例だったWACKグループの合同オーディション合宿の中止発表が大きな影響を女性アイドル界隈に与えています。
WACKの拡大路線が止まったことで、これまでWACK第一志望だった浪人生たちが一斉に進路変更を迫られました。例えば〈PIGGS〉と〈MAPA〉のそれぞれ二人の新人や、AqubiRecグループの〈MIGMA SHELTER〉〈BELLRING少女ハート〉〈Finger Runs〉では各チームに一人ずつ新人採用し、秋元康プロデュースを冠したチームでも〈WHITE SCORPION〉がWACKの元練習生を二名採用するなど、次々と他グループに採用されています。WACKでのブートキャンプ体験は評価されます。
ただ、「アイドル楽曲大賞」は本当にWACK嫌いが多いのだろうな。WACKから離れた松隈ケンタの『青春を切り裂く波動』は18位だけど、WACKとしては〈BiSH〉最後の曲で〈THE YELLOW MONKEY〉の『Bye-Bye Show』が45位で最高位。

その一方で、「アイドル楽曲大賞」で常に上位に評価されるSTARDUST PLANETグループ(以下、スタプラ)所属のチームだと、23年の象徴的な歌詞として「共同戦線」を訴える〈私立恵比寿中学〉の『kyo-do?』に以前触れましたが、スタプラ旗艦チームの〈ももいろクローバーZ〉になると『MONONOFU NIPPON』MVで逆襲を訴えています。
20年公開の〈BiSH〉の『スーパーヒーローミュージック』MVと『MONONOFU NIPPON』MVを続けて見ると面白いし、さらに24年冒頭にスターダスト社は元〈BiSH〉からセントチヒロ・チッチの獲得を発表。
〈BiSH〉解散後、ももクロが旗手を再び担おうという表明に見えます。

……芸能人の事務所移籍というと、昔はヤクザを使った抗争が始まるくらいタブーとされていたけれど、例えば、WACKには逆にスタプラや〈HKT48〉から移籍してきたメンバーがいます。今のアイドルはプロスポーツ選手がチームを変わるように移籍するので、「芸能界」とは違うカルチャー。
メンバー編成が変わるのを嫌がるファンもいるけれど、風通しを良くする意味でも悪い話ではないと私は思うのだけどな。プロスポーツのチームのように毎年のチーム編成を楽しむように見ればいいのに。


インディーズ/地方アイドル楽曲部門も20位まで紹介すると、
1位.『八月』fishbowl 2位.『Lily』Ringwanderung 3位.『』タイトル未定 4位.『』タイトル未定 5位.『わざとあざとエキスパート』いぎなり東北産 6位.『あんたがたどこさ ~甘口しょうゆ仕立て~』ばってん少女隊 7位.『Vibes』Task have Fun 8位.『真夏のユーレイ!!』Merry BAD TUNE. 9位.『九天』fishbowl 10位.『Flyways』jubilee jubilee
11位.『ぴゅあいんざわーるど』FRUITS ZIPPER 11位.『Adam』Ringwanderung 13位.『神話級ハッピーエンド』さとりモンスター 14位.『夏へのとびら』クマリデパート 14位.『Sparkle』SANDAL TELEPHONE 16位.『主人公 』Layn 17位.『夏が来れば』タイトル未定 18位.『シリウスにマフラー』開歌-かいか- 19位.『尻尾』fishbowl 20位.『フロンティア』RAY

現在の地方アイドルの旗手は、静岡を拠点とする〈fishbowl〉と北海道を拠点とする〈タイトル未定〉。そこにスタプラの地方拠点チーム〈いぎなり東北産〉〈ばってん少女隊〉を軸とする上位層。

とはいえ、地方アイドルの動員はどこも減少傾向にあると〈fishbowl〉〈タイトル未定〉らと「地方アイドル界隈」を構成する京都拠点の〈きのホ。〉プロデューサーは語っていました。「楽曲派」が好むチームも全体としてあまり調子が好さそうには見えず、「アイドルブーム」の終了で新規ファンの流入がほぼなくなって既存ファンが界隈を回遊するばかりになっている印象は拭えません。


