『企業のリスクマネジメントと保険』

最初にご案内です。6月22日(土)のRINGの会オープンセミナーで登壇することになりました。
RINGの会は保険代理店の情報交流組織で、メンバーかぎりの勉強会のほか、広く保険業界に向けたオープンセミナーを毎年開いています。私は午前の部に登場し、早くからBM問題を発信し続けた週刊東洋経済の中村正毅記者と、昨今の損保問題を受けた保険業界の今後の展望について対談します(もしかしたら著名コメンテーターがもう1名加わり、鼎談になるかもしれません)。

会場はいつものパシフィコ横浜・国立大ホール。セミナーは午前1つ、午後2つの三部構成となっていて、休憩時間には保険会社や保険関連企業のブースを見学できます。保険流通に携わる方々が1000人規模で集まる一大イベントですので、ぜひご参加ください。
詳しくはこちらをどうぞ。

さて、慶應義塾大学出版会から『企業のリスクマネジメントと保険』という時宜を得た書籍が出ました。執筆者は慶應義塾大学の柳瀬典由教授ほか保険研究者と実務家の皆さんで、日本企業のリスクマネジメントや保険戦略のあり方に対する強い問題意識が出発点となっているようです。
カルテル問題が表面化する前に書かれた書籍とはいえ、いろいろと参考になる記述やデータがありました。

例えば、第2章「リスクマネジメントと企業価値――企業の保険需要を中心に」には、大企業の保険需要に焦点を当てたサーベイ調査(2021年7月実施)の概要が紹介されています。なかにはこんなデータもありました。

「リスクマネジメントの専任担当者がいる企業は58%」
「リスクコントロール・リスクファイナンス方針を策定しているのは40%」
「リスクマネジメント担当者がリスク情報の開示に関与しているのは49%」
「保険購買管理の担当部門は財務・経理部門が38%、人事・総務部門が33%」

つまり、「日本企業の保険購買は、かなり大規模な企業であっても、企業全体の財務意思決定プロセスの一環になっていないケースが多く、リスクマネジメントに関する投資家とのコミュニケーションにも多くの課題がある」「伝統的な日本企業では、保険管理は管財業務の一環として総務部門が行うことが多く、保険購買は財務意思決定とは異なる論理で、あるいは過去の実務慣行の延長線上で行われていた可能性がある」(いずれも本書45ページより)ということがわかります。

他方で第8章「三菱重工の保険リスクマネジメント改革」では、同社が大型客船建造プロジェクトでの多額損失発生をバネにして、事業ドメインの再編(権限と責任の明確化)とともに、経営トップ主導による全社的な事業リスクマネジメント体制の構築を行い、保険戦略も見直したことを紹介しています。

私は今回のカルテル問題を受けて、企業が単に保険の主幹事会社やシェアを変えるだけで終わるのではなく、株主などが期待する企業価値の向上を図るべく、保険戦略を含めたリスクマネジメントが全社的な意思決定の一環として行われる契機となることを願っています。
そのような世界を展望するうえで、本書から得られるものは多いのではないでしょうか。

※藤の花がきれいでした。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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ライフマネジメントに関する高年齢層の意識調査

「保険学セミナー・保険学セミナー懇談会」(大阪開催・運営は生命保険文化センター)にオンライン参加して、福岡大学出身の大学院生の報告とともに、生命保険文化センターが3年おきに実施している「ライフマネジメントに関する高年齢層の意識調査」について興味深く話を聞きました。

直近(2023年度)の調査結果は昨年12月に公表されています。60歳以上の男女約2000人に対し、「健康状態」「性格特性・リスク意識・金融保険リテラシー」「家族・人とのつながり」「就労」「家計」「生活保障意識」「生活満足度」と広範な調査を行い、報告書にまとめたものです。

例えば「生活満足度」の章では、人生全般に関する「後悔」に関する調査結果が出ています。
「もっと○○すればよかった」という質問に〇をつけてもらう調査で、「そう思う」「まあそう思う」の合計が5割を超えた、つまり、回答者の半分以上が後悔していると答えた項目は、「もっと学べばよかった(57.1%)」「もっと貯蓄を行えばよかった(54.2%)」の2つでした。この2項目は男女差があまりなく、特に60代の「後悔」割合は6割を超えています。

