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新しい雑誌をお届けします。広告はありません。広告に頼らないということは、読者に買っていただく代金に100パーセント依存することを意味します。頼りになるのはあなただけ!2024年もどうぞご贔屓に。

マガジン

  • チョートクのカメラノート📷🎥📹

    カメラで本気出す。カメラに本気出す。ついでに写真芸術にも本気出す。2001年5月からスタートしたチョートクカメラ日記です。webマガジンは毎月定額1000円。単品で買うよりもかなりお得です。カメラノートは毎日更新です。

  • カメラノートスペシャル5月第2弾 カメラの素振り学入門

    カメラノートスペシャル5月第2弾は、カメラの素振りについて初めてその効能と心理学的な分析を行う。

  • スペシャル2024年5月第1弾 良い写真へのアドバイス

    昨年お伝えした良い写真へのアドバイス2023というのを皆さんがたくさん読んでくださったので、今回は2024というのを書くことにした。

  • マガジンスペシャル 4月第2弾 エプソンRD-1 の20年

    我々はすでにデジタルクラシックカメラの領域に進化した、こういうカメラを使おうではないか。

  • ノートスペシャル 2月第一弾 ニコンのレンジファインダーと私

    ニコンレンジファインダをカメラの歴史で軽く見ている人もいるかもしれないが、ロバートキャパが使ったし、ゲバラも使っているんだから、大変な存在感だと思う。戦争写真家の自由な歴史を伝える道具である。忘れてはいけないのはデビットダグラスダンカンもそうだったけど、彼はニコンのレンジファインダーではなくて、ニッコールレンズを使ったと言う意味でワンランク落ちるのである。 我々の学生時代、ニコンと言えば、それは一眼レフではなくて、レンジファインダーのカメラのことだった。そこで今回はニコン特集です。

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記事一覧

 偽物ライカ同盟入門の話の続き

あれはいつであったか朝日ジャーナルがまだあった頃だと思うけど、何かを記念するパーティーで、朝日新聞社にたくさんの人が来たときに、この本を出してくれた出版社の人に…

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東京の路上で、森山大道さんと偶然に会う

いつの時代でも森山大道はスーパースター。歩いている事を眺めるだけで、それは事件になるのである。私は森山さんと路上で遭遇する率が割と高い。何しろ私が29歳森山さんが…

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ウィーンに暮らしていた当時の定期券

日本とヨーロッパの交通システムの基本的な違いは今更言うことないけれども、ヨーロッパの路面電車や鉄道やバスなどにはチケットをチェックする人がいない。それで時々検察…

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パリのメトロ、あるいはメトロのパリ

1870年代の終わりの頃にウィーンではじめてのメトロができた。しかし出来立てでラインは1本しかないから、パリのメトロのようにLINEが縦横無尽に走っていると言う本物の感…

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ドラクロワの巨大な絵画を運ぶベルーガ

エアバスが380を出した頃は、世界中に沸騰したものであった。しかし、日本へのお客さんが少なくなったので、エアフランスはあっという間にエアバス380のサービスを中止して…

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ウォーカーエバンスファースト、アンドラストを真似る

私の好きなウォーカーエバンスの写真集の表紙の見返しに、彼が20代と70代のときのポートレートが並んでいるのが、彼の制作した。すべての時間帯の写真よりも、何か象徴的で…

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ドイツ国会図書館の私の写真集のデータベースで思うこと

ウィキペディアの私のデータベースを以前にびっくりしたのは、写真家の中では最も知的な存在であると書かれていたことだ。これは1種の写真家差別であって、写真家と言うの…

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エアバスの2階建ての巨大飛行機380に乗った人は自慢をしたものであったが、それよりももっと前の時代コンコルドに乗るのが自慢と言う時代もあった。しかし、カメラと同じで…

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wien wein

^_^ご覧のようにアルファベットの真ん中の文字を入れ替えるだけで地名になったり飲み物になったりするのである。オーストリアの面倒なのはオーストラリアと間違えられるこ…

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ニコンせんべいの由来

赤瀬川さんも書いているけど、大井町のニコンカメラに至る通と言うのはニコンF3が出たときには、なかなか活気のある買い物通りとか銭湯がずらりと並んでいた。ニコンの会社…

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シリーズ。デジタルカメラで写真は撮れないより

その4 デジタルカメラの時間領域は昨日と今日の話である。アナログカメラの時間領域は数百年にわたる話である。 若い人はデジタルカメラは江戸時代後期から存在するのでは…

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佃島から板橋の飲み屋まで20キロ歩く

1.21東京大周遊 東京の時差ボケ三日目。 ヒルズにゆくつもりで、時差のまま午後1時過ぎに佃を出る。 住吉さまの裏手の掘り割りに浮かんでいる釣り舟を見て、これはベニス…

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レンズフードに^_^、人生のおしまいである

^_^ 30年前に佃島でアルパ研究会と言うのをやっていて、もともと小さなカメラメーカーであるから、カメラ本体やレンズの生産台数が少ないのであるが、私が集めていたモータ…

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カナダで作られたM3の見分けかた

ライカの会社は1960年代初めごろからカメラや頭をカナダで製造するようになった。この時代のライカのレンズで重要なものは行って見ればほとんどメイドインカナダと言うわけ…

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11日前
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太陽がいっぱいなカメラ

^_^出雲の写真家小池さんが送ってくれた1990年代の私の個人カメラ雑誌カメラジャーナルのページである。

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カメラノートスペシャル 1 カメラ素振り学入門

1 フイルムが高くなったおかげで、カメラに対する環境が激変した

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 偽物ライカ同盟入門の話の続き

あれはいつであったか朝日ジャーナルがまだあった頃だと思うけど、何かを記念するパーティーで、朝日新聞社にたくさんの人が来たときに、この本を出してくれた出版社の人に出会って、私はパーティーのお酒に酔った勢いでこういう本を出しませんかとお願いしたら、企画が通ってしまった。