インディーズだと〈RAY〉の『火曜日の雨』が私のティーンエイジ心を刺激します。

アイドル楽曲大賞の会場でも「楽曲派」好みの曲とTikTokでバズった曲のバランスをどうとるのかが話題になっていました。
音楽の好みは別にして、女性アイドルで2023年に一番注目された存在だったのは〈iLIFE!〉になるのだろうな。
そして、もしプロスポーツのように「新人王」があるとすれば〈iLIFE!〉兼〈i-COL〉メンバーのあいすが選ばれると私は思います。


23年の女性アイドル事情を、単純な言葉で表現するならば「原宿系」の躍進が特徴的だったと言えるでしょう。
ブームの終了で新規ファンを獲得できなくなった「楽曲派」とは逆に、〈iLIFE!〉らのHEROINESグループは「独り勝ち」と言われるくらいに好調でした。
女性アイドルの本拠地というと〈AKB48〉や〈でんぱ組.inc〉に代表される秋葉原が2010年代前半まで。10年代後半からは〈BiSH〉や〈ZOC〉に代表される渋谷でしたが、20年代に入るとパンデミックの影響でライブハウスでよりもインターネットに強いチームが勢力を伸ばし、23年にはNHK『紅白歌合戦』出演の〈新しい学校のリーダーズ〉とTBS『輝け!日本レコード大賞』新人賞を獲得の〈FRUITS ZIPPER〉を送り出し「地上」でも無視できない存在となったASOBISYSTEMグループ(アイドル部門はKAWAII LAB.)に、「地下」で独り勝ちしたと言われるHEROINESグループらの本拠地である原宿のアイドルたちがTikTokを活用したプロモーションで女性や子どものファンを多く獲得し既存の客層の外から人を呼び込むことに成功。
主戦場はTikTokとなり、ここで強いかどうかが今現在の勢いの差になっています。
……スタプラ好きな「アイドル楽曲大賞」なら〈AMEFURASSHI〉とエースの愛来を評価しても良さそうだけどそうでもないのかな。


23年のアイドル界最大の事件は「ジャニーズ帝国」の崩壊でしたが、「地上」が解放されたことで男性アイドルも様々な形式で人気を得るチームが24年には出て来るかもしれませんね。
12月に開催されたSKY-HI主宰のショーケース「D.U.N.K.」には、ジャニーズ改めSTARTO社所属の〈Travis Japan〉と、ジャニーズを離脱しチームごとTOBEに移籍した〈IMP.〉が参加していました。「ジャニーズ帝国」が支配していた時代には考えられない話です。ジャニーズを離脱したSKY-HIと〈IMP.〉のいる場に旧ジャニーズ所属のチームが出て来るなんて。
なんだかこれまでの足枷となっていた旧弊が解除されたような感覚があります。

24年に入ると、韓国企業と組んで男性アイドルの〈JO1〉と〈INI〉、女性アイドルでは新たに結成した〈ME:I〉で侵攻を始めていた「ヨシモト帝国」も揺らぎ始めています。マスに作用する「(テレビ)芸能界」の風通しが好くなると「日本」の閉塞感も少しは晴れる気分になるんじゃないのかな。


リンクしてあるのは、Bring Me The Horizonの『Kingslayer』ft. BABYMETAL。

ようやく公開された『Kingslayer』のライブMV。今現在の男女合わせた日本型アイドルのトップで代表の座にいるのはSU-METALこと中元すず香なのは明らかですね。
Rage Against The Machine〉のTom Morelloにギターを弾かせた『メタり!!』を聴くと美空ひばりポジションを狙っている? とも。
そういえば、〈Bring Me The Horizon〉のOliが参加したYUNGBLUDの『Happier』MVは日本の女性ライブアイドルMV感があって面白かったな。
ここ数年、韓国では「トロット」がブームになっています。
トロットとは日本の演歌にあたる音楽ジャンルですが、日本でも演歌歌手が民謡歌手やムード歌謡歌手と重なる領域で活動するのと同じように、韓国でもトロットは演歌だけでなく民謡やムード歌謡を含めて語られます。
そんなトロットのブームの起爆剤となった番組が2019年にテレビ朝鮮で放送開始されたオーディション番組『明日はミス・トロット』と20年に開始された男性版の『明日はミスター・トロット』。



