平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)

「祭りをやらないと、この村はなくなりますよ!」――信じない人々をどう説得する!?
 感染症の大流行や地方の過疎化が進んだせいで、「祭り」が行われなくなった地域が増えた。これまで地域の祭りで鎮められていた八百万の神々が怒り、暴れだしたため異変が頻発する。このような事態に対処するために組織されていた祭祀保安協会の九重(ここのえ)十一(とい)とアシスタントの八多(やた)(みさき)―――怪しさ満点の二人が、異変を解決しようと神々を鎮め、処分していく。
 この二人、我が村を本当に救えるのか!? この村にも神がいた。今はもういない―――過疎化の進む東北を舞台に「実話怪談の旗手」が描く、やがて消えゆく〝隣人〟の物語(帯より引用)
 『小説宝石』2021~2023年掲載作品に書き下ろしを加え、2024年3月刊行。

 任務完了を報告する九重十一。「まつりのあと」。
 過疎集落の出羽村にやってきた黒づくめの女性を迎えたのは、村長の田附と副村長の木津。10年前に設置された文化庁の非公表の外郭団体、祭祀保安協会の九重十一と名乗るその女性がバスを降りたときに「処分しなきゃ」と聞いた小学五年生のヨッチンは、同級生で子分のケンジとともに、十一が村の人を殺すのを止めようと後を尾けた。十一が向かったのは、春休みで無人の小学校だった。「春と殺し屋と七不思議」。
 路傍に建つ祠で合掌した十一は、背後から足音が聞こえたのに気付く。「いざない」。
 日本海に面した小さな町、卯巳町にやってきたのは九重十一と、歌舞伎町のホストみたいな恰好のアシスタント八多岬。二週間前に起きた魚の大量死は、卯巳祭りの夜に船を流す「アザハギ」に関わっている可能性があるから実施してほしいと二人は依頼した。しかし今年はコロナ禍のため、祭りは中止になっていた。「われはうみのこ」。
 事務処理が多いとぼやく岬の横で、淡々と事務仕事をこなす十一。「おやくめ」。
 雪が降れば陸の孤島と化し、隣村へ抜ける道もないどん詰まりの鄙びた農村、桜児地区に一人だけ住む乙野鉄吉。小正月マ江の一月十四日、そんな桜児に九重十一と八多岬がやってきた。小正月ユキワラシを祀る「ユキアソバセ」の詳細を知りたいという。鉄吉は、もしかしたら秘密を探りに来たのではないかと疑う。「あそべやあそべ、ゆきわらし」。
 コロナ禍が明けた春、三年ぶりに生家にやってきた老人は、黒ずくめの女が崩れた家の前で手を合わせているのを見かけた。「おくやみ」。
 三十路半ばの傘蔵理美は、時花山キャンプ場の杉木立の先にある丘陵にある、百本以上の大小の石像の腕が転がっている「しどら」へやってきた。江戸時代に祀られていたが永く破壊されて放置されていたのだが、三年前に何者かに修復された。SNSで一時流行るもののすぐにすたれ、先日誰かにバラバラにされていた。理美はその「しどら」を復活させようと掘り返し始めたとき、八多という男が現れた。「わたしはふしだら」。
 祭保協本館の地下一階にある収蔵庫で、十一は羽虫よろしく翔ぶ<文字>を見つけた。初めて見る言霊だった。「まよいご」。
 南東北の山々のふもとに位置する久地福村には「ゲンゲ」と呼ばれる盲目の口寄せ巫女が存在した。十一が祭保協の仕事で聞き取りを行うため、ゲンゲの最後の一人、羽生部キヨのもとに定期的に訪れていた。しかし今日来たのはキヨの頼みごとのためであった。キヨは生きた者同士が魂を入れ替え、人格を交換する「たまがえ」の儀式をお願いした。一度、自分の顔を自分の目で見たいという。了承した十一であったが、魂を入れ替えた十一の体のキヨは、そのまま家を出ていった。「春のたましい」。

 作者は実話怪談の分野で絶大な支持を集めているとのこと。全く興味のない分野なので、名前すら知りませんでした。うーん、もう少し周りに目を配るぐらいのことはしないといけないなあ。作者のミステリは初めてである。通常ならスルーしている分野なのだが、書評を読んで気になり、思わず手に取ってしまった。
 東北地方のさびれた町村を舞台に、コロナ禍で祭りが行われなくなり、封じられていた神が暴れ出すのを鎮めるため、文化庁の非公表の外郭団体、祭祀保安協会の九重十一と八多岬が訪れる連作短編集。本編5編に、合間のエピソードを2ページで描かれた5編が加わっている。
 怪談と民俗信仰をコロナ禍と結び付けたアイディアがうまい。神たちが起こす怪異現象の描写はさすがといえるものがあるし、過疎や人間関係の悩みを浮かび上がらせる手法も見事。そして謎解き要素が散りばめられているのも巧みだ。読み終わって気付かされた伏線には脱帽した。過剰ではなく、むしろ淡白に見える筆致だが、テクニックは凄い。
 祭祀保安協会という設定、そして九重十一と八多岬というキャラクターの造形も、続編を大いに期待させるもの。とはいえ、数を重ねると薄味になりそうだから、適当なところで止めてほしいかな、これは。
 思わぬ拾い物の一冊。千街晶之さんの書評を信じてよかった。これは2024年ミステリベストのダークホースになるのではないか。怪談とミステリを融合させた秀作です。

