生産性の向上やワークライフバランスの改善を目指した官民一体のキャンペーン「テレワーク・デイズ」が7月23日~27日に全国で展開されました。約1700団体、延べ30万人が参加(日本経済新聞7月28日朝刊6面参照)。自宅やサテライトオフィスで勤務することによって、通勤時間を省き、子育ての時間などに充てたりするのが目的です。

 また、東京五輪に向けて都心の交通混雑を緩和する狙いがあります。NTTデータでは全社員約1万1000人が参加。仮想現実(VR)技術で社員のアバター(分身)がVR空間に集まることで臨場感を高める遠隔会議を試行しました。損害保険ジャパンの社員は東急電鉄のサテライトオフィスを使って交流をしました。

 従来にはない様々な働き方がそこここで試みられていますが、どれがどの程度、役に立つのかはまだわかりません。また働き方が多様になるほど、適している働き方や結果の出し方というのは多岐にわたるようになってきます。

 それと同じでお金儲けの代名詞となっている華僑だからといって、やることなすこと全てがうまくいくとは限りません。それは百も承知なので、様々なリスクヘッジをします。

 日本のビジネスパーソンが苦手としているものにリスクヘッジの概念があります。従来の日本流会議方式でああでもない、こうでもないといって何も新しいことにチャレンジしないのはリスクヘッジではありません。たくさんのチャレンジをすることによって失敗しても、たとえ1勝9敗でも利益が出るようなビジネス的なポートフォリオを組むことが華僑流リスクヘッジです。

危機管理とは「リスク」と「チャンス」への備え

 「ずるい兎(うさぎ)は、穴を三つ掘る」

 雑談の最中に華僑の師が突然に言い放った言葉です。

 「ずるい」という響きは私たち日本人にとって、ドキッとする言葉です。何か後ろめたく、悪いことを陰でしているようなイメージを多くの人が想像するのではないでしょうか?

 師が言葉を発した時、多くの日本人がそうであるように私も「何か自分だけが得をするような発想をしていたのだろうか? 言葉の端々からそれを師は注意しているのだろうか?」と心配になりました。

 「違うよ。私たちの間では『ずるい』は『賢い』と同じ意味。華僑にあなたはずるいね、と言われたら喜んだらいい、それはあなたは賢いね、の意味だから。逆にあなたはいい人ですね、と言われたらバカにされていると解釈してもいいかもしれないな」と言いながら華僑の師は、笑いながら紙切れに次のように書きました。

 「狡兎三窟(こうとさんくつ)」。『戦国策』の斉策に載っている「狡兎三窟」です。日本の故事成語としても有名ですね。師はこれに対して解説し始めました。

 「うさぎが穴を三つ、つまりたくさん穴を掘っておくのは危険が迫った時に逃げ込むためだよ。『危機』管理です。日本人の感覚では『危機』管理と言えば危険の方ばかりを考えるでしょ。それは全然リスクヘッジの概念として間違っている。私ら華僑の『危機』管理は、『危険』『機会』両方の意味として捉えている。リスクとチャンスです。リスクとチャンスをうまくバランスよく管理するのが危機管理の意味として正しい」

 師は続けます。「一つの穴を守ろうとすると、攻め込まれた時に戦うしかない。戦う相手が自分より強かったらどうする? 負けるのを分かってて、戦うほど間抜けな話はないよね。でも他に穴があったら? 攻め込まれても戦う必要はない。他の穴で新しい別のチャンスを掴めばいいだけ。だから私たち華僑はたくさんのビジネスを持っている。サラリーマンでも会社の外にたくさんの人脈を持っているよ」

 日本人の場合、勢力の強い派閥に属していたり、やり手の部長に気に入れられるようにしたりするなど、どうしても内向き志向になりがちですが、そのような考え方や行動は、社内の勢力図が変わったり、最近のように働き方が変わったりするといっぺんにひっくり返ってしまうリスクがつきまといます。派閥や上司の穴に入るのは別に悪いことではありませんが、危なくなったときのために、他の穴を確保しておくのが利口な立ち振る舞いであり、リスクヘッジ、危機管理ができている処世術と考えてみるのもいいかもしれません。

 社外の勉強会などに出席しての人脈作りもそうですし、普段から色々な部署に顔を出しておくのも危機管理の一つですね。

大物華僑が「真面目軸を持て」と言う真の理由

 私は真面目一筋で生きてきた、ずるい方が報われるなんて日本人として受け入れがたい、とここまでお読みいただき、嫌な気分になられた方もいるでしょう。ですが、ご安心ください。「ずるい」の前に前提条件があり、華僑の師は次のように言っています。「真面目という軸があって、ずるいイコール賢いになるのです」。