この番組の成功後、韓国ではトロットのオーディション番組が次々と制作されるようになりましたが、こうしたトロット歌手のオーディション番組がこの12月に日本でも放映が開始されるというニュースを見かけました。まずはWOWWOWで放映される日本コロムビアらによる『トロット・ガールズ・ジャパン』 、次いで吉本興業がテレビ朝鮮と業務提携し『明日はミス/ミスター・トロット』フォーマット展開の開始が宣言されました。
K-POP型アイドルの次は演歌が日本人が韓国人の技術指導を受けることになるのですね。

NHKの『紅白歌合戦』に対し「若者に媚びてK-POPアイドルばかり出すな。日本の番組なら演歌を出せ」と言う人もいます。でも、私が子どもの頃にも『紅白歌合戦』には韓国人歌手の枠がありましたよ。趙容弼チョーヨンピル 金蓮子キムヨンジャ 桂銀淑ケーウンスク といった韓国人演歌歌手は子どもでも知っていましたから、私より年長の人たちにとっても韓国人歌手がいるのは普通だったんじゃないのでしょうか。
今年23年の『紅白歌合戦』のアイドル枠には韓国人に指導された日本人の枠として〈NiZiU〉〈MISAMO〉〈JO1〉に日本人メンバーのいる〈LE SSERAFIM〉を加えた四組、日本人のいない韓国人の枠が〈Stray Kids〉と〈SEVENTEEN〉の二組。「日本の番組なら演歌を出せ」も、数年後には韓国人指導の日本人演歌歌手がステージに並ぶ、なんてこともあるかもしれませんね。「テレビ」を中心とした日本の「芸能界」も他の業界の大手企業と同じく自前で何かを開発する能力を失っていますから。

……『トロット・ガールズ・ジャパン』で歌われる曲目を見ると、80年代までの大衆歌謡全体がもう「演歌」枠なのは分かっていたけど、90年代前半の広瀬香美ももう「演歌」枠なんだ。そりゃそうか。もう三十年前だもんな。最近は福山雅治が老人になっても「永遠の若大将」加山雄三の後継ポジションに入っているのを見て面白がっていたけれど時代は過ぎていくものです。
今年23年の『紅白』は紅組トリがMISIAで白組トリが福山雅治。この二人の組み合わせでトリを担うのは四年連続だそうですが、そうなると、1969年生まれの福山雅治と78年生まれのMISIAの二人が2020年代現在における現役最年長世代の「大御所歌手」枠になるわけですから、改めて時代が過ぎていくことを実感します。


山本浄邦の『K‐POP現代史――韓国大衆音楽の誕生からBTSまで』からトロットと演歌と日本の関係について紹介していきます。


まずは韓国人歌手の日本進出前夜の話から。
第1章「K‐POP前史――韓国大衆音楽の誕生と発展」より。
韓国でも一九六一年にテレビ本放送が開始され、一九六〇年代後半になって急速にテレビが普及していく。そのような流れのなかで、エルヴィス・プレスリーの影響を受けながらテレビ時代の韓国大衆音楽界に登場したのが南珍ナムジン であった。南珍は一九六五年にポップ歌手としてデビューするが、ほどなくしてトロット歌手に転向し「カスマプゲ」をリリースした。
~(中略)~
南珍はエルヴィス・プレスリーのいわゆる「骨盤ダンス」を模倣した腰を左右に振るポーズを交えながら、低音を震わせるいわゆる日本の昭和ムード歌謡のような唱法でミドル・トロットの曲を歌うというパフォーマンスをテレビの音楽番組で披露した。その姿は視聴者の印象に残り、「踊るトロット歌手」と呼ばれ注目された。
南珍は1946年生まれの全羅南道の木浦市出身。俳優志望で漢陽大学の演劇映画科在学中の65年にポップ歌手としてデビューしますが、この時は売れず。しかし、67年にトロット曲の『가슴 아프게カスマプゲ (胸が痛む)』と、主演した同名映画が大ヒットし一気にスターとなります。日本で言うとプレスリーに影響されたロカビリー歌手から演歌歌手に転向したタイプにあたるのが南珍です。

