2024年5月25日土曜日

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭―【私の論評】北朝鮮の核、中国の朝鮮半島浸透を抑制する"緩衝材"の役割も

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭

まとめ
  • 北朝鮮の核・ミサイル開発への対応として、朝鮮半島の非核化を強く求めている
  • 国連安保理決議の履行や日本人拉致問題の解決を訴えている
  • 一方的な現状変更の試みへの反対を盛り込んでいる
  • 6分野(人的交流、持続可能な開発、経済協力など)での協力強化を目指す
  • 経済分野では、日中韓の貿易額を1兆ドルまで増やす目標と、FTA交渉の加速を掲げている

日中韓三首脳

 27日にソウルで開催される日中韓首脳会談で採択される共同宣言原案が判明した。原案では、北朝鮮の核・ミサイル開発の加速を念頭に、「朝鮮半島と北東アジアの平和と安定の維持は我々の共通の利益及び責任だ」と強調し、「朝鮮半島の完全な非核化は我々の共通目標だ」と訴えている。

 日中韓首脳会談の開催は2019年12月以来4年半ぶりとなる。3か国は共同宣言で、朝鮮半島の完全な非核化の実現に向け、対話や外交、また国連安保理決議の履行の重要性を唱える。日本人拉致問題の即時解決も求める考えを共有する。

 さらに、法の支配に基づく国際秩序への関与を確認するほか、「力または威圧による一方的な現状変更の試み」への反対も盛り込まれている。

 3か国協力を巡っては、人的交流、持続可能な開発と気候変動、経済協力と貿易、公衆衛生と高齢化社会、科学技術とデジタル化、災害救援の6分野で協力強化を目指すことで一致した。

 特に経済協力と貿易分野では、ルールに基づく開かれた公正な国際経済秩序の維持・強化に「共通の責任を有する」と強調し、現在の7,700億ドルの貿易額を今後数年で1兆ドルまで増やす目標を掲げる。また、日中韓FTAの交渉を加速する方針も明記されている。

 3か国は協力を前進させるため、首脳や閣僚による会談の定期開催の必要性にも言及している。

 現在、3か国の実務者が共同宣言の成案に向け最終調整を行っているが、北朝鮮問題や一方的現状変更への反対を巡る表現で中国が難色を示す可能性もある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】北朝鮮の核、中国の朝鮮半島浸透を抑制する"緩衝材"の役割も

まとめ
  • 北朝鮮の核保有は、中国の朝鮮半島への影響力拡大を抑制する「緩衝材」の役割を果たしている。
  • 日中韓3か国が朝鮮半島の非核化を唱えるのは、結果として中国の利益につながる可能性がある。
  • 朝鮮半島問題の解決には、朝鮮戦争休戦協定の当事国など関係国が交渉すべきである。
  • 北朝鮮の非核化を推進するには、米国による韓国への核再配備も選択肢の一つとなり得る。
  • 現実的には米国の韓国核再配備は困難であり、現状維持せざるを得ない状況にある。

北朝鮮の核

現在の状況において北朝鮮とその核は、それが良いか悪いか、将来はどうなるかは別問題として、中国の朝鮮半島への浸透を防いでいます。

中国は、北朝鮮の最大の支援国であり、経済的・軍事的な面で密接な関係を築っています。一方で、中国は北朝鮮の核開発に対しても懸念を抱いており、国際的な圧力をかけています。

北朝鮮が核兵器を保有していることは、中国にとっても懸念材料です。中国は、北朝鮮の核開発を抑制し、朝鮮半島の安定を維持するために努力しています。

一方、中国は朝鮮半島における自身の戦略的利益を追求しています。北朝鮮の核が朝鮮半島における中国の影響力を制限する一因となっているといえます。

ルトワック氏

これについては、私だけの突飛な考えというわけではありません。たとえば米国の有名な戦略家ルトワック氏も、現状を以下のように認識しているようです。

彼の著書「自滅する中国」で、中国の台頭とその影響について詳しく説明しています。ルトワックはその北が核開発とロケットを開発をする理由を、「北朝鮮は核が中国からの自立と存続を保証している」からだ、としています

朝鮮半島が分断されたまま非核化された場合、北は中国に完全に取り込まれ、植民地になるだろうとしています。

さらに、元トランプ大統領の補佐官であったボルトン氏は、もっと直裁に、著書「The Room Where It Happened」(2020年)の中で、次のように述べています。

「北朝鮮の核兵器は、朝鮮半島における中国の影響力拡大を実質的に抑制してきた。北朝鮮は中国の属国になることを恐れており、核兵器は朝鮮半島に対する中国の軍事介入を困難にする」


ボルトン氏

また、ロバート・ギャリー元駐韓米国大使(2011-2014年)も同様の見解を示しています。 「北朝鮮は中国が朝鮮半島に介入することを嫌がっており、核兵器はその抑止力になっている」

つまり、これらの米国の戦略家らは、北朝鮮の核・ミサイル能力が中国の朝鮮半島進出への「緩衝材」の役割を果たしてきたと主張しているわけです。

これは、正しいとか正しくない、望ましいとか望ましくないの判断とは別に、現状はそうだといえるでしょう。

これを前提として、もう一度「日中韓3か国は共同宣言で、朝鮮半島の完全な非核化の実現に向け、対話や外交、また国連安保理決議の履行の重要性を唱える」とはどのように捉えられるでしょうか。

そうです、これは「中国」にとって最も良い宣言ということになります。無論このような宣言をしたからといって、朝鮮半島では、朝鮮戦争の休戦状態が続いており米国やロシアも関わっており、すぐに北朝鮮の非核化が実現するというわけではないですが、それにしても中国にとっては最も都合の良い宣言となります。

これは、目先だけのことを考えた場合、良いことづくめのようにみえるものの、その実中国を利することになることのわかり易い事例だと思います。

これに似たような事例は過去にもあります。

香港返還式(1997年)

たとえば、香港返還(1997年)です。イギリスが150年以上にわたって植民地支配していた香港を中国に返還した事件です。香港返還は、中国の国際的なイメージ向上に繋がり、経済発展にも貢献しました。しかし、近年は中国による香港への統制強化が問題視されており、一国二制度の原則が揺らいでいるとの批判もあります。

中国は、2001年にWTOに加盟しました。これは、中国の輸出拡大と経済成長をもたらしたのですが、知的財産権侵害、環境問題、人権問題悪化などの課題も露呈しました。中国は現在でもWTOルール遵守することなく、本来WTO加入に必要であった実施すべき改革などを実施していません。

このような中国の態度をみれば、朝鮮半島の非核化について、日中韓で軽々しく論ずれば、中国に利することになる可能性は否定できません。

やはり、朝鮮戦争休戦の当事者等が、交渉すべきでしょう。

朝鮮戦争は1950年から1953年までの3年間、朝鮮半島を舞台に北朝鮮と韓国の間で繰り広げられた東西冷戦の代理戦争でした。多くの犠牲者を出したこの戦争の終結に向け、1953年7月27日に板門店で朝鮮戦争休戦協定が調印されました。

この協定は戦闘行為の停止と休戦ラインの設定などを定め、事実上の戦争終結を宣言しましたが、正式な平和条約は締結されていません。休戦協定の署名国は北朝鮮、中国、朝鮮人民軍、国連軍司令部(米国が間接参加)の4カ国でした。

ソ連と韓国は署名していませんが、前者は北朝鮮支援、後者は休戦ラインで北朝鮮と対峙しています。協定締結から70年近くが経過した現在も、朝鮮半島には緊張が続き、再び戦争になる可能性も否定できません。

北朝鮮の非核化を推進するというのなら、これらの国々で交渉をし、米国として韓国に核を配備することを認めさせるべきでしょう。これがなければ、先にも示したように中国が朝鮮半島全体に浸透する可能性があるからです。

そうして、これも私だけの突飛な考えというわけではありません。実際、1958年から1991年まで、韓国の群山空軍基地に米国の核兵器(戦術・戦略核)が配備されていました。当時の目的は、北朝鮮の脅威に対抗し、韓国の安全保障を強化することでした。

しかし、1991年、米国は韓国からすべての核兵器を撤去しました。ただし、近年、北朝鮮の核開発の進展を受けて、韓国内で独自の核武装を求める声が高まっています。2021年の世論調査では、韓国国民の60.2%が韓国の核武装に賛成していることが分かりました。韓国保守派は、米国による核兵器の再配備を代替案として追求してきましたが、実現していません。

北の核がなくなり、韓国にも核がないということになれば、朝鮮半島はいずれ中国に浸透され、朝鮮半島全体が中国の朝鮮自治区や朝鮮省になる可能性もあります。それを防ぐためにも、米国は韓国の核を配備をすべきでしょう。また、北朝鮮が望めば、北の民主化などを条件に、北にも核を配備すべきでしょう。

現状では、米国が再び韓国に核を配備することは困難を極めるでしょう。ましてや北にそれを配備することなど考えられません。であれば、現状維持をするしかないというのが、実情です。それが、北の非核化がなかなか進まない本当の理由だと思われます。


北朝鮮が黄海へ短距離弾道ミサイル4発、米軍は戦略爆撃機を展開―【私の論評】北が黄海にミサイルを発射したのは、朝鮮半島浸透を狙う中国を牽制するため(゚д゚)! 2022年11月5日

北朝鮮『4・15ミサイル発射』に現実味!? 「絶対に許さない」米は警告も…強行なら“戦争”リスク―【私の論評】北がミサイル発射実験を開始すれば、米・中・露に圧力をかけられ制裁がますます厳しくなるだけ(゚д゚)! 2019年4月4日

2024年5月24日金曜日

戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ―【私の論評】大戦の脅威を煽るより、ロシアの違法な軍事行動に対し、断固とした姿勢で臨め

戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ

まとめ
  • 歴史学者ティモシー・スナイダーは、ロシアと戦うウクライナが第3次世界大戦を防いでいると述べ、現在の状況を第2次世界大戦直前に例えた。
  • スナイダーは、ウクライナをナチスに降伏したチェコスロバキアになぞらえ、ウクライナが諦めると将来ロシアがさらなる戦争を引き起こすと警告した。
  • 現在のウクライナ紛争は第3次世界大戦の危機を高めているが、NATO諸国は関与を避け、暴力の拡大を防ごうとしている。
  • ウクライナのゼレンスキー大統領は、ウクライナがロシアに敗れれば次にヨーロッパの他の国が攻撃対象になると警告している。
  • ベラルーシのルカシェンコ大統領も世界が崖っぷちに立たされていると警告し、第3次世界大戦の懸念を表明している。

