マイ干物にユア醤油を
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2年ほど前のことだろうか。母の料理を一口食べてあれ?と思った。
どうにも塩味が薄いのだ。いつも的確な味付けで刺してくる手練れの母にしては珍しいことだった。
しかしあれからずっと母の料理の塩味は薄いままだ。
数年前に乳がんを患った母だが、このあたりから味覚が変化したように思う。
抗がん剤の副作用は多岐に渡ると言うが、母の場合は味覚にも大きな影響があったようだった。
片胸も髪の毛も失った母に、これ以上の喪失感を与えたくはないので
この事はずっと黙っていた。
そして父も兄弟も同じように思ったのだろう。母は味覚が変わった事を
知らずに今まで通りのハイペースで手作り食品を量産している。
それでいい。
今日のお昼に、と思い先日実家で干してきたアジの開きを焼いた。
魚を開いたのも振り塩したのも母だったが、やはり塩味がどうにも薄い。
浸透分を計算しなくてはいけない干物の塩加減は難しいけれど
「干物は醤油をかけなくてもいい位の塩味がいい」という母の干物は
いつもその狙い通りの絶妙な塩加減だったのに。
だったのに。・・・とほんの少し物悲しい気持ちになっていると宅急便で荷物が届いた。
長野県で米農家をしている友人からの荷物で、中にはジュース
(というより果汁と呼びたい)と、彼女お手製の醤油が入っていた。
「お手製の醤油」という聞き慣れないパワーワードだが
とにかく丸大豆をあれやこれやして醤油をこしらえているのだ。
この醤油は色だけでなく、豆の味も塩味も濃かった。
「チョコレート効果」に例えれば焦茶のやつ(カカオ95%)位のイメージだろうか。ゴリゴリの「醤油原理主義」のような醤油なのだ。
ほぐした干物、大根おろし。これに友達の醤油をたらり。
全部一緒に食べるとちょうど良い塩加減と過剰な旨味で口の中が旨い。
しかしこんなもの米を食べてる場合じゃないだろう。
という事で急遽「鍋島」(しかも「隠し酒」)の一升瓶を取り出し
昼だというのにグビリとやる。
外から差し込む光が目にまぶしく、とりあえず何も問題ない、という
気持ちになれた。