さすがに60年代の公式映像は見つからなかったので1987年のKBS出演時の映像から。
……KBS(韓国放送公社)は日本でいうNHK(日本放送協会)にあたる公共放送局。日本でも過去の映像を「史料」として海賊版に頼らず参照できる形にしてほしいと本当に思う。

そして、南珍のライバルとして語られるのが羅勲児。
南珍と同じ時期に人気を得ていた男性歌手に羅勲児ナフナ がいる。羅勲児は釜山で一九四七年に生まれた。南珍より一歳歳下である。
羅勲児は一九六六年にデビューし、一九六八年に「愛は涙の種」をヒットさせて、一九七〇年代には、韓国大衆音楽のトップスターとして君臨していた南珍と並ぶスター歌手となった。とりわけ一九七二年に発売した「はるか遠い故郷」や「故郷の駅(コヒャンヨク)」によって不動の地位を築き、「トロットの帝王」という異名を持つ。
羅勲児は慶尚南道の釜山市(現在は広域市)に1947年に生まれ、南珍より一歳下でデビューとヒットも一年差の同世代。
こちらも87年のKBS出演時の映像。

南珍と羅勲児の二人はそれぞれ木浦と釜山の港町出身。港町を舞台にした演歌といえば旅と別離が歌われるものですが、二人の歌は、朝鮮戦争の戦後復興期を過ぎ、「漢江の奇跡」と呼ばれた高度経済成長期に地方からソウルなどに上京や出稼ぎでやって来た労働者たちに響き人気を得ます。
……私、羅勲児と千昌夫が頭の中でカブってしまうのだよな。歌唱が似ているわけではないのに何か。
同世代の羅勲児と南珍は積極的にライバル関係を作り出した。例えば、新曲発表を敢えて同時期に行うことで両者が競争する状況を生み出した。これにより、ファンたちは自分たちの「推し」を競争で勝たせるために熱心に応援することとなる。こうして、両者のライバル関係が一九七〇年代前半の韓国歌謡界を大いに盛り上げた。
だが、このような意図的なライバル関係の創出には思わぬ副作用が伴った。羅勲児が人気絶頂であった一九七二年七月、ソウル市民会館の舞台で割れたサイダー瓶を手にした男に襲撃されるという事件が発生した。これにより、羅勲児は顔に大怪我を負い、七二針を縫う手術を受けた。犯人は羅勲児のライバルとして知られていた南珍の指示によって犯行に及んだと話したことから、警察が南珍の関与を疑う姿勢で捜査を進めた。
これが羅勲児と南珍それぞれのファンを刺激して両者の対立が深まり、一触即発の危機的状況となった。最終的には南珍の関与は否定され、それが羅勲児と南珍両サイドから発表されたことから事態は収束した。熱狂的なファンが両者に存在していたことを物語る出来事であった。
両者のライバル関係はエンタメの範囲を超えてしまいます。韓国では古来から地域対立として慶尚道と全羅道の関係が語られますが、南珍は全羅道出身で羅勲児は慶尚道出身。この時代よりも後のことになりますが、韓国が民主化された後の1992年の大統領選挙では右派傾向の強い慶尚道を地盤とする金泳三とその支持者は羅勲児を聴き、左派傾向の強い全羅道を地盤とする金大中とその支持者は南珍を聴く、と言われたほど。
地域間対立や左右の対立も絡んで両者に熱狂的なファンがついた二人のライバル関係は暴力事件を引き起こすほどに白熱していました。
南珍や羅勲児の人気を支えたのは、これまで大衆音楽の主な消費者ではなかった若い女性ファンたちであった。
特に南珍の若い女性ファンたちは、年上の南珍を「オッパ」と呼んだ。韓国語で「お兄さん」を意味するこの言葉だが、
~(中略)~
現在のK‐POPファンのように「オッパ」という言葉を歌手の「推し」に対して使うようになったのはこの頃からである。
南珍がノリの良い曲調の若者向けの歌を主に歌っていたのに対して、羅勲児は静かな曲調の歌を歌ったので、音楽面においても好みが大きく分かれ、南珍のファンの大部分は若い女性たちが占めていたのに対して、羅勲児は中年層からの支持もあった。そのため、若い女性中心のファン層を持つ南珍がファンたちから「オッパ」と呼ばれるようになったのだ。
「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の高度経済成長期は1965年から(とりあえず朴正煕が暗殺されるまでの)79年にかけて。
この時代に韓国の若い女性たちは、急増する労働需要に女性工員などとして投入されたことで親世代の女性たちとは違いささやかながらも自分の自由になるお金を手にして新たな「消費者」として登場します。