ウクライナ軍女性兵士

 著名な歴史学者ティモシー・スナイダーは、ロシアと戦っているウクライナが第3次世界大戦を防いでいると述べた。彼は米イェール大学の歴史学教授で、東欧とソビエト連邦を専門家だ。スナイダーは、ウクライナとロシアの全面戦争が3年目に突入している現状を、第2次世界大戦直前の時期に例えた。

 彼は2024年を1938年と比較し、ウクライナが第2次大戦初期にナチスに降伏したチェコスロバキアと似ていると述べた。1939年、ナチス・ドイツがチェコスロバキアに侵攻し、これによりイギリスとフランスがポーランドの同盟国としてナチス・ドイツに宣戦布告し、第2次世界大戦が始まった。スナイダーは、エストニアのタリンでの会議で、ウクライナが諦めるか、国際社会がウクライナを見捨てれば、将来的に異なるロシアが戦争を行うことになると警告した。

 スナイダーは、ウクライナが現在の状況を引き延ばし、1939年のような大戦の勃発を防いでいると述べた。ウクライナでの2年以上にわたる紛争は、第3次世界大戦の可能性を高めているが、NATO諸国はウクライナ戦争の当事者ではないと強調し、暴力が国境を越えて広がるのを防いでいるとした。ウクライナは、ロシアに敗北すれば次にヨーロッパの他の国がロシアの攻撃対象になると警告している。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵入してきた直後に、ウクライナの戦いを支援するよう呼び掛けた。彼は「もしウクライナが倒れれば、ヨーロッパも倒れる」と述べた。また、3月中旬には世界が「本格的な第3次世界大戦の一歩手前」にあると警告した。

 一方、プーチンの忠実な味方であるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は2024年2月に世界が「再び崖っぷちに立たされている」と警告し、第3次世界大戦について「懸念する根拠はある」と述べた。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ロシアの経済的制約と西側の圧力 - ウクライナ侵攻の行方

まとめ
  • 現代ロシアは軍事力は侮れないが、経済力ではナチス・ドイツほどの潜在力はない。資源依存型の経済構造が足かせとなっている。GDPでは韓国を若干下回る程度である。
  • 一方、当時のドイツは再軍備と経済成長の相乗効果で、ヨーロッパ有数の経済・軍事大国として台頭していた。
  • ロシアのウクライナ侵攻は長期化すれば、その経済的制約からロシアに第三次世界大戦を引き起こすだけの実力はない。
  • 重要なのは、ロシアの違法な軍事行動を容認せず、ウクライナの主権と領土を守ることである。
  • 米国を筆頭に西側がロシアへの圧力を強める動きは、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かう決意の表れである。
第二次世界大戦中のドイツSS(親衛隊)

現代ロシアは確かに軍事力に優れていますが、経済面ではナチス・ドイツほどの潜在力はありません。現在ロシア経済は天然資源、とりわけエネルギー輸出に過度に依存しているのに対し、かつてのソ連は現在のロシアと比較して、製造業や先端技術分野での地位ははるかに上位に位置し、米国としのぎを削っていました。国内総生産(GDP)でも、米中に大きく水をあけられている有様です。  

これは、第二次世界大戦前のドイツとはかけ離れた状況です。1939年当時、ドイツの名目GDPは約411億ドル(1990年価格換算)と、アメリカに次ぐ経済大国でした。軍備増強と内需拡大策の効果により、ドイツは欧州有数の経済力を誇っていました。軍事と経済の相乗効果で、ヨーロッパ全域に影響力を及ぼすに至ったのです。

一方の現代ロシアは、2022年のGDPがわずか1.7兆ドル程度に過ぎず、主要欧州諸国よりも小さい規模です。世界ランキングでは11位と、韓国をわずかに下回る程度です。これは日本でいえば、東京都と同じくらいです。長年の対外制裁と資源依存の経済構造が災いし、伸び悩んでいるのが実情です。

軍事パレードをするロシア軍兵士

このように、ナチス政権下のドイツは再興期にあり、軍備増強と経済発展を遂げ、ヨーロッパでの覇権を狙っていました。一方でプーチン政権のロシアは、経済的な盤石さを欠いており、他国に影響力を及ぼす余地は限られています。

こうした経済力の違いが、ロシアのウクライナ侵攻の遂行能力に大きく影響しています。戦争が長期化するなか、ロシアは経済的に行き詰まる可能性すら浮上してきました。第三次世界大戦を引き起こせるような実力は、到底持ち合わせていないと言えるでしょう。  

武力面ではロシアが軍事技術と核兵器で優れているのは事実です。しかし経済規模が韓国と肩を並べるに過ぎなければ、その行動には自ずと一定の制約がつきまとうはずです。つまり、現在の紛争が再び世界大戦に発展するリスクは、杞憂に過ぎないのかもしれません。かえって、目の前の現実的で差し迫った問題から目を逸らしかねません。

重要なのは、第三次世界大戦の脅威などではなく、ロシアのウクライナ侵攻が国際法に明白に反すること、これを決して容認できないことです。欧米諸国を中心に、ロシアのこの暴挙に対する責任を明確に追及し、ウクライナの主権と領土保全を尊重した平和的解決を目指すべきなのです。  

もちろん、ロシア軍の戦力は侮れません。しかし、ウクライナ軍の強固な決意、西側からの軍事支援、そしてロシア自身の経済的制約といった要因を考えれば、ロシアがこの紛争で完全勝利を収めることは極めて困難です。平和の実現に向けては、第三次世界大戦を恐れるのではなく、ロシアのこの明白な違法行為に毅然と対処することこそが重要なのです。

ロシアの侵攻は確かに現実的で差し迫った脅威です。しかし同時に、ウクライナの奮闘、国際社会の広範な支援、ロシア自身の能力の限界という現実も見逃せません。こうした要因を組み合わせれば、この脅威を最終的に封じ込め、抑止できるはずです。

その実現に向け、何よりも冷静さを失わず、ロシアの軍事行動を断固として非難し続けることが大切です。そうすれば第三次世界大戦の悪夢は現実のものとはならず、かえってロシアが現実路線に傾き、停戦への道を模索せざるを得なくなるでしょう。平和を願うなら、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことこそが何より重要なのです。

第三次世界大戦をテーマとしたゲームの画面

実際、米国はロシアの違法な軍事行動に対する姿勢を一層厳しくしつつあります。ウクライナを訪問中のブリンケン国務長官は15日、米国製兵器を使ったロシア領内への攻撃を容認する可能性に言及し、「この戦争をどう遂行するかは最終的にはウクライナが決断することだ」と述べました。

バイデン政権はこれまで、ロシア領への直接攻撃を制限してきましたが、この発言はその方針の転換を示唆しています。ロシア側に有利に働いているとの批判を受けて、制限撤廃の要望が高まっていたためです。   

このように、おくればせながらも、米国を始めとする西側諸国がロシアへの圧力を強める動きは、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かう決意の表れと言えるでしょう。平和実現に向けては、第三次世界大戦の脅威を煽るよりもロシアの違法な軍事行動に対し、断固とした姿勢で臨むことが何より重要なのです。

【関連記事】


「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク 2024年1月7日

北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)!
2023年11月14日


膠着状態のウクライナ戦争 カギはテクノロジーの革新―【私の論評】ウクライナ戦争、反転攻勢は膠着状態? 2~3年で占領地奪還の可能性も! 2023年11月22日

2024年5月23日木曜日

〈急速にこじれる中国と欧州〉EUの外交姿勢の変化と駆け引き、習近平の欧州歴訪から見えたもの―【私の論評】インド・太平洋地域秩序の構築と日本の対中政策転換

〈急速にこじれる中国と欧州〉EUの外交姿勢の変化と駆け引き、習近平の欧州歴訪から見えたもの

久末亮一( 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員)

まとめ
  • 中国の「戦狼外交」や人権問題、ウクライナ戦争での対ロ支持などにより、EUの対中不信感が高まった。
  • EUは中国を「システミック・ライバル」と見なし、経済面での対中依存からの脱却(デリスキング)を図っている。
  • ドイツなど主要国が従来の親中路線から転換し、対中強硬姿勢に転じた。
  • 中国は「グローバル・サウス」外交を活発化させ、西側の包囲を打開しようとしている。
  • 価値観や安全保障をめぐるEU対中の構造的対立は深刻化する可能性が高く、厳しい対立が始まったばかりかもしれない。
習近平とマクロン

 近年、中国と欧州連合(EU)の関係が急速に悪化しているが、その背景には複合的な要因が存在する。

 第一に、中国側の外交姿勢の変化が大きい。国力の隆盛を背景に、習近平政権は2010年代後半から「戦狼外交」と呼ばれる攻撃的な外交スタンスを強めた。人権問題などで欧州諸国との軋轢を生み、特にEU加盟国の一部で反発を招いた。さらに2020年の新型コロナウイルス流行をめぐる開き直り外交により、中国に対するEU全体のイメージが急速に悪化することとなった。

 次に2021年、新疆ウイグル人権問題をめぐる制裁応酬や、リトアニアが台湾と接近したことへの中国の経済的威圧措置など、両者の確執がエスカレートした。そして決定打となったのが、2022年のロシアのウクライナ侵攻である。中国がロシアを事実上支持したことで、EUは中国への不信を決定的なものとした。

 こうした事態を受け、EUは中国を潜在的な「システミック・ライバル」と位置づけ、経済面での対中依存からの脱却を目指すデリスキング政策へと転換した。2023年に入ると、中国製EV補助金への調査開始や、重要原材料の対中依存削減法案の合意など、本格的な対中経済安全保障政策が打ち出された。

 特に注目に値するのが、かつて対中投資を積極的に行い経済界に親中派が多かったドイツの転換である。昨年7月に予想外の強硬な対中戦略を発表し、最近の習近平訪独時も冷遇に終わるなど、親中路線から一転した。