調査ではさらに、1つでも後悔していると答えた人に「どれか1つやり直せるとしたらどれを選ぶか」とも聞いていて、その結果は「学び」が24.7%、「貯蓄」が19.1%、「やり直したい事柄はない」が11.9%の順でした。
シニア層の多くは、高校や大学を卒業し、職場でのトレーニングや資格取得などを行う若い時期を過ぎてしまうと、何かを学ぶ機会がほとんどなかったのかもしれません。あるいは、社会人になっていろいろな経験をしたからこそ、あらためて学びたいという気持ちが強くなるということもありそうです。

なお、「性格特性・リスク意識・金融保険リテラシー」の章に、シニア層のリスク意識をとらえるため、次のそれぞれのケースについてどちらのクジを引きたいかという質問がありました。

99%の確率で3万円当選し、 1%の確率で0円になる/必ず1万円もらえる
90%の確率で3万円当選し、10%の確率で0円になる/必ず1万円もらえる
80%の確率で3万円当選し、20%の確率で0円になる/必ず1万円もらえる
60%の確率で3万円当選し、40%の確率で0円になる/必ず1万円もらえる
30%の確率で3万円当選し、70%の確率で0円になる/必ず1万円もらえる

3万円当選の確率が低いほど、必ず1万円もらえるという回答の割合が多くなるという結果が示されています。ただ、以前も同じようなことをどこかで書いた気がしますが、そもそもリスク意識をとらえるのに適切な質問なのかどうか、私には疑問です。
30%のケースを除けば、いずれも前者の期待値が1万円を上回っているとはいえ、クジを引けるのは1回だけです。何十回と引けるのであれば話は別ですが、1回だけなのであれば、これはリスク回避傾向というよりも、ギャンブル志向かどうかを調べたことになってしまうのではないでしょうか。
投資のリスクとは一か八かのギャンブルをしたいかどうかではなく、分散効果の活用などでうまくコントロールするものと理解しています。ですから、シニア層の金融に関するリスク意識をとらえるのであれば、設問にもう少し工夫が必要ではないかと思いました。

※新学期が始まりました。

 

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金融庁が有識者会議を設置

損保問題の有識者会議に関して、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1228(2024.4.8)に論考を寄稿しました。当ブログでもご紹介いたします。
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昨今の保険金不正請求問題(いわゆるビッグモーター問題)および保険料調整行為問題(同カルテル問題)を受けて、金融庁が「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」を立ち上げ、3月26日に第1回の会合がありました。
金融庁はYouTubeでの動画配信(アーカイブなし)のほか、当日の資料を公表しています。
そこで「事務局(=金融庁)説明資料」と「日本損害保険協会説明資料」を比べてみました。

そこから見えたのは、金融庁による厳しい見解です。2つの問題の背景には構造的なものがあるため、金融庁は個社や業界の自主的な取り組みだけでは是正が難しいと認識しています。
着地点はまだ見えませんが、是正に向けた何らかの制度改正が行われ、保険流通に関わる皆さんの業務に影響が及ぶと考えておくべきかと思います。

保険金不正請求問題

損保協会の説明資料では、主な要因として「保険金支払管理態勢が不十分」「効率的な損害調査の実施の弊害」「修理工場による不適切な保険金請求」「一部代理店によるコンプライアンス意識の不足」を挙げ、それぞれについての対応状況を説明しています。さすがに損保協会としても単なる個社問題とはとらえていないことがうかがえます。

これに対し、金融庁の説明資料では真因分析として、行政処分の対象である損保ジャパンおよびSOMPOホールディングスの「営業優先・上意下達の企業文化」「内部統制機能の欠陥」「リスク認識の甘さ」を挙げています。行政処分の対象はあくまで個々の会社なので、そのような書きぶりになっています。
ただし、「(有識者会議で)ご議論いただきたい事項」には、次のような記述があります。

・大規模乗合代理店への実効的な指導・監督の確保
・大規模乗合代理店との関係に左右されない支払管理態勢
・大規模乗合代理店などの適切な評価
・(兼業の)乗合代理店による比較推奨の適切な実施
・損害保険代理店による利益相反が生じる業務禁止または防止措置の実施
・(保険料調整行為問題との共通論点として)代理店への本業支援のあり方
・(同)保険会社および代理店への実効的な監督・検査