こうした状況は韓国だけのものではなく、例えば、小関隆の『イギリス1960年代』から引用すると、
「豊かさ」の恩恵を最もわかりやすく受けたのが、労働者階級の若者であった。
中層中流階級以上の場合、21歳までは教育機関に属すのが通例で、稼ぐことはまれだが、大抵は15歳で学校を離れる労働者階級であれば、早いうちから賃金を丸ごと自分の好きなように消費できた。
~(中略)~
各々の収入はささやかでも、数が多いだけに、労働者階級のマーケットは巨大、影響力も甚大であった。結果的に、それまで社会のヒエラルキーの上から下に広がるのが普通だった流行が逆流し、下から上へと労働者階級の若者のテイストが流行していくようになる。これは空前のことであった。
こうして、1960年代は若者(特に労働者階級の)文化が開花する時代となった。
日本含め、他の西側諸国では第二次世界大戦後に生まれたベビーブーマー世代(日本の「団塊世代」は1947年~49年生まれ)が1960年代の若者文化を花開かせることになるのですが、韓国の場合は朝鮮戦争が停戦するのが1953年。韓国における戦後ベビーブーマー世代は55年に始まるので八年ほどの時間差があります。

ここから先は日本との話。
第2章「戦後日韓関係と「韓国ブーム」――「韓国といえば演歌」の時代」より。
七〇年代に入って各方面で韓国との接触機会が増えることで、七〇年代後半になると韓国の大衆音楽を楽しもうとする日本人が少しずつ増えていった。
その流れを決定的にしたのが、韓国の女性シンガー李成愛イソンエ の日本デビューであった。
~(中略)~
デビュー曲は南珍のヒット曲「カスマプゲ」の日本語カバーであった。
他方、李成愛の韓国でのデビュー曲「愛の小屋」はポピュラー音楽であった。その後カーペンターズのカバー曲をリリースするなど、彼女は必ずしもトロットだけを歌う歌手ではなかった。
しかし彼女は、日本歌謡界ではトロットに近い演歌の歌手としてポジションが与えられた。

李成愛は1952年生まれ。壇国大学在学中の71年にジャズ系ポップの『愛の小屋』でデビュー。73年発表のラテン系ポップ『待っている心』が韓国の各テレビ局の新人賞を獲得しますが、以後韓国国内ではヒットに恵まれず、76年に韓国語タイトルそのまま南珍の『カスマプゲ』を日本語でカバーし演歌歌手として活動の場を日本に移し、韓国よりも日本で知られる韓国人歌手となりました。

そんな李成愛の日本における成功は、当時普及し始めたカラオケとともに語られます。
一九七〇年代に入って八トラック(いわゆる「八トラ」)が普及したことによって親しまれるようになった。現在のようなカラオケボックスが登場する以前は、主にスナックなど中年男性が女性の接待を受ける飲食店に設置され、客を楽しませるもので、そこで好まれたコンテンツが演歌であった。
李成愛が日本デビューした頃、日本の夜の街には韓国人女性が客を接待するバーやスナックが増え始めていた。そこに設置されたカラオケで、日本の中年男性たちが韓国の歌を歌ったり、接待する韓国人女性に韓国の歌を歌うよう求めたりした。日本に韓国歌謡曲のカラオケが登場したのはこの頃であった。
こうしてカラオケの主たる利用者である中年男性らの好む演歌が、李成愛の日本におけるフィールドとなったのである。
今は韓国カルチャーの発信地というと新大久保の地名があがるでしょう。大学生の頃の私はよく新大久保周辺で飲み歩いていましたが、その頃はまだコリアン・タウンのイメージは無かったのですよね。ロッテの工場の甘い匂いはまだ漂っていましたが。
昭和の時代が終わってからもしばらくは韓国カルチャーの発信地というと赤坂周辺のイメージでした。今も韓国系企業は赤坂周辺に日本支社を置くところが少なくないですが、韓国とビジネスする日本人を接待する場として韓国クラブが集中し、そこで韓国人ホステスとカラオケするところから韓国の歌謡曲が日本で受容されていった、という歴史があったわけです。
そうしたなかで『カスマプゲ』は当時まだ曲目の少なかった日本のカラオケに最初期から入っている韓国大衆歌謡として有名です。昭和の韓国カルチャーの受容者は(当時の)「おじさん」たちだったのですよね。それゆえ演歌が日本にやって来る韓国人歌手たちの"フィールド"となったのです。