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東京の路上で、森山大道さんと偶然に会う

いつの時代でも森山大道はスーパースター。歩いている事を眺めるだけで、それは事件になるのである。私は森山さんと路上で遭遇する率が割と高い。何しろ私が29歳森山さんが36歳の時に、ヨーロッパを巡回する写真の展覧会の時に初めてお目にかかって以来のお友達なのであるから50年以上。

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ウィーンに暮らしていた当時の定期券

日本とヨーロッパの交通システムの基本的な違いは今更言うことないけれども、ヨーロッパの路面電車や鉄道やバスなどにはチケットをチェックする人がいない。それで時々検察係が回ってきて、不正が発覚すると罰金を取られると言う仕組みになっている。

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パリのメトロ、あるいはメトロのパリ

1870年代の終わりの頃にウィーンではじめてのメトロができた。しかし出来立てでラインは1本しかないから、パリのメトロのようにLINEが縦横無尽に走っていると言う本物の感覚はなかった。それで本物のメトロの街であるパリに2週間ほど撮影に行ったのである。

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200

ドラクロワの巨大な絵画を運ぶベルーガ

エアバスが380を出した頃は、世界中に沸騰したものであった。しかし、日本へのお客さんが少なくなったので、エアフランスはあっという間にエアバス380のサービスを中止して、そのかわり中国にサービスを行うようになった。誠に当然の次第である。

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ウォーカーエバンスファースト、アンドラストを真似る

私の好きなウォーカーエバンスの写真集の表紙の見返しに、彼が20代と70代のときのポートレートが並んでいるのが、彼の制作した。すべての時間帯の写真よりも、何か象徴的であって、それが気にいっている。

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ドイツ国会図書館の私の写真集のデータベースで思うこと

ウィキペディアの私のデータベースを以前にびっくりしたのは、写真家の中では最も知的な存在であると書かれていたことだ。これは1種の写真家差別であって、写真家と言うのは知的な存在では無いけれど、その中で田中長徳だけがちょっと頭1つだけ出ていると言うふうに理解することもできる。このヘンテコリンな表現はこの10年位にカットされたようなので一安心。

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アントノフ2型に乗る

エアバスの2階建ての巨大飛行機380に乗った人は自慢をしたものであったが、それよりももっと前の時代コンコルドに乗るのが自慢と言う時代もあった。しかし、カメラと同じで、高級なカメラ自慢のほかにプリミティブなカメラ自慢と言うやり方もある。

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wien wein

^_^ご覧のようにアルファベットの真ん中の文字を入れ替えるだけで地名になったり飲み物になったりするのである。オーストリアの面倒なのはオーストラリアと間違えられることでもある。それで暗闇坂のオーストリア大使館のエントランスには、ここはオーストラリア大使館ではありませんと言う看板が出ている。

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ニコンせんべいの由来

赤瀬川さんも書いているけど、大井町のニコンカメラに至る通と言うのはニコンF3が出たときには、なかなか活気のある買い物通りとか銭湯がずらりと並んでいた。ニコンの会社に行くまでになかなか良さそうな焼き鳥屋さんなどもあった。

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シリーズ。デジタルカメラで写真は撮れないより

その4 デジタルカメラの時間領域は昨日と今日の話である。アナログカメラの時間領域は数百年にわたる話である。 若い人はデジタルカメラは江戸時代後期から存在するのではないかなどと言っていてこれはまたコミックみたいで面白い。 私のすぐ近くにお住まいのライカデジタルカメラの最新方をお持ちの女性のフォトグラファーさんにパーティーでお目にかかったとき彼女はものすごいシュールレアリストなことを言った。あのライカと言うのは以前はアナログカメラを作っていたんですってね? こういうトリスタ

佃島から板橋の飲み屋まで20キロ歩く

1.21東京大周遊 東京の時差ボケ三日目。 ヒルズにゆくつもりで、時差のまま午後1時過ぎに佃を出る。 住吉さまの裏手の掘り割りに浮かんでいる釣り舟を見て、これはベニスだと思った。 極東の湾岸の中の砂州がベニスに酷似しているなどとは、時差ぼけの極みだが、これはプラハとの比較なのである。 プラハは「北のベニス」などと呼称されているが、あれは観光局が苦し紛れに造った言葉で誰も本気で信じてはいまい。 「北のベニス」に対して「佃のベニス」が現実味を帯びているのは、水面が干満することだ

レンズフードに^_^、人生のおしまいである

^_^ 30年前に佃島でアルパ研究会と言うのをやっていて、もともと小さなカメラメーカーであるから、カメラ本体やレンズの生産台数が少ないのであるが、私が集めていたモータードライブの付属品などは生産数が50以下と言うのもある。不思議なのはモータードライブのユニットが120台位だがそのケーブルが半分以下と言う変な話だ。

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カナダで作られたM3の見分けかた

ライカの会社は1960年代初めごろからカメラや頭をカナダで製造するようになった。この時代のライカのレンズで重要なものは行って見ればほとんどメイドインカナダと言うわけだ。これが私などのブランド主義者からすると、メイドインUSAだと格好は悪いけれども、メイドインカナダだとそれなりの上質なライカカメラと印象を感じるのである。

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太陽がいっぱいなカメラ

^_^出雲の写真家小池さんが送ってくれた1990年代の私の個人カメラ雑誌カメラジャーナルのページである。

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カメラノートスペシャル 1 カメラ素振り学入門

1 フイルムが高くなったおかげで、カメラに対する環境が激変した

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