阿津川辰海『入れ子細工の夜』(光文社)

 古書の街にあらわれた探偵の、秘められた目的とは。本格ミステリで大学に入ろう! 禁断の「犯人当て入試」狂騒曲。秘密を暴露された作家。いや、捏造された作家? 嘘と真実が裏返り続ける二人劇。学生プロレスの覆面(マスクド)レスラーがコロナ禍にマスク着用で集まった。本人確認、不能……! 謎と論理に捧げられた、瑞々しくも偏執的な、四種の供物。(粗筋紹介より引用)
 『ジャーロ』掲載。2022年5月、刊行。

 殺害されたフリーの雑誌記者牧村の足取りを追い、古本屋を訪ねていく私立探偵若槻晴海。「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」。古本と私立探偵というと若竹七海の葉村晶を思い浮かべてしまうが、阿津川らしいひねりは面白かった。
 K大学○○学部の小論文は、オリジナルの推理小説の犯人当てだった。「二〇二一年度入試という題の推理小説」。さすがに馬鹿馬鹿しかった。もうちょっとスマートにできなかっただろうか。
 小説家が書斎のドアを開くと、金庫の前に新人編集者が立っていた。作家のファンだという編集者に、作家は筋立てに矛盾がないかを確認するためにプロットを演じることを持ちかける。「入れ子細工の夜」。パート2の4コマ漫才「刑事」を思い出した。正直、途中からどうでもよくなった。
 全日本学生プロレス連合の第五十回総会はコロナ禍のため、覆面を被ったまま行われた。しかし、スターであるシェンロンマスク四十九世こと羽佐間は殺されていた。そして犯人はこの中にいる。「六人の激昂するマスクマン」。本格ミステリらしい作品に収まるかと思ったら、なぜ最後はギャグで落とすんだろう。

 阿津川辰海のノンシリーズ第二短編集。作者があとがきで書いているのは「ノンシリーズ作品集を目指して、いろんな形式でやってみること」「どんな形式であっても、心は本格ミステリーであること」「一作で完結させるつもりで、その舞台・キャラクターの魅力を最大限に引き出すこと」に加え、「全四編を通じて、私たちがいま生きている世界のありさまを封印しつつ、といって、堅苦しくはしないこと」とある。
 どの短編も本格ミステリであるが、最後にひねりが加わっている。「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」まではよかったが、「二〇二一年度入試という題の推理小説」はひねりを入れたのがかえってわかりにくくなり、ただの蛇足となっている。「入れ子細工の夜」までいくと、どんでん返しの連鎖がなぜここまでやるんだというぐらいの状況で、無駄が多くて呆れるしかない。「六人の激昂するマスクマン」はギャグにしようとして、悪ふざけで終わってしまった。
 作者はこういうのが好きなんだろうけれど、そのこだわりが読みづらくわかりにくいものになってしまった。もう少し、ストレートな作品を書いてみたらどうなんだろう。第一短編集『透明人間は密室に潜む』に比べると、足元にも及ばない作品集である。

馬伯庸『両京十五日 2: 天命』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 宿敵の白蓮教徒・梁興甫によって分断されてしまった皇太子・朱瞻基一行。攫われた呉定縁を救出すべく朱瞻基は一計を案じるが、予想だにしない過酷な危機が彼を襲う。一方、呉定縁の前についに姿を現した白蓮教徒の指導者は、衝撃的な真相を語り始める。明王朝の存亡が決まるまでに猶予は残り七日。朱瞻基の大義、于謙の策謀、呉定縁の運命、蘇荊渓の秘密……。彼らはそれぞれの天命を背負い、最終目的である北京・紫禁城へと向かっていく――。かつてない興奮と衝撃が訪れる、華文冒険小説の傑作、万感の完結。(粗筋紹介より引用)
 2020年、発表。2024年3月、邦訳刊行。