そして、もう一つ、韓国カルチャーのより大きな受信者たちがいます。
日本社会の韓国大衆音楽受容に大きな役割を果たしたのが在日韓国人の存在である。
日本社会でマイノリティとして暮らす在日韓国人は、民族的アイデンティティを維持するために、韓国の言語や文化に積極的に触れようとする姿勢が強かった。音楽においてはとりわけ、民謡やチャンゴのような伝統音楽が民族教育として重視されてきた。その一方で韓国の歌謡曲もまた、植民地期に日本に渡ってきたオールドカマーの在日韓国人一世たちにとって心の慰めとなった。
このような在日韓国人たちの要望に呼応するように、一九六五年の国交樹立直後から韓国人歌手による在日韓国人向けの日本公演がたびたび行われるようになった。
~(中略)~
韓国の大衆音楽に関心を示す日本人が極めて少ない時代にあって、在日韓国人社会は祖国との文化的な繋がりを強く求めていた。その求めに応じて、韓国の歌手が来日公演を行ったのである。
横浜で育った日本人の私が子どもの頃から羅勲児の存在を知っていたのは、彼の日本公演が近づくと街中にポスターが貼られ、ローカルテレビ局のTVKでCMが流れ「なんだこの暑苦しい演歌歌手は? 羅勲児と書いてナフナと読ませる不思議な名前ってどこの人?」というインパクトから。
神奈川県はオールドカマーもニューカマーも含む大きな在日韓国人のコミュニティーがあるので今になって思えば一大イベントだったのだろうな。
そして例えば、『カスマプゲ』の日本語詞は
海が二人を引き離す
とても愛しい人なのに
波止場を出て行く無情の船は
カスマプゲ(胸が切ない)
と始まります。
南珍の木浦も、羅勲児の釜山も多くのオールドカマーの在日韓国人たちが故郷から離れる時に使った港町ですから迫るものがあったのだろうし、もちろん日本で最も有名なトロット曲で李成愛が最初に日本で発表し、後に趙容弼の歌で大ヒットした『釜山港へ帰れ』も港町での別離の歌です。故郷を離れて暮らす労働者階級に向けて歌われたトロットは"心の慰め"であったのでしょう。
一九八〇年代後半にいたるまで、紅白歌合戦に出場した韓国の歌手たちは基本的に演歌歌手としての出場であった。日本ではアイドル全盛時代となっていた一九八〇年代後半には、韓国発のアイドルグループといわれる消防車が登場するなど、韓国でもポップ音楽が盛んになっていた。にもかかわらず、当時の紅白歌合戦に出場した韓国の歌手たちはなぜ演歌歌手がメインだったのであろうか。
そのことを考えるために、李成愛が日本で活躍した時代に話を戻そう。
ロックやフォークソングが優勢になり、アイドル歌手も登場した七〇年代の日本において、韓国から来た二〇代の歌手は日本人の郷愁を誘う演歌歌手として受容された。李成愛の登場で、日本で「演歌の源流は韓国」という言説が登場した。
その直接のきっかけとなったのが、李成愛の日本初アルバム『熱唱』のキャッチコピー「演歌の源流を探る」である。
当時、李成愛のプロモーションを担当していた岡野弁おかのべん らはこれを話題づくりのための宣伝用フレーズとしか考えていなかったが、このフレーズをみた人々によって、「演歌の源流は韓国」と語られるようになった。さらには「朝鮮に住んでいた古賀政男が(朝鮮の伝統楽器である)伽耶琴カヤグム の音色に影響された」という俗説も登場した。
だが、
~(中略)~
韓国の大衆音楽は日本による植民地支配のもとで、日本のレコード会社の朝鮮進出を通して、日本の流行歌の影響を受けつつ成立したものである。そのため、このような言説は韓国や在日韓国人の論者から批判され、現在では根拠のないものと考えられている。
李成愛が東芝EMIから出した『熱唱』をはじめとするアルバムには「演歌の源流を探る」とキャッチフレーズが付けられ、1977年の日本レコード大賞ではこのプロモーションが企画賞を獲得します。