 一方の習近平は、欧州での孤立を避けるため、フランスなど一部の親中国に柔軟な姿勢を見せる一方、東南アジアやアフリカなどのいわゆる「グローバル・サウス」地域への経済外交を活発化させ、西側による包囲を打開しようとしている。ロシアのプーチン大統領と「同盟」関係をアピールするなど、対抗姿勢も鮮明になってきた。

 こうしてみると、EU対中関係の悪化は、単なる経済的利害の問題を超え、価値観や安全保障をめぐる構造的な対立へと発展しつつある。EUが自由主義・民主主義陣営の一員として対中姿勢を硬化させたことは、一定の前進といえるが、価値観を巡る対立はさらに深刻化する可能性が高い。

 中国は今のところ、「グローバル・サウス」外交の深化で、西側の包囲を打開しようとしているが、一方で債務の罠などの負のイメージも存在する。仮に中国の影響力が拡大すれば、国際社会において「普遍的価値」を奉じる立場が少数派になる「新しい世界」の到来する可能性すら指摘できよう。つまり、価値観をめぐる厳しい対立は、まさに始まったばかりなのかもしれない。

この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】インド・太平洋地域秩序の構築と日本の対中政策転換

 まとめ
  • EUと中国の対立は、経済、安全保障、技術覇権、国際規範、エネルギー分野にまで及び、人権や法の支配などの基本的価値観の溝が根底にある。
  • EUの対中国リスク低減策や中国の影響力拡大への反発により、経済面や安全保障面でさらなる摩擦や地域紛争のリスクが高まっている。
  • エネルギー・ドミナンスの観点から新型小型モジュール原子炉発電が注目される中、それまでのつなぎとして化石燃料の見直しが課題となっており、中国とのエネルギー分野での対立が深まる可能性がある。
  • 日本は、自衛隊法や経済安保法の改正を通じて、対中姿勢を強化しつつある。米国やEUとの連携を深めつつ、安全保障や経済面での準備を進める必要がある。
  • 日本は、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守るため、ASEAN諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築を目指し、対中関与路線からの転換を図るべきである。
中国の工場

EUと中国の価値観の対立は、経済的な領域にとどまらず、安全保障、技術覇権、国際規範、さらにはエネルギー分野にまで及ぶことになるでしょう。そして何より、人権、法の支配、平等といった基本的価値観をめぐる溝が、この対立の根底にあります。

まず経済面では、EUを中心とした西側諸国による対中国デリスキング(リスク低減)の動きと、中国の影響力拡大への反発により、さらなる摩擦が避けられないでしょう。一部の新興国が経済実利を優先して中国側に傾斜すれば、国際社会での中国のプレゼンスは高まることになります。

安全保障面に目を転じると、価値観の対立が地域紛争への武力介入やさらなる軍備増強につながるリスクも存在します。また、技術覇権や国際規範をめぐる確執により、国際秩序の二極化・分断も現実味を帯びてきます。

加えて、エネルギー安全保障の観点からも、両陣営の対立が深まる可能性があります。自由主義陣営は気候変動対策から再生可能エネルギーへのシフトを後押ししてきましたが、中国は化石燃料産出国との関係を重視しており、対立軸の一つになっています。

しかし今後は、より実用的なエネルギー需給対策が優先されることになるでしょう。いわゆるエネルギー・ドミナンスの考え方が優勢になるでしょう。具体的には、小型モジュール原子炉などの新型原子力発電や、それまでのつなぎとしての化石燃料の一時的な活用も視野に入ってきます。

一つ間違えば、EUはエネルギー問題で中国に遅れをとることになりかねません。エネルギー供給自体だけでなく、グローバルサウスへのエネルギー関連の支援においても同様です。

トレーラーで運べるようになる小型モジール原子炉の1ユニットの想像図

このように、価値観の対立は多方面にわたり、容易に解決できるものではありません。対話と相互理解を深めつつ建設的解決を目指す一方で、努力が功を奏さず対立がエスカレートすれば、自由主義陣営は価値観防衛のための厳しい対決姿勢を示さざるを得ません。

さらに、自由主義陣営が掲げる個人の自由や権利の尊重、法の下の平等などの理念に対し、中国は国家主権や安定重視の立場から、集団的権利や国家による統制を正当化してきました。新疆ウイグル問題に見られるような人権状況への批判にも強く反発しています。

また、法治主義に関しても、自由主義陣営が普遍的な法の支配を重んじるのに対し、中国は自国の一党支配体制の正当性を主張しており、根本的な溝が存在します。

このような溝は簡単には埋まることはありません。中国の権威主義的価値観が国際社会で評価されれば、人権や自由、法の支配といった理念が後退する恐れがあります。一方で、自由主義陣営がこれらの価値観の守護を強く打ち出せば、中国との対立は先鋭化するでしょう。

つまり、基本的価値観をめぐる対立は、経済や安全保障と同様に、今後ますます中心的な確執の種となっていくことが予想されます。この領域での調和のとれた解決は極めて難しく、価値観対立の長期化が避けられない可能性が高いと言えるでしょう。

一方、日本では、政治資金規正法の改正案の成否が注目を集める終盤国会において、対中国を想定した2つの重要な法律が成立しました。

一つ目は、改正自衛隊法で、陸海空の自衛隊を統合して指揮する「統合作戦司令部」を常設することが盛り込まれました。これにより、例えば台湾有事の際に、米軍との連携を強化し、迅速な対応が可能になります。

自衛隊が平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できるよう、宇宙・サイバー・電磁波の領域と陸海空の領域を有機的に融合させつつ、統合運用により機動的・持続的な活動を行うことが不可欠です。こうした観点から自衛隊の「統合作戦司令部」新設等を盛り込んだ防衛省設置法改正が5月10日、参院本会議で可決、成立しました。

二つ目は、経済安全保障上の機密情報へのアクセスを規制(セキュリティー・クリアランス)する「重要経済安保情報保護・活用法」で、高市経済安保相が重視してきた法律です。

これには、一定の要職者(国務大臣、副大臣など)が適性評価の対象外とされる規定があったり、適性評価の審査項目に「性行動」が含まれていないなどの問題がありますが、今までなかった制度が出来上がったという点では、一歩前進です。

さらに、沖縄県民らの島外避難やシェルター建設に向けた動きもあり、中国による台湾侵攻とそれに伴う沖縄県への影響に備える動きが、遅ればせながら具体化し始めています。

長年の対中建設的関与路線にもかかわらず、中国による尖閣諸島や台湾をめぐる一方的な現状変更の試みが横行するに至り、日本は対中姿勢を抜本的に見直さざるを得ない状況に立たされています。

何よりも基本的人権や民主主義、法の支配といった普遍的価値観において、日本は米国やEUとの連帯を一層深め、中国の一党独裁体制や人権状況への批判を鮮明にしていく必要があります。尖閣諸島は日本固有の領土であり、中国の力による一方的な現状変更の試みは到底容認できません。日米同盟の下で領土・主権を断固として守る姿勢が不可欠です。

加えて、中国による台湾侵攻の可能性を常に視野に入れ、有事への切れ目のない準備を怠ってはなりません。在沖縄米軍の近代化、自衛隊の遠距離対応能力の強化など、具体的な備えを着実に進めなければなりません。

同時に、重要技術流出防止、サイバーセキュリティ強化、サプライチェーン分散を一層推し進め、中国に過度に依存しない経済構造への転換を図る経済安全保障の確保にも注力が必要です。

インド太平洋地域

こうした取り組みと並行して、日本は主導的な立場から、ASEANをはじめとする環インド太平洋諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築に向けた具体的なビジョンを打ち立てていかねばなりません。中国の覇権主義的な動きに対抗し、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守っていく決意が問われています。

これまでの対中関与路線からの転換は避けられない道となりました。日本は普遍的価値観と法の支配の尊重、領土・主権の守護、経済安全保障の確保、地域秩序の再構築に全力を尽くす覚悟が必要とされています。

【関連記事】

セキュリティー・クリアランス創設 国際ビジネス機会の拡大へ―【私の論評】日本セキュリティー・クリアランス制度の欠陥とその国際的影響
2024年5月11日

EU・インド太平洋が対中露で結束 閣僚会合―【私の論評】死してなお世界を動かす安倍晋三元首相に感謝(゚д゚)!
2023年5月14日

フォンデアライエンが語ったEUの中国リスク回避政策―【私の論評】中国が人権無視、貿易ルール無視、技術の剽窃等をやめない限り、日米欧の対抗策は継続される(゚д゚)!
2023年4月21日

日本 アメリカ 韓国の海保機関が初の合同訓練へ 中国を念頭か―【私の論評】アジア太平洋地域の海上保安協力と中国海警局の動向
2024年5月17日

立場の違いが明確に、埋められないEUと中国の溝―【私の論評】EUは、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与すべき(゚д゚)!
2020年10月9日


2024年5月22日水曜日

【裏でロシアが手を引いている?】ジョージア新法案へ大規模デモ、プーチンがEU加盟阻止を図る地政学的理由―【私の論評】米国とジョージアの「外国代理人法」の違いとその地政学的影響

【裏でロシアが手を引いている?】ジョージア新法案へ大規模デモ、プーチンがEU加盟阻止を図る地政学的理由

岡崎研究所

まとめ
  • ジョージアが「外国の代理人」法案を可決し、大規模な抗議デモが発生
  • この法案はロシア式で、NGO・メディアなどに「外国の代理人」登録を義務付ける
  • 法案の背後にロシアの影響力があり、ジョージアのEU加盟を阻止する狙いとの指摘
  • 与党「ジョージアの夢」のロシア寄りの路線を反映しているとの見方
  • 10月の総選挙控え、野党・市民社会の監視勢力への対抗策との危惧

 ジョージアは5月14日、ロシアと同様の「外国の代理人」法案を可決し、首都トビリシでは大規模な抗議デモが起きている。この法案は、資金の20%以上を外国から得ているNGO、活動家団体、メディアなどに「外国の代理人」として登録することを義務付けるものである。

 法案が審議入りした際、ワシントン・ポストは、ジョージアの欧州連合(EU)加盟を阻害する可能性があると指摘した。ジョージア大統領も法案を非難し、ロシアが法案の背後にいて、ジョージアをEUから遠ざけようとしているのではないかと批判した。

