本書を読んだとき、背筋が寒くなる思いがした。なぜならば、ここで問われているのはタイトルに書かれている「若者」ではなく、日本企業の悪しき企業文化であると感じたためだ。
著者は、「企業ではグローバル人材求められる」一方で「外国に出たがらない日本の若者」という報道の論説が本当かどうか調査した。留学用の学生ビザやワーキングホリデービザを取得して海外に渡航する若者は、1990年代に年間6万8千人だったが、2000年代には毎年10万人にも上るという。つまり、若者全体を見渡せば、「若者は海外に出て行かず内向きである」という言説は事実ではないということになる。
それでは、報道記事のいう「グローバル人材」とはどんな人なのか、「外国に出たがらない日本の若者」とはいったい誰のことなのか、ということが本書のテーマである。
ワーキングホリデー制度を使ってカナダやオーストラリア、イギリスなどの英語圏へ多くの若者が旅立っている。日本に帰国した彼ら彼女らは、渡航先で身につけた英語力を武器に就職活動をおこなうが、大変な苦戦となる。
なぜならば日本企業の採用は、大学新卒至上主義である上に、ワーキングホリデーで海外に出ていると職歴に空白があると見なされてしまう。そういった背景から、ワーキングホリデーに出た若者は日本の求人市場で敬遠されてしまうのである。
海外で働いた経験がある上に英語も活用できる若者こそがグローバル人材ではなかったのか。この点について、筆者は経済団体や雑誌の記事の傾向をもとに「グローバル人材」とは、「難関大学を卒業した高い学歴」を持ち「勤務先の大企業の指示に従って苛烈な労働や競争に耐えうる男性」が思い描かれていたということを明らかにする。海外駐在はある意味プライベートの時間も含めて会社に捧げるような働きかたであるし、そこまでして会社に奉仕できる社員は少ない。これが、報道で論じられていた「内向きの若者」の実態ということのようである。
背中が冷える思いがしたのは、本書で描かれている日本の企業文化が、正確に実態を反映したものであると感じたためだ。期待されているような「グローバル人材」の条件を満たす若者は、全体のほんの一握りである。さらに、もっというならば、その人材は日本の企業文化という非常に狭い範囲でしか価値を持たないであろう。
また、本書にはワーキングホリデーで海外に滞在している若者が、出身校である某難関大学の海外現地同窓会に顔を出しても、企業に所属していないことから相手にされなかった記述もあり、なんとも複雑な気持ちになった。全体として日本企業を取り巻く閉塞した雰囲気が描き出されているといえる。
本書では、そのような状況の処方箋として、日本企業が新卒至上主義や経歴の空白を敬遠するといった企業文化を変えていくことのほかに、企業に依存せずに一人一人が自信の考えを持ちながら、周りとコミュニケーションするグローバル市民という生き方が提唱されている。これによって、直ちに全ての課題が万事解決するというわけではないが、このような取り組みを進めていくことで、状況が徐々に変わっていくといえるのではないだろうか。