日本における韓国人の扱いには「(存在しない)過去の日本」を仮託する手法があり、実際にそのプロモーションは割と有効に機能します。
これは、70年代80年代にホステス相手にカラオケで熱唱していた(当時の)おじさんや、2000年代の韓流ブームで「懐かしい気持ちがする」とヨン様(裴勇浚ペヨンジュン )に熱狂した(当時の)おばさん、今現在「昔は安室奈美恵やSPEEDがいたのに今のアイドルはなっとらん」とK-POPを熱く語るおじさんおばさんの存在で分かるように「韓国」にノスタルジーを仮託して扱う日本人は決して少なくない。
こうした日本人による、ある種のオリエンタリズムは70年代当時から韓国人や在日コリアンの知識人層から厳しく批判されてきました。
たとえば「日本のアイドルと比べて韓国のアイドルは」と称揚して語る口調のなかにも、日本人側からの勝手な理想の姿を押し付ける傲慢な視線が入っていないか、気にしておいた方が良いように私は感じますよ。

『K‐POP現代史――韓国大衆音楽の誕生からBTSまで』第2章の扉絵に使われているのは1985年の『平凡パンチ』「カッコいい韓国」特集号。


80年代韓国のポップスがどのようなものだったのかは、KBSの当時の音楽番組を繋ぎ合わせたこの映像が面白い。


ただ、李成愛の歌う「演歌」の日本での受容は、マイノリティとして日本に暮らす「普通の」在日コリアンにとってはまた違う意味を持ちます。

在日コリアン出身の声楽家で1958年生まれの田月仙は『禁じられた歌 朝鮮半島 音楽百年史』(2008年)で当時をこう振り返ります。
日本のテレビの歌謡番組に、チマチョゴリに身を包み、落ち着きのあるロウヴォイスで歌う韓国人歌手の姿が見られた。
韓国名では、日本の芸能界で成功できないといわれてきたジンクスを打ち破った歌手・李成愛。彼女の歌う「カスマプゲ」は、日本のカラオケでも頻繁に歌われる大ヒット曲となった。
~(中略)~
スナックやクラブなどの盛り場でも、韓国語をわからないであろう客が、カラオケの伴奏に合わせて「カスマプゲ」という語感に酔うように歌っているのを、私も何度か目撃したことがある。
~(中略)~
当時、西洋音楽を勉強しながらオペラ歌手を目指していた私にとって、李成愛の歌う演歌は、好きなジャンルではなかったし、彼女の容貌や落ち着いた低音は、私の好みとはいえなかった。しかし、そんなものをすべて超えた圧倒的な存在感がそこにあった。
~(中略)~
何よりも強い印象を残したのは、テレビの人気番組に出ている歌手の名前が「李成愛」という韓国名だという事実であり、歌っている姿がチマチョゴリだった。
~(中略)~
我々の両親たち、在日コリアン一世たちも、芸能人の誰々は「チョソンサラム(朝鮮人)」だし、韓国名は何々だと言ってよく話題にしていた。本名でなく日本名で活躍している人たちを、この日本では仕方ないと皆、理解していた。
李成愛の成功は、多くの在日コリアンに「喜び」と「安堵」をもたらした。
戦後三〇年、人々の意識が、ようやく変わりつつあった……。
日本社会で目立たないようにマイノリティとして生きる在日コリアンたちにとって、韓国出身を隠さず、李成愛を韓国語読みのままイ・ソンエとしてチマチョゴリ姿で歌う演歌歌手として人気となった彼女の存在、そして、日本人がカラオケで韓国語で熱唱する姿に、彼女自身や演歌の好き嫌いを超えて"多くの在日コリアンに「喜び」と「安堵」をもたらした"と言います。
しかも、李成愛に付けられたキャッチフレーズ「演歌の源流を探る」を、「日本の心」を歌う「演歌の源流は韓国」とそそっかしい人びとが誤解すると、抑圧されてきた在日コリアンたちにはささやかな自尊心を満足させる機会が与えられます。これが韓国人や在日コリアンの知識人層が厳しく批判しても「日本の演歌の源流は韓国」という根拠の無い俗説が根強くはびこった理由となります。
……名前などを略す時、韓国では3文字もしくは3音節で略され、日本では4文字もしくは4音節で略される文化的傾向がありますが、『明日はミス/ミスター・トロット』は韓国で「미스트롯」と4文字4音節で略されているのは興味深い。