 ジョージアは、かつてロシアと戦争を経験し、一方ではEU・NATO加盟を目指す一方で、ロシアとの関係修復も重視してきた。今回の法案をめぐっては、与党「ジョージアの夢」の実質的な指導者であるビジナ・イヴァニシヴィリの影響が指摘されている。同党は、ロシアへの宥和的姿勢と共にEU加盟計画を潰そうとしているのではないかと懸念されている。

 10月の総選挙を控え、NGOやメディアなどの監視勢力への対抗策という狙いも指摘されており、この法案がジョージアの民主主義の行方に大きな影響を及ぼすと見られている。ジョージアは、ロシアと欧米の板挟みとなり、外交的に難しい舵取りを迫られている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】米国とジョージアの「外国代理人法」の違いとその地政学的影響

まとめ
  • 米国の「外国代理人登録法(FARA)」は透明性を目的に1938年に制定されたが、ジョージアの提案された「外国代理人」法案はメディアやNGOを対象にし、政治的抑圧の手段として使われる恐れがあると批判されている。
  • ジョージアの法案は、その範囲の曖昧さや民主主義への影響に焦点を当てた批判を受けており、ロシア式の手法として見られている。
  • ジョージアは地政学的に重要な位置にあり、東ヨーロッパと西アジアの間に位置し、黒海に面しており、ロシアとの緊張関係がある。
  • ジョージアは1991年にソビエト連邦から独立し、その後、民主化と経済改革を進めてきたが、ロシアの影響力は依然強く、欧米とロシアの板挟み状態にある。
  • ジョージアの「外国代理人」法案とNATO加盟問題は、ロシアがジョージアの民主化や西側との関係強化を阻止しようとしていることに関連している可能性がある。

実は「外国の代理人法」の類似法は、米国などにも存在し、これは妥当なものとされていますが、ジョージアのそれはなぜ問題とされるのでしょうか。

米国の「外国代理人登録法(FARA)」は1938年に制定され、外国政府や外国政治組織の代理として行動する個人や組織がその関係を公開し、透明性を保つことを目的としています。一方、ジョージアで提案された「外国代理人」法案は、外国から資金を受け取るメディアや非政府組織(NGO)を対象にしており、その内容と背景が異なります。

米国特許出願における現地代理人と国内代理人

このジョージアの法案は、ロシア式の手法として批判されており、政治的抑圧の手段として使用される可能性があるという懸念があります。批判は、法の範囲の曖昧さや民主主義への影響などに焦点を当てています。

米国のFARAとジョージアの提案されている法案は、表面上似ているかもしれませんが、適用方法、目的、そして特に政治的文脈において大きな違いがあり、ジョージアの法案に対しては、政治的抑圧のツールとして使用される恐れがあるという強い批判が寄せられています。

ジョージアは地政学的に極めて重要な位置にあり、その重要性は複数の要因によって強調されています。

ジョージアは、東ヨーロッパと西アジアの境界に位置する国で、黒海に面しています。首都はトビリシで、面積は約69,700平方キロメートル、人口は約370万人です。ジョージアは多様な文化と歴史を持ち、古くからシルクロードの一部として重要な役割を果たしてきました。

ジョージアは1991年にソビエト連邦から独立し、その後、民主化と経済改革を進めてきました。現在は議会制共和国であり、ヨーロッパとの関係強化を目指しています。主要産業には農業、観光業、ワイン生産などがあります。地理的には山岳地帯が多く、自然景観が豊かな国です。また、多くの民族が共存し、多様な宗教と文化が共存しています。

ジョージアは南コーカサス地域に位置し、ロシアの最南西部に接しています。この地域は、歴史的にも戦略的にも重要な交差点であり、ジョージアはロシア、トルコ、アゼルバイジャン、アルメニアと国境を接しています。さらに、ジョージアは黒海に面しているため、その海上交通の要衝ともなっています。この地理的な位置は、ロシアとの軍事的緊張関係にも寄与しています。

ジョージアは旧ソ連の一部であり、1991年のソ連崩壊後、独立国家として再出発しました。しかし、独立後もロシアの影響力は強く残り、ジョージアは欧米勢力とロシア勢力の板挟み状態にあります。

特に2008年には、南オセチアとアブハジアを巡る紛争が原因でロシアとの戦争が勃発しました。この戦争の結果、南オセチアとアブハジアは事実上の独立状態にあり、ロシアの支持を受けています。このような国内の分離独立地域は、ジョージアの安定にとって大きな課題となっています。


一方で、ジョージアは欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指しており、欧米との関係強化を図っています。しかしながら、ロシアとの関係修復も無視できない重要な課題です。

ロシアとの経済的・政治的なつながりは依然として強く、完全に切り離すことは現実的ではありません。このように、ジョージアはロシアと欧米の狭間に位置する地政学的要衝であり、両陣営から常に影響を受けやすい状況下にあります。

総じて言えば、ジョージアの地政学的重要性はその地理的位置、歴史的背景、そして国際関係における微妙なバランスに由来しています。これにより、ジョージアは地域の安定と安全保障において重要な役割を果たしており、その動向は国際社会にとっても大きな関心事となっています。

ロシア政府がジョージアのNATO加盟に強く反対しているのは確かであり、これは上でも述べたようなジョージアの地政学的な位置やロシアの安全保障上の懸念から来ています。ジョージアがNATOに加盟することは、ロシアにとって大きな脅威とみなされるためです。

ジョージアで提案されている「外国代理人」法案についても、ロシアの影響力が関係している可能性があります。ロシアは、かつて自国で類似の法律(「外国エージェント」法)を導入し、非政府組織(NGO)やメディアに対する統制を強化しました。このような法律は、政府に批判的な団体や個人を抑圧する手段として使用されることが多いです。


ジョージアの「外国代理人」法案がロシア式と批判されるのは、まさにこの点にあります。ロシアがジョージアに対して影響力を行使し、同様の法律を導入させることで、ジョージア国内の欧米寄りの動きを抑制しようとしているのではないかとの見方があります。

したがって、ジョージアの「外国代理人」法案の成立とジョージアのNATO加盟問題は、広い意味で関係している可能性があります。ロシアはこの法案を通じて、ジョージアの民主化や西側との関係強化を阻止しようとしていると考えられるからです。

【関連記事】

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚”―【私の論評】第二次世界大戦中の経済成長でも示された、 大規模な戦争でGDPが伸びるからくり
2024年5月18日


いつまで「弱小国の振り」を続けるのか? 日本が“再軍備”できない本当の理由―【私の論評】日本はQuadでも安全保障条約の締結をし、東アジア・太平洋地域の平和維持に貢献すべき(゚д゚)!
2021年5月29日

2024年5月21日火曜日

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米など猛反発―【私の論評】テロ組織ハマスを、民主国家イスラエルと同列に置く、 国際刑事裁判所の偏り

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米など猛反発

まとめ
  • ICCのカーン主任検察官がガザでの戦闘に関連して、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相、ハマスの幹部3人に対する逮捕状を請求。
  • ネタニヤフ首相はICCの決定に強く反発し、米国や英国からも批判が出ている。
  • ICCはイスラエルがパレスチナ民間人に対する広範な攻撃と必要物資の組織的な奪取を行った証拠を示し、戦争犯罪の責任を問う。
  • 米国と英国はICCの行動を批判し、逮捕状請求の正当性と影響に疑問を呈した。
  • 南アフリカはICCの逮捕状請求を支持し、国際法の遵守を強調。
国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察

 国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官は、ガザでの戦闘に関連して、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相、ならびにハマスの幹部3人に対する戦争犯罪および人道に対する罪の疑いで逮捕状を請求した。これに対し、ネタニヤフ首相は強く反発し、米国や英国からも批判が相次いだ。逮捕状発行の決定は今後予審裁判部が判断する。

 カーン氏は、イスラエルが国際人道法を順守せず、パレスチナ民間人への攻撃を行い、必要な物資を奪ったことにより、ネタニヤフ首相らが戦争犯罪に関与したと指摘した。一方、ハマスの幹部は逮捕状請求を批判し、取り消しを求めた。

 ネタニヤフ首相はICCの決定を「新たな反ユダヤ主義」と非難し、イスラエルとハマスを同一視することは不合理だと述べた。イスラエルのヘルツォグ大統領も、テロリストとイスラエル政府を同等に扱うことに強く反対した。

 米国と英国もICCの行動を批判し、バイデン米大統領は逮捕状請求を「言語道断」と非難した。ブリンケン国務長官は、ICCの管轄権に疑問を呈し、交渉への悪影響を懸念した。英国のスナク首相の報道官も同様の見解を示した。

 一方、南アフリカは逮捕状請求を支持し、国際法の支配を守るために法の平等な適用を訴えた。南アフリカはイスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に提訴している。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】テロ組織ハマスを、民主国家イスラエルと同列に置く 国際刑事裁判所の偏り

まとめ
  • ハマスはテロ組織であり、イスラエル国家の破壊とユダヤ人虐殺を目的としている
  •  ハマスは無辜の民間人を虐殺してきた経緯があり、民主主義国家のイスラエルと同列に置くべきではない 
  • ハマスは2016年のパレスチナでの選挙での勝利を、自らの過激路線の正当性が承認されたと主張し、これを武装闘争継続の口実としている 
  • 国際刑事裁判所(ICC)はイスラエルを不当に標的化する一方、他の深刻な人権侵害事例を見過ごしてきた 
  • ICCの活動は政治的思惑の影響を受けやすく、「国際」機関だからと公平中立を期待するのは危険
これは、ハマスとイスラエル国家の本質を誤って理解している典型例といえます。ハマスはテロ組織そのものであり、イスラエル国家の破壊とユダヤ人の虐殺を目的としていることを明確にすべきです。ハマスは、無辜の民間人の血に手を染めてきました。民主的で法の支配を重んじる国家であるイスラエルと同列に置くことは全く的外れとしかいいようがありません。

ハマスの戦闘員の子ども

ハマスは2006年のパレスチナ自治政府の議会選挙で過半数を獲得し、事実上パレスチナ自治政府を掌握したため、パレスチナ人民の自らに対する正当な支持と、イスラエルへの抵抗の正当性が認められた証左だと位置づけています。

具体的には、ハマスの指導者たちは次のように述べています:

「われわれは民主的な選挙を通じて正統な権力を手にした。パレスチナ人民は武装闘争路線を支持した」(イスマイル・ハニーヤ元首相)