 重要なポイントは真面目さ、と師は常々口にします。会社員であれば、会社の方針に従い、理念や社是といった会社の真面目な軸を自分の軸にする。それは会社に対して忠実というポジションをとるということでもあり、そうすることによって、たくさんの穴を掘っても、何かずるいことを考えたり企てたりしているのでは、と警戒されないようになります。

 本連載をお読みの方はよくご存知だと思いますが、警戒されないことはとても重要で敵を作らないという意味でも非常に大切な要素です。そのためにも真面目さは絶対に持っておかなくてはいけない部分となります。

 ある意味、ずるさは誰しも持っています。その誰しも持っているずるさを出させない人が本当のずるさを知る賢い人、ということになります。そのためにも真面目軸は絶対にずらさないようにすべきなのです。

 軸ブレを起こすと「あいつはずるい奴だから利用してやろう」と周囲もずるさを出してきます。周囲がずるさを出してくれば、いざという時のためにたくさんの穴を掘っていたとしても、その穴に入れてもらえない、という笑えない笑い話になってしまう危険性が高まります。

 真面目軸のメリットは、警戒されにくいだけではありません。悪事に加担させられにくい、ということです。権力者がどんなに自分を贔屓にしてくれても、権力争いに絡む不正などの悪事に手を貸せば、結局はあとあと自分で自分の首を絞めることになります。

 抵抗勢力から攻撃され、他の穴からは警戒され、挙句の果てに罪を負わされて元の穴からは放り出される、最悪のパターンですね。

 真面目軸を貫いていれば、意図せず悪に加担させられる羽目になっても、他の穴が助けてくれる可能性があり、そこから立て直しのチャンスを得られるでしょう。災い転じて福となす、まさに「危険」と「機会」の危機管理です。

職業観に見る「思考の順番」も成功のヒントに

 華僑流リスクヘッジをご理解いただいたのではないでしょうか? たくさんの穴を掘ればいいのだな、と。ビジネスパーソンにとってのたくさんの穴とは属する組織やグループでもありますし、個々人でいえば、それはスキルに当たるのかもしれません。

 前向きな読者の方は、「よし、たくさんのスキルを身につけよう」と勇んだ気持ちになったのではないでしょうか? 実はスキルよりも大切なものがあるのですが、それをご紹介する前に一つ面白い出来事があったので、ご紹介したいと思います。

 IT企業を経営する華僑の知り合いが面接での話を教えてくれました。「こういう人って、日本人には多いですね。ウチで働きたいという人と面接をしたんですけど、何ができますか? と聞くと『ウェブデザイナーができます』と言うんですよ。職業名ができる、と言われても……ですよ」。

 その話を聞いて私は、あるあるだな、と感じました。公務員の人が「公務員ができます」と言っているようなもので、なんだかとてもズレている回答ですが、職業を大切に考える日本人らしい答えだな、と思います。

 日本人にとって自分の職業や会社名というものは、自分のアイデンティティーを語る上で欠かせないものとなっています。それに対して華僑は職業というものに対してこだわりがありません。華僑の出発点は「○○になって成功しよう」ではなく「成功するため○○をしよう」だからです。縁を大切に考える彼らは与えられた環境で成功も目指しますが、それはあくまで縁ありきです。それよりも根底にあり、行動や思考の順番がそもそも日本人とは逆なのです。成功するために職業も選ぶのです。

 これは華僑のみならず、日本人が大好きなアメリカ人の多くもゴール達成のために何をすべきかを考える人が多くいます。ゴールから考えることを逆算思考とビジネス書などで紹介されていますが、ゴールから考えることが逆算、となるのはひょっとして日本人だけの特異な発想かもしれません。

 インターネットの普及で技術も情報も、差をつけにくい状況になっています。そんなグローバル競争で勝ち抜くためには、ゴール設定から行動を考える習慣がない多くの日本人はハンデキャップを背負っているのかもしれません。その思考は、やりたいことをやりながら、ゴールにたどり着けたらいいなあ、という時代錯誤か、才能に恵まれたごく一部の人にしか通用しない考え方かもしれません。

組織サバイバルでスキルを凌駕するのは「勢い」

 日本人の文化的背景や思考を嘆いていても仕方ありません。スキルよりも大切なものを優先して、武器を使わない戦争と喩えられるビジネスに勝つ方法を実践していくべきです。

 スキルよりも大切なものとは、「勢い」です。日本でも人気の兵法書の『孫子』に次のような言葉があります。「善く戦う者は、之を勢に求めて人に責(もと)めず」。意味としては、うまくいく人は、何よりも勢いを優先させ、個々人の能力を重視しない、でいいでしょう。まず何よりも、勢いに乗ることが優先されるのです。 

 誰しも経験があるのではないでしょうか? 「彼の力であれをやってのけたの? 神がかっているよね」「彼女のあの勢いを止めることはできないよね」などなど。麻雀をする人ならなんとなくわかりやすいかもしれませんが、強いか弱いかよりも、その時の勢いで半荘くらいなら勝敗が決まってしまいます。それくらい勢いというものは、スキルを凌駕するものなのです。

 勢い、というものはどのようにしてつくのでしょうか? “ずるゆるマスター”の事例を見てみましょう。

「好き」か「得意」か。勢いを加速させるのは?