裏を返せばこれらは構造的な課題であって、個社または業界の取り組みだけでは解決が難しいとする金融庁の見解がよくわかります
(最後の「実効的な監督・検査」は庁内の保険行政への理解・認識不足とそれに伴うリソース不足を有識者に指摘してほしいのかもしれません)。

保険料調整行為問題

損保協会の説明資料では、主な要因を「他社との接触機会が増加」「保険契約引受時に行ってはいけない行為が曖昧」「独禁法に関する啓発取組みの不足」「代理店を含むコンプライアンスリスク管理体制が不十分」としているので、対応策は考え方・留意点の提示や教育の徹底などが中心です。

これに対し、金融庁の説明資料では、行政処分に至った問題点として「企業保険分野における環境要因」「営業担当者への強いプレッシャー」「独禁法等に関する不十分な教育・監督」「コンプライアンス・顧客本位の意識の欠如」を挙げています。
さらに「(有識者会議で)ご議論いただきたい事項」は次の通りです。

・共同保険における適正な競合環境の整備
・保険契約以外の要素を反映した取引慣行の是正
・リスクに応じた適正な保険料を提示できる保険引受管理態勢の確立
・企業内代理店のあるべき姿
・独禁法等の遵守に向けた法令等遵守態勢の確立

こちらは業界と金融庁の見解の違いがより鮮明です。起きたことは独禁法違反などですが、金融庁は法令等の遵守にとどまらず、企業向け保険の取引慣行や企業内代理店にもメスを入れようとしています。
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※福岡城址(舞鶴公園)の桜です。何とか間に合いました。

 

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沖縄県と地震保険

2024年春ツアーの最後は沖縄・那覇へ。地元の有望な保険代理店2社と保険会社を訪問しました。

仕事絡みで沖縄に行くと、つい沖縄県の特徴に目が向かってしまいます。
沖縄県は地震保険の世帯加入率が2022年度末で17.9%と全国で最も低く(全国平均は35.0%)、火災保険への付帯率も長崎県に次いで低い水準となっています。
考えられる理由としては、一人当たりの県民所得が全国で最も低いことのほか、住宅の9割以上が非木造(全国平均では非木造が約4割)で、かつ、持ち家住宅率が全国で最も低いことや、横のつながりが強い(=自助意識が弱い)といった県民性なども影響しているのではないかと考えられます。

たまたま訪問直前に台湾で地震があり、沖縄にも津波警報が出ました。保険業界の皆さんや飲食店などで話を聞くと、「2011年の時と違い、今回は避難した人が多かった」とのこと。
2011年の東日本大震災では沖縄にも津波警報が出たので、今回はそれ以来の警報でした。おそらく1月の能登半島地震による被害の記憶が新しかったのと、地震の発生が沖縄に近い台湾だったことが大きかったのではないでしょうか。
ただし、沖縄は車社会なので、みんなが自動車で避難しようとして、道路が大渋滞したという話も耳にしました。被害にあった台湾の皆さんには申しわけありませんが、事前に準備したBCP(事業継続計画)がうまく機能するかどうかを試す貴重な機会になったと思います。

※写真は国際通りです。

 

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BM社による保険金不正請求の影響

損害保険料率算出機構は3月26日、ビッグモーター社による保険金の不正請求(過大請求)が自動車保険参考純率に与えた影響について、5年間で最大約90億円、支払保険金合計(約8.3兆円)に対して0.11%という試算を公表しました。
過大請求があったのは車両の修理費用なので、影響は対物賠償責任保険と車両保険に出ます。それぞれの過大請求額と影響度は44億円(0.15%)、46億円(0.14%)でした。
過大請求の結果、翌年の保険料率が上がってしまったケースもあるでしょうから、損害率の試算は難しそうですが、大きくみても年平均で+0.05ポイントくらいの影響ではないでしょうか。

BM事件は特定の代理店が保険金を不正に請求していたというだけではなく、保険会社が保険金を適切に支払っていなかったという、保険制度の根幹である契約者の信頼を揺るがすような問題です。個社および業界でできることは何でも取り組んでいくべきでしょう。
さらに、この事件によって、保険会社(損保ジャパンに限らず)と大型のディーラー・モーター代理店とのいびつな取引慣行が業界外にも知られることになりました。契約者にとっても、自動車を買ったディーラーから保険も買えるのは一見便利かもしれませんが、保険の専門家による目線が入りにくいなかで、選択の機会がなくなっていると見ることもできます。
金融庁の有識者会議では、これまでのいびつな取引慣行がいい方向に変わるような制度見直しを提言してほしいですね。