「選挙勝利でわれわれの闘争が正当なものと承認された。これは武装闘争の継続を意味する」(ハマス政治局長ハーレド・マシャール)

つまり、ハマス自身は選挙勝利を、イスラエルへの武装抵抗とイスラエル占領の排除という自らの過激路線の正当性が民主的に承認されたと主張しています。

しかし、選挙はテロリスト集団を一夜にして正統な政権に置き換える魔法の杖ではありません。さらに、今年は2024年であり、2016年から8年経過しています。あれから世界情勢もかなり変化しています。

現在では、米国とサウジアラビアは、サウジに対する安全保障提供と引き換えに、サウジがイスラエルとの外交関係を樹立することを内容とする歴史的な協定で、合意に近づいているといいます。この合意が成立すれば、中東は一変する可能性があります。

サウジのムハンマド皇太子とバイデン米大統領(2022年7月)

これが、成立すればハマスなどのテロ組織は存在意義を失う可能性もありますし、これには反対する国々も多いです。

真の民主主義とは選挙の実施以上のものであり、法の支配、人権尊重、近隣国との平和共存を旨とするべきなのです。ハマスはこれらの原則を無視し続けてきました。

国際刑事裁判所もイスラエルや民主主義の味方とは言い難いところがあります。世界中の独裁国家やテロリスト集団の遥かに残虐な蛮行は見過ごしながら、イスラエルのみを繰り返し標的にしてきたところがあります。ハマスの無言の挑発によるロケット攻撃やトンネル工作から自国を守ったイスラエル指導者を訴追しようというのは正義の判断とは言い難いです。

国際刑事裁判所(ICC)がイスラエルを不当に標的にしてきた一方で、他の深刻な人権侵害事例を見過ごしてきた具体例をいくつか挙げます。

シリア内戦における アサド政権による市民虐殺 

シリア政権軍はシリア内戦で何十万人ものシリア市民を殺害し、化学兵器さえ使用したが、ICCは訴追をしていない。
ミャンマ―のロヒンギャ迫害

ミャンマー軍はイスラム教少数民族ロヒンギャに対する虐殺、強姦、焼き討ちなどの蛮行を繰り返したが、ICCはミャンマーに対する捜査を実施していない。
イェメン内戦における民間人虐殺 

サウジアラビア主導の有志連合(アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、バーレーン、エジプト、モロッコ、ヨルダン、スーダン、セネガル)は、イェメン内戦で無差別爆撃を行い、1万人を超えるとされる多数の民間人を殺害しましたが、ICCはこれを追及していません。
中国の新疆ウイグル人強制収容

 中国政府は100万人以上のウイグル人をキャンプに強制収容しているが、ICCはこの深刻な人権侵害に全く着手していません。
一方で、ICCがイスラエルを不当に標的化しているとの批判の具体例として挙げられているのが、2015年から進めている「状況についての予備的検討」です。

この捜査の対象となっているのは、以下の2点です。
  • 2014年の第3次ガザ紛争(いわゆるガザ地区での戦闘)におけるイスラエル軍とハマスの双方による可能性のある戦争犯罪行為
  • イスラエルによる西岸地区での入植活動の適法性
特にイスラエルによる西岸地区入植活動については、ICCがパレスチナ側の要請を受けて捜査に乗り出したことで、イスラエルからは強く反発されています。

イスラエルはICCの管轄権を認めていないため、ICCの一方的な捜査自体に疑問を呈しています。また、パレスチナ自治政府をあくまで「観察体制実体」と見なすイスラエルは、ICCがパレスチナを国家として扱うことに反対の立場です。

「観察体制実体」というのは、国連総会が1998年に定めた用語です。

具体的には、「パレスチナ人民の権利の行使のための暫定的措置」と呼ばれるもので、パレスチナ解放機構(PLO)に対し、国連における一定の権利と特権を与えるものです。

つまり、パレスチナには国家として完全な資格はないものの、国連の場においては「準国家的」な立場が認められているということです。

国連での発言権、議案・決議への参加資格、国連機関への参加資格などが認められています。しかし、国連加盟国としての完全な地位は与えられていません。

イスラエルは、パレスチナにこうした「準国家的」地位さえ与えることに反対しており、あくまでも「観察体制実体」にすぎないと主張しています。

つまり、イスラエルはパレスチナを主権国家とは認めていないため、ICCがパレスチナを「国家」と見なして捜査を行うことに強く反発しているのです。この点が、ICCの捜査をめぐる大きな争点の1つとなっています。

国際刑事裁判所

このように、ICCがイスラエル批判に終始する一方で、シリアやイエメンなど他の深刻な人道問題を見過ごしていることから、多くの専門家はICCに偏りがあると指摘しているのが実情です。

パレスチナ自治区に関する捜査に乗り出すなど、ICCはイスラエルのみを不当に標的化する偏りがあると指摘されています。多くの専門家から、ICCの公平性と中立性が疑問視されている状況です。

多くの日本人は「国際司法裁判所」など「国際」と名前がついている組織は無条件に公正中立であり、「正義」であり「権威」と思ってしまう傾向があるようですが、必ずしもそうではありません。

確かに、国連をはじめとする国際機関は、特定の政治的イデオロギーや勢力から影響を受けやすい側面があります。

例えば、ICCの場合、制裁対象となる国への捜査開始を牽制しようと、中国やロシアなどの権威主義国家が外交的な圧力をかけることが多々あります。自国の利益を損なわぬよう、国際機関が行う捜査や調査の対象を、特定の国や勢力に有利または不利になるよう操ろうとするのです。

一方で、イスラエルに対する偏った批判姿勢は、中東諸国や反米、反イスラエル的な左翼勢力の影響が強いと指摘されています。国連や関連機関に対し、アラブ系や強硬なイスラム過激派系の圧力があるのが実情です。

つまり、国際機関は理想的な正義の実現を目指すというよりも、様々な勢力の政治的思惑や利害が絡む駆け引きの場ととらえた方が現実的であり、単に「国際」の名が付いているからといって、常に公正中立であると考えるのは危険なのです。

今回のICCの動きは、イスラエルの自衛権を切り崩し、その存在意義さえ否定しようとする試みの一環と言えるでしょう。テロリストハマスと国家としてのイスラエルの誤った対等関係に惑わされてはならないです。

私たちはこの動きに強く立ち向かい、イスラエルは中東の民主主義と自由の象徴であり、根拠のないこうした非難があっても味方でありつづけるべきことを明確にしなければならないです。

【関連記事】

米国とサウジ、歴史的な協定へ合意に近づく-中東情勢を一変も―【私の論評】トランプの地ならしで進んだ中東和平プロセスの新展開
〈2024年5月2日〉

岸田首相らG7首脳「前例のない攻撃、明確に非難」イランによるイスラエル攻撃で声明「激化を避けなければならない」―【私の論評】イスラエルの安全保障を支持する日本の姿勢 - G7との協調と核抑止力の重要性
〈2024年4月15日〉

イスラエル国防相「多方面で戦争状態」 イラン念頭に警告―【私の論評】中東の安全と安定を脅かす「抵抗の枢軸」の挑戦とその対抗策
〈2023年12月28日〉

イスラエル「40年の戦史」が予言する終戦のタイミング―【私の論評】イスラエルの軍事行動、日本の平和主義に何を問う(゚д゚)!
〈2023年12月28日〉

ハマスとイスラエルの大規模衝突続く、死者500人超 レバノンから砲撃も―【私の論評】イスラエルとハマスの対立:文明世界が正義と平和を支持すべき理由(゚д゚)!
〈2023年10月8日〉



2024年5月20日月曜日

台湾・蔡英文総統、20日退任 存在感向上、末期まで支持失わず―【私の論評】蔡英文政権の成功と、 アジアのリーダーにありがちな金融財政政策の失敗

台湾・蔡英文総統、20日退任 存在感向上、末期まで支持失わず

まとめ
  • 蔡英文総統は2期8年の在任中、米国など国際社会との連携を強化し、台湾の存在感を高めた。
  • 中国との対話は実現せず緊張が続いたが、極端な言動は控え、武力行使の口実を与えなかった。
  • 防衛力強化と米国との安全保障協力を進めた一方、経済面でも台湾の重要性が高まった。
  • 国内では同性婚合法化など改革に取り組んだが、年金改革で既得権益層から反発も受けた。
  • 退任間近の世論調査では前政権より評価は良好で、民進党3期目の政権発足を後押した。
  • 2期8年にわたる蔡英文総統の在任期間は、中台関係の緊張が続く中で、台湾の国際的存在感を高める一方、国内改革にも取り組んだ時期だった。

蔡英文総統

 中国は、蔡氏や民進党を「台湾独立」を目指す勢力とみなし、統一に向けた圧力を強めた。しかし蔡氏は「現状維持」の方針を堅持し、対話も呼びかけたものの、中国との溝は深まった。そのため政権は防衛費増額や潜水艦など軍備の自主開発を進め、安全保障上の「後ろ盾」となる米国との連携を一層密にした。

 一方で、中国に武力行使の口実を与えない慎重な対応を心がけ、蔡氏自身は極端な言動は控えた。この間、半導体産業などで台湾経済の重要性が高まり、米国のペロシ下院議長の訪台など、欧米諸国からの関心も高まっていった。

 国内では同性婚の合法化や先住民の権利保護など、様々な改革に取り組んだ。しかし年金制度改革では既得権益層からの反発を受け、一時的に支持率が低迷する時期もあった。ただ、2020年の再選では香港情勢を受けて中国の「一国二制度」への拒否感から支持を集め、勝利した。

 退任を控えた世論調査では「満足」が42%、「不満」が46%と割れたが、前政権と比べると評価は良好で、蔡氏への一定の支持が民進党3期目の政権発足を後押ししたと言える。

 中台の緊張は根強く残るものの、蔡政権期の8年間で台湾の存在感は確実に高まり、国際社会での役割が拡大した一方、内政でも一定の改革の足跡を残した、という評価ができるだろう。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】蔡英文政権の成功と、 アジアのリーダーにありがちな金融財政政策の失敗