 Fさんは困っています。

 痛勤電車と揶揄されることもある電車通勤で往復で2時間半をかけて毎日通い、残業や休日出勤も断ったことがありません。自他共に認める真面目さを取り柄として、ビジネスパーソン人生を歩んできました。またその真面目さがそれなりに評価されているのも頑張りの一つの原動力になってきましたが、昨今の働き方改革は戸惑うことばかりです。売り手市場と言っても、それはごく一部のITスキルを持った人や若い人に限定されます。

 「これからまだまだ続くビジネスパーソン人生をどのように生き抜いていったらいいのだろう、混乱するばかりだ。スピードの時代と言われて、自分としてはマックスのスピードで走っている自覚はあるけれども…」

 悩んでいても仕方ないので、“ずるゆるマスター”のY部長に相談することにしました。Yさんは役員間違いなしと噂されている最年少部長です。

 「という訳で非常に混乱しております」

 「正直に話してくれてありがとう。F君は真面目に働いてきたのは私も知っているし、社内のみんなも知っている。インターネットの普及で、役職の違いによる情報格差はないに等しい状況にある現代においては、スキルよりも勢いがとても大切なんだよ」

 「勢いですか?」

 「そう、勢い。得意なことをどんどんやっていくべきなんだよ。F君は企画部所属だけど、得意なことことはなんだい?」

 「そうですね、部下からあがってきたラフ案を訂正して、それをより洗練されたものに仕上げるのが得意です。ラフ案を訂正をしているときは、時間を忘れるくらい没頭できます。気がつけば、終電間近ということもよくあります」

 「そうなんだ、頑張ってるね。ラフ案訂正はF君が好きなことなんだね。好きなことをしている時は時間を忘れるからね。私から見てF君の得意なことは、他部署との調整のように思うよ。企画部でGOサインが出ても、営業部やマーケティング部からOKが出ないとその企画はボツになるよね? F君が他部署の人にプレゼンした多くは、企画採用になっているでしょ」

 「好きなことと、得意なことは違う、ということでしょうか?」

 「その通り。私は今、営業部の部長職を拝命しているけれども、営業は正直好きじゃなかった。元々、頭を下げるのは好きじゃないんだよ。頭を下げるのが好きじゃないから、色々と工夫しながら営業畑を歩んできた。その結果、営業部で実績をそれなりにあげることができて会社からチャンスをもらっている」

自分の「得意」を知るポイントは「客観」

 「好きではないのに、得意なことはどのようにしたらわかるのでしょうか?」

 「今、している通りだよ。周りの人に聞けばいい。私も営業に苦手意識があったけれども、当時の総務部長に君の営業は素晴らしい、と言われたのがきっかけで営業で会社に貢献しようと立命したんだよ」

 「では私は自ら進んで、みんなの企画案を他部署の人たちにプレゼンして回ったらいいのでしょうか? 好きではありませんが…」

 「それを勧める。騙されたと思って3カ月それに集中してみて欲しい。好き嫌いというものは主観的なものだし、勘違いしていることも多いにある。実際、今の私は営業が好きになったとは言えないまでも、誇りには感じているし、その誇りが部下たちの勢いに繋がっている実感がある。会社という器は、一人でなし得ないことを達成するためにたくさんの人が集まっている場所なんだ、個人個人の好き嫌いよりも、得意を最大限発揮する場所なんだ。力を発揮できれば、時代がどう変わろうとも、会社はその人を必要とする」

 「ありがとうございます。なんだかスッキリしました。自分の得意がそんなところにあるなんて、想像だにしませんでした」

 3カ月間、Fさんは精力的に部署横断のプレゼンをこなしていきました。以前は部署間に隔たりがあった社内が嘘のように風通しのいい雰囲気に変わっています。今期はまだ始まったばかりですが、すでに業績予想が上方修正されたという話が漏れ聞こえてきます。新しく発足された部署横断の新規業務部の存在が大きいと皆が思っています。新規業務部の課長であり、プロジェクトリーダーはFさんです。

 いつも飄々としているのに、うまく意見を通し、実績を出すあの人は『孫子』の「善く戦う者は、之を勢に求めて人に責(もと)めず」を実践している“ずるゆるマスター”かもしれません。

 拙著『華僑の大富豪に学ぶ ずるゆる最強の仕事術』では、中国古典の教えをずるく、ゆるく活用している華僑の仕事術を「生産性」「やり抜く力」「出世」「マネジメント」「交渉術」の5章立てで詳しく解説しています。当コラムとあわせてぜひお読みください。

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