※フィリピンはカトリックの国なのですね。

 

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フィリピンの生命保険市場

フィリピンのマニラを訪問し、OLIS(アジア生命保険振興センター)の海外セミナーの講師を務めました。このセミナーはもともと2019年1月に開催される予定だったのですが、マニラ近郊の火山が噴火したため、直前に中止となってしまい、その後コロナ禍を経て、ようやく開催にいたりました。

講演にあたりフィリピンの生命保険市場について多少調べ、さらに現地で監督当局や生命保険協会の話を聞いたところ、「GDP対比での保険料の割合が低い(1%強)」「ユニットリンク型の貯蓄性商品が中心(全体の7割)」「マイクロインシュアランスが普及」「2025年強制採用のIFRSの準備が進んでいない(もともとは2023年だった)」「いくつかの会社では最低維持資本の達成が課題となっている」といった特色があるとわかりました。
フィリピンはASEAN諸国の中で最もコロナ禍の影響が大きく、ロックダウン期間も長かったそうで、保険ビジネスにも大きな影響があったとみられます。本来は2022年までに達成すべき最低維持資本の達成がいまだに課題となっていたり、IFRSの適用を2025年に延期したりというのも、もしかしたらコロナ禍が影響しているのかもしれません。

セミナー会場のマカティ市はマニラ首都圏のなかでも特別なエリアで、金融機関の高層ビルとショッピングモールがたくさんあって、先進国とほとんど変わりません(ただし警備員が多いのと、爆発物チェックが頻繁にありました)。ホテルの部屋から見えた住宅街も高級な感じでした。
しかし、この地区だけが別世界のようで、マカティを離れると新興国らしい光景が広がっていました。生命保険を購入する層が現時点では限られているのも理解できます。

保険の話から外れますが、わずかな滞在でも、マニラ首都圏は交通インフラが極めて貧弱だとわかりました。幹線道路が限られているので、大渋滞が当たり前のようです。高速鉄道は大活躍しているものの、通勤時間にはキャパをはるかに超える乗客であふれかえっていました。マニラに住む私の友人は、渋滞がひどいのでバイク(スクーター)で通勤しているとのことでした。車線があってないような道も多く、常に交通事故の危険と隣り合わせです。
他方で、カトリックの国で信仰心の篤い人が多いとか、米国統治の影響からかファストフードが発達しているとか、休憩のたびに食事をとるとか、興味深い特徴もたくさん見つかりました。

 

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北イタリアの素敵なカフェ

今回は私が今月訪問した北イタリアの素敵なカフェをいくつか紹介します。

マルケージ1824

ミラノ大聖堂の近くに150年前に作られた豪華なアーケード(ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア)があって、このカフェMarchesi 1824はその中にあります。PRADAグループの経営となったのは10年前のようで、PRADAで買い物をしなくてもカフェだけ利用できます。
写真のように、窓から見えるアーケードの眺めが素敵でした。

カフェ・フローリアン

ヴェネツィアの中心部にあるサンマルコ広場に面する1720年創業のカフェがCaffè Florianです。創業当時から同じ場所で営業するヨーロッパ最古のカフェと言われています。
場所が場所だけに来店する人の多くは観光客だと思いますが、接客はよかったですね。1人客にも親切でしたし、キッシュも美味しかったです。

enoteca do colonne

カフェかどうかは微妙ですが、イタリアのエノテカはワインショップではなく、ワインが楽しめるカフェバーのようなところでした。ヴェネツィアのこのお店は朝から開いていて、カフェとしても使えます(私は軽い夕食に行きました)。
立ち席しかないエノテカも多いなかで、この店は椅子席が充実していて、落ち着いて利用することができました。スタッフも気さくな感じで、居心地がよかったです。

カフェ・ジッリ

フィレンツェの旧市街、共和国広場にあるCaffè Gilliは1733年創業の老舗カフェです。もともとは別の場所にあったそうですが、19世紀になって共和国広場が整備されてから今の場所に移ってきたようです。
テラス席から広場を眺めていると、時間が経つのを忘れます。写真のホットチョコレートは思っていたよりもずっと濃厚だったので、このあと追加でダブルエスプレッソを頼みました。