 ポケミス2000番特別作品。『両京十五日 1: 凶兆』に続く2か月連続刊行の大作完結編。
 前巻で分断された朱瞻基一行。使命がありながらも友人の救出を優先する朱瞻基、義を重んじ王の身を優先する于謙。この実在の人物2人に加え、衝撃の過去と運命が明らかになる呉定縁、そして朱瞻基と呉定縁に想われる蘇荊渓。主要登場人物4人に加え、白蓮教徒の作葉何や梁興甫などの脇役もその言葉と行動で強烈な印象を読者に与える。
 絡み合う過去と運命。隠された多くの秘密。対峙する思惑。剥き出しになる王と権力への執着。そして一日一日を生き延びようとする民衆。様々な要素がぶつかり合い、波乱万丈の歴史冒険浪漫が、ここに完成した。
 女性登場人物の思惑と行動が色濃く出ているのも、本作の特徴である。「義」や「考」だけではない女性ならではの考え方は、この冒険小説の面白さに、絶妙なインパクトを与えてくれる。
 解説の細谷正充が書いている通り、ミステリの要素(冒険小説もミステリだろうが、ここでは謎解きの要素と私は捉えた)が彩られていることも、本作の面白さの一つ。冒頭で呉定縁が地震の事故に見えた死体が殺人であることを見抜くが、それ以外にもミステリの要素が含まれている。すべての真相が明らかになるラストは、作者の会心の出来だろう。
 「華文冒険小説の傑作」という言葉に嘘偽りはなかった。個人的には今のところ2024年のベスト。読めて満足です。

佐々木英俊『最強のナンバー2 坂口征二』(イースト・プレス)

 坂口征二喜寿(77歳)記念出版
世界の荒鷲」初の公認バイオグラフィー
「柔道、プロレス、すべての時代の私が詰まっている」──坂口征二
 柔道日本一から、鳴り物入りでプロレス界へ転向。ジャイアント馬場アントニオ猪木とタッグを組んでトップレスラーとなり、新日本プロレスの社長・会長としてプロレス界を支え続けた「世界の荒鷲」のすべて。
坂口征二──この名前は私の格闘技人生そして人生闘争にとって決して欠かせず消せない4文字です。昭和48年、彼が旗揚げ間もない新日本プロレスに入った時から、私はこの4文字の男に支えられてきたのです」
アントニオ猪木坂口征二引退記念写真集『黄金の軌跡』より)
 2019年1月、刊行。

第一章 人生のはじまり
第二章 九州に坂口あり
第三章 柔道日本一への道
第四章 天皇杯とプロレス
第五章 日本プロレスの金の卵
第六章 坂口ブームからビッグ・サカへ
第七章 坂口征二の昭和四七年
第八章 猪木とのドッキング
第九章 自ら選んだナンバー2の道
第一〇章 猪木と会社のために
第一一章 世代交代
第一二章 社長就任
第一三章 荒鷲経営
第一四章 坂口会長

 「世界の荒鷲坂口征二の公認バイオフィラフィー。作者の佐々木英俊は1983年に坂口征二ファンクラブ「荒鷲」を立ち上げ、会長を務める。1992年2月には坂口征二プロレス生活25周年記念誌『黄金の荒鷲』を自費出版している。
 坂口征二の生まれからの軌跡を追った一冊。柔道日本一、日本プロレス入団、タイトル獲得、新日本プロレス移籍、社長就任、新日本プロレス黒字化、会長就任、坂口道場経営までが書かれている。
 坂口公認、ということで坂口自身の確認が行われているし、作者もファンクラブ会長だから、坂口のいいところしか書いていない。坂口自身の問題点などについては全然書かれていない。それはまだしも、坂口からの批判や悪口らしきものも全然ない。大木金太郎との確執についてはもちろんだし、山本小鉄との不仲についても触れられていない。坂口の妻と不仲だったという馬場元子との話も全然ない。北尾光司小川直也にはもっと言いたいこともあるだろう。
 確かにナンバー2として猪木、新日本を支え、さらに社長として新日本の経営を立て直したことは事実。特に猪木が参議院議員となってプロレスから離れていた時期の新日本プロレス立て直しは見事としか言いようがない。ただ、実際にはもっとドロドロしたものもあったと思う。日本プロレス末期、それに猪木に振り回された時期、相次ぐ退団など、坂口自身の苦悩や葛藤なども読みたかった。
 どうせ書くなら、どんぶり勘定経営だった新日本プロレスをどう立ち直らせたか、という点についてももっと突っ込んでほしかった。坂口征二という人物がいたため、会社組織として発展していった新日本。逆に最後まで馬場商店のままで終わってしまった全日本。この対比を坂口自身の口から聞きたかった。
 言いたくはないが、坂口のよいところだけを集めてまとめた一冊。もちろん、そういう物を作者は書きたかったのだから当然なのだが、もうすこし坂口の裏面にも迫ってほしかったとは思う。例えば、キラー・カーンのことをどう思っているかとか。