中祖氏は、大山氏が本を読んでいないことを批判することで、昨日書いたように、「異論をもったから除名したのだ」という本心を告白することになった。同時に、そういう批判に固執することで、党指導部としてはとんでもない見地に立つことになってしまった。まず、以下の発言をご覧あれ。

 

「党は、著作の内容を慎重に吟味して、党の根本路線への攻撃を認定して除名を決定しています。」

 

 これって、まずは「異論をもったから除名したのだ」ということである。昨日と同趣旨の文章だが、こうやって何回もくり返しているのだ。

 

 しかも、ここにある「党」って、どこの党のことだろう。「除名を決定」したのは共産党南地区委員会である。しかし、中祖氏がこの「党」という言葉で地区委員会のことを指そうとしていたなら、地区委員会という固有名詞を使うはずだ。それをせずに「党」という言葉を使う場合、中祖氏は中央の人間だから、当然、中央委員会のことを意味している。

 

 つまり、中祖氏は無意識に、私の除名を決定したのは京都の党ではなく、党中央だと告白しているのである。頭に血が上っているので、正直になれたというべきか。

 

 さらに問題なのは、次の発言である。

 

「(大山さんは)本も読んでいないとおっしゃった。党の除名処分の理由を厳密に検討することもしてないということです。」

「党の処分を批判するのであれば、著作の内容を検討するのは当然のことで、最低限の誠実さと批判の節度が必要だと申しあげたいと思います。」

 

 問題発言だと書いたが、これは党にとっての問題発言である。私にとっては、「中祖さん、ありがとう、涙が出てきます」という発言である。

 

 だって、「党の処分を批判する」場合だけではなく、「除名処分の理由を厳密に検討する」にも、私の本を読まないなどという態度は許されないということだから。私の処分問題を厳密に考えようとしたら、私の本は必読文献だと言っているということだから、

 

 私の除名問題が浮上した昨年1月21日以降、「赤旗」には何回も、何十回も私を批判する論文などが掲載された。しかし、私の本を読んで検討しようという言葉はなかった。それどころか、一度たりとも、私の本のタイトルすら明らかにされることもなかった。『シン・日本共産党宣言』はこの一年間、読んではならない本だったのだ。

 

 それが中祖氏の発言でとうとうひっくり返ったのである。中祖氏が「赤旗」で次に書く論文は、こんな書き出しになるのではなかろうか。

 

「松竹氏に対する除名処分の正しさを確認するためには、理由を厳密に検討する必要があり、そのためには『シン・日本共産党宣言』が党員の必読文書となった。これを読まない党員は神奈川の大山氏と同じく『最低限の誠実さと批判の節度』をもたない党員だと断ぜざるを得ない。1000円以内で買えるのだから、すぐに本屋に注文しよう。地区委員会でも受け付けます。」(続)

 さて、ようやく「前衛」臨時増刊号の「赤旗」中祖政治部長の発言を論じていく。この発言は、直前に行われた除名問題での神奈川の大山代議員の発言への糾弾として組織されたものであるから、両方を論じることになる。

 

 まずは第一印象だが、中祖氏は大山氏の発言をまともに読んでいないのではないか。頭に血が上って、自分が何を発言しているのかも理解できていないように見える。

 

 「前衛」臨時増刊号を入手してようやく大山発言の全文を読めることになったが、この発言ポイントの1つは、冒頭から「私は、松竹氏の著作をまだ読めていません」とあることだ。それが事実かどうか私は知らないが、それが前提になっていることだ。

 

 なぜそれを冒頭に置いたかというと、私の除名問題を党員や有権者に理解してもらおうとすれば、読まないでも分かる論理が必要だからだ。そういう見地に大山氏は立っている。

 

 なぜかと言えば、党が「異論だから除名したのではない」と説明しているからである。それなら、その異論の内容を説明しなくても、ちゃんと除名の理由が国民に理解できるものでなければならない。ところが党の対応はそうなっていない。大山氏曰く、

「除名したことについて、異論を唱えたからではないとくり返しわが党の見解が報じられていますが、そのあとに続く論には、松竹氏の論の中身の問題が熱心に展開されますので、やはり『異論だから排除された』と思わせてしまうんです。」

 

 これは現場の党員の共通の見方だと思う。それを何とかしてほしいと、党指導部に願っているのだ。党の幹部というのは、現場の党員が要望すれば、それに誠実に答えるのが役目だろう。

 

 とりわけ中祖氏は、私の除名問題で中心的な役割を果たしたのだから、「松竹の本を読んでいなくても除名の正当性を党員、有権者に理解してもらうにはこうすればいいのだ」と答えなければならなかった。

 