Caffè del Verone

フィレンツェには孤児養育院という、いわゆる赤ちゃんポストだったところがあって、今はミュージアムになっています(託児施設も併設?)。ここの5階に静かで眺めのいいカフェがありました。養育院の歴史は古く、15世紀までさかのぼるそうです。
カフェだけの利用も可能で、フィレンツェの象徴とも言える大聖堂を眺めながら、まったりと過ごせます。

いかがでしたでしょうか。書いていて、またイタリアに行きたくなりました。

 

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大手生保の資産運用動向

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1224(2024.3.11)に大手生保の資産運用動向についての考察を寄稿しました。当ブログでもご紹介しますね。
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生保資産構成の2つの特徴

四半期開示(6月と12月)は情報が限られるとはいえ、保険契約動向と資産構成の変化をある程度把握することができます。例えば、大手生命保険会社4社(日本、第一、住友、明治安田)の過去5年程度の資産構成の推移を確認すると、2つの傾向が見えてきます。
1つは、責任準備金対応債券区分の国内公社債の残高を増やしてきたことです。この区分は保険会社だけに認められた会計処理の方法で、資産と負債のデュレーション・マッチングの実行を前提に、時価評価しなくてもいい区分となっています。この区分の公社債が増えているということは、生命保険会社が保有する超長期の保険負債の金利リスクをヘッジしようという動きが続いているということになります。
金融庁は2025年度に経済価値ベースのソルベンシー規制を導入する予定です。現行のソルベンシーマージン比率には反映されにくい金利変動の影響が、新たな規制では直接反映されるようになります。一時に比べれば長期金利も多少は上昇しているなかで、各社が超長期債を購入することで金利リスクを抑える取り組みを進めていると見られます。

外国株式等の増加

もう1つは、外国証券のうち「外国株式等」の残高を増やしてきたことです。価格変動の影響を受けない取得価額ベースで見た場合、4社合計の国内株式残高が8兆円程度でほぼ横ばいなのに対し、外国株式等はこの5年間で7兆円近く増え、直近では約12兆円となっています。
ただし、各社が海外の株式投資を加速してきたのかというと、どうもそうではなさそうです。この「外国株式等」には株式のほか、オルタナティブ投資と言われるヘッジファンドやプライベート・エクイティ(PE)、外国籍のファンドなども含まれています。「クレジット・オルタナティブ資産の積み増し(日本生命)」「高い収益率が期待できるインフラエクイティやPEファンド等へ投資(住友生命)」といったIR資料の記述や報道内容から判断すると、外国企業の株式投資よりもオルタナティブ投資を拡大してきたのではないかとうかがえます。
一般にオルタナティブ投資は株式などの伝統的な資産との相関が低く、保有資産全体のリスク分散に有効とされています。他方で流動性が低く、現金化しにくいという特徴もあります。

オルタナ投資の現状は不透明

問題はこうしたオルタナティブ投資を(おそらく)大きく増やしてきたにもかかわらず、ごく一部を除き、全く開示されていないことです。
T&Dホールディングスは傘下の大同生命と太陽生命の保有する「外国株式等」の内訳を公表しています。これを見ると、両社ともヘッジファンドとPEが外国株式等の3割程度を占め、外国社債投信も一定規模を占めているとわかります。しかし、T&Dのように外国株式等の内訳を示している会社は数社しかありません。
リスク分散の観点などからオルタナティブ投資を増やしてきたのは理解できるとしても、その現状を外部に示さない経営姿勢は理解できません。そもそも方針や計画を自ら示しているのですから、現状を開示しても「競争上の不都合が生じるおそれ」などないはずです。
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※シエナまで足をのばしました。

 

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損保4社の業務改善計画

企業向け保険料の事前調整問題で金融庁が昨年末に出した業務改善命令に基づき、大手損保4社が2月29日に業務改善計画を金融庁に提出し、その概要を公表しました。いくつかのメディアから取材を受けたので、備忘録としてコメントが載った部分をご紹介します。