まとめ
  • 蔡英文政権の支持率は時期によって大きく変動し、退任前には40%台に低下した。コロナ対策の不備が一因とされた。
  • 安全保障面では国防力の近代化を進め、軍事費増額、新兵器開発、在台米軍容認など米国との連携を強化した。
  • 経済面では減税はしたものの大局的には抑制的であり、金融緩和が不十分で中小企業や家計への資金供給が不足した。
  • エネルギー政策は原発ゼロ化で電力不足リスクが高まり、ロシアLNG依存によりエネルギー価格の高騰を招いた
  • 改革に取り組む一方で、マクロ経済政策は失敗し、既得権益層からの反発や若年層の不満があった。
台湾の蔡英文政権の支持率について、いくつかの情報源からデータをまとめてみます。

2020年台湾総統選挙と第2期蔡政権の課題(アジア経済研究所)によれば、蔡英文総統の支持率は以下のように推移しています。
  • 2016年6月: 約70%
  • 2020年1月: 約50%前後(新型コロナウイルス対応による評価上昇)
  • 2022年12月: 約37.5%(急落)
別の各種民間世論調査によれば、蔡英文総統の支持率は一時70%を超えたものの、現在は50%前後に低下しているとされています。

また、新型コロナウイルス感染拡大の抑制において「優等生」とされていた台湾で、感染対策の不備とワクチン接種の遅れが政治問題化し、蔡英文総統の支持率が急減していると報じられていました。これらの情報から、蔡英文政権の支持率は様々な要因によって変動していることがわかります。

中央感染症指揮センターの陳時中指揮官

台湾の蔡英文総統は、安全保障と経済の両面で大きな実績を残しています。

安全保障面では:

国防力の近代化と強化を進め、軍事費を着実に増額してきた。特に海空軍力の強化に注力した。
  • 在台米軍の駐留を事実上容認し、台湾有事の際の米軍支援体制を整備した。在任中に潜水艦を自主開発できるようにし、抑止力を強化した。
  • 新型の長距離巡航ミサイルの開発・配備を推進し、台湾の抑止力を高めた。
  • 国民の防衛意識向上に尽力し、徴兵制の堅持、予備役訓練の強化などに取り組んだ。
経済面では:
  • 減税政策で国内需要を喚起する方針をとった。
  • コロナ禍で深刻な景気後退に見舞われたが、大規模な金融・財政支援策を講じ、企業と国民の下支えに努めた。
  • 対中経済依存からの脱却を目指し、「新南向政策」により東南アジア諸国との経済連携を深めた。
  • CPTPP、RCEP等の経済連携に参加することで、台湾の貿易・投資環境を整備した。
  • ハイテク産業の国際競争力を維持・強化するため、半導体等の重要産業への支援を拡大した。
  • 経済の安全保障重視の観点から、医療・防衛関連産業の国内回帰を後押しした。
以上のような政策によって、マクロ経済の安定と企業活動の下支えを図りつつ、中長期的な成長力の確保を目指した、と評価できます。

その一方で失敗したといわれる政策は以下です。

蔡英文総統の政権における主な失敗・批判された政策は以下のようなものがあげられます。

エネルギー政策:
  • 原発ゼロ政策の推進により、電力不足リスクが高まった。
  • ロシアからの液化天然ガス(LNG)の輸入比率が高く、ロシア産LNGの調達リスクが高まった。
  • ロシア産LNGへの代替が進まず、電力供給の安定性が脅かされた。
  • 価格高騰によるエネルギーコストの増大で、国民生活と産業活動に大きな影響が出た。
経済済政策:
  • 金融・為替政策面では、台湾ドル高を懸念し、なぜか通貨安を故なく悪ととらえ、あまり意味のない為替介入を行った。
  • 財政規律の堅持と健全化を重視し、歳出増加を抑制するという抑制的な政策をとった
  • 金融緩和が不十分で、以下のような悪影響があった。
  • 特に中小企業への資金供給が不十分で、景気下支え効果が小さかった。
  • 家計の資産形成支援策が乏しく、個人消費を下支えする政策が弱かった。
  • デジタル金融などイノベーション促進に向けた金融環境整備が遅れた。
  • 賃金上昇が鈍く、物価高騰により国民の実質購買力が低下した。
  • 住宅・雇用対策が不十分で、若年層の生活難が深刻化した。
社会政策:
  • 同性婚を法制化したものの、保守層からの反発が根強く残った。
  • 言論統制が強まり、メディアの自由度が低下したとの批判があった。
外交政策:
  • 中国の圧力により、台湾の国際的孤立が一層深まった。
  • 米国との連携を深めたものの、安保面での役割分担でトラブルもあった。
  • 対中国輸出規制を強化したことで、台湾企業の事業環境が悪化した。
  • 新南向政策は思ったほど成果が上がらず、対中依存からの脱却は不十分だった。新南向政策は、外交政策であるにもかかわらず、蔡英文政権はこれを経済対策と考えており、これは国内の財政金融政策の停滞をまねいた一因ともなったことは否めない
総じて、中国との対立が深刻化する中で、国内の経済成長と国民生活の安定を十分に実現できなかった点が、蔡政権の大きな課題だったと言えるでしょう。

台湾を訪問したペロシ下院議員議長(当時)

蔡英文政権の政策には、功罪はあるものの、政権末期であっても、比較的高い支持率を維持しています。

これは、岸田政権も参考にすべきです。特に財政政策では蔡政権は、減税政策で国内需要を喚起する方針をとったことは、参考にすべきです。また、財政規律の堅持と健全化を重視し、緊縮財政をしたことで失敗したことも参考にすべきです。

緊縮傾向でありながら、減税するという政策は、ブレーキを踏みながら、アクセルも踏むという矛盾した政策です。ただ、この蔡政権の失敗が、日本の失われた30年のようなスケールの大失敗にはならなかったことは幸いてした。

アジアの政権は、なぜか台湾や韓国、そうして日本でも、金融引き締め、緊縮財政をして失敗というケースが多いです。その根本にはいわゆる「倹約志向」があるからかもしれません。

儲け勤倹志向の影響:
アジア圏では伝統的に「倹約」「貯蓄」を美徳とする価値観が強く、金融緩和や財政出動に対して消極的になりがちです。
債務残高への警戒感:
アジア通貨危機やリーマンショックの経験から、債務拡大を警戒する姿勢が根強い。
財政規律尊重の伝統:
歴史的に財政健全化が重視されてきた国々が多く、財政ファイナンスに後ろ向きになりやすい。
インフレ嫌避の風潮:
インフレ率が低水準で推移してきた影響で、物価上昇を過剰に警戒する傾向にある。

こうした要因が複合的に作用し、金融当局や政府が景気対策を渋る「倹約志向」が強まりがちだったことは確かです。日本では、こうした傾向が財務官僚を緊縮に、日銀官僚を引き締めに走らせ、失われた30年を生み出しました。

アジア諸国では、結果として適切な金融・財政出動ができず、経済をいたずらに沈滞させてしまうリスクがあるといえます。日本、韓国、台湾ではなぜか、こうしたリスクに関して、政府も国民も無頓着であり、「緊縮・引き締め=善」と考える識者も多く、金融政策の失敗は雇用政策の失敗につながり、経済に悪い影響を及ぼすことをしっかり認識している欧米とは大きな隔たりがあります。

このあたりを理解しうまく運営したのが、アジアのリーダーとしては珍しいといえる日本の安倍総理でしたが、その安倍総理ですら、在任中に結局2回、消費税増税の延期を行ったものの、消費税増税をせざるを得ませんでした。とはいいながら、金融政策は継続され、雇用は劇的に改善されました。

アジア諸国は、こうした「倹約志向」から脱却し、機動的な金融・財政運営ができるかどうかが、今後の課題といえます。

蔡英文政権では、安保、外交などでは一定の成果をあげたものの、金融財政政策はうまくいったとはいえないです。さらに、エネルギー政策にも問題がありました。金融財政政策やエネルギー政策がうまくいかなければ、国民の不満は高まります。

蔡英文政権の支持率の低下は主にこれに起因すると私は考えています。このことは、なぜか台湾でも、日本でもあまり指摘されていません。上の記事でも指摘されていませんが、これは非常に重要なことです。

頼清徳新総統

頼清徳新総統はこのことをしっかり認識して、蔡英文政権の良いところは取り入れ、金融財政政策やエネルギー政策においては、改革を行い、日本をはじめとするアジアの国々とって良い見本となるような政策を実行していただきたいものです。


【関連記事】

【台湾大地震】可視化された地政学的な地位、中国は「善意」を傘に統一へ執念 SNSには「救援目的で上陸を」の声も―【私の論評】台湾:東アジアの要衝、中国覇権の鍵、日本の最重要課題を徹底解説!〈2024/4/6〉


蔡総統、米軍の台湾軍訓練認める 1979年の米台断交後、初―【私の論評】米台ともに中国は台湾に侵攻できないと見ているからこそ、蔡総統は米軍台湾駐留を公にした(゚д゚)!〈2021/10/28〉

2024年5月19日日曜日

親中と言われるパプアとソロモン 中国が日本から盗めなかったもの―【私の論評】南太平洋島嶼国では、中国による歴史修正を繰り返させるな


まとめ
  • ソロモン諸島議会は親中派のマネレ前外務・貿易相を新首相に指名し、中国への接近路線を継承する見通し。
  • 中国はメラネシア地域への影響力を強めており、ソロモン諸島と2019年に国交を樹立、2022年には安全保障協定を締結。
  • 中国のメラネシア進出は日米豪にとっての懸念材料であり、現地住民の警戒心も高まっている。
  • 太平洋地域では日本への親近感が残っており、日本軍の宣撫工作が成功した背景がある。
  • 今後、ソロモン諸島の親中路線は続くが、中国が現地住民の反発をどう対応するかは不透明。

ソロモン諸島の国旗

ソロモン諸島議会は5月2日に親中派のソガバレ前首相が推したマネレ前外務・貿易相を新首相に指名し、安全保障や経済分野で中国に接近する路線を継承する見通しだ。ソガバレ氏の与党OURは4月の総選挙で第1党になったものの、過半数には届きませんでした。田中宏巳防衛大学校名誉教授は、中国の太平洋島嶼国進出が10年余り続いているが、現地の人々の警戒心が高まっていると述べている。

太平洋地域はミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの三つの地域に分かれ、中国は近年メラネシアに注力している。中国は2019年に台湾と断交したソロモン諸島と国交を樹立し、2022年には安全保障協定を締結した。2022年夏にはソロモン諸島が米沿岸警備隊の寄港を拒否したことが明らかになった。また、2018年にはパプアニューギニアのメナス島を巡り中国企業が開発を打診したが、軍用施設の整備につながるという懸念から米豪が介入し、共同で開発を担うことになった。