 それ以前に、「異論をもったから除名したのではない」という党の方針に忠実に従い、せいぜい1000字程度のコラム「読まなくてもわかる除名の正しさ」でも書いて、「赤旗」で記事にすべきなのだ。政治部長なのだから、そんな程度のことはお茶の子さいさいだろう。

 

 ところが、中祖氏の発言の大半は、私の異論(安保自衛隊論)への批判なのである。そして、「(除名問題で)機敏な対応をしたのは、先ほど述べたような出版内容の重大性、安保容認、自衛隊合憲を党の基本路線にして、党の根本路線を否定し解体をもたらす議論だったからであります」と言うのである(この間違いについては連載の後半で論じる)。

 

 あちゃー、やっぱり「異論をもったから除名したのだ」というのが、中祖氏の発言の核心なのだ。これって、大山氏の要望に応えていないのはもちろんなんだが、「異論をもったから除名したのではない」という党の基本的な考え方を否定しているのである。

 

 いやあ、人間、頭に血が上ると、ろくなことにならないね。(続)

 11大会での「上申書」が再審査ではないと考えるのは、もう1つの理由がある。山下報告によれば、私の再審査のやり方(大会幹部団だけで決めるやり方)は「これまでの対応を踏襲した」ものだというが、それなら11大会での「上申書」の処理のやり方は、29大会の再審査の処理のやり方と同じでなければならない。しかし、すでに紹介したように11大会は、「大会幹部団の委託で塚田大願代議員が上申書の処理について報告し、確認した」とされる。29大会では、「委託」などはされずに幹部団が決めたし、代議員ではなく大会幹部団の一員である山下副委員長が大会に報告したし、まったく別のやり方なのだ。つまり、「上申書」が再審査のことであったと仮定しても、「(29大会では)これまでの対応を踏襲した」という山下報告は、明らかな虚偽だということになるのだ。

 

 ということで、党中央がちゃんと党規約を守っているというなら、堂々と5回の事例を公開すべきだろう。それを私がこのブログで書いても、ただ無視されるだけだろうから、党規約を大切にしたいと考えている党員は(とりわけ私を規約違反だと舌鋒鋭く批判した中祖氏は)、党中央に電話なり、メールするなりして、あるいは直接組織局を訪ねたり山下氏に問いただすなどして、こぞって公開を求めるべきではないだろうか。以下に掲げる大会幹部団が近くにいるなら、直接聞くのでもいいけれど。

 

志位和夫、小池晃、山下芳生、市田忠義、緒方靖夫、倉林明子、田村智子、浜野忠夫、紙智子、吉良佳子、穀田恵二、高橋千鶴子、広井暢子、不破哲三、山添拓、赤嶺政賢、内田裕、小倉忠平、田邊良彦、山村糸子、渡辺和俊

 

 それにしても、党中央はなぜ、そんな手の込んだウソをつくのだろうか。ここからは推測の話になる。

 

 おそらく山下氏をはじめ党中央は、私の再審査請求書を大会代議員に見せたくなかった。そこはまず前提として指導部内で共有していたのだろう。でもそうしようとすると、代議員に配布しない理由の説明が必要になる。そこで、この問題の担当者が出て来る。どんな組織にも謀略と統制力で出世してきた人間がいるものだが、「これまでの対応を踏襲したことにしよう」「過去に5回もあったんだよ」と説明して提案した。それは虚偽だったが、まさか自分のまわりにウソをつく幹部がいると思わない山下氏は、それを信じ込んだ。そして大会では口頭で報告し、ただちに拍手で承認が求めるという運営方法をとったので、代議員には過去の党大会の議事録を見返すような時間はなく、提案した人間の思惑通り乗り切ったのだ。しかし、そういう対応をとったが故に、「これまでの対応」の具体的な事例についての疑問が出てきて、県委員長などにも5回説が伝わってくる。そしてみんなが信じ込まされた5回説を各地で振りまく。党組織局は現場の疑問に答えなければならないので、「大会日誌」を見るのだが、そんな記述はない。そこでようやく自分たちが虚偽を重ねたことを自覚するのだ。けれどもこの時点ではもう引き返せない。みんなで一緒にウソをつき通すしかない。どうしようかと悩んで、「上申書」に目をつけた。これを再審査だと言い張ればいいのだと。誰もそんな何十年も前のことを覚えていないし、もはや党内には、そこを掘り返そうとするような気骨のある党員もいない。やれやれ。

 

 こんな感じではなかろうか。

 

 いまの党内ではこれで通用するのだろう。再審査に疑問をもつ党員がいても、2中総秘密報告にあるように、「元党員による一連のかく乱活動」だと言っておけば、7割程度はそれを信用する。残り3割のなかに党内で堂々と疑問を呈する人がいたら、党大会でやったような見せしめ的な恫喝を加えればいいし、党外に持ち出す人がいたら発信者を特定して処分すればいいだけのことだ。多数は逆らわないので、指導部は安泰である。