最後に『K‐POP現代史――韓国大衆音楽の誕生からBTSまで』第2章に戻り、
その一方で、このような議論を巻き起こしたこと自体が韓国からやってきた李成愛が歌う日本語の演歌が日本人に大きな衝撃を与えた、という証拠でもあろう。「演歌の源流は韓国」という言葉がまことしやかに語られるほど、李成愛の歌が日本人の心に響いたのであった。
こうして、「韓国の歌=演歌」「韓国といえば演歌」というイメージがその後の日本社会で共有されていくこととなる。
~(中略)~
このような日本社会での韓国音楽のイメージに対応するように、「韓国ブーム」の最中であった一九八〇年代には、演歌歌手として日本デビューする韓国の歌手たちがいた。その代表的な存在が趙容弼チョーヨンピル 金蓮子キムヨンジャ 桂銀淑ケーウンスク の三人である。
彼らは日本でバブル景気が最高潮に達した一九八九年、NHK紅白歌合戦にパティ・キムとともに出場した。
紅組三組、白組一組の合計四組もの韓国歌手たちが出場するのは、二〇二二年末現在からみても、この時だけであった。これに次ぐ規模で韓国の歌手が紅白に出場するのは、K-POPブームの最中で東方神起、少女時代、KARAの三組が出場した二〇一一年の紅白を待たねばならなかった。
K-POPブームを凌ぐ規模で韓国の歌手が大挙出場した一九八九年の紅白歌合戦は紅白史上において極めて異例であったといえよう。それほどまでに当時の日本の歌謡界で彼らが注目を浴びていたということでもある。八〇年代日本で活躍した彼らが、「韓国人が歌う演歌」の全盛期を築いたのだ。


NHK『紅白歌合戦』のこれまでにおける韓国人歌手枠が最大だったのは1989年の四枠。パティ・キムはこの年だけですが、趙容弼・金蓮子・桂銀淑の三人はその後も継続して90年代前半まで『紅白歌合戦』に出演。なかでも桂銀淑は88年から94年にかけて七回連続で『紅白』に出ているので韓国人歌手としては最多出場です。
こうした韓国人演歌歌手の時代から、2000年代に『紅白』六回出場のBoAを経て2010年代からのK-POPアイドルに至るのが日本における「韓国ブーム」の流れとなります。

80年代日本における韓国ブーム。当時を知っているはずの世代ですらすっかり忘れていることが気になります。
なんというか、日本人の「韓国」への視線てとても単純化されているように私は思うのですよね。韓国人演歌歌手の時代なら演歌ばかりで、今なら肯定的な語りも否定的な語りもK-POPばかり。まるで前世紀の韓国には演歌しか音楽が無く、今の韓国にはK-POPしか音楽が存在しないかのよう。全てを知ることなんてできなくとももう少し視野を広げてもいいだろうに。そうでなければ、たとえ肯定的な視線であってもそれは「偏見」でしかないはずです。


リンクしてあるのは、イム・ヨンウンの歌う『私たちのブルース』テーマ曲。

K-POPではない「普通の」韓国で流れる大衆音楽を知りたければドラマのOST(オリジナル・サウンド・トラック)を入り口にする、とはよく聞く話ですよね。
『明日はミスター・トロット』出場で注目され、今現在、韓国の国民的歌手と呼ばれる林英雄イムヨンウン の歌は21年放映のドラマ『紳士とお嬢さん』に続き22年放映のドラマ『私たちのブルース』でも使われて「OSTキング」と呼ばれました。
済州島を舞台としたドラマ『私たちのブルース』のOST収録曲には韓国の大衆歌謡から〈BTS〉(メンバーのJimin)まで入っているので、入門編にはちょうど良いのではないでしょうか。