時事通信

政策株6.5兆円、すべて売却へ 不正の温床、迫られた清算―損保4社」という記事の最後のほうに、

「政策株の全売却について、保険業界の動向に詳しい福岡大学の植村信保教授は『いびつな保険の取引慣行の是正のきっかけになる』と指摘」

というコメントが載りました。記事はその後、「金融庁は『政策株がゼロとなるよう売却状況を監視していく』(監督局幹部)方針だ」で締めくくられています。

読売新聞

損保4社 改善計画 政策保有株ゼロ 目指す 過度な営業支援も是正(読売会員限定)」という記事の最後に、

「福岡大の植村信保教授(保険論)は『長年続いてきた慣行を変えるのは容易ではない。損保各社の取り組みは当然として、顧客企業の意識改革も重要だ』と指摘する」

というコメントが載りました。
ちなみに同紙は政策保有株式の削減について、「純投資に切り替わるだけに終われば改善策は骨抜きとなりかねない(中略)各社が売却を加速していけるかが問われそうだ」という冷静な視点を示しています。

参考までに、4社の業務改善計画はこちらになります。
東京海上グループ
三井住友海上
あいおいニッセイ同和
SOMPOグループ

「取引慣行」に関する改善策として政策保有株式の売却のほか、

・本業支援の見直し(出向を含む)
・企業代理店のあり方

が挙がっています。「トップライン重視・シェア重視」に関しては、

・営業目標や個人評価制度の見直し
・保険引受管理態勢の見直し

が挙がっています。
いずれも方向性として全く違和感はないとはいえ、個社の取り組みだけでどこまで実現できるか。政策保有株式のように、外部からでも取り組み状況がわかるといいのですが、透明性について工夫が必要ではないかと思います。

※三越本店のライオンに会ってきました。

 

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『財閥のマネジメント史』

2024年2月20日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は武藤泰明さんの『財閥のマネジメント史』です。「はじめに」にあるように本書は論文ではなく、マネジメントを専門とする著者が日本企業を独自の視点で解説したものです。

企業集団のルーツに日本企業の本質

本書は、日本企業について理解の深まる労作である。バブル経済の崩壊後、大手銀行が三つに集約されてからは、6大企業集団という言葉を目にすることはほとんどなくなった。それでも依然、巨大企業の4分の1程度が企業集団に属しており、韓国やASEAN諸国の財閥ほどではないにしても、日本経済におけるその存在感は大きい。本書は、「三井」「住友」「三菱」の3大財閥に焦点を当て、その歴史を通じて近代日本の経営史を記し、日本の企業集団の本質に迫ろうとしている。

明治期の財閥は非関連分野の多角化を一気に進めた。現在の発想だと、関連する事業に進出した方がリスクは小さく、シナジー効果も得られると思ってしまう。ところが当時の日本企業には技術やノウハウがないので、すでに海外で起きたイノベーションを導入すれば参入リスクはそれほど大きくなく、つまるところ「多角化していく分野は何でもよかった」。むしろ非関連分野の多角化を進めた方が、戦争に伴う景気変動や恐慌などに耐えることができたという。途上国ならではの経営戦略といえよう。

非関連多角化を進めるには潤沢な資金が必要となる。3大財閥はそれぞれ銀行だけではなく鉱業という資金源を持っていた。政府との距離の近さも、財閥形成期には強みとなった。これに対し、新興財閥の場合には多角化の度合いが低く、グループ内の「機関銀行」に資金調達を依存するケースも多かった。恐慌の際には銀行と事業会社が共倒れとなるリスクを抱えていたわけで、実際そうなったケースも目立つ。

とはいえ、3大財閥は政府に近いが故に、都合よく使われた歴史もある。2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』では、三井の大番頭だった三野村利左衛門が主人公の渋沢栄一と対立する悪役として描かれていた。
しかし本書によると、三井は政府によって散々振り回されたことが分かる。公金取り扱いの問題(戦費調達のため急な返済を求められた)で経営危機に追い込まれたり、政府から中央銀行の設立を頼まれ、わざわざ祖業の越後屋を切り離して準備したにもかかわらず反故にされたりしている。
三井はその後、渋沢栄一(当時は大蔵省にいた)に言われて第一国立銀行を設立したのにオーナーシップを取れず、別途に三井銀行を設立することになった。ドラマとは違い、財閥が政府との関係維持に苦労してきた姿を見てとれる。

※いつも羽田でお世話になっている電車です。

 

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