 

 でも問題は、裁判でもそんな党内的なやり方が通用するかどうかだ。「これまでの対応を踏襲した」とウソをついて乗り切ったというなら、再審査の正統性はひとかけらも存在しなかったことになり、裁判では大問題になるだろう。

 

 党の側は、再審査を求めた党員のプライバシーを理由にするなどして、裁判所に提出することを拒否するかもしれない。まあ、それならそれで、実質的に敗北を認めるようなものだが、本格的に誤りを認めさせるため、過去、大会代議員として参加した人を証人として呼ぶことにしよう。念のため、20世紀中に開かれた過去のほとんどの大会に出席した実績のある人に、再審査がやられたことがあるかを聞いたのだが、そんな記憶はないと言っておられた。裁判の結果はあきらかだろう。(続)

 昨日、自由法曹団の方々が多く集まる場所に出かけて、名刺を数十枚配ってきました。あらたなつながりも生まれ、本業である出版にもつながっていきそうです。

 

 

 この間、自由法曹団が出版した二冊の本を読みました。日本国憲法の人権原理にもとづき、団員の方々が新たな判例をつくるために力を尽くしてこられたことが分かり、たいへん感動しました。私の裁判でも、心の底では部分社会の法理を打ち破りたいと考えておられるはずなので、そのことをYouTube動画にまとめてみました。チャンネル登録の上、ご覧ください。

 

 

 ブログではこの2回、私の除名問題の再審査に関して、大会で行われた山下報告の虚偽について書きてきましたが、明日はその最後になります(連載自体は続きますが)、常任幹部会がはじまる午前10時半に間に合うようにアップします。

 

 前回の続きである。党規約の講義などで「過去の再審査は5回された」と説明されるので、参加者は「どの大会ですか」と疑問を持つ。そして、講義をしている県委員長などに質問する。しかし質問に答えられる人はいない。県の幹部も党中央に問い合わせてくれない。

 

 だから、疑問を持った人は、直接に党中央に問い合わせるしかないのである。ところが、党中央の対応も無責任きわまるのだ。問い合わせた本人から直接に聞いた話ではないので、多少違うところがあるかもしれないが、電話に出た党組織局の人はこんな説明をしたようだ。

 

「確かに5回あるんですよ。でも僕は幹部じゃないから全部は知りません。どれだったかなあ、13大会は臨時大会なので、そこで再審査がやられることはありません。11大会でやられたことは間違いありません。でも、目を皿のようにして見ないと気づきませんからね。」

 

 「過去に5回あった」と全国に流布し、それで県の幹部が党員に対して講義もしているのに、党中央組織局が「全部は知りません」というのである。党中央って、いつの間にこんな無責任な集団になってしまったのだろう。

 

 それにしても、「11大会は間違いありません」と自信を持って答えるのだから、私に見落としがあったかもしれない。そこで再び11大会(1970年)の「前衛」臨時増刊を、党中央組織局のアドバイスに従って、「目を皿のようにして」見てみた。しかし、私の目が良くないのか、どこにも見つけられなかった。

 

 「審査」という言葉はある。しかしそれは、大会代議員の「資格審査」の文脈でしか出てこない。

 

 さらに1箇所、最後のページの上段に、「大会幹部団の委託で塚田大願代議員が上申書の処理について報告し、確認した」とある。これのことだろうか。

 

 けれども、それでは腑に落ちない。だって、除名問題の再審査というのは、規約上の正式な手続である。その「上申書」なるものが除名された党員の復党への訴えだったとして、再審査として扱ったのなら、なぜ「再審査」と呼ばなかったのか。

 

 「上申書」の処理ということなら、他の大会でもやられている。例えば1964年の第9回大会でも、「寺田貢大会幹部団員が大会にあてられた上申書の処理について報告、大会は全員一致でこれを承認した」とある。11大会の「上申書」の処理の仕方に似ている。だからよく調べれば、「上申書」の処理の合計は5回あるのかもしれない。

 

 しかし、9大会での「上申書」は、どう考えても除名に関連したことではない。この大会では、除名された中野重治などが復党を求める手紙を寄せたが、大会幹部団はその事実を紹介しつつ、「正規の規約上の手続を経たものではない」として、「無視する」ことを大会に報告し、代議員が拍手で確認している。党にとっては、除名問題の対応において、規約の手続にそったものかどうかは、きわめて大事な基準なのである。「上申書」が規約上の手続を経た除名の再審査だったならば、当然、中野重治とは異なって規約をふまえた訴えだとして、再審査を行ったというだろう。

 

 ということは、11大会の「上申書」の処理がじつは再審査だったという党中央組織局の説明も、完全なこじつけだろう。いったい、どうなっているのか。(続)