田中氏は、中国が第2次世界大戦中の日本の戦略を学び、メラネシアに目をつけたと指摘している。日本軍はガダルカナル島やラバウル航空基地を拠点に米豪の分断を図った。現代では弾道ミサイルの脅威が問題となり、中国軍の中距離ミサイルが米軍基地を射程に収めている。今年2月に行われた日米共同統合指揮所演習でも、豪州北部ダーウィンに兵站基地を設け、グアムや沖縄への補給支援を確認した。

日本の安全保障専門家は、中国がパプアニューギニアやソロモン諸島にミサイルを配備すれば米軍の戦略が大きく狂うと懸念している。中国のメラネシア進出は日米豪にとって頭痛の種だが、ソロモン諸島の総選挙結果を見ると順調ではないことが示唆されている。2021年にはソロモン諸島の首都ホニアラで反政府デモが暴動に発展し、中華街が焼き討ちに遭った。中国からの移民が土地や建物を買い占めたことが反感を招き、親中派の支持が伸び悩んだ一因とされている。

一方、太平洋地域では親日感情が広く残っている。田中氏は、日本軍が太平洋地域で現地住民の支持を得るために宣撫工作を行い、比較的成功したと述べている。現地住民への犠牲が少なかったことも大きな要因だ。中国が旧日本軍の戦略や戦術を学んだが、現地住民の反発をどう対処するかまで考慮していなかったと指摘している。

今後、ソロモン諸島の親中路線は続く見通しですが、中国が総選挙結果を受けて対応を変えるかどうかは不透明だ。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】南太平洋島嶼国では、中国による歴史修正を繰り返させるな

まとめ
  • 日本の宣撫工作は、中国やフィリピンでは失敗したが、南太平洋の島々では成功したとされる。この違いは中共や米民主党政権のプロパガンダの影響が少なかったことが一因。
  • 中共は日本の戦争犯罪を強調し、米国は戦時中に日本の残虐行為を広く伝えることで、現地住民の反日感情を煽り、日本の宣撫工作を妨げた。
  • 戦後しばらくの間、韓国や中国、フィリピンでは日本に対する大きな批判はなかったが、1990年代以降に体系的な反日政策が展開され、反日感情が高まった。
  • 米主導の極東軍事裁判は、国際法上不当だが、その後朝鮮戦争や、中国との対抗のため日米同盟は強化され、日本に対する批判は収まっているがときおり頭をもたげることが今てもある。
  • 中国が南太平洋の島々で歴史修正を試みる可能性があるため、日本は歴史修正を防ぐための対抗措置を取るべきである。現在、日本の統治時代を知る人々がいる間に、正しい歴史認識を維持する努力が必要。

ソロモン諸島に残された日本軍の大砲

上の記事の元記事では、"太平洋島嶼国に残る親日感情について「中国大陸で住民の強い反発に遭った日本軍は、南太平洋で、現地の人々の宣伝や教化に力を入れるようになりました」"とか、"宣撫工作は、米国の影響が強く、ゲリラ組織がすでに存在していたフィリピンなどの例外を除き、太平洋地域ではおおむね成功していたという"などの解説があります。

中国大陸や、朝鮮半島、フィリピンで宣撫政策は失敗したのに、南太平洋の島々だけでは成功しているという見方と、その背景の説明には違和感を感じます。

日本の宣撫工作が失敗したとされる背景には、中国共産党や米民主党政権のプロパガンダが大きな影響を与えたのは間違いないでしよう。中国共産党は南京事件などの戦争犯罪を強調し、日本軍の暴虐を広く宣伝しました。

日本軍将校からキャラメルを貰ってよろこんでいる中国の子供たち(南京1937年11月6日撮影) 

このようなプロパガンダは、現地住民に対する日本軍の支持を得る難しさを増大させたのはある程度間違いないでしょう。また、中国共産党の八路軍(当時の中国共産党軍)は、日本軍と直接交戦することはなかったものの、ゲリラ部隊が現地で反日プロパガンダを展開し、日本軍の宣撫工作の効果をさらに減じようとたのも事実でしょう。

同様に、米国では戦時中に制作された戦争映画やニュースリールが、日本軍の残虐行為を広く伝えました。これらの映像は、国内外の世論を反日方向に誘導し、日本軍の評判を悪化させようとしました。また、米国の心理戦争部隊(OSS)は、占領地での宣伝活動を行い、現地住民に対して日本軍の悪行を強調しました。これらのプロパガンダは、日本軍の宣撫工作の成果を妨げた可能性があります。

このような状況下で、日本の宣撫工作は期待したよりは効果を上げることができなかった可能性はあります。特にフィリピンや中国北部など、中国共産党や米民主党政権の影響が強かった地域では、日本軍の宣撫工作は大きな成果を上げられなかっとしても無理はないでしょう。その結果、現地住民の反日感情が高まり、日本軍の統治が困難になった可能性もあります。

これが一般にいわれている当時の日本の宣撫工作の失敗といわれているものです。しかし、これすら米国民主党政権や中国共産党のプロパガンダである可能性もあります。これらの勢力は戦後から現在に至るまで、日本の行為を一方的に悪く描写し、その影響力を広範囲に及ぼしてきました。その結果、多くの中国人や米国人がこのプロパガンダを信じ込むようになり、日本の宣撫工作は失敗だったという評価が定着してしまったという背景があるとみられます。

しかし、南太平洋の島々そうして台湾等では、こうした中国共産党や米国民主党政権などによる積極的なプロパガンダなどなかったので、「太平洋地域ではおおむね成功していた」と見られるようになったと解釈できるのではないでしょうか。

日本の宣撫工作がすべて失敗だったわけではないことは。戦後しばらくは、韓国、北朝鮮、中国、フィリピンなどの一部地域では、日本に対する大きな批判があまりなかったことでもある程度理解できます。

しかし特に1990年代以降、韓国や中国などで体系的な反日政策が展開されるようになり反日感情が高まるようになったという事実があります。この時期以降、歴史認識問題や領土問題などに関連して、日本に対する批判が増加しました。

これは、かつての宣撫工作の影響が薄れ、新たなプロパガンダにより、新たな政治的、社会的状況が影響を与えた結果と考えられます。

米国民主党政権は、極東軍事裁判を主導しましたが、これに関して、国際法上の不当性が議論されています。主な理由として、法的根拠の不明確さ、裁判所の権限の問題、対象の選定の政治的動機、裁判手続きの不適正さが挙げられます。これらの要因から裁判の公平性や正当性に疑問が投げかけられています。

ただし、朝鮮戦争や最近では中国との対抗上、日米同盟は重要になったので、米国民主党政権も日本に対するプロパガンダは控えめにするようになりました。

しかし、こうした対日プロパガンダに関しては、いまだに米国内でもくすぶり続けています。最近では、ティム・ウォルバーグ米下院議員(共和党)が集会で、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザで、ハマス打倒のため原爆を投下するべきだとの見解を示唆したことが分かった。米メディアが3月31日までに報じました。

さらに、米連邦議会のグラム上院議員(共和党)は5月12日、日本への原爆投下について「正しい決断だった」と発言しました。8日に上院歳出委員会の小委員会でも同様の趣旨に言及し、日本政府が「受け入れられない」と申し入れたばかりでした。

共和党の議員にまで、歴代の民主党政権のプロパガンダは影響を与えており。それがいまでも時々こうして姿を現すのです。

しかし、米国保守派特に草の根の保守派は、日本を別の観点から捉えています。これは、過去のブログにも何度か掲載しています。

米国の草の根保守を牽引してきた米国の「保守のチャンピョン」ともいえる、フィリス・シュラフリー女史は、「ルーズベルトが全体主義のソ連と組んだのがそもそも間違いだ、さらにルーズベルトはソ連と対峙していた日本と戦争をしたことが大きな間違いだ」としています。さらに、女史はなくなる直前には、「全体主義のソ連と組んだために、今日米国は中国や北朝鮮の核の脅威を被っている」と語りました。

フィリス・シュラフリー女史

かつて日本を占領したマッカーサー元帥は、
朝鮮戦争に赴き、現地を調査した結果「当時の日本はソ連と対峙するため朝鮮半島と満州を自らの版図としたのであり、これは侵略ではない。彼らの戦争は防衛戦争だった」との趣旨の証言を後に公聴会で証言しています。

大東亜大戦中、日本は戦略上の要衝でもある、南太平洋の多くの島嶼国を占領していました。日本の敗戦により、これらの地域は元の宗主国の統治に移管されました。

主な例としては、ミクロネシア連邦、パラオ、マーシャル諸島、ナウル、パプアニューギニアなどが挙げられます。

これらの島嶼国は、1960年代以降の脱植民地化の流れの中で、次々と宗主国から独立を果たしていきました。

例えば、ミクロネシア連邦は1986年に、パラオは1994年に、マーシャル諸島は1983年に、ナウルは1968年に、パプアニューギニアは1975年に、それぞれ独立しました。

つまり、日本の敗戦により、南太平洋の島嶼国は元の宗主国の統治に戻り、その後の脱植民地化の過程で独立を果たしていったのです。

南太平洋地域で未だ非独立の島嶼領土があります。その領土とその宗主国は以下のとおりです。
  • フランス領ポリネシア - フランス
  • ニューカレドニア - フランス
  • ワリス・フツナ諸島 - フランス
  • ピトケアン諸島 - イギリス
  • トケラウ諸島 - ニュージーランド
  • ニウエ - ニュージーランド自治領
  • クック諸島 - ニュージーランド自治領
  • アメリカンサモア - アメリカ合衆国
  • グアム - アメリカ合衆国
  • 北マリアナ諸島- アメリカ合衆国
フランス、イギリス、ニュージーランド、アメリカがそれぞれ太平洋の島嶼地域に非独立の領土を持っています。中でもフランスが最多の3つの領土を有しています。ニウエとクック諸島はニュージーランドの「自治領」と表現するのが適切です。ニュージーランドと自由連合関係にあり、実質的には独立国家に近い立場にありますが、国際法上はニュージーランドの領土とされています。

中国は南太平洋の島々でも、プロパガンダを行い、日本軍が南太平洋の島々で、残虐の限りをつくしており原住民におびただしい犠牲者が出たとか、南太平洋の島々は日本と戦い、日本に勝利して独立を勝ち得たなどの、歴史修正を試みるかもしれません。

無論、日本に対してではなく、フランス、イギリス、ニュージーランド、米国に対してもこの地域で敵対的プロパガンダを行う可能性があります。

日本は、かつて中国や朝鮮、フィリピン等でした失敗を繰り返すことなく、中国に歴史修正を繰り返させるべきではありません。

現在、南太平洋の島嶼国には、日本の統治時代を知る人もかろうじて残っています。しかし、100年もたてば、そのような人々はほとんど生存しなくなり、人の記憶も薄れていきます。大東亜戦争が終わって今年で78年目です。100年の節目はそんなに遠くない将来に必ずやってきます。今から、日本はこの地域における歴史修正をさせないように対抗措置をとっておくべきです。

【関連記事】

中国は南太平洋諸国への金のばらまきをやめたのか?―独メディア―【私の論評】中国の太平洋への援助減少:米国との影響力競争の最新情報(゚д゚)!
〈2023/11/2〉


2024年5月18日土曜日

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚”―【私の論評】第二次世界大戦中の経済成長でも示された、 大規模な戦争でGDPが伸びるからくり

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚”

まとめ
  • ロシアの今年1月から3月までのGDP伸び率が去年の同期比で5.4%と発表された。
  • これは4期連続のプラス成長で、経済好調の兆しとされる。
  • 専門家は、軍事費の増加が経済を一時的に押し上げていると分析。
  • IMFは、ロシアの今年のGDP伸び率を3.2%と予測。
  • プーチン大統領は経済と軍事の統合を進めるため、新たな国防相に経済閣僚の経験者を起用。
プーチン大統領

 ロシアの今年1月から3月までの国内総生産(GDP)の伸び率は去年の同期と比べて5.4%のプラス成長を記録し、4期連続のプラス成長となったことが発表された。この成長は、ウクライナへの軍事侵攻以来の軍事費の増加による一時的な効果と分析されている。

 専門家は、軍需産業への労働力の増加が国内経済に好影響を与えていると述べている。また、IMFはロシアの今年のGDP成長率を3.2%と予測している。プーチン大統領は、経済と軍事の統合を進める目的で新たな国防相に経済経験者を起用した。

 この記事は、元記事の要約です。詳細をごらんに成りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】第二次世界大戦中の経済成長でも示された、 大規模な戦争でGDPが伸びるからくり

まとめ
  • ウクライナでの戦争継続のための軍需産業の興隆がロシアのGDP成長に貢献している。
  • 第二次世界大戦中、日本をはじめとする多くの国で軍事費増大により経済成長が見られた。
  • ロシアのGDP統計には透明性が欠け、疑問点が多いが、それでもロシアのGDPが伸びている可能性はある。
  • プーチン大統領は経済と軍事の統合を目的に経済経験者を新たな国防相に起用した。
  • 経済と軍事の統合は重要だが、戦争の結果はより広範な要素によって左右される。
上の記事で、1月〜3月のロシアのGDPの伸びを専門家は、軍需産業への労働力の増加が国内経済に好影響を与えているとしています。これは正しい見方だと思います。なぜなら、戦争中、特に総力戦中にはGDPが伸びるというのは普通の現象だからです。

それを裏付ける資料として、第二次世界対戦中の主要国のGDPを以下に掲載します。
第二次世界大戦戦前・戦中の主要国のGDP

数字の羅列だけだと理解しづらいので、以下にグラフを掲載します。 アメリカは本土が戦場にならなかったこと、ソ連は戦争中のデータがないことなどから、以下にそれ以外の国のGDPの推移を掲載します。


フランスは、ドイツに占領されたことが影響し、1939年を頂点に下がっています。これは、戦争を継続する必要がなくなったからとみられます。イタリアも、
1943年9月8日枢軸国側から、連合国側に寝返り、そこから先はドイツ軍に占領されたということもあり、国情が安定せず1939年をピークに下がっています。

イギリス、ドイツ、日本は、戦争末期は別にしてGDPは右肩あがりに上がっています。これは、戦争を継続するために、軍需物資を増産したからに他なりません。

日本では、戦争中には原油が不足しましたが、パスなどの公共交通機関では、それを補うために、木炭を燃料としてバスを運行したこともありました。これは、燃費もかなり悪く、非効率の極みなのですが、それにしても、このバスを走らせるために、木炭を製造したり、それを運んだりするための人件費などはGDPに計上されます。

戦争中にはこのような非効率なことも多く行われますが、それでもこれらは、GDPに計上されることになるのです。

このブロクでは以前述べたように、経営学の大家ドラッカー氏は、第二次世界大戦中の経済について、以下の発言をしています。
数字だけを見れば、第二次世界大戦は、単なる好景気だったように見えるだろう。
これは、第二次世界大戦中、多くの国が軍事費を増大させたことで、経済成長を遂げたという事実に基づいています。例えば、米国では、第二次世界大戦中のGNPは、戦前の約2倍強にまで増加しました。これは、軍需産業の急速な発展によるものです。

第二次世界大戦中、日本も、軍事費を大幅に増大させ、軍需産業の急速な発展を促しました。その結果、日本の経済も、戦前の約2倍弱にまで成長しました。

1930年代から1940年代にかけて、日本は戦争に伴う軍事費の増大や、戦時体制の導入により、経済成長を遂げました。また、国民生活の面でも、食糧や衣料などの物資の配給が徹底され、国民の生活水準は維持されていました。

本当に窮乏化したのは、1944年以降であり、連合国軍の空襲が本格化し、米軍による通商破壊がすすみ、日本各地で大きな被害が発生し、国民生活は困窮化しました。それは、上のグラフでも示されています。

現在のロシアのGDPの伸びも、軍需産業の急激な発展によるものと考えられます。ただしロシアのGDP統計に関しては多くの疑問が呈されています。これは透明性の欠如、データ収集方法の問題、および非公式セクターの存在など、複数の要因に基づいています。ただ、現状では断言するには、至っていません。しかし、戦争を遂行すれば、経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)等は別にしてGDPは上向く傾向があります。

上の記事でもう一つ気になるところがあります。それは「プーチン大統領は、経済と軍事の統合を進める目的で新たな国防相に経済経験者を起用した」ことです。

ロシアのプーチン大統領が新しい国防相に経済学者のアンドレイ・ベロウソフ氏を指名した事例は、現代においては注目すべきものです。ベロウソフ氏は経済の専門家であり、プーチン氏の側近として長年にわたり経済開発相や経済担当の大統領補佐官を務めてきました [1]。彼の指名は、ロシアがウクライナとの戦争に備えて戦時経済を強化するための戦略的な措置とされています。ロシアの軍事支出は約51兆円にも上り、効率的な運用が求められているため、経済学者のベロウソフ氏を起用したとみられています。

アンドレイ・ベロウソフ氏

経済と軍事の統合は、国の戦争遂行能力を高めるために重要な戦略であると考えられますが、戦争の結果を決定する要因は多岐にわたります。経済合理性の追求は、資源の効率的な利用や生産能力の最大化といった面で戦争遂行能力を支えることができますが、それだけが勝敗を左右するわけではありません。

戦争の結果は、軍事戦略、国際政治、同盟国との関係、技術革新、民心の支持といった多数の要素によって影響されます。ナチスドイツの場合、軍需相であったフリッツ・トートやその後任のアルベルト・シュペーアによる経済と軍事の統合は一定の効果を発揮しましたが、結局は連合国の圧倒的な軍事力、資源、及び戦略的な決断によってドイツは敗北しました。

フリッツ・トートはナチス・ドイツ初期の主要な建設プロジェクトを担当し、特に高速道路「アウトバーン」の建設を通じて失業対策を行いました。これらの大規模プロジェクトは、1930年代の経済危機と大量失業に直面していたドイツにおいて、多くの労働者に仕事を提供し、失業率の減少と経済回復に大きく貢献しました。トートの取り組みはナチス政権の支持基盤を固めるのに重要な役割を果たしましたが、後に軍事拡張とユダヤ人などの強制労働の利用に繋がりました。

航空機墜落事故によって死亡したトートに変わり、アルベルト・シュペーアが軍需相となりました。アルベルト・シュペーアは、ナチス・ドイツの軍需相および戦争経済大臣として、経済と軍事の統合において重要な役割を果たしました。彼の下で、軍事生産の効率化と最大化が推進され、特に「全戦争」概念の実施により、軍需産業の生産能力が大幅に向上しました。

シュペーアは労働資源の再配分、生産設備の合理化、そして技術革新の促進により、短期間でドイツの軍事力を強化することに成功しました。しかし、これらの努力にも関わらず、戦争の長期化と連合国の圧倒的な経済力・軍事力により、最終的にドイツは敗北しました。シュペーアによる経済と軍事の統合は効果を発揮したものの、戦争の全体的な結果を変えるには至りませんでした。

プーチン大統領が経済経験者を国防相に起用したことは、戦時下における経済の軍事への統合を強化し、より効率的に資源を管理しようとする試みとみることができます。しかし、戦争の結果はこのような内部の効率化だけでなく、外交政策、国際社会との関係、軍事戦略など、より広範な要素に左右されます。

結局のところ、経済と軍事の統合は戦争遂行の一環として重要ですが、戦争の大局を決定するには、それだけでは不十分であり、より複合的な要因を考慮する必要があります。今回のアンドレイ・ベロウソフ氏を国防相に任命したこと自体は、戦局を大きく変えることにはつながらない可能性もあります。

ただし、ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4%ということだけを根拠として、ロシア軍最強とか、ロシアが必ず勝つとか、先進国の経済制裁は全く効いていない等という見方は、誤りであることは確かでしょう。

【関連記事】

「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク
〈2024/1/7〉

北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)!〈2023/11/14〉

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭―【私の論評】北朝鮮の核、中国の朝鮮半島浸透を抑制する"緩衝材"の役割も

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭 まとめ 北朝鮮の核・ミサイル開発への対応として、朝鮮半島の非核化を強く求めている 国連安保理決議の履行や日本人拉致問題の解決を訴えている 一方的な現状変更の試みへの反対を盛り込んでいる 6...