時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

美術館の将来:入館料は何で決まる?

2024年04月19日 | 午後のティールーム

Photo: YK


The Economist 誌に興味深い記事が掲載されていた。美術館の入館料はいかにあるべきかというテーマである。子供の頃から大の美術好きだったので、これまの人生でかなりの数の内外の美術館に出入りし、およそ想像し難い額を入館料やカタログなどに支払ってきた。時には海外にまで出かけたこともあった。圧倒的に持ち出しかなと思っていたが、今になってみると人生の楽しみのひとつとなり、コスト・ベネフィット比ではかなり取り戻した感がある(笑)。

’A different sort of art heist’  The Economist March 30th 2024
海外美術館の入館料については、同上記事を参照した。

最近、世界の主要美術館は次々に入館料を引き上げている。個々の美術館の常設展入館料は、映画館などと比較してみると、高いとは思わないのだが、しばらく前から企画展などは随分高くなったなあと感じる時も増えてきた。

どこまで上がる入館料?
ニューヨークの近代美術館の例が取り上げられている。この美術館の入館料については、「美術館は無料であるというのは、ほとんど道徳的義務である」Glenn Lowry, director of the Museum of Modern Art (MOMA)という考えがこれまではかなり有力だった。2002年時点では、MOMAの入館料は$12(今日の価格ではほとんど$19)であったが、その後引き上げられ、最新時点では昨年10月に$30に引き上げられた。今後はどこまで上がるのだろうか。

ニューヨークのメトロポリタン美術館 Metropolitan  Museum of New York は長年にわたる「払いたいと思うだけ払う」”pay what you will” policy を2018年に廃止、2022年に市外からの訪問者の入館料を$30に引き上げた。美術館側からは「推奨料金」とされ、ほとんど義務化されている。

昨年夏には、サンフランシスコ近代美術館、フィラデルフィア美術館、ウィットニー美術館、グッゲンハイム美術館などもこの流れにに従い、標準入館料を$25から$30にした。アメリカ大都市にある有名美術館の入館料は、当面$30がひとつの基準値であるようだ。

コスト上昇が背景に
美術館側はコスト上昇と、長引いた”コロナ禍”が財政面を圧迫していると、値上げを弁護している。確かに、アメリカでは3分の1の美術館だけが、コロナ前の入館者数を確保あるいは上回っている。

アメリカではおよそ30%の美術館は無料だ。さらにスミソニアンや民営でもロサンジェルスのゲッティ美術館などは無料だ。寄付などで十分に支援を受けている美術館は、入館料を無料にすべきだとの考えが有力なようだ。

状況はヨーロッパでもほぼ同じらしい。エネルギー価格の上昇、労務費の上昇はヨーロッパでも入館料引き上げを生んでいる。アメリカ同様、2024年1月、ベルリン国立美術館、ルーヴル、システィン礼拝堂を含むヴァチカン美術館は、入館料をそれぞれ20%、29%、17%引き上げた。

入館料が引き上げられていないのは、アジア、中東の美術館だけらしい。歴史が短く、国家などの財政支援が寛容なためと推定されている。

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N.B. 常設展の例
国立西洋美術館 常設展
常設展観覧料

個人
団体 (20名以上)
一般
500円
400円
大学生
250円
200円

高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方及び付添者1名は無料。 
文化の日その他、美術館が特別に指定した日 [常設展無料観覧日は、Kawasaki Free Sunday(原則毎月第2日曜日)、国際博物館の日(5月18日)、文化の日(11月3日)]は無料。
出所:同館HP

国立新美術館(六本木)は入館は無料だが、観覧料は展覧会によって異なる。
日本の美術館の入館料の平均は、大体1000円前後〜2000円前後と推定される。
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しかし、美術館協会 The Association of Art Museum が主張するように、美術館がいかに料金設定しようと、運営費をカヴァーできないとの見解もある。アメリカの美術館において、入館料は2018年時点で全収入の7%程度に過ぎないとの調査もある。会員制度がある場合は、さらに7%程度の追加の寄与になる。予算の残りの部分は、美術館によって異なるが、通常は、endowments 基金、寄付金、charitable donations 慈善的献金、grants 贈与、ショップなどの小売事業によって賄われている。

ヨーロッパの美術館は、入館料への依存はアメリカよりは少ない。というのは政府の助成金で手厚く保護されているからだ。そのため、入館料を高くして納税者にさらに負担を強いるのは気まずいし、実際に二重課税となる。多くの美術館は若者、年金生活者及び当該地方居住者には割引を適用している、

イギリスの全ての国家機関は入館料は無料だ。中国でも国家が運営する美術館は無料だ(但し、特別展示などは例外)。

減少する観客と適正な入館料
諸物価が風船のように嵩んでゆくにつれ、美術館がより広範な観客に美術を鑑賞する機会を与えるべきだとの考えに対応できなくなってくる。今でも多くのアメリカ人が美術館やギャラリーを訪れる機会を減少させている。しばらく美術館には行ったことがないという人が増えているようだ。2017年と2022年の間に観客数は26%も減少した。コロナ禍の厳しさを痛感する。

未だ10代の頃、当時かなりのめり込んでいた正倉院展などにはしばしば2〜3時間も並んだことを思い出した。娯楽や知的関心を喚起する対象が少なかった時代だったので、どこも大変な行列だったが、あまり苦痛に感じなかった。

近年、一般の美術館への関心低下、とりわけ若年層の減少は、公的支援に大きく依存する美術館にはとって厳しい挑戦となっている。こうした傾向は、美術館へ行かない人たちは、将来、政府支援のない美術館や入館料が高い美術館へ行かない人たちを増加させることになるかもしれない。他方、高額な入館料支払いを厭わない美術好きは、美術館の中のギャラリーに彼らだけの場所を設けることも予想されている。いわば同好者サークルのようになるかもしれない

しかし、美術館へ行くコストを大幅に切り下げることが解決につながるとも考え難い。西欧の美術館が今後どんな価格設定が良いか議論するとしても、入館料をゼロにするというのは最もありえない答だろう。美術館の将来には、これまでとは異なった新しいヴィジョンが必要に思われる。

とりわけ日本の美術館は規模の差異などは別として、国際的にみても全体に常勤職員の数も少なく、労働条件も非常勤職員での補充など、低下傾向がみられる。今後加速化が予想される人口減少を含め、いかなる形で充実を図るか、将来像が判然としない。財政面での弱体化への対応も不安を残している。

博物館学 museum studies や経済政策の領域では、かなり興味深いテーマになりうるかもしれない。残念ながら、筆者にはこれ以上検討する時間が残っていない